(3)
ショノアとファランが洞穴で話をしていた頃、エリアナの飛空船ではセレンがエリアナに呼ばれて部屋を訪れていた。飛空船は既にモンドレルを離れ、彼女達は今王都を目指している。ダルチェスに監禁されていたと言うセレンの証言を元に、王代理の立場から彼を追い落とすためだ。更にはセレンの帰還を大々的に国民に知らしめるためでもあった。
エリアナはセレンが部屋に入ってくると長椅子から起き上がり彼を見る。セレンは先程まで異世界の物だという随分と脆い衣服を身に付けていたが、今はこの世界の服に着替えていた。誰か他の騎士から借りたのだろうか、明るい色の服を着ているセレンはやはり昔と随分印象が違って見える。それは年齢のせいだけではないだろう。
「少しは落ち着いたか?」
「はい。おかげ様で…」
彼の話ではあの恐ろしい魔獣放逐場に監禁されていたのはおよそ20日間ほど。その間どうやって生き延びてきたのか、彼はあまり多くを語ろうとはしないらしい。特に痩せているわけでもなく体調を崩している様子もない。あのガレス人との戦いで負った傷くらいしか目立った傷も無かったようだ。それ自体は喜ばしいことだがエリアナには他に気になっていることがあった。
「しかし異世界からようやく戻って来られたと思ったら、今度は暴走した魔法生物の巣窟に閉じ込められるとは…随分と難儀なことであったな?」
向かいの椅子を勧めれば、セレンは黙って座る。そしてさも安心した様子で彼女を眺めてくるのだ。こんなことは昔は無かった。セレンがエリアナを見る時はいつでもどこか悲しげだった。努めて平静を装っていたように見受けられたが、それでも一刻も早く立ち去りたいと全身で訴えてくるようで、エリアナも苛立っていた覚えしかない。
彼も異世界で15年も暮らすというあり得ない体験をして、何か心境の変化でもあったのだろうか。そうでなくともお互い初老と言われる年齢だ。セレンに伴侶や子供はいないようだが、エリアナの3人の子供達はもう全員20歳を超えている。彼女も若い頃のように無茶ばかりセレンに言うつもりはない。だからこそ彼もこうしてエリアナの前でも穏やかな様子を見せてくれているのだろうか。
「エリアナ様が来てくださらなければ私は今もあの場所にいたのでしょう。それを思うと今でも肝が冷えます。まして…あのガレス人は私を殺すつもりでしたからね。彼は…私を異世界から連れ出してくれた恩人とも言えますが…」
「ガレス人に恩義を感じる必要などない。あれはデルフィラの信徒だ」
本当にあの人種が絡んでくるとろくなことがない。セレンを殺すよう命じたのがダルチェスなのかブラドなのか、はたまたこの状況を好機と捉えたデルフィラなのかはわからない。だがいずれにせよセレンが今後邪魔になるからこそ排除しようとしたのだろう。それは間違いない。
「ダルチェスもブラドも今となってはデルフィラの言いなりだ。ミレノアルを取り戻す意思など微塵もない。その分際でよくもお前を服従させようなどと、恥ずかしげもなく言えたものだ」
デルフィラの存在は確かに恐ろしいものだが、エリアナは当初から両国間の和平を望んでいる。それを父である前王とセレンが断固反対し今に至っているのだ。
確かに今エリアナがデルフィラと和平交渉したところで、現状あまり変化はないかもしれない。結局ミレノアルはデルフィラの意向に従うしかなく、それは国にとってかなりの負担になることだろう。だが今のブラドは完全にデルフィラの言いなりであり、最早家臣と言ってもいい。それより和平という形を取った方が国としての尊厳は保たれる。何よりミレノアルの王はデルフィラと対等な立場になれるというものだ。
「エリアナ様は今でもデルフィラとの和平を望んでおられるのですか?」
「勿論だ。それ以外にミレノアルを存続させる方法はない。お前は…反対であろうがな?」
王が亡くなったからと言ってセレンが自らの意志を曲げるようなことは決してない。いつも通り落胆した様子で彼はこちらを見るのだろう。そう予想してセレンを見れば、意外にもセレンは「わかりました」と言って頷いた。
「実を言うと私もそれしかないと思っていたのです…。ですが陛下は最後まで戦い抜く決意を固めておられました。私はそれに従う他なく…」
「その言葉、本心か?」
