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[連載版]ゴブリンから始まる死に戻り転生 ――死ぬたび別の魔物になる俺は、もう同じ殺され方をしない――  作者: Rさん


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第2話 スライムの身体で、勇者を見る

 手がない。


 足もない。


 喉もない。


 口らしい口もなければ、歯もない。


 俺は、ただの半透明な塊だった。


 地面に貼りつき、ぶるぶると震えながら、洞窟の隅で息を殺している。


 いや、息もしていない。


 肺がない。


 心臓もない。


 血も流れていない。


 それなのに、怖いという感覚だけはあった。


「奥まで確認したか?」


 勇者の声が、洞窟に響いた。


 俺を斬り殺した男の声。


 その声を聞いただけで、スライムの身体が波打った。


 逃げたい。


 隠れたい。


 殺したい。


 感情だけが、人間だった頃よりずっと剥き出しになっている。


「ゴブリンは全部片付けたわ。巣穴も浅いし、たいしたことないわね」


 魔法使いの女が言った。


 たいしたことない。


 その言葉に、俺の体がまた震えた。


 こいつらにとって、さっきの殺戮は作業だった。


 洞窟にいたゴブリンたちは、悲鳴を上げていた。


 逃げていた。


 俺みたいに、怯えていた。


 それでも、全部殺された。


 人里を襲ったのかもしれない。


 誰かを殺したのかもしれない。


 それは俺には分からない。


 けれど少なくとも、俺は何もしていなかった。


 目覚めて、混乱して、命乞いをして、殺された。


 それだけだ。


「耳は?」


「袋に入れた。数は足りてる」


「なら帰ろう。日が落ちる前に村へ戻りたい」


 勇者たちが、俺の前を通り過ぎていく。


 距離はある。


 だが、スライムになった俺には、地面を伝わる足音が分かった。


 鎧の重い振動。


 革靴の軽い振動。


 杖が石を叩く細い振動。


 人間の目とは違う。


 耳とも違う。


 身体全体で、世界を受け取っている。


 見えにくい。


 聞こえにくい。


 でも、地面の揺れだけは分かる。


 俺は壺の陰から、わずかに身体を伸ばした。


 勇者の背中が見えた。


 白いマント。


 銀の剣。


 俺の血を拭った剣。


 あいつは、俺のことをもう覚えていないのだろう。


 小さなゴブリンを一匹斬った。


 ただ、それだけ。


 俺は身体を前に出そうとした。


 だが、遅い。


 あまりにも遅い。


 人間なら一歩で進める距離に、今の俺は何秒もかかる。


 這うというより、広がって縮む。


 水たまりが意志を持って動いているようなものだ。


 これでどうやって戦う。


 どうやって復讐する。


 勇者の足元にたどり着く前に、踏まれて終わりだ。


 その時、弓を持った男が足を止めた。


「ん?」


 俺は固まった。


 いや、固まることすらできない。


 体の表面が小さく震える。


「どうした?」


「いや……今、何か動いた気がした」


 男の視線が、こちらへ向く。


 まずい。


 まずいまずいまずい。


 動くな。


 ただの水だ。


 ただの粘液だ。


 ただの洞窟の汚れだ。


 俺は必死に自分へ言い聞かせた。


 すると、魔法使いの女が面倒くさそうに杖を向けた。


「スライムでしょ。放っておいても害はないけど、気持ち悪いから焼く?」


 焼く。


 その言葉だけで、俺の中に恐怖が走った。


 斬撃では、もう同じようには死なない。


 だが、炎は違う。


 俺はまだ、火で死んだことがない。


 つまり、火なら死ぬ。


 今の俺を、簡単に殺せる。


「依頼はゴブリンだ。余計な魔力を使うな」


 勇者が言った。


 女は肩をすくめる。


「はいはい。勇者様は真面目ね」


 助かった。


 そう思った瞬間、勇者が何気なくこちらを見た。


 目が合った。


 いや、目が合ったかどうかは分からない。


 今の俺に、ちゃんとした目があるのかも分からない。


 だが、勇者は確かに俺を見た。


 そして、すぐに興味を失った。


「行くぞ」


 それだけだった。


 俺は、何でもなかった。


 敵ですらなかった。


 殺す価値もない。


 経験値にすらならない。


 その事実が、悔しかった。


 殺されるよりも、悔しかった。


 勇者たちの足音が遠ざかっていく。


 やがて、洞窟の外から村人たちの声が聞こえた。


「ありがとうございます、勇者様!」


「これで畑に出られます!」


「やはり勇者様は我々の希望です!」


 歓声。


 感謝。


 祝福。


 俺を殺した男が、正義として迎えられている。


 ゴブリンを殺したから。


 魔物を駆除したから。


 村を救ったから。


 たぶん、それも事実なのだろう。


 勇者が救った命もある。


 守った人間もいる。


 でも。


 それで俺を殺していい理由にはならない。


 俺はしばらく動けなかった。


 洞窟に静けさが戻る。


 残されたのは、血の匂いと、死体と、破れた布と、折れた棍棒。


 そして、スライムになった俺だけだった。


 俺はゆっくりと身体を伸ばした。


