表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒衣の守護者  作者: 樽吐
真実を求めて
93/156

(3)

 その日の夜、ファランは1人で飛空船の部屋の中にいた。エリアナから解放されたのは夕食を終えてからだ。それまではずっと何処へ行くのも彼女と一緒、なんと風呂まで同行させられた。周りの使用人や騎士達は本当の親子のような仲睦まじさだとエリアナを褒めそやし、彼女もまんざらではない様子。どうやらファランを自分の派閥に引き入れたいようだ。それは恐らく彼女が“恵みの神”として多くの人に慕われていると知ったからだろう。

 エリアナの理想は絶大な人気を誇る“英雄セレン”を家臣とし、ファランを自分の娘にする。それによって自分が王となるに相応しい存在だと周りから固めていこうとしているのだろう。なかなかとんでもない計画だがセレンを監禁しているのがダルチェスだとして、それを手助けしているのがユーラッドなのだとしたら、そのエリアナの野心的な計画もただの夢では終わらなくなってくる。ファランは決して父親を好きではないが、それでもエリアナの娘になりたいとも決して思ってはいない。これは目立つことの弊害だろうとわかってはいるが、それでもこの所、全く無視されてきた昔が懐かしくなる。

「ゲラントに…会いたいよ…」

 ベッドの上で膝を抱えて(うずくま)っていると、なおのこと寂しさが身に染みてくる。周りに人は大勢いても、彼らはファランの味方ではない。エリアナの家臣だ。実家でも同じ、周りは皆父親の家臣だった。従姉妹達には皆物心付く時から自分だけに仕える使用人がいると言うが、ファランにはいない。口の利けない王女では影でこっそり虐待されていても訴えることができない。利用もされてしまうかもしれない。それを恐れたユーラッドが誰も付けなかったからだ。

 ファランにも自分だけの使用人がいれば少しは寂しさも紛れただろうか。いや、そんなことにはならないかと彼女はすぐに思い直した。彼女に付けられる使用人など話し相手の侍女程度だ。ゲラントのように強くもなければ、ファランのように好きでこんな放浪生活に出るわけでもない。早く帰ろうと口うるさく言ってくるぐらいだろう。

 こうして1人でいると、自分がどれだけゲラントの存在に助けられてきたのかを思い知る。彼が側にいないというだけで自分はエリアナの言動に翻弄されるばかりで何も考えられない。実家にいた時の無力な王女に戻ってしまったかのような気分だ。いや、それとも始めから自分は少しも強くなどなっていなかったのだろうか。

「ショノアは…今何処にいるのかな…? ここにいたら気付いてもらえないよね…」

 今日何度目になるのか、ファランは増幅器を握り込んだ。自分から発信する方法などないのだから、こうして念じるしかない。そう思って心の中で呼びかけてみれば、突然“どうした?”とショノアの声が頭の中に響いた。思わず声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

“…ショノア⁈”

“ああ、そうだ。他に誰がいる?”

 念話で返した声があまりにも疑惑に満ちていたからだろうか。相変わらず無愛想な声が返ってくる。しかし突然話しかけられたら驚くのは当然だ。もう少し言い方をどうにかできないものだろうか。

“今何処にいるの? モンドレル?”

“当たり前だろう? 夜になったから宿に帰ってきただけだ。そしたらあんたの声が聞こえてきた”

“…そっか。良かった…”

 思わず漏れた本音にショノアは黙り込んだまま何も言わない。何か探られているような気分になり、ファランは落ち着かなかった。

“ショノアはいつ頃モンドレルに入ったの?”

 空気を変えようと話題をファランの方から振ってみる。するとすぐに“3日前だ”と答えが返ってきた。

“正面から入って今日までずっと街中を探ってた。住人は全くと言って良いほどセレンのことは何も知らないな…”

“そう…なの? 確かに街の衛兵もみんなセレンは見てないって言ってたけど…”

 エリアナはユーラッドが街の住人達全てに口止めしているのだと言っていたが、衛兵が嘘を吐いているようには全く見えなかった。だとしたら本当にこの街でセレンを見た者はいないのだろう。エリアナの連れているあの情報提供者にしても、住人ではなく家畜を取引するために街に入った人間の連れだという話だ。あまり人の立ち寄らない場所に好奇心で近付き、偶然セレンらしき人の姿を見かけた。閉じ込められているようなその人間に青い髪の男性が何かを言っているようだった…と、それが情報の全てなのだそうだ。

 その情報を使ってエリアナはこれから『ダルチェスがユーラッドに協力を強いてセレンを監禁、脅迫していた』という話に持って行くつもりらしい。だがこうなってくると本当にこの街にセレンは居るのだろうか。一応エリアナは明日からセレンの捜索に乗り出すと言うが、魔獣放逐場に入る方法をどうにか思い付かなければならない。そうでなければ彼女のことだから結界を破壊するとでも言い出しかねないのだ。

“ところであんたこそ今何処にいるんだ? 何だか随分と豪華な部屋だが、周りに異様な程魔力が漂ってるな…?”

