第21話 アンリエッタ・パーカー
「まさか……そんな馬鹿な! 迎撃用に用意したスカイフィッシュが全滅だと? この短時間で……!」
狼狽しているマティアスに、大河内は怒鳴った。
「どうにかできないのか! このままだと全員殺されるぞ!」
「あんた達には二つの選択肢がある」
一貴がそう言って日本刀を、倒れたスカイフィッシュの頭に突き立てた。
そして淡々とした目で、自分を取り巻く恐怖の感情を見回して続ける。
「今、ここで皆殺しにされて飛行機ごと罪のない乗客達と海の藻屑となるか。もう一つは、抵抗せず、静かに『網原汀』の身柄をこちらに引き渡すという選択肢だ」
なぎさ、と聞いて汀が顔を上げて一貴を見る。
その怯えたような小動物のように震える目を見て、一貴は一瞬怪訝そうな顔をした。
しかし一拍後、その目が見開かれ、やがて彼は口をあんぐりと開けて、よろめいた。
「いっくん!」
岬が慌ててその体を支える。
一貴は自分を見つめる汀を見ながら、岬に寄りかかって息をついた。
「ウソだろ……」
自嘲気味な乾いた笑いが彼の喉から出た。
一貴は片手で顔面を覆うと、わななく手で髪を毟らんばかりに掴んだ。
「ウソだろ!」
一貴の怒鳴り声を聞いて、問いかけようとした岬だったが、彼女も汀のことを見て停止した。
「……あなた……誰?」
唖然としたように問いかけられ、汀が硬直して大河内にしがみつく。
岬は目を怒りに燃え上がらせながら、手にしたショットガンを周囲に向けた。
そして発狂したかのように喚き出す。
「なぎさちゃんをどこにやった! 汚いぞ、赤十字!」
「違う。岬ちゃん。あれが……なぎさちゃんだ」
一貴が歯を噛み締めながら立ち上がった。
そして日本刀を両手に構えながら足を踏み出し、地面にへたりこんでいるマティアスに大股で近づく。
悲鳴のような声を上げて逃げ出そうとしたマティアスの足に、彼はためらいもなく日本刀を叩き込んだ。
陰惨な悲鳴が周囲に響き渡り、太ももから両断されたマティアスの右足が、屠殺場の肉の塊のように転がる。
噴水のように血を噴出させ、わけの分からない言葉を喚きながら地面を転がるマティアスの頭を踏みつけ、一貴は半ば瞳孔が開いた目で彼の顔を覗き込んだ。
「一つだけ質問をしよう」
凍った鉄のような、抑揚がない声だった。
ヒー、ヒー、と喉を鳴らすマティアスに、一貴は静かに問いかけた。
「何をした?」
マティアスはそれを聞き、しかしクック……と震える喉を鳴らして笑った。
そして一貴に手を振り上げ……。
脇に立っていた岬が、表情も変えずに、ショットガンの引き金を引いた。
サバイバルナイフを持っていたマティアスの右腕が銃弾に吹き飛ばされて粉微塵に飛び散る。
絶叫した彼の頭を強く踏みにじり、一貴は静まり返った周囲を気にすることもなく、繰り返した。
「お前、僕のなぎさちゃんに何をした」
マティアスは痛みに体を痙攣させながら、口の端を歪めてニィ、と笑った。
「わからないか……?」
かすれた声で問いかけ、彼は息を吸い、吐いた。
「もう少し賢いと思ったんだがな……テロリスト……」
「…………」
「切り取った精神真皮は腐敗してた……破棄したよ。つまり、『網原汀』という存在は、もうこの世界には存在しない……」
無言の一貴を、残った左腕を上げて指差し、マティアスは大声で笑った。
「俺達の勝ちだ! テロリスト、お前達が求めていた、ナンバー4はもう既に死んでるんだよ! あそこにいるのは外側だけのただの人形さ!」
「何……だって……」
大河内がマティアスの怒声を聞いて、汀を抱きながら引きつった声を発する。
彼は何か言葉を続けようとしたが失敗した。
「どんな気分だァ? 仲間を殺されるっていうのは! なぁ教えてくれよ、テロリスト? やっぱり悲しいものなのか?」
呆然としている一貴を嘲笑し、マティアスは血が混じった唾を吐き散らしながら叫んだ。
「そしてお前らはもう逃げることはできない! のこのこ乗り込んできた時点で、俺達の勝ちは」
パァン、とショットガンの炸裂する音が響いた。
腹部をグチャグチャに破壊されたマティアスの体が、何度か痙攣して力をなくす。
