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黒衣の守護者  作者: 樽吐
王女達の思い
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(4)

 それからあっという間に数日が過ぎた。ショノアとファランの2人はずっとチェリクスを目指して飛んできている。長い道のりだったが、ようやく雲の下にそれらしき街の姿を見つけてネメアが着陸体勢になる。

「あれは…」

 しかし下の様子を確認していたショノアが警戒した様子で呟いた。彼はその後もあらぬ方を見つめてじっと動かない。

「ショノア…?」

 心配になって後ろから声を掛けてみれば、彼はファランを振り返った。

「ネメアが街を襲ってる…。俺達は尾けられていたのかもしれない」

「ネメアが? チェリクスを襲ってるの?」

 ファランが確認すれば、ショノアは神妙な顔で頷いた。

「俺は一度ネメアを殺してる…。それに気付いたデルフィラが俺の足取りを追ったのかも…」

「それは考え過ぎじゃない? チェリクスは結構昔からガレスからの攻撃を受けてきてるってゲラントは話してた。だから防衛策も王都並にしっかり取られてるんだって」

 神経質になるのも無理はないが、いくらデルフィラでもショノアの居場所を逐一把握しているはずはない。彼がネメアを倒した場所はチェリクスからは丸一日の距離だ。そしてチェリクスに於いてショノアは特に大した魔法は使っていない。彼が行く先々で激しい戦いを繰り広げているなら或いは場所を特定されてしまう可能性もあるが、今回はそれにはあたらないように思えた。

「とにかくどうにかしないと…」

 ショノアはそのまま下りて行くつもりのようだ。だが大丈夫だろうか。

「ショノア。あなた、ネメアと戦うつもり?」

「当たり前だろう? 俺はネメアを殺せるんだ。その力を持っていながら見過ごすことなんてできない。…何よりセレンなら…絶対に助けに行く…!」

 ショノアはどうにも余裕がない様子だった。やはりまだ偽物のセレンのことが頭に引っかかっているのだろう。でなければ思慮深い彼がこんなにも好戦的になるはずはないのだ。

「でもそんなことしたら間違いなくデルフィラに気付かれる。それって…あの街にとって本当に良いこと?」

「⁈」

 ファランの言葉にショノアの表情が明らかに強張った。それは彼女の言葉を彼が正しく認識している証拠だ。

「私も…街を巡って作物を育ててきた…。それ自体はとても良いことだし、感謝もされる。だけど私はずっと同じ場所で人々のために尽くしていられるわけじゃない…」

 恵みの神の噂はナビルだけではなく野盗達も引き寄せた。豊富な食糧は野盗達に狙われ、餓死する以上の人の命が奪われた村もある。その話を後になって耳にしたファランはいつも自分のしたことは正しいことだったのかと悔やんだものだ。

「あなたがここでネメアを倒せばデルフィラは本気でチェリクスを潰しにかかる。あなたが街に身を寄せていようがいまいが関係ない。それはわかるよね?」

 そもそもデルフィラに誰かに遠慮する理由など無いのだ。ネメアを殺された腹いせと、長年続いてきたチェリクスとの戦いをここで終わらせにかかったとしても何の不思議もない。そのきっかけを彼が作ってしまうかもしれないのだ。ショノアは思っていた以上に衝撃を受けたらしく、青ざめた顔でファランをただ見つめている。

「別に黙って見殺しにしろって言ってるわけじゃないの。ただ…他に何か方法はない? このままだとショノアはまた怪しまれてしまうのよ?」

 ただでさえエリアナ達には既に怪しまれているのだ。ぐずぐずしていたらこのミレノアルにショノアの居場所は無くなってしまうかもしれない。王都から遠く、ガレス人を受け入れてくれるチェリクスはショノアの最後の砦なのだ。慎重に行動しなければ後々悔やむことにもなりかねない。

「チェリクスは今までだってネメアの襲撃を受けてきたはず。それでも落とされてないんだから、きっと何かネメアを追い払う良い方法があるはずよ?」

「……」

 ショノアの顔には未だに焦りが見える。だがそれでも今すぐに地上に降りるとは言わなかった。とにかく何かを必死で考えているのか、下をじっと見下ろしている。ファランも何かないかと持ち物の中を探ってみると、棘花の種がたくさん出てきた。

「……棘花なんて…ネメアには何の役にも立たないよね?」

 何かを期待したわけではないが、つい思ったことが口に出る。これが何かの役に立つならファランも今回の件に貢献できる。ただそう思っただけだ。

「…棘花はどれくらい大きく育てられる? 生長速度は?」

「え?」

 意外にもショノアが食い付いてきたのでファランは思わず聞き返してしまった。

「チェリクス全体を覆う大きさにはできるか? 幸いあの街は上空まで結界で覆うためにあまり背の高い建物もない」

「街全体を…⁈ できるとは思うけど…時間はかかる…。モンドレルの時みたいに増幅器があるわけじゃないもの」

「増幅器か…。何とかしてみる。それならどうにかなりそうか?」

「う…うん。多分大丈夫…」

 不安がないわけではない。果たして彼が期待するような結果を出せるだろうか。棘花は比較的育てるのは簡単で、元々生長速度は速い。しかも花を咲かせたり、種を作る必要がないとなれば、力いっぱい育てるだけで済む。だからこそ後先考えずに魔法を使えば恐ろしい速度でチェリクス全体を覆えるはずだ。

