(4)
翌朝、起き上がったショノアは自分が床の上で寝ていたことを知った。昨晩ファランに「ブラドからセレンを殺すよう命じられたのだろう?」と訊かれたのがきっかけで、彼は正気を失ってしまったのだ。
手には冷たくなったセレンの肌の感触が蘇り、いくら呼びかけても目を開けてはくれなかったあの時の絶望が心の中を満たした。涙が止まらなくなり、自責の念に苛まれて喉も胸も捩れるように痛んだ。この3日間、セレンを見たという街の人の情報は何一つ得られず、やはり何かの見間違いだったのだと諦めが過り始めた矢先のことだ。ショノアはすっかりセレンが死んでしまった当時の心理状態に戻ってしまっていたのだ。
「あいつの命令になんて…従うつもりはなかったんだ…」
遠回しにセレンを殺してこいと言われても軽く聞き流していた。異世界に行く方法も、過去に遡る方法も未完成ではあるが手に入れた。全てはショノアの思惑通りに事は進み、セレンがまだ若いままでいると知って更に興奮した。これで全てがうまくいく。今までの苦しみが報われる時が来たのだ。そう感じてショノアは歓喜したのだ。だがそれこそが全ての過ちの始まりだった…。
ショノアは再び昨夜と同じ後悔に苛まれそうになり、頭を振ってどうにか思考を切り替える。昨夜は結局後悔から抜け出せずに疲れ切って眠ってしまったのだ。折角宿に泊まったというのに床で一晩過ごしてしまうなど勿体無いことこの上ない。起き上がってみれば涙の乾いた跡が突っ張り、非常に居心地が悪い。魔法の水で顔を洗い流せばさっぱりするものの、心までは一向にすっきりしなかった。
昨日、あんな形で一方的に話をやめてしまったショノアをファランはどう思っただろうか。それまでも彼はセレンと関わりのないふりをしてきているのだ。セレンを異世界に迎えに行った本人だというのに、そのことを何も伝えなかったのだから怪しまれても仕方ない。これで結果セレンは既に死んでいるのだと知られてしまったら、どう考えてもショノアが殺したと疑われることだろう。
ファランやゲラントのことなどどうでもいいと考えていたはずなのに、今のショノアは2人が自分に対して失望の眼差しを向けると考えるだけで耐えられなくなっていた。2人の直向きに誠実に生きようとする姿にマリウスやセレンのかつての姿が重なり、空いてしまった心の隙間がわずかなりとも塞がったような気がしていたからだろう。もう今更あの2人までも失うことはできない。
こうなったら噂の発端を突き止めて、全てをはっきりさせた方が早い。セレンはこの街にいるのか、いないのか。本物であるにしろないにしろ、それが誰の仕業によるものなのか。全てがはっきりして結果ファラン達がショノアの元から去って行ったとしても、それなら納得もいくというものだ。
「ひとまず魔獣放逐場だな…」
昨夜ファランが話していた魔獣放逐場とやらからは、確かに何か尋常ではない強い魔力が感じ取れていた。他に大量の魔法生物がいるはずだというのに、ある一点から感じるその力は群を抜いて強かったのだ。この街に入ってからずっと気になっていた力だ。
もしかしたら生き返ったセレンの魔力ではないだろうか。そう思わなくもなかったが、残念ながらその魔力にセレンと同じような気配はない。ショノアの魔力を飛ばしてみても何の反応もなかった。恐らく違うのだろう…。もうそれはわかっている。
それでももしかしたら何かの作用でセレンではない気がしているだけかもしれない。反応を返せなかっただけかもしれない。まだそんな不毛な期待はショノアの中で燻っているのだが、かと言って確かめに行くのも怖かった。絶望が待っているとわかっていて、誰が真実を確認したいと思うものか。
だがもしその魔力の正体がセレンに見間違えられた何かなのだとしたら放置しておくわけにはいかない。ショノアと違ってミレノアル人には魔力の性質が見極められない。まして15年間も姿を消していたセレンの姿など詳細に覚えている者など少ないはずだ。少し似ているだけでもその存在をセレンだと信じてしまうかもしれない。何より誰もがセレンの帰還を待ち侘びているのだ。たとえ違うとわかっていても、強い願いがその存在をセレンに見せてしまうことも十分あり得るだろう。