エリアナはわずかな苛立ちを持ってセレンを問い質した。彼にはずっと反対され続けてきたからか、突然賛同されたりすると揶揄われているような不快な気分になる。
「勿論本心です。…エリアナ様には長年対立するような態度ばかり取って参りましたが、私も一度国を離れたからか…ようやくあなたの目指すものが見えてきたような気がするのです」
「……」
これは言葉通り受け止めても良いのだろうか。王族に対しては常に誠実に向き合っていたように見えるセレンだが、裏では罠を仕掛けて貴族達を粛清してきた一面も持っている。これが演技でないと言い切れる自信はなかった。だがたとえ演技であろうとセレンが彼女に賛同してくれると言うなら、和平の話も夢では無くなるかもしれない。そんな高揚感もあるにはある。エリアナもセレンの有能さは認めているのだ。
「ならばお前は私同様デルフィラとの和平が一番だと考えているのだな?」
「はい」
「……そうか」
あっさり同意されてしまうとかなり拍子抜けしてしまった。セレンを助け出したものの、結局エリアナには付いていけないと言い出されて面倒なことになるのではと予想していたのだ。彼女としてはダルチェスを王座から追い落とすことができれば満足であり、セレンのことは始めからあまり期待していなかった。
「何か?」
釈然としない様子で黙っていたからか、セレンがどうしたのかと確認してくる。それに対してエリアナは曖昧に返すことしかできなかった。まさか反対されると思って身構えていたなどとは言えない。
「エリアナ様。私は今回ミレノアルから離れたことで、ようやく様々なことが見えてきたのです。それまではずっと…陛下に良かれと思い、民衆の怒りを買わぬようにと気を配って参りました。しかしそれではいけなかったのだと…、時には毅然とした態度で強硬に当たらねばならない時もあるのだと、それがよくわかったのです」
「セレン…」
昔はいつでも強硬派なのはエリアナとダルチェスの方だった。セレンは民衆に及ぼす損害を第一に考え、常にエリアナ達の意見には反対してきたものだ。王はそんなセレンの意見を採用し、エリアナ達の意見は無視されて議論は終わる。それがいつもの会議での結果だった。そのセレンが、エリアナ達の言い分の方が正しかったと言い出したのだ。
「あなたは子供の頃から私のことを頼りにしてくださっていた。それなのに私の方ではお断りするばかりでしたね? あの時…私はあなたの望みを叶えているべきだったのです…」
セレンとの付き合いは、エリアナが8歳でセレンが5歳という本当に幼い頃から始まっている。それはセレンの父親が病となり、あまり彼の面倒を見られなくなったためだ。王はセレンを頻繁に城内に連れて来るようになり、自然と年齢の近いエリアナ達の遊び相手となっていった経緯がある。
セレンと引き合わされた時、最初エリアナ達は面白くなかった。彼はよく王都中を王と一緒に巡り歩いていたが、エリアナ達はそんなことを父親にしてもらった覚えはない。王とはいつも兄弟3人一緒で、形式的な場で顔を合わせるのみだ。何故王族でもないセレンばかりを可愛がるのかと、エリアナ達は彼をずっと妬んできたのだ。
それをはっきりと態度に表したのはダルチェスで、彼はよくセレンに無理難題を押し付けてはいじめていた。セレンは口数の少ない本当におとなしい子供だったが、ダルチェスの命令には大して苦とも思わずこなしているように見えた。それがまたダルチェスの癇に障り、日に日にいじめは激化していったのだ。
そんな関係に転機が訪れたのはセレンが8歳の時だ。ダルチェスは久しぶりに城に来たセレンに「今から城を出るから供をしろ」と命じた。セレンもその時ばかりはさすがに強く反対してきたが、ダルチェス達は子供だけで城の外に行くことがどれだけ危険かをまるで理解していなかったのだ。あまりにもセレンが反対するので面倒になってきた3人は、近衛騎士を使ってセレンを足止めし、その隙に城の外に飛び出した。
ダルチェスとしてはセレンを困らせることができたので、そのまますぐに城内に戻っても良かったようだ。だが3人とも思っていたより簡単に城から脱出できたことですっかり調子に乗ってしまい、ついつい城の外を探検し始めてしまったのだ。