「うるさい」
岬がゴミでも処理するかのように呟き、一貴の肩を掴んだ。
「しっかりして、いっくん。とりあえずあのなぎさちゃんの精神中核を持って、早くダイブアウトしよう」
「ダメだ、岬ちゃん。僕達はどうやら、こいつの言うとおりにハメられているみたいだ」
一貴が頬に浮いた汗を拭い、舌打ちをする。
その目にはわずかに焦りの色が浮かんでいた。
「急いで。すぐにダイブアウトするよ」
「どうして? 外側だけでも、あそこになぎさちゃんが!」
「早くしないと僕達全員死ぬ!」
いつになく緊迫した声で一貴が怒鳴る。
岬がビクッとして、そして耳元のヘッドセットを操作した。
そして目を丸くして硬直する。
「ウソ……そんな……」
一貴が無言で、地面にパンッと手をつける。
そこに木造りの扉が開き、彼はそれを開けた。
「ま……待ってくれ!」
大河内がそこで立ち上がり、大声を上げた。
一貴が動きを止め、首だけを曲げて大河内を見る。
「聞きたいことがある。さっきの……さっきの話は、本当のことなのか!」
一貴は怪訝そうな顔をして、大河内を睨みつけた。
「お前達がやったことだろう」
「違う……私は……私は……!」
大河内は手を握りしめ、絞り出すように言った。
「この子を救いたかった……!」
一貴はしばらく大河内を睨んでいたが、岬に手を引かれ、息を吸ってから言った。
「時間がない。早く現実世界に戻って、管制局に連絡するんだ。このままでは、僕達もお前達も皆殺しにされる」
「……どういうことだ?」
目を見開いた大河内に、一貴は続けた。
「外の仲間から連絡があった。空自の戦闘機が三機、こちらに近づいてきている」
「戦闘……機?」
言われたことの意味がわからず大河内は呆然とした。
一貴は、周囲で息を飲んだ看護師達を見回して、言った。
「僕達の飛行機は、お前達の乗っている飛行機の真上を飛行中だ。戦闘機に補足されたら破壊される。その意味が分からなくはないだろう」
「私達は……」
大河内は震える手で顔を覆った。
「囮にされたのか……!」
「僕達はここを離脱する。早く着陸先の空港に連絡をしろ。連絡途絶状態でなければ、もろとも撃墜されることまではないはずだ」
一貴はそこまで一気に言うと、扉の中の暗闇に体を滑り込ませた。
そして一瞬、怯えた目の汀を見つめて扉を締める。
そこで、大河内達の意識はホワイトアウトした。
◇
「やられた……!」
簡易ベッドから飛び起きて、一貴はヘッドセットを床に叩きつけた。
その隣で岬が目をこすりながら緩慢に体を起こす。
「すぐになぎさちゃんの捨てられた精神真皮をサルベージしないと……」
「ダメだ、時間がない」
頬に汗を浮かせながら、結城が言った。
そして一貴の頭を掴んでベッドに押し戻し、低い声で言う。
「離せ! 今はお前と話してる時間は……」
「黙れクソガキ。お前には私らを追ってきてる戦闘機のパイロットを殺しに行ってもらわないといけない」
冷たい、鉄のような目で結城は一貴と岬を見下ろした。
「ダメだ! 時は一刻を争うんだ!」
喚いた一貴の頬をパァン、と結城は張った。
一瞬呆然とした一貴の髪を掴んで、彼女は無理矢理に自分の方を向かせた。
「奇遇だね。あたしらも一刻を争うんだ。話し合ってる時間はない。行け」
「…………!」
「それともあの旅客機に乗ってる、網原汀の外側と一緒に、この空の上で爆裂四散するかい? 赤十字……いや、日本政府は、マインドスイープを妨害してるテロリストであるあたしらを殺すためなら、旅客機の一つや二つ、簡単に見捨てるんだよ。ただの事故として処理されて終わりさ。あたしらの理想も実現できずに、幕を下ろす。それでもいいのか?」
一貴は歯を噛み締めて、ベッドに横になった。
結城が転がっていたヘッドセットを彼に被せて、計器を操作する。
「残念だったな一貴。あっちの旅客機に退避勧告が遅れた。あと二分くらいで空自の戦闘機と接敵する」
結城がそう言ったところで、岬が力なく咳をし、ベッドの上に盛大に吐血した。
白衣を着た看護師達が岬に群がり、処置を始める。
「岬ちゃん……!」