“わかるの?”

“…ああ。どうも外部からの干渉を受けないよう魔法で満たしているのが見える…。だからあんたが街に入ってることにもなかなか気が付けなかったんだろう”

 ショノアはファランの目から周りの光景を見ているのだろうか。魔法のかかった家なら何処にでも存在するが、常に浮いている魔法具の中に滞在するというのはそうあることではない。この飛空船はそのまま兵器にもなり得るもののため、防犯措置として込められている魔法も強いのだろう。だからこそ街の入口近辺にある宿屋に来るまでショノアからファランの存在を外部に隠し続けたのだ。

“ここ、エリアナ伯母様の作った飛空船の中。街の入口で会ったんだけど、伯母様の目的もセレンみたい。ゲラントは当初の予定通りモンドレル中を逃げ回ることになったから、ここにはいないの”

“…ああ、それでか…。今日の昼間、やたらと衛兵の姿を見かけるなとは思ってたんだ…。けど別に変な動きは見られなかったな…”

 もしセレンが本当に魔獣放逐場にいるなら、そして彼を街ぐるみで隠そうとしているなら、衛兵の一部はセレンの居場所周辺を警戒しに向かうだろう。だが全くそんな様子は見られず、ただ滞在許可証の信号に向かっていく姿しか見なかったのだそうだ。

“この飛空船にはエリアナ伯母様にセレンを見たっていう情報を流した人間も乗ってる。彼は魔獣放逐場で見たって言ってるけど、そんな様子もなかった?”

 ファランとしてはセレンの噂自体が根も葉もない噂だった方がむしろ良いような気がしてきていた。確かにセレンが見つかってくれるのはとても良いことだが、それによって父親やショノアを疑わなければならなくなるなら、それはもう嫌なのだ。

“…魔獣放逐場っていうのは街のかなり奥にある強固な結界に覆われた場所のことか?”

“え? …うん、そう”

 モンドレルは初めてだと言っていたショノアが魔獣放逐場の場所をしっかり言い当ててきたのでファランは一瞬戸惑った。しかし彼女が答えるとそれきりショノアは何故か黙り込んでしまう。何か気になることでもあるのだろうか。あまりにも長い間声が聞こえなくなったため確認のために名前を呼べば、彼は気のない返事を返すだけだ。

“どうしたの? 魔獣放逐場に何かあるの?”

“……いや…、それはまだわからない”

 問い詰めてもショノアは理由を話してはくれなかった。彼女としてはセレンの側にいたと言う青い髪の男性のこともあり、黙られてしまうと余計に気になってきてしまう。そもそも彼が異世界にセレンを連れ戻しに行った人間かどうかさえわかっていないのだ。もし彼女の予想が誤りであれば、ショノアはセレンとは何の接点もない人間になり、青い髪の男性というのもエリアナの言うようにダルチェスの家臣の1人ということで落ち着く。そうなればファランはもう何も心配しなくて良くなるのだ。

“…ねえ、ショノア。私…一つだけあなたに聞きたいことがあるの”

 ファランは我慢し切れずに、気になっていたことを直接尋ねてみることにした。

“何だ? 急に改まって…”

 ショノアの声におかしな様子はない。本当に彼女がこれから何を聞こうとしているのか、全く予想が付いていないらしい。ファランは意を決して話を続けた。

“ショノアって…セレンを連れ戻しに異世界に行ってたりしない?”

“……”

 それは長い沈黙で、とにかく緊張感に溢れていた。顔は見えないが、ファランにはショノアが答えに困っているのが何故かよくわかる。恐らく心で直接会話している分、感情面もお互い伝わり易くなっているのだろう。

“ショノア、聞いてる?”

 あまりにも静かなので声を掛ければ、絞り出すような声が返ってきた。

“……何故そう思った?”

“え? だって…ショノア、昔城にいたでしょう?”

“……ああ。…俺だとわかってたのか?”