街の中では皆彼らが王の子供達だとすぐに気が付き、何かと世話を焼いてくれる。近衛騎士達が護衛に付いていなくとも危険なことなど何もない。彼らはそう信じて疑わなかった。だが見えない場所では彼らを誘拐しようと狙っている者達が着々と準備を進めていたのだ。
まず最初に異変に気付いたのはユーラッドだった。臆病な性格だった彼は最初の内から「早く城に帰ろう」とうるさかったが、周りに人通りが全く無くなっていることに不安を感じて足を止めた。その道は先程街の人間に城への帰り道だと教えられた道だ。それなのに城の目印ともなっている建物の屋根は今では背後に見える。道を間違えたのだと元来た道に戻ろうとした時だった。突然物陰から大勢の人間が現れ、すっかり周りを取り囲まれてしまったのだ。
怯えたユーラッドはダルチェスやエリアナの後ろに隠れようとするが、何しろ周りを取り囲まれているのだ。あまり意味はない。どうやら危険なことになっているらしいと感じた2人は身構えたが、勿論武器になるようなものなど一つも身に付けてはいない。エリアナは腕を乱暴に掴まれ引っ張られたことですっかり震え上がってしまい、動けなくなってしまった。
ダルチェスやユーラッドはまだ暴れるくらいの気力は残っていたようで、かなり抵抗してみせたようだが相手は大人で何人もいる。すぐに彼らも肩に担ぎ上げられてしまった。これは恐らく話に聞く『野盗』という者達だろう。彼らは子供を攫って遠くの誰かに売り払い生活している者達らしい。だとしたらこの先自分達は誰とも知れない人間に売り飛ばされ、奴隷のような生活を強いられるというのか。エリアナは不安と恐怖にとにかく目を固く閉じる。すると突然彼らの足が止まった。
護衛の騎士達が駆け付けてくれたのだとエリアナは期待して前を向いた。しかしそこに立っていたのはなんとセレンただ1人だ。彼らを探していて偶然ここに辿り着いたのだろうが、彼1人では全く何の役にも立たない。連れ去られる子供の数が1人増えるだけだろう。そう落胆していると、セレンはエリアナ達の名前を呼びながら駆け寄ってきてしまった。
なんて馬鹿なことをとエリアナは一瞬呆れた。気持ちは嬉しいが、この状況ならむしろ助けを呼びに行くべきだというのに彼はそうしなかった。いつも的確な行動を取るセレンとも思えない行動だ。しかしそこから思いもしなかったことが起きた。
セレンは走り寄ってきたその勢いのまま、まず先頭のエリアナを横抱きに抱えていた男に突進した。男は予想外に強い衝撃によろめき、エリアナを抱えていた手の力も緩む。その隙にセレンがエリアナの手を引っ張り、彼女を上手く解放した。
驚いたのは野盗達だろう。まだ幼いとも言える年齢の子供が大の大人からエリアナを取り戻したのだから。しかしセレンの髪の色はここ最近では見かけない程の見事なオレンジ色だ。それで彼らもセレンの正体に見当が付いたに違いない。これは油断ならない相手だと見て取って、武器を手に次々とセレンに向かってきたのだ。
セレンは武器も持たずにそんな彼らを迎え撃った。とても8歳の子供とは思えない動きで野盗達の武器を持つ手を次々とへし折っていく。周りはすぐに痛みに呻く人間だらけになっていった。予想外の展開に無事な野盗達は逃亡を始めたが、その中にはダルチェスやユーラッドをまだ担いだままの人間もいる。セレンは素早く走り寄ると、彼らの足を蹴り折りあっという間に2人を解放してしまう。しかしそうやってエリアナからセレンが離れた隙を狙っていた者がいた。
それは恐らく野盗の頭目だったのだろう。セレンの注意がエリアナから逸れて離れていくのを待ち構えていたのか、1人呆然と佇む彼女の側に突然男が現れた。思わず悲鳴を上げたが、無情にも再び腕を掴まれ彼女は引き摺られていく。エリアナは思わずセレンの名を叫んでいた。
彼女の声が聞こえたのか、すぐにセレンの必死な声が聞こえた。その直後に背後で何か異様な音が響く。何故か彼女の肩を掴んでいた手が緩み、意味もわからないまま誰かに手を引っ張られて前につんのめる。周りは水を打ったように静かで、誰もがエリアナを呆然と見つめている。そんな中、呻き声と共に近くで誰かが倒れた。
驚いて振り返ればそこには口から血を吐き出しながら倒れている頭目の姿があった。すぐ側には立ち尽くしながらもその頭目を見下ろしているセレンがいる。何が起きたのか、エリアナは全く何もわからない。だが頭目がそのまま動かなくなると、野盗達はじりじりと後退し始める。そして誰かが「悪魔だ!」と叫んで走り出したのをきっかけに次々と彼らは逃げ始め、あっという間に誰もいなくなってしまった。
