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第20話 襲来

「何だ……ここ……」


大河内は言葉を失って周囲を見回した。

そこは、半径三十メートル四方ほどの丸い空間だった。


中央に小さな小屋があり、木が一本近くに立っている。

周囲は緑色の芝生に覆われ、たくさんの蝶々や小鳥が周囲を飛んでいた。

芝生には花壇が設置されていて、色とりどりの花が咲いている。


空は青。

中点には優しく輝く太陽。

しかし、それも丸い円形空間の中だけでの話だった。

崖のようになっていて、その外は奈落になっている。


大河内はすぐその、落ちる寸前の場所に立っていた。

その下を見て、彼はゾッとした。

ぐつぐつと煮えたぎるマグマのような、

溶岩のようなものが蠢いていたのだ。


なぎさちゃんの精神世界……入れたのか?」

「強制フォーマット後の安定しない世界なんだ……安定してる空間は、今のところここだけだ。落ちれば多分虚数空間になってるから、元に戻れないよ」


背後から言葉を投げかけられ、大河内は慌てて振り返った。

白衣のポケットに手を突っ込んだマティアスが立っていた。


彼はヘッドセットを操作したが、その向こうからノイズしか聞こえてこない事を確認して、舌打ちして手を止めた。

すぐ近くに、看護師数人とマティアスと同じ、北ヨーロッパ赤十字の職員が倒れていた。

彼らが頭を振りながら起き上がり、同様にヘッドセットを操作しようとする。


「ナビをする人間が外にいないから駄目だ。それより、早くナギサちゃんの精神中核を保護するんだ」


指示を受けた職員たちが、小屋の方に走っていく。

大河内も慌ててついていくと、小屋の中には小さなブラウン管型テレビが床に設置されていて、その前に揺り椅子がひとつ置いてあるだけだった。


ブラウン管型テレビには、ノイズ混じりの砂画面が映しだされている。

なぎさが、揺り椅子に座ってぼんやりとテレビを見ていた。


「マティアス、精神中核の入れ物を見つけました! 実体を保ってます!」


職員の一人が声を上げると、なぎさが顔を上げて周りを見回した。

そして大河内の姿を見とめると、急いで立ち上がってパタパタと走ってきた。


病院服ではない。

白いワンピースに、ピンク色のバンプス。

髪飾りに、歳相応の女の子である証拠のように、わずかに化粧をしている。

なぎさは大河内に抱きつくと、頭をこすりつけてきた。


「パパ、どうしたの? ここは私の夢の中だよ?」

なぎさちゃん……良かった、無事だったか」


大河内は彼女を抱き上げると、小屋の壁に背中をつけて周囲に目を走らせた。

なぎさの体は、信じられないほど軽かった。


まるで重さがないようだ。

羽毛布団を持ち上げているかのような感覚に、大河内は彼女が飛ばないようにきつく抱きしめた。

なぎさは大河内の首に腕を絡めると、その胸に顔を埋めた。


「どうしたの? 何だか、すごく何かを怖がってるみたい……」

「絶対に、何があっても私から離れるんじゃないぞ。しっかり掴まってるんだ」

「……うん。分かった」


押し殺した声で言った大河内に、怪訝そうな顔ながらもなぎさが頷く。

マティアスが大河内となぎさを守るように職員と看護師に立ち位置の指示をしてから、パンッと手を叩いた。

職員、看護師たちの手に機関銃がどこからともなく現れる。


「使い方は分かるな? テロリストに容赦をすることはない。相手はスカイフィッシュの変種だ。攻撃を受けたら即死だと思え。姿を確認次第、全戦力で叩く」