ましてその存在が人の思い込みを利用して本物になりすまそうとしているのだとしたら、それは絶対に許せない。必要とあらばショノア自身の手で消してしまうことも辞さない覚悟だ。
「……」
しかし果たして偽物とはいえセレンに似た存在をこの手で殺せるだろうか。ショノアは自分の手をじっと見つめた。
ネメアの宿主だと知ってもファタルを殺さなかったセレン。そのおかげで今のショノアがある。彼は何度もファタルを救った。日々の生活の中でも、最後の戦いの中でも…。そんなセレンを姿形を真似ただけの存在であっても殺せるのだろうか。何よりショノア自身が、見た目だけでもいいからセレンに会いたいのだと、そう願ってしまっているというのにだ。
「考えていても仕方がない…。とにかく真実を見つけ出さないとな…」
朝から既に体は疲れ切っているが、ショノアは重い体を引きずって立ち上がる。
少なくともこの街には2人の王女が集まってきている。そしてこの街自体が1人の王子の領地内だ。そこへ国民に絶大な影響力を持つセレンがたとえ偽物であろうと現れれば必ず何かが起きる。それは本物のセレンにとって決して喜ばしいことにはならないはずだ。だとしたらショノアが未然に防がなければならない。それがセレンを死なせてしまった自分にできる唯一の償いだろう。
どうにか気合いを入れて宿を出ると、丁度停まっていた乗り合い馬車に乗り込んだ。この3日間、彼はずっとこの馬車に乗って移動を繰り返している。安価な割には移動範囲は広く多様で不自由はない。しかもいずれは元の場所に戻ってくるので、気になる場所がなければ自動的に帰ってくることもできる。目的地のはっきりしていないショノアにとっては、自動的に街中を巡ってくれるこの馬車は都合の良い乗り物だったのだ。
いつも通り周りの景色を見て回りながらショノアは探知の魔法でセレンの魔力を探る。今日もセレンのものではないものの、いつもと同じ場所で強い魔力が感じられた。馬車が近くまで来たら、今日は降りてもっと近付いてみよう。そんなことを考えていたら、周りにわずかな魔法の気配が急速に広がっていくのを感じた。
「…?」
それは植物に力を与える魔法の気配だ。とんでもなく正確に微量な地水火風全ての魔法が調整されながら広がっていく。こんなにも素早く力強い植物育成の魔法が発動するのを見るのは初めてだ。
その魔法が広がっていくにつれ、周りの木々が一気に新しい葉を芽吹かせ立派になっていく。その様子に一緒に馬車に乗っていた客達が騒ぎ出した。
「恵みの神の奇跡だわ!」
「ファラン様がこの街に来られているというのは本当の話だったんだな!」
まさかここまでのことができる王女だったのかとショノアも息を飲む。周りを見回してみれば道から外れた至る所で近衛騎士が地面に手を付いていて、増幅器を着けていると見られる部分が光っている。どうやらショノアから聞いた増幅器の利用方法を彼女なりに実行してみせたようだ。
周りからは突然緑の匂いが漂ってきて、何だか気持ちがすっきりしてきた。植物には魔力の調整能力というものが備わっていて、人や魔物の魔力も調整してくれるのだそうだ。そのため、森の中や山に登っていると気分が良いと感じるらしい。そんな空間を生み出せるファランは確かに神にも見えるかもしれない。
彼女の魔法は人間だけに留まらず、魔法生物達にも影響を与えた。彼らは繁り始めた青々とした葉や瑞々しい果実を美味しそうに食べ、元気よく跳ね回り始めている。鳥は美しい声で囀り、まるで楽園のようだ。これが本来のこの街の姿なのだろう。だとしたらデルフィラが奪ったものの大きさが、この街の人間にはよくわかっていたに違いない。
「ファラン様、ずっとこの街にいてくださるのかしら? だったら良いわね…」
「それはユーラッド様がお許しにならんだろう。ここにファラン様がいらっしゃるとお知りになったら、すぐさま連れ戻しに来られるに違いない」