「無理のしすぎだ。一貴、集中しろ」
「……分かった。どうすればいい?」
無理矢理に気持ちを切り替えた一貴に頷き、結城は続けた。
「この飛行機から、半径五キロ圏内に、睡眠を誘発する干渉電波を発生させる。ある程度の指向性をを持たせて、戦闘機に向けてそれを照射する」
「戦闘機の速度だ。当たるとは思えない」
「だろうな。当たったとしても一瞬だ。戦闘機のパイロットの意識を、一瞬だけノンレム睡眠間際の、朦朧状態にする。その一瞬で、お前はパイロット3人の意識下にダイブ。殺せ」
「ダイブラインの通信電波は?」
「問題ない。ここから半径二百キロの範囲でお前の意識を飛ばせる」
淡々と計器を操作しながら結城が言う。
一貴は奥の部屋に運ばれていった岬を一瞥し、ベッドに体を預けた。
「分かった。殺してくる」
◇
それから一貴が目を覚ましたのは、三時間ほどが経過した夕方だった。
ゴウンゴウン、という飛行機の駆動音が響いているのを聞いて、自分が空の上にいることを自覚する。
隣には無表情で医療器具の計器を操縦している結城の姿があった。
「起きたか」
静かに呼びかけられ、一貴は力が入らない体を無理矢理に動かし、上半身を起こした。
「無理するな。短時間の間にスカイフィッシュになりすぎたんだ。しばらく体は麻痺してる」
「僕は……どうしたんだ?」
その問いかけに、結城は怪訝そうな顔を一貴に向けた。
「何だ? 何言ってるお前」
「結城? 何で僕はここにいるんだ? いつの間に飛行機に……」
一貴は戸惑った顔で周りを見回した。
「岬ちゃんは? これからなぎさちゃんを助けにいかないと……」
「お前……」
結城は一瞬だけ、つらそうに顔を歪めた。
やるせないような、苦しい、悲しい顔だった。
しかし彼女はすぐに表情をもとに戻し、眼鏡の位置を直した。
「……そうだな。だが、しばらく休息が必要だ。これ以上動くと死ぬぞ、お前」
そう言いながら、結城は一貴の点滴に、金色の液体を混ぜた。
「そうだな……」
一貴は頷き、目を閉じた。
「なんかだるい……力が出ねえや……」
◇
静まり返った会議室で、圭介はiPadをデスクに置いてそこを見つめていた。
「Albert Godark」と書いてあるアイコンが点滅し、重苦しい声が流れ出す。
『極秘で出動させていた、日本空自の戦闘機が三機、撃墜された。撃墜……と言うよりは、全機コントロールを失って海面に突っ込んだ。大破、残骸さえ見つからず粉々になったらしい』
「…………」
無言の圭介に、通話の先の男性……アルバートは続けた。
『失敗だな、ドクター高畑。君が立てた計画通りに動いたが、肝心のところで詰めを誤ったらしい。網原汀の身柄を囮に、飛行機ごとエサにしておびき出すまでは良かったが……おびき出したテロリストの戦力と能力を見誤るとは、君らしくもない。今まで何を見てきたのかね?』
責めるような口調を受け、しかし圭介は眼鏡のズレを直して、裂けそうな程口を開いて、ニィと笑った。
カメラで相手側に表情が伝わっていたのか、沈黙が返ってくる。
「失敗? 世界医師連盟の重鎮である、あなたらしくもない断言ですね」
『どういうことだ?』
「ことは予定の範囲内です。私の計算通りならば、テロリストの保有するスカイフィッシュは、今回の無茶なジャックで行動不能になっているはずです。しばらくは動けないかと思われます」
『……君は……』
アルバートが声を落として言う。
『まさか、空自の戦闘機まで捨て駒にしたとでもいうのか?』
「スカイフィッシュの危険性を侮ってはいけません。今回、テロリストは飛行中の戦闘機パイロットの脳内に強制ジャックをかけてきました。おそらくそれで、パイロット達は一時的に昏睡状態に陥り、そこでマインドジャックを受けて墜落したのです」
『分かっていたのか……!』
「分かっていなければ、計画は立てられないと思いますが?」
何でもないことのように無表情で返し、圭介は続けた。
「予定通り、大河内医師達を沖縄の那覇空港に着陸させてください」