後でユーラッドに聞いた話では、その頭目はセレンに胴を殴られ絶命したとのことだった。彼は一撃で人1人の命を奪ってしまっていたのだそうだ。セレンの動きは体が小さかったこともあって、最早目で追うこともできないくらいだったらしい。彼の腕は文字通り矢のように頭目の胴に突き刺さり、体の機能を破壊した。とユーラッドは恐怖の表情で語った。その日の夜には兄弟3人共が父王に呼び出され、セレンがセリノアの一族であることを聞かされたのだ。
その事件があって以降、ダルチェスはセレンをいじめなくなった。彼の力を恐れたからか、利用価値があると考えたのかは定かではない。だが少なくとも彼はセレンではなく、いじめの対象をエリアナに変えてきたのだ。
元々ダルチェスとは仲が悪く、魔法具を体術で優る彼に奪われてしまえば何もできないエリアナだ。抵抗する術など何も無かった。ユーラッドは巻き込まれないよう距離を空け、セレンも野盗の一件以来、子供達と遊ぶ機会が格段に減った。だがエリアナのことは密かに気にかけてはくれていたようだ、何故ならダルチェスにとんでもない場所に閉じ込められると必ずセレンが助けに来てくれたからだ。
野盗に襲われた時も彼は“エリアナを救うために”頭目を殺した。セレンはもしかしたら自分のことを好いてくれているのではないか。だからいつも気に掛けてくれるのだ。エリアナはダルチェスからのいじめが酷くなるにつれ、そんな自惚れを強めていった。そうでなければ自尊心を保てなかったのだ。だからこそ彼女はダルチェスへの仕返しをセレンに願うようになっていった。だがセレンがそれに応じることは決して無かったのだ。
「ダルチェス様は恐ろしいお方です…。私がもし…早い内からエリアナ様に忠誠を誓っていたならば、あの方を増長させずに済んだのではないかと…今は悔やまれてなりません」
これは夢ではないだろうか。あのセレンがダルチェスには相応の報いを受けさせ、エリアナに対して忠誠を誓うと言っている。もうその話は随分と前に諦めていたことだったのだ。
「本当に…随分と変わったな…。いや、私としては喜ばしい限りだ。何もお前の本心を疑っているわけではない」
安心させるように笑顔を見せてやれば、セレンは穏やかな笑みを返してきた。あの笑顔はいつも王であった父に向けられていたものだ。気にしていたつもりはなかったのだが、その笑顔によって感じる優越感は格別だ。
セレンと再会するまでは、彼を助けてもお互いの関係性にそれ程の違いは生じないと思っていた。多少3人の兄弟の中ではエリアナの評価は高くなるだろうが、その程度の期待しか持っていなかったのだ。だがその少しの違いがエリアナを王位に近付ける。それほどセレンの存在が大きいことに彼女は気付いていた。
前王は後継を指名せずに亡くなっている。てっきりダルチェスを次の王にと言い残して死ぬのだろうと思っていただけに、当時はかなり意外だったものだ。しかし結局そのためにエリアナ達は王位という餌によってブラドに翻弄されることになった。それを思えば、決断力のない父親のせいでミレノアルは荒れることになったと考えたこともある。しかし今となってはその決定権を握るのはむしろセレンになるのだ。
セリノアの子孫であるという能力に加えて、民衆からの圧倒的な人気を誇るセレン。しかも彼が帰還したからには最早ブラドの『宰相』などという身分は意味を為さなくなるだろう。そもそも宰相などという役職はミレノアルの王政には存在しなかったものだ。前王によって正式に将軍に任命されたセレンとは重みが違う。
まさか父はこれが狙いだったのだろうか。自分が次の王を決めるより、セレンが選んだ人間が次の王になる。その方が良いとでも考えていたのかもしれない。何しろ生前、王は黒将軍の傀儡とまで言われていたのだ。セレンへの信頼と、彼の未来を案じる気持ちは恐らく我が子達よりも強かったことだろう。王に忠誠を誓うしか他に道のないセレンへ、父はせめて彼自身が妥協できる相手を選べるようにと次の王を指名しなかったのかもしれないのだ。