“ショノアも…私のこと覚えててくれてたんだ”

 こんな時だが、ショノアが彼女と昔出会っていたことをあっさり認めたことが少し嬉しかった。だが覚えていてくれたのなら最初に会った時に言ってくれればよかったのにと、そう思わなくもない。

“確かに俺はブラドに集められたガレス人の内の1人だ。だが…”

“この前ナビルもあなたに、長い間この世界を離れていたからネメアの強さを忘れたのか?とか何とか言ってたよね? 味方だと思ってたからブラドはセレンを殺すようあなたに命じて異世界に送り込んだ。だから攻撃してきたあなたにナビルは驚いた。違う?”

 ファランはショノアの言葉を途中で遮り、一気に(まく)し立てた。昔城にいたという情報だけではショノアが異世界に行ったガレス人だと決定付けるには弱い。だからこそショノアははぐらかそうとしたのだ。そんな彼の言い逃れを一つずつ潰していくのはファランとしても気が進まない。だからこそ自分の疑いを先にショノアにぶちまけてみたのだ。しかしその瞬間、痛みを伴うほどの心の動揺を感じ取ったかと思うとショノアの気配が完全に無くなってしまった。

“ショノア? ショノア⁈”

 何度呼んでもそれきり彼の声は聞こえず、心の気配も感じないまま、完全にショノアとの通信は途絶えてしまったようだ。思ってもみなかった極端な反応に、ファランは唖然としてしまった。

「…もう信じられない! 何も言わずにいきなりいなくなるなんて、どういうつもり⁈」

 だから一方通行の連絡手段は嫌だったのだ。これではファランの方からショノアに呼びかけることすらできない。それともファランの心の声は今でもショノアには聞こえていて、彼女の方だけがどうしようもないだけなのだろうか。

「……気に入らないことを私が言ったんなら、ちゃんと言ってよ…。でないと何もわからないじゃない…」

 ファランはまたも膝を抱えて蹲る。これでは都合の悪いことを訊かれたから、これ以上問い詰められないよう逃げたようにしか思えない。現時点でショノアにとっての『都合の悪いこと』とは、セレンを連れ戻すために異世界に向かったことになるのだろうが、それを答えたくないということは『そうだ』と言っているようなものではないか。

「一体何がダメなの…? あなたがブラドの命令で異世界に行ってたとしても…私はあなたが敵だとは思わない。今回の件に関わってるとも思ってない。だけどこのままじゃ…疑うしかなくなるじゃない…」

 ファランは聞いているかどうかもわからないショノアに向けて自分の思いを告げる。しかしショノアの声が再び聞こえてくることはなかった。それはもう彼女の声を聞いていないだけなのか、それとも聞いていても反応できない事情があるのか。落ち込んだファランはしばらくそのまま蹲っていた。だがここには慰めてくれるゲラントはいない。

「もういい。わかった」

 いつまでも落ち込んでいる自分が嫌になってきたファランはベッドから降りた。そしてそのまま廊下に繋がる扉を少し開け、見張りに立っている近衛騎士に声を掛ける。

「ナビルはもう戻ってきてる?」

「あ…、はい。先程戻ってきたと報告を受けましたが?」

「呼んできてもらっても良い?」

「はい、喜んで」

 随分あっさりと、しかも快く用を引き受けてくれたものだ。昔はファランが何か紙に書いたことをお願いすると、皆面倒そうに応じるばかりで気が引けたものだ。だが今やファランは国民の信頼を最も集める王族。大切に扱えとでもエリアナに言われているのか、それともファランに良い印象を持ってもらい、後々の出世に役立てようとでもしているのか。実家を飛び出したあの日も同じようなことがあったが、本当に立場が変わればこんなにも扱いが変わるのかとファランはつい冷笑を浮かべてしまう。

 彼女が部屋で待っていると、すぐにもナビルが部屋の扉を叩いてきた。入ってくるよう伝えると、彼は戸惑いも隠さずにゆっくりと中に入ってくる。

「ゲラントには逃げられたの?」

 そもそもナビルに捕まるような失態などゲラントは犯さない。それはわかっているが、念のために確認だ。それに対してナビルは意外にも素直に「はい」と答えてきた。

「実は色々と…彼とは話をしました。エリアナ様のことではファラン様にも一度ご相談をと思っておりましたので丁度良かったと申しますか…」

 ゲラントに対する異常なほどの嫌悪もすっかり(なり)を潜め、ナビルは本当に普通に話のできる相手に変わっていた。だが今更まともな騎士になったからと言って、ゲラントをファランの目の前で見せしめに殺そうとしたことを彼女は決して忘れていない。