『待て。今テロリストのスカイフィッシュが動けなくなっているのならば、叩くのは今ではないのか? 奴らの航空機の座標をロストする前に……』
「流石にあなたといえど、三機も自衛隊の戦闘機をゴミにしておいて、今後何もないとは思えませんが……いまは辞めておいた方がよろしいかと」
淡々と言い放った圭介に、アルバートは声を張り上げた。
『貴様……! ワシを利用し脅すつもりか!』
「ええ。『利用』し『脅す』つもりです。それが何か?」
機械のような声と無表情を受け、アルバートが押し黙る。
「まぁそうカッカせず。いい関係を築いていきましょう。私は、『まだ』あなたの敵ではありませんから」
プツッ、と一方的に通話を切り、圭介は背もたれに体を預けた。
そして、ぬるくなったコーヒー缶の中身を喉に流し込んで立ち上がる。
◇
部屋の対角側には、ジュリアが重苦しい顔をして座っていた。
「ドクター高畑。どこに行くの?」
「ソフィーの腕の結合手術をしなければいけない。君の、『アンリエッタ・パーカー』としての力を貸してもらう」
「私は……」
ジュリアは俯いたまま、両手を弄びながら小さな声で言った。
「……反対よ。こんなの、人間のやることじゃない……」
「へえ……」
意外そうに圭介は顔を上げ、ジュリアに近づいた。
そして俯いた彼女に覆いかぶさるようにその顔を覗き込み、無表情の目を向けた。
「理緒ちゃんを殺しておいて、よくそんなこと言えるな」
「あれは……!」
弾かれたように顔を上げ、ジュリアは必死の形相で圭介に叫んだ。
「ああするしかなかったじゃない! あなただって了承していた!」
「でも人間一人の精神を破壊し、元に戻らなくしてしまったのは事実だ。俺はその手伝いをしたにすぎない。あの作戦の陣頭指揮は、君がとっていた。分かるか? 理緒ちゃんを殺したのは、君だ」
ゆっくりと反芻するように言い、圭介は子供にやるように、震えるジュリアの頭を撫でた。
「人間殺すのははじめてか?」
「そんな……違う、私は、私は殺してなんかいない……あの子を治療した。確かに治療したわ!」
「その結果、理緒ちゃんの主人格は永遠にロストした。何現実から目を背けてるんだ」
圭介に無慈悲に断言され、ジュリアはテーブルに手を叩きつけて立ち上がった。
「何を言いたいの……? 私を責めているんですか!」
「いや……全然そんなことは。ただおかしくてね」
「……おかしい?」
「一人殺せば、十人殺しても百人殺しても同じさ。結局は人殺しなんだ。医者なんて。一万の命を救ったとしても、一人殺したら、そのカルマを永遠に背負わなければいけない。消えることがないカルマだ」
「…………」
「人殺しの責任なんて誰もとれない。だから俺達は、いずれ考えることをやめなければいけない。そう……俺達は既に自殺病に侵されている。緩やかにカルマに押しつぶされて、死に近づいている」
圭介はiPadをカバンにしまい、出口に向かって歩き出した。
ジュリアが力なく椅子にへたり込む。
「自殺病にかかった人間は幸せにはなれない。決してだ。いや、なってはいけないんだ」
「ドクター高畑……あなたは……」
「君は、そんなこともまだ分からないのか? アンリエッタ・パーカー」
名前を呼ばれ、ジュリアが口をつぐんで視線をそらす。
「施術は十四時からだ。遅れないで来てくれ」
圭介の姿が廊下の向こうに消える。
ジュリアはしばらく、形容し難い痛みに襲われているかのようにうずくまっていたが、やがてポケットから携帯電話を取り出し、番号を押した。
そして耳に当て、数コール後に応答した相手に、英語で何かを言う。
一言、二言返され、ジュリアは少し沈黙した後、肯定の意思を伝えたのか、何度か頷いてから答え、電話を切った。
その手から携帯電話が滑り落ち、テーブルの上で乾いた音を立てた。
俯いたジュリアの目から一筋涙が流れる。
(中萱君……私は……)
たまらず、ジュリアは両手で自分の顔を覆った。
(あなたのことが、好きでした)
◇
「着いた……のか……?」
ざわつくファーストクラスのエリア内で、大河内は汗を拭って口を開いた。
アスガルドと名乗るテロリストによるハイジャック。