早口でマティアスが言って、自分のショットガンをコッキングした。

それらの物騒な様子を見て、なぎさが小さく震えながら大河内に抱きつき、ぎゅっと目を閉じる。

今までの彼女からは考えられない弱々しい様子に、大河内は少し躊躇して、言葉を発しようとし……。


「ドクター! 後ろだ!」


マティアスの叫び声にハッとして、なぎさを抱いたまま前に転がった。

なぎさが悲鳴を上げて大河内にしがみつく。


その、今まで大河内の頭があった場所の背後の壁から、無数の日本刀が突き抜けた。

出現する無数の日本刀は、ものすごい勢いで小屋の壁を埋め尽くすと、今度は床や天井に突き刺さりはじめた。

職員や看護師達が、機関銃を構えながら、転がるように小屋の外に向かって駆け出す。


「早く、何してるんだ!」


マティアスが大河内を引き起こしてパチンッと指を鳴らした。

その彼らを庇うように、小屋を内側からなぎ倒しながら鈍重な戦車が出現した。


出現を続けていた日本刀が、まるで雨のように戦車に打ち当たって、ガシャガシャと地面に転がっていく。

実に十数秒も日本刀の雨は続き、たちまち狭い空間が、周囲に鉄臭い黒い刀身がギラつく物騒な様相を呈した。


「掴まって!」


マティアスがそう言って、大河内となぎさを戦車の上に引き上げる。

職員の一人が戦車に駆け上がり、操縦席に座った途端、鈍重な機体が高速でバックした。


なぎさが声を上げて頭を押さえる。

大河内はなぎさが転がり落ちないように抱きしめながら、必死に戦車の上にしがみついた。


戦車は小屋があった場所から奈落の手前までバックすると、そこで止まった。

職員と看護師達が、機関銃を構えながらバラバラと戦車を囲むように整列する。


「こんなものまでサーバーに保存できるのか……!」


押し殺した声を発した大河内を無視して、マティアスは銃座に駆け上がると、機関銃の砲身を前方に向けて、一気に引き金を引いた。

職員と看護師達も、持っている銃の引き金を引く。


連続した凄まじい射撃音が鳴り響いた。

なぎさが体を硬直させる。

大河内は彼女の耳を手で塞ぎ、庇うようにその体に覆いかぶさった。


周囲に雨のように親指大の薬莢が飛び散る。

焦げ臭い硝煙の臭い。

小屋の向こうで立ち上がった人影にすべての銃弾が吸い込まれていき、炸裂した。

一本だけ立っていた木が粉々に吹き飛ばされ、小屋の残骸が煙となって飛び散る。

芝生がえぐれ、吹き上がり、周囲にもうもうと土煙が舞った。


数秒経ち、煙が風に舞っておさまってきたところで、大河内は顔を上げて硬直した。

銃弾が炸裂した場所に、マントを体に巻きつけた人影がしゃがみこんでいたからだった。


「チッ……効果がないか……!」

「確認しました! スカイフィッシュ変種です!」


職員の一人が大声を上げる。

マティアスがまた手を叩くと、彼の胴回りに防弾ベストが出現した。

そこにぶら下がっていた手榴弾を幾つか手に取り、歯でピンを抜いてから間髪を置かずに投げつける。


スカイフィッシュは飛んでくる無数の手榴弾を見上げ、両手をそちらに向けて開いた。

彼の周囲に、凄まじい数の日本刀が、何に支えられているわけでもないのに出現して、浮遊をはじめた。

そのうちの何本かが手榴弾に突き刺さり、空中で大爆発を上げる。

そこで、大河内は青くなった。


「マティアス、気をつけろ! 一人じゃない!」


スカイフィッシュの背後に、また動くものが見えたのだった。