「王都なんて、別にファラン様がいなくても問題ないでしょう? 必要なのは私達の方なのに」
周りにいるのは街の外からの訪問客ではなく、住人なのだろうか。彼らの口ぶりからもユーラッドへの反感が透けて見える。それに対してファランにはずっといてもらいたいと願っているようだ。これがスィベルの言う彼女の人気なのだろう。
「随分と…立派な王女になってたんだな…」
すっかり所帯染みていて、髪も服装も少年のようになっていたから気が付かなかった。いや、だからこそ凄いのか。自覚もなく偉業を成し遂げることなど、なかなかできることではない。まるでセレンのようだ。
しかし彼女は一体何を始めたのだろうか。エリアナの元に身を寄せているはずの彼女が何故この街の自然を復活させているのか、全く意図がわからない。それとも彼女はセレンの捜索からは外されていて、街の状態を良くしようと動き出しただけなのだろうか。
「ねえ、ファラン様に会いに行かない? 私達がお願いしたら、少しはこの街に長く滞在してくださるかもしれない」
「そうだな…。我々のことを考えて家を飛び出してくださったような御方だ。頼み込めばきっと聞き届けてくださる」
誰かが提案した言葉に、馬車に乗っていた5人ほどの人間は皆その場で馬車を降りてしまった。そしてすぐに逆回りしている馬車に乗り込んでいく。その他にも次々と同じような人間が街の入口に向かって移動しているのが見えた。
「あんたは行かないで良いのかい?」
御者は半笑いで聞いてくる。むしろ彼女も皆と同じようにファランを見に行きたかったのかもしれない。ショノも降りてくれたら仕事を少し中断することもできただろう。
「悪いな…。俺はあの岩山の辺りまで行きたいんだ。昨日、気になる魔法生物を見かけてな…」
ショノアはそう言って、銅貨を1枚渡した。ここに来る訪問客は大抵魔法生物の買い付けのために来ている。だとしたらショノアの言い分は別におかしいものではないだろう。御者は先払いしてある本来の運賃に加えて更に同じ額をショノアから渡されてすっかり喜んでしまっている。そして馬車の速さを一気に上げた。
「どうせもう途中で乗ってくる奴はいないよ。だったらすぐにもあんたを行きたい場所まで連れてってあげる」
馬車はこんなにも速く走れるものだったのかと感心するほどの勢いで進んでいく。思わずショノアは背もたれにもなっている馬車の枠に両手で掴まっていた。よく見ると馬車を引いていた馬によく似た魔法生物は先程より倍の大きさになり、足の数まで2本ほど増えている。乗客もショノア1人だけなら乗っていないも同然だろう。馬車は速度を落とすことなく、暴走しているような勢いで走り続けた。降りた時には掴まり疲れてヘトヘトだ。
「帰る頃にはみんな普通に仕事を再開してると思うから心配しなくて良いよ。何なら私が迎えに来てもいいしさ」
馬車から降りた後、体を解していると御者は親切にも声を掛けてきた。運賃の倍払いが余程効いたようだ。
「いや…、いつになるかわからないし、それは遠慮しとくよ。きっと何とかなると思うし」
謎の魔力はまだ場所がはっきりしない。今日はもう魔力の正体を見極めるまでは街の宿屋に帰るつもりはなかった。
「そうだね…。あんたガレス人なんだし、移動手段なんて色々あるだろうしね」
御者はあっさりと納得するとさっさと馬車に乗って行ってしまった。迎えに行くことを提案してくれたのは、きっと倍額の運賃を受け取ったからこそのお返しだろう。だが本人に断られたからにはもうここに長居する必要はない。彼女もできるだけ早くファランを見に行きたいのだろうから。
「さてと…、あっちだな…」
馬車がいなくなれば本当にショノアは1人になっていた。昨日も同じ場所を歩き回ったが、住んでいる人は少ないと言っても買い付けの人間が何人かいて、それなりに人通りはあったのだ。だがこの方が動き易い。何しろショノアの使い魔はネメアの姿をしている。姿を見えなくすることはできるが、透明の魔法生物に騎乗していると思われたら色々と注目を集めてしまう。何しろこの街に来ている訪問客ときたら、目新しい魔法生物の気配にはひどく敏感なのだ。