 ゴブリンの死体があった。


 胸を裂かれ、耳を切られている。


 さっきまで俺と同じ種族だったもの。


 俺が最初になった魔物。


 もう二度となれない身体。


 その死体に近づくと、スライムの身体が勝手に反応した。


 腹が減った。


 そう感じた。


 胃もないのに。


 口もないのに。


 なのに、目の前の肉を取り込みたいと思った。


 俺は吐き気を覚えた。


 人間だった感覚が、拒絶する。


 死体を食べるなんてありえない。


 まして、それはさっきまで自分と同じゴブリンだったものだ。


 だが、スライムの身体は訴えていた。


 食え。


 溶かせ。


 取り込め。


 生きろ。


 俺は迷った。


 ここで綺麗事を言っても、誰も助けてくれない。


 人間だった頃の常識を握りしめたままでは、たぶん明日まで生きられない。


 俺は経験値じゃない。


 そう言うなら、まず生き残らなければならない。


 俺は、死体の指先に触れた。


 じゅ、と小さな音がした。


 肉が少しだけ溶ける。


 俺の身体の中に、何かが流れ込んできた。


 気持ち悪い。


 だが、同時に力が戻る。


 体がわずかに大きくなった気がした。


 スライムは、食べるのではない。


 溶かして、取り込む。


 俺は震えながら、ゴブリンの死体から離れた。


 全部は無理だった。


 まだ、人間だった頃の俺が邪魔をする。


 でも、分かったことがある。


 この身体には武器がある。


 弱いが、溶かせる。


 隠れられる。


 狭い隙間に入れる。


 足音を感じ取れる。


 勇者の剣は握れない。


 叫ぶこともできない。


 だが、この身体にはこの身体の戦い方がある。


 俺は洞窟の壁際へ移動した。


 小さな亀裂があった。


 ゴブリンの身体なら通れなかった。


 人間なら見向きもしない隙間。


 でも、今の俺なら入れる。


 身体を細く伸ばし、岩の割れ目へ入り込む。


 暗い。


 狭い。


 冷たい。


 だが、安全だった。


 外からは見えない。


 剣も届かない。


 火を入れられたら終わりだが、それまでは生きられる。


 俺は亀裂の奥で、じっとした。


 勇者を追うには弱すぎる。


 村を襲うつもりもない。


 今の俺に必要なのは、怒りを燃やすことじゃない。


 覚えることだ。


 この世界を。


 魔物の身体を。


 勇者たちの戦い方を。


 そして、死なない方法を。


 しばらくして、洞窟の入口に別の足音が近づいた。


 勇者たちとは違う。


 軽い。


 小さい。


 ひとつだけ。


 俺は身体を硬くした。


 やってきたのは、村の子供だった。


 十歳くらいだろうか。


 手には木の棒を持っている。


「まだ魔物、いるかな……」


 子供は怯えながらも、洞窟を覗き込んだ。


 勇者が片付けた後の巣穴。


 そこに残ったものを見に来たのだろう。


 俺は動かなかった。


 殺す気はない。


 近づく気もない。


 俺は人間だった。


 子供を襲う化け物にはなりたくなかった。


 だが、子供は俺のいる亀裂の近くまで来た。


 そして、足元の小石を蹴った。


 小石が、俺の身体に当たる。


「うわっ、スライムだ!」


 子供が叫んだ。


 まずい。


 俺は奥へ逃げようとした。


 だが、子供は棒を振り上げた。


「勇者様みたいに、僕も倒す!」


 やめろ。


 やめてくれ。


 俺はお前を襲っていない。


 何もしていない。


 また同じだ。


 姿が魔物だから。


 そこにいるだけで、殺される。


 木の棒が振り下ろされた。


 斬撃ではない。


 ただの打撃。


 俺は初めて、そのことに気づいた。


 斬撃耐性はある。


 でも、打撃への耐性はない。


 木の棒が、俺の身体を潰した。


 痛みというより、全身が弾ける感覚だった。


 スライムの身体が飛び散る。


 意識が白く揺れた。


 子供の声が遠くなる。


「やった! 倒した!」


 違う。


 まだだ。


 俺は、まだ――。


《死亡を確認しました》


《死因を解析します》


《死因:打撃》


《加害個体:人族/幼体》


《打撃耐性・微を獲得しました》


《過去転生種族:ゴブリン、スライム》


《ゴブリン、スライムへの再転生は不可》


《次回転生種族を抽選します》


 暗闇の中で、俺は怒っていた。


 勇者だけじゃない。


 この世界そのものが、俺を魔物として殺しに来る。


 なら、覚えてやる。


 剣も。


 炎も。


 棒も。


 祈りも。


 この世界が俺を殺す方法を、全部。


《抽選完了》


《次回転生種族:洞窟蜘蛛》


 次に目を覚ました時、俺には八本の脚があった。



---


現在のステータス


名前:未設定

現在種族:洞窟蜘蛛

過去転生種族:ゴブリン、スライム

転生回数:3回目

死亡回数:2回

前回死因:人族の子供による打撃

獲得耐性:斬撃耐性・微、打撃耐性・微

記録済み敵性個体:勇者適性保持者、人族の子供

固有権能:《輪廻変異》《死因耐性》

現在目標:洞窟蜘蛛の身体に慣れ、殺されずに隠れて生き延びる

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