それは日本刀の群れに隠れるようにしていたが、手前のスカイフィッシュがサッと身をかがめた瞬間、前に飛び出してきた。


「スカイフィッシュ変種が……二体だと!」


マティアスが声を荒げる。

マントにドクロのマスクを被ったスカイフィッシュ。

それが二人立っていた。


後ろから飛び出してきたスカイフィッシュが、担いでいたロケットランチャーをこちらに向ける。

巨大な砲弾が火を吹き、放物線を描いてこちらに向かって吹き飛んできた。


「マティアス、どうするんだ!」


大河内が悲鳴のような大声を上げる。

マティアスは飛んでくるロケットランチャーの砲弾を睨みつけ、口の端を裂けんばかりに開いて笑った。


「大人を……赤十字を舐めるなよ!」


嘲るようにそう言った彼に、別の職員が地面を手で叩いてから叫んだ。


「閉鎖領域への夢座標の転送、完了しました。扉を開きます!」

「開放しろ!」

「了解!」


ロケットランチャーの砲弾が、戦車に打ちあたって炸裂する……と、大河内がなぎさを強く抱きしめ、彼女を庇うように体を丸めた瞬間だった。

職員の一人が叩いた地面に、木造りの扉が出現した。


それがひとりでに開き、中から数人の人影が、戦場の様相を呈している空間内に踊り込んできた。

そのうちの一人が、人間とは思えない程の跳躍をして、今まさに炸裂せんとしている砲弾を手で掴む。


次いで人影は、思い切りそれをスカイフィッシュ達に向かって投げ返した。

ロケットランチャーを担いだスカイフィッシュが、慌ててもう一発のランチャーを発射する。

空中で二つの砲弾が衝突し、まるで昼間のように光が飛び散り、爆炎と鉄の破片が周囲を舞った。


「パパ……!」


なぎさが悲鳴を上げて大河内にしがみつく。

大河内は爆炎で吹き飛ばされないように、しっかりとなぎさに抱きついた。


「くく……」


押し殺した声で、マティアスが笑った。


「もう終わりだよ、お前ら」


ポケットに手を突っ込んで、彼は戦車の上に仁王立ちになった。

彼を守るように、扉から出てきた人影が四つ、戦車の周りに立って腰を落とす。

そして四人同時にチェーンソーの紐を引っ張った。


「え……」


大河内は目を見開いて、その光景を見た。


「スカイフィッシュ……?」


四人。

ドクロのマスク。

黒いボロボロのマント。

ジーンズに血にまみれたタンクトップ。


同じ格好をしたスカイフィッシュが、四人、大河内達を守るように立っていた。

ドルンドルンとチェンソーのエンジン音があたりに響き渡る。


「どういうことだ……? スカイフィッシュが……四人も……」

「対スカイフィッシュ変種用の、GDが保有している『人工スカイフィッシュ』だ」


ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら、マティアスは大声を上げた。


「よーしいい子たちだ! お前たちの目の前にいるあいつら! 食っていいぞ!」


スカイフィッシュ達が、マスクの奥の口を開けて金切り声のような絶叫を上げる。


「マティアス! 私はこんなもの知らないぞ! 何だ、人工スカイフィッシュって!」


大河内が真っ青な顔をして怒鳴る。

マティアスはうずくまっている彼を見下ろして、鼻の端を歪めて笑ってみせた。


「その名の通り、人工的にスカイフィッシュに『した』子どもたちだよ。実験の副作用で、理性なんて消し飛んでるけどね。まぁ……ボディガードにはそれくらい単細胞な方が適してるから、問題ない」