「ふーん、そうなんだ。でもその話は後。先に私の質問に答えて」

「…わかりました。ファラン様には数々の非礼を致しましたこと…お詫びせねばなりません。私の知ることであれば何なりと…」

 どうも調子の狂う反応だ。しかし(ほだ)されてなるものかとファランは表情を引き締めた。

「ショノアのこと…前から知ってるよね?」

「…ええ、まあ…。はい、確かに…」

 ナビルは一瞬居心地悪そうに目を逸らしかけたが、何とか踏み止まりファランを見つめ返してくる。

「セレンを探すために異世界に派遣されたのはショノア?」

「⁈…よ、よくご存知ですね…?」

「……」

 ナビルはとうとう平静を装うことさえできなくなったようだった。ファランとしても確信があったわけではなく、匂わせて情報を引き出すつもりだっただけだ。しかしはっきりと言われてしまうと落胆は隠せない。やはり異世界にショノアは行っていた。それなら何故ファラン達に何も話してくれなかったのだろうか。

「ブラドは何て命じたのか知ってる? セレンを連れ戻せって? それとも聖剣を手に入れてこいって命じた?」

「…それは…、聖剣を…手に入れてこい…と」

「……そう。やっぱり…」

 ブラドはやはりセレンのことなど始めから連れ戻すつもりはなかったのだ。しかしそんな命令を下すことは普段のブラドを見ていればわかっていたはずだ。セレンに憧れているらしいナビルは何とも思わなかったのだろうか。

「ショノアはその命令を受けた時、どんな様子だった? 黙って従うつもりみたいだった?」

「それは私にも…正直よくわかりません…。あいつはマリウスに育てられています。…その割には不気味なほど協力的で…」

 有能なショノアはいつでもブラドの要望に全て応えてきた。反抗的なガレス人からは一線を引き、かと言ってブラドに取り入ろうとするガレス人とも距離を置いていた。彼はいつも1人だったが、控えめで従順なショノアのことはブラドも気に入っていたようだ。

「力の強いガレス人ほどブラド様には反抗的でしたから、ショノアの存在は貴重でした。孤立していたので徒党を組む恐れもない。それもあってブラド様はそれなりにあいつを重用されておいででした」

「じゃあブラドの言う通り、ショノアはセレンから聖剣を奪ってくるつもりだったと…。あなたはそうわかってたのね?」

「いえ、さすがにそこまでは…」

 とんでもないとナビルは首を振る。この期に及んでセレンに危機が及んでいるとは気付かなかったと言わんばかりの態度で、ファランの怒りに火が()いた。

「今までの話を聞いてそこまで考えなかったって言うつもり? 相手はブラドよ⁈ 殺すことは無理でもセレンだけ異世界に置いて行くことはできる! そんなの、十分殺してるのと同じじゃない!」

 相手はあのショノアなのだ。いくらセレンが強くても、姿を見えなくしたり転移したりできる彼を相手に聖剣を守り通すことができるとは思えない。

「お父様がセレンを監禁してるってわかったらこうしてすぐにも駆け付けてきたくせに、ブラドに対しては黙ってたってわけ?」

 結局ナビルは危険な相手には逆らわず、エリアナの権威に守られていたからこそこの街にも強気な態度で迫れたのだろう。改心して見せても所詮はブラドの元腹心だ。やはりゲラントのような気概のある騎士には到底及びも付かない。

「…もういい。もう…聞きたいことは全部聞けたから下がって…!」

 やはりナビルから話を聞こうなどと考えるべきではなかった。ショノアのことも、ただ疑いが強まっただけではないか。ファランはナビルに完全に背を向けた。

「あの、ファラン様…」

 しかしナビルは下がろうとせずにまだ彼女の背中に話しかけてくる。動かないでいると、彼は勝手に話し始めた。

「魔獣放逐場のことですが、どうにか中に入る方法はありませんか? このままではエリアナ様が結界を破いてしまうかもしれません。…ゲラントは…それだけは何としてでも阻止しろと言っていました…」

「……」

 ファランは渋々ナビルを振り返る。ゲラントがナビルに何か言って聞かせたのであれば話は違う。ショノアが異世界に向かうのを黙って見過ごしたような人間でも、言われた通りには動くようだ。