それにより、強制的な眠りから目覚めた機内の乗客は、一時的にパニックに陥っていたが、先程沈静化し、那覇空港に無事に着陸したのだった。
汀は目を覚まさなかった。
意識内を刺激しすぎたのだ。
薬も投与してあるので、しばらくは起きないと思われる。
この子は……もう、汀ちゃんじゃないのか……。
大河内は胸を抑え、抉り込むような痛みに息をつまらせた。
一貴にやられた通り魔の時の傷が、興奮により少し開いてしまったようだ。
「ドクター大河内。汗を……」
看護師が差し出したハンカチで顔を拭い、大河内は視線を横にスライドさせた。
そこには、酸素吸入器を口に取り付けられ、空港の職員達により真っ先に運び出されていくマティアスの姿があった。
おそらく、もう事切れている。
殺したのだ。
あのスカイフィッシュの少年少女達が、あっさりと。
汀の施術をしたマティアスが死亡してしまった今、彼女の精神真皮がどこにいったのかを知る術はない。
つまり。
汀ちゃんは……永遠にこの世界からロストしたんだ。
死。
高畑汀は既に死んでいた。
その残酷過ぎる、しかしあっさりとした事実を大河内はまだ理解ができていなかった。
じゃあ、目の前にいるこの子は何だ。
汀の顔をし、声をし、同じように笑い、同じように怒る。
だが……別人なのだ。
人造で生み出された仮想の人格。
存在しないはずの人間が、目の前にいた。
圭介から遠ざけようとしたのが裏目に出てしまった。
これでは沖縄で、ただ単なる孤立状態になったと同じだ。
テロリストがいつ自分達の意識下にダイブしてくるかも分からない。
もう、大河内に打てる手は何もなかった。
頭を抱えて体を丸めた大河内だったが、看護師の一人がその肩を叩いた。
「ドクター大河内。そろそろ降りないと……」
「あ、ああ……とりあえず、沖縄の赤十字病院に避難しよう。マインドスイープの妨害電波を発する設備があったはずだ」
「分かりました。この子は……」
数名の看護師が近づいてくる。
大河内は胸を抑えて立ち上がり、汀の体を持ち上げた。
「私が連れて行く。君達は早急に病院への移動手段を準備してくれ。次にジャックされたら全滅する」
「分かりました」
頷いて看護師達が機内を出て行く。
大河内は足を引きずりながら、飛行機の出口に向けて歩き出した。
◇
夢の世界で、手術台に寝かされたソフィーは、重苦しい顔で近づいてくるジュリアを見て、不安そうな表情を浮かべた。
その脇には、白衣のポケットに手を突っ込んだ圭介がいる。
二人とも、ジュリアの中にマインドスイープしてきたのだ。
「時間がないわ。ソフィーさん、あなたの動かない腕を切除して、この腕を接続する施術を始めます」
ジュリアが、夢の中に持ち込んだのか、台の上に乗った子供の腕を持ち上げてソフィーに見せる。
ソフィーはジュリアからその腕に視線を移し……その目が大きく見開かれた。
「え……」
かすれた声で呟き、弾かれたように上半身を起こす。
「ちょっと待って! それは……それは一体何?」
悲鳴のような声を上げて喚くソフィーに近づき、圭介がその頭を押さえて無理矢理に手術台に押し付ける。
「……何を暴れているんだ。ジュリアはこの手術の『専門医』なんだ。施術自体は短時間で終わる。動かないでくれ」
「聞いてないわ! あれは……あれは!」
引きつった声で叫ぶソフィーに、悲しそうな顔でジュリアが子供の腕を持ったまま近づく。
顔面蒼白となったソフィーだったが、圭介がポケットから出した注射器を、彼女の首に挿して中身を流し込む。
一瞬で体が麻痺したのか、ソフィーはガチガチと歯を鳴らして、目を飛び出さんばかりに見開いたまま、かすれた声を発した。
「嫌……嫌よ……そんなのやめて……ひどい、ひどすぎるわ……誰か助けて……」
「痛くはしないわ。すぐに終わる」
淡々とした声でジュリアが言う。
次の瞬間、彼女の髪がざわざわと動き出し、体全体を包み込む大きな白いコートを形成した。
そのパーカーフードの奥。
ドクロのマスクを見て、ソフィーは金切り声の絶叫を上げた。
それはまさにスカイフィッシュ。
悪夢の権化の姿だった。