「わかった。じゃあ棘花の種をくれ」

 手を差し出されたのでファランは渋々種の入った袋を渡した。一体何が始まるというのだろうか。ショノアが少し高度を下げたので、ファランの目にもチェリクスの様子が見えるようになってきた。それでもまだネメアの姿は豆粒程度だ。どうやら街を襲っているのは1体だけのようだが、何をしているのか、ネメアらしき黒と金の塊がチェリクスの上空を行ったり来たりしている。恐らく街の中に入れずに何度も結界に突撃しているのだろう。結界も万全とは言えず、あまり強い衝撃を加え続けると破れることがあるという。ネメアは恐らくそれを狙っているのだ。だとしたらあまり悠長にはしていられないのかもしれない。

 心配するファランの目の前でショノアは種の一つ一つを魔法で覆い、それを下に向かって蒔いた。種は矢のような速さで街を囲む壁のすぐ外側に均等に落ちていく。あまりにも小さいので、ネメアも全く気にする様子はない。しかし増幅器はどうするのかと顔を上げれば、ショノアは何故か手にいっぱいの石を抱えていた。

「ここはガレスにも近いからな…。魔法具に向いた鉱石が結構埋まってる。一度きりで形も気にしないなら、これでも増幅器の代わりくらいにはなるだろう」

 話している間にもショノアの手の中で鉱石が光り始めた。その辺りに転がっているただの石に見えたが、今は隙間から無数に光が漏れ出ていてショノアの魔法に反応しているのがよくわかる。その光が定着したのを見届けると、その石も先程の種同様下に蒔いた。

「今から下りるぞ」

 準備ができたとばかりにショノアは白いネメアの体に掴まったが、ファランには何がどうなっているのか全く状況がわからない。

「待ってショノア! 私は棘花を育てさえすれば良いの⁈」

 彼はろくに説明もしてくれていない。棘花で街を覆うだけで何かが変わると言うのだろうか。結界を破壊しようとまでしているネメアに、棘花がどこまでチェリクスに加勢できると言うのか。

「棘花の層はできるだけ厚くなるよう密集して育て続けてくれ。後は俺が引き受ける」

「…わかった」

 相変わらず説明にはなっていないが、ショノアを信じるしかない。ファラン達はチェリクスから少し離れた場所に着陸すると、山の斜面に(そび)え立つチェリクスの壁の側まで近付いた。

 今は外を見張っている兵士達も皆街の中に入っていて、外に人目は全くない。ネメアも街の中の方に集中していて、ファラン達が外にいても全く気付いていないようだ。

「とりあえずやってみるけど…上手くいかなくても怒らないでよ?」

「大丈夫だ。あんたはできる奴だから」

「……」

 信頼を寄せてくれるのはありがたいが、あまり過大な期待ともなると負担になる。それをショノアは学んだ方がいいだろう。ため息が漏れそうになるのを懸命に堪えて、ファランは地面に手を付いた。

「行くわ」

 ファランの全身に魔法が漲ったかと思うと、指先を伝って地中に魔法が根のように広がっていく。この前モンドレルの緑を復活させた際に彼女は効率の良い魔法の広げ方を思い付いていた。魔法を一旦体の中に溜め込んでから一気に放出するのだ。これだと迸った魔法が勝手に惰性で広がっていってくれる。自分の力で広げる必要がない分、植物の育成に力を割くことができるのだ。こういう些細なことも母親が生きていたら教えてくれただろうか。自己流の魔法はとにかく無駄が多いようだ。

 彼女の魔法を受けて、チェリクスの防壁の周りでは一斉に棘花が育ち始め、あっという間に城壁を越えていく。ネメアは一度周りから伸びてきた棘花に視線を向けたようだが、特に問題はないと考えたらしい。まだ結界に(かぶ)り付いたり爪で引っ掻いたりと棘花には見向きもしていない。しかしネメアが気付かない内に棘花は根を地中に伸ばし、新たな場所からどんどん生えてくる。数個の種でも城壁の周りは既に棘花で完全に囲まれてしまった。

 同時に上にも伸びてはいくが、新たに出てくる蔓はまだ細くて自立できない。街の上空は結界に沿って棘花がどんどん覆っていく。ここまで来るとさすがにネメアも煩わしくなってきたようだ。目の前に広がり始めた棘花を掻き分けようと爪を掛けるが、何故か棘花は全くちぎれない。苛立ち棘花を引きちぎることに必死になっていくネメアだったが、周りではお構いなしに棘花は伸び続ける。その内ネメアの体の上にまで伸びてきた蔓に、慌てて飛び上がろうとするがそれもちぎれない。どうにか棘花の中から飛び出そうと、またちぎれる蔓を見つけ出しては掘り進んでいく。だがすっかり姿も見えないくらいに棘花に埋もれたネメアはやがて動かなくなった。

「……ネメアは…?」

 地面に突っ伏したファランはショノアに助け起こされながらも尋ねた。目の前が霞んであまり周りがよく見えない。体にも全く力が入らず、息が凄まじく切れている。おかげでショノアに触れられていることさえあまりよくわからない状態だ。意識が保てているだけまだ良い。

「棘花の檻に閉じ込めた。あんたの…手柄だな?」

「私の…手柄? 何それ…わたしなにも…」

 そこから先はもう何もわからない。さすがに限界を迎えたようで意識が無くなってしまったようなのだ。そのために彼女はショノアが「ありがとう」と礼を言ったことには残念ながら気付けなかった。


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