「あの場所を開けるのは私でも無理。代表者のコレイリーに開けてもらわないと」

「彼には既に打診致しましたが、ユーラッド様にお伺いを立てると言うのでこちらから断りを入れました」

「……随分と対応が早いのね?」

 それまでの消極的さに比べて今回の行動の早さには驚くばかりだ。これは恐らくナビルだけの考えではないだろう。きっとゲラントに助言をもらっているに違いない。言われたことはそれなりに熟せるというのに、自発的には何もしない。それはそれでブラドには利用価値があったのだろう。

「でもお父様を通さずにってなると…」

 コレイリーは真面目で誠実な人間だ。買収や脅しにはそう簡単には屈しない。この街の安全を保てているのは彼の力による所も大きいのだ。だからこそファランとしても彼に無理は言いたくなかった。

「上手くいくかどうかわからないけど私に任せてみる? …と言ってもあなた達にも協力はしてもらうけどね」

「何か方法があるのですか?」

 ナビルは心底驚いたような顔で尋ねてくる。彼としてはかなりお手上げ状態だったのだろう。

「だからやってみないとわからないって。でもどうにかしないといけないのは確か。できることは全てやってみないとね」

「ファラン様…」

 ナビルは何故か感動したような顔でこちらを眺めてきた。何も大したことを言った覚えはないのだが、ナビルとしては異論は無いようだ。この調子なら彼女の頼みもしっかりと聞いてくれるだろう。これでエリアナのことも心配なくなるかもしれない。後の気掛かりは…ショノアのことだけだ。

「そしたらナビル。この街の地図の用意と、明日の朝には近衛騎士を全員正門前に集めて。伯母様には私が魔獣放逐場に入る手段のために動いてるって言ってくれて構わない」

「…それだけで…よろしいのですか?」

 呆気に取られるナビルを見ていると、何かもっと色々言った方が良いのだろうかという気にもなるが、本当にできるのはこれだけだ。

「今の所はね…。ちなみに増幅器って近衛騎士はみんな持ってるよね?」

 ナビルの手には腕輪型の増幅器が嵌められている。彼らはこれの力によってガレス人の魔法を封じたりするそうだ。つまりガレス人を無理矢理従わせていた彼らには必需品だったに違いない。

「…ええ。エリアナ様から特製の物が配られておりますので、かなり高性能なものを皆持っております」

「そうなんだ。それは楽しみ…!」

 思わず本音が漏れてしまったが、ナビルは不思議そうに彼女を眺めるだけで特に何も思ってはいないようだ。詮索されないことは楽で良いのだが、この好奇心の無さがナビルの欠点とも言える。だが今の所はそれで問題ない。

 しかし今度のことは本当にファラン1人の真価が問われることになる。スィベルに取引を持ちかけた以上の交渉になるだろうが、自信はあった。この交渉が上手くいけば、色々なことが穏便に平和的に終わるだろう。

「コレイリーには私が話すから、伯母様にもそう伝えて。それからあの人には私の邪魔を絶対にさせないで。伯母様が出てきたら収まるものも収まらなくなるんだから」

「…わかりました」

 ナビルは少し不安そうな様子を見せたが、これくらいはやってもらわなければ困る。早々にナビルを下がらせると、ファランは部屋を出て天井の甲板に上がった。

 見えてくるのはモンドレルの街並みと、奥に広がる山や森。昔は緑の木々が鬱蒼と茂っていて一部地域の砂漠や湖を隠してしまうほどだったが、今は木の数も減り、奥の方まで何があるのか見えるくらいだ。

「私の力で緑を取り戻してみせる…」

 スィベルの言葉が本当なら、ファランはもう“ユーラッドの娘”という枠からは外れている。だとしたらコレイリーの忠誠心を何とか彼女に向けさせることもできるはずだ。それができれば、結界の中に入る鍵も渡してくれるだろう。そもそも今回彼の決断にはセレンの無事とユーラッドへの疑い、更にはエリアナの暴走による街の崩壊回避までが懸かっているのだ。一時的にファランに鍵を渡したところで、ユーラッドの不利益にはならない。それどころか万事丸く収まる可能性の方が高い。後はファラン自身にそこまでの決意を促すだけの魅力があるかどうかだけだ。

「モンドレルは私が守る。ゲラント、見てて」

 王女として近衛騎士を動かすなど生まれて初めてだ。それは確かに実際に騎士達を動かすのはナビルだが、彼の心は既に多少掴めている。それが彼女の自信を増し、明日は必ず上手くいくと、そんな希望が見えてきていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