「問題ないって……お前!」

「とことんやり方がクズだな。赤十字……」


そこで、日本刀を構えていたスカイフィッシュ変種が口を開いた。

何度も聞いた声。大河内が歯を噛んで、汀を背後に庇う。


「工藤……一貴!」


一貴はスカイフィッシュの仮面を脱いで脇に捨て、ギラつく目で大河内とマティアス達を見回した。


「僕達みたいな子供を意図的に量産するなんて、性根が腐った人間しか思いつかないことだ。お前たちが考えそうなことだよ」

「テロリストに非難されるほど、非人道的なことを行なっているつもりはないんだがな」


マティアスは戦車の上で腕組みをすると、一貴を冷たい目で見た。


「よってお前達と話し合いをするつもりも、情けをかけるつもりもない。ここで八つ裂きにして虚数空間に投げ込んでやる」

「随分と強気じゃないか」


一貴が空中に浮遊していた日本刀の一本を手に取り、構える。

その背後でもう一体のスカイフィッシュ変種がマスクを脱いで髪を掻きあげた。


「君は……!」


大河内が声を上げる。

岬はそれを無視して、ゴミでも見るかのような目で周囲を見回すと、一貴に向かって口を開いた。


「……片平理緒がいないわ」

「そうみたいだね。でもなぎさちゃんがいる」

「私は、片平さんを殺したいんだけど……」

「分かってる。それは時期を見て必ず、岬ちゃんにさせてあげるよ」


一貴はそう言うと、自分たちを取り囲むように包囲を狭めてきた、四体のスカイフィッシュを見回した。


「こいつらを作るために、一体何人のマインドスイーパーを犠牲にした!」

「さてね……」


マティアスはクックと笑ってから肩をすくめた。


「いちいち数えるのが面倒くさくなったから、僕は知らない。電算処理部にでも聞いてくれ」


パチン、とマティアスが指を鳴らす。

途端、チェーンソーを回転させながら四体のスカイフィッシュが、一斉に一貴と岬に襲いかかった。

一貴は自分に向かってきた二体を見据え、日本刀を構えて腰を落とした。


「岬ちゃん、残り任せたよ」

「うん」


岬が頷いて、手に持っていたロケットランチャーを振る。

アサルトライフルを脇に挟み、彼女はためらいもなく飛びかかってきた二体に向けてそれを乱射した。


銃弾を真正面から浴びて、二体のスカイフィッシュが吹き飛び、地面を転がる。

しかし銃弾は貫通することなく、バラバラと地面に転がった。

無傷のスカイフィッシュ達がまた岬に飛びかかろうとして……。


ズンッ……。

という重低音と共に、周囲が凄まじい地震が起きたかのように揺れた。

悲鳴を上げたなぎさを支えたまま、大河内が戦車の上から転がり落ちる。

マティアスも身をかがめたほどだった。


地面に打ち当たる寸前、大河内がなぎさの下に体を滑り込ませ、彼女を受け止める。

したたかに肩を打ち付け、大河内は息をつまらせて激しく咳き込んだ。


「パパ……! パパしっかりして!」


なぎさが声を荒げて大河内を揺さぶる。


「な……何が……」


マティアスが顔を上げ、そこで彼は目を丸くして動きを止めた。

直径十メートルを超える巨大な黒光りする「鉄球」が、地面にめりこんでいた。


どこから現れたのか、何を変質させたのかわからないが、とにかく規格外の大きさだった。

その天辺に岬が立ち、服を風に揺らしていた。


「いっくん、片付いたよ」


彼女がそう言って飛び降りたところで、マティアスは見てしまった。

二体のスカイフィッシュが、鉄球に押しつぶされて、まるで虫の標本のようにぐちゃぐちゃな血反吐の塊になっているところを。


「うっ……」


思わずえづいた彼の目に


「早かったね」


と言って日本刀を、飛びかかってきたスカイフィッシュの口に突き刺した一貴の姿が映る。

彼は地面にスカイフィッシュを縫い止めると、残った一体に向けて口をすぼめて強く息を吐いた。


熱風。

いや、違う。

炎の竜巻が巻き起こり、残った一体の体を吹き飛ばす。

虚数空間に落ちていったそれを見下ろして、一貴は息をついた。


「迎撃部隊全滅しました……! マティアス!」

「外部との連絡通路、構築出来ません! 何らかの阻害電波が発せられています!」


職員たちが悲鳴のような声を上げる。

一貴と岬は悠々と足を進めると、戦車から少し離れたところで歩みを止めた。


「まぁ、経験と素質の差ってことで……同じスカイフィッシュだと思ってもらっては困るんだよね」

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