「……私が変わったのはやはり…違う世界をこの目で見て体験してきたからでしよう…。そしてもう一つ…気付いたことがあります」
セレンはそう言うとエリアナの目をじっと見つめた。何か意味深なその眼差しに、さすがにエリアナも落ち着かなくなる。
「一体何に気付いた? もう十分にお前は変わった…。これ以上気付くことは無いように思うが?」
自分を落ち着かせるためにお茶を一口飲もうと手を伸ばすと、その手をセレンに掴まれた。
「⁈」
驚いて手を引っ込めようとするが、当然彼の方が力は強い。それでもエリアナの意図を察したのか、手を引き続ければすぐに彼は手を放した。
「…申し訳ございません…。あなたが既に夫を持つ身であるということを…忘れたわけではないのです」
「……」
エリアナは思わず自分の手を握りしめていた。先程握ってきた彼の手は強い力ながらも優しかった。思いもしなかった彼のその行動に、エリアナの顔に生まれて初めて熱が集まってくる。
美人でもなく気の強い自分に言い寄ってくる男性など、今まで生きてきた中で誰一人出会ったことはなかった。今となっては若くもなく、体型も随分とふくよかになっている。そんな自分に、セレンが言い寄ろうとしているなどと信じられない。きっと何かの悪い冗談だ。そもそも彼は昼間から言動がおかしかった。エリアナのことを昔と変わらず今も美しいなどと言って、冗談にしても質が悪い。そう自分に言い聞かせているというのに、視線はセレンの整った顔から離せない。
「もう二度と…母国に帰ることはないのだとそう絶望した時…、私の頭の中はあなたに対する後悔でいっぱいになりました。あなたの願いを聞き届けなかったこと…、そしてあなたを好きだったことを打ち明けなかった後悔に…」
「馬鹿なことを言うな! お前が私のことを好きだった…だと⁈ そんな素振りなど過去に一度たりとも見せたことはなかったではないか⁈」
いくら何でもふざけ過ぎている。セレンが実はエリアナに恋心を抱いていたなどと今更信じられるはずがない。若い頃エリアナはセレンを何度となく誘ってきたが、彼は歯牙にも掛けなかった。それどころか憐れむような顔で見てきたというのに。
「私はセリノアの一族です! あなたのような方を妻に望むことなど許されません! まして…たとえ陛下がお許しくださったとしても…私はあなたの命を縮めるようなことはしたくなかった!」
怒りに震えるエリアナに、セレンも負けじと言い返してきた。彼はずっと胸にしまっていた想いを吐き出すかのように叫ぶ。その気迫にエリアナは思わず黙り込んでしまった。
「ずっと…隠してきました…。自分さえも欺いて…。ですがもう良いでしょう? 陛下はお亡くなりになり、あなたの血を継ぐ御子は既にお生まれになった…。私の想いをあなたに告白したところで最早何の問題にもなりません。それならば…」
セレンは他人に本心を気付かせない。そう躾けられ、訓練してきた人間だ。だとしたら彼女を嫌っているという演技を完璧にこなすことも可能だったかもしれない。そうやってエリアナの冷たい態度を誘い、本心を隠し通してきたのだとしたら、それほど悲しい日々は無かったことだろう。
「よく…わかった。もう良い。もう何も言うな…。お前の気持ちはよくわかった…」
エリアナが宥めるとセレンは少し安堵した様子を見せた。その表情を見た彼女もまた、生まれて初めて心が和やかな気持ちになる。
セレンのことはエリアナ自身も本当は好きだった。セレンとはあまりにも意見が違い過ぎていつも揉めてばかりいたため、彼女もいつの間にかセレンへの恋慕う気持ちを忘れてしまっていたのだ。だが彼が自分の傍でいつも支えてくれたならどれだけ良いだろうと、そんなことを考えない日はなかった。
「エリアナ様。私はこれから先、果たせなかった夢を果たします。あなたをミレノアルの王座に…必ずや導いてみせます」
「セレン…」
決意に満ちた彼の顔を眺めていると、これほど心強く自信を抱かせてくれる存在はないと感じた。遠い存在だと思っていた王位はすぐ目の前にある。そしてすぐ近くでセレンが支えてくれるのだ。子供の頃も若い頃も彼女の人生ではずっと何も良いことはなかった。だがそれが今ここで全て報われた気がした。
静かにセレンはエリアナの手を握る。もうエリアナはその手を振り払おうとはしなかった。