一応周りを見回し人がいないことを確認すると、ショノアは早速ネメアを出してきて乗り込んだ。念の為姿を消し、大きさも馬程度に小さいままだ。あまり大きいと、色々と破壊してしまいかねない。
本当を言うとショノア自身も姿を消してしまいたいのだが、どうもこの滞在許可証というものは魔法で周りを覆うと効果が薄れてしまうようだ。魔法生物に襲われても撃退はできるが、さすがに怪我をさせると造り主に訴えられてしまうかもしれない。それも面倒だった。色々と制約の多いモンドレルだが、ゲラントやファランのおかげで調べやすい環境はできている。後はショノアがセレンの噂の真実を見つければ済む話だ。
ショノアはネメアを走らせると魔力の気配を追って魔獣放逐場に阻まれる所まで一気に進んだ。途中、家のようなものが見えたが人の気配はない。そこから岩山の麓に沿って進んでいけば、結界にぶち当たる。恐らくここからが魔獣放逐場なのだろう。
ショノアはネメアから降りると、そっと結界に触れてみる。かなり念入りに組まれた術式だが解読は難しくない。どうやらこの結界は衝撃や魔法による攻撃などには恐ろしく強いようだが、融和は簡単だ。同じ性質の結界で体を覆えば、水の中に入るかのように結界を傷付けることなく中に入ることができるだろう。解読さえできれば簡単なことだが、ファランやゲラントが中に入ることはできない。この中で起きていることは、今の所ショノアにしか調べることはできないのだ。
ネメアに再び乗り込んだショノアは結界で体を覆うと前に進んだ。結界は彼の進路を阻むことなく視界をわずかに歪ませただけで問題ない。明らかに中に入ったとわかってから後ろを振り返れば、結界はショノアが通った穴など何も無かったかのように元通りだ。
満足して周りを見回すと、随分と物騒な様子だ。何より怒りと苛立ちの感情が渦巻いていて気分が悪くなる。『魔獣放逐場』と言われるからには何か厄介な魔法生物達を閉じ込めているのではと予想したが、どうやらその認識は間違えていなかったらしい。
体の周りに張った結界は、外の結界を潜り抜けた際にすっかり溶け合ってしまって無くなっている。滞在許可証の効果がどの程度期待できるのかはわからないが、魔法を使って下手にここに人がいることを報せてしまう必要もない。もし襲われてしまってもショノアにはネメアが付いているのだから何の心配もなかった。
それでも用心深く前に進むと行く先々で魔法生物が殺し合っている様子を目にする。負かした相手を食べようとするわけでもなく、ただ彼らは苛立っているのだ。ここに入るまでは気持ちの良かった森の木々も、魔獣放逐場ではすっかり枯れ木になり、地面も乾いてひび割れている。モンドレルの自然はほとんど魔法で作られているという話なので、恐らくこれが本来のこの土地の状態なのだろう。
水も木もない完全に死んだ大地。彼らは死ぬと消えてしまうため本当の所は全くわからないが、きっとここに入れられた魔法生物は二度と外に出ることはないのだろう。人間と違って彼らの一生はずっと長く、気の遠くなるほどの時間をここで過ごすことになる。失敗作か何だか知らないが、人間にとって不要になったもの達を死ぬまでここに閉じ込めているというなら、随分と残酷な方法を取ったものだと思う。魔法生物を造ること以外、他に能力を持たないディプス人にはそれしか方法がなかったのだろうが、それでもどうにも気分は悪いものだ。
ここの魔法生物達にとってはひと思いにショノアに殺された方が本当は幸せなのかもしれない。だがまだ強力な魔力の発信源が何なのか判明しない内に、魔法生物を攻撃して居場所を知らせるような真似はできない。ショノアはネメアを見えるように戻すと大きさもかなり戻して大きくする。これで不良魔法生物といえどもショノアに襲い掛かろうなどとは思わないだろう。実際に周りにいたらしい魔法生物達は一斉に潮が引いたように距離を空けていく。だがここで探し求める魔力の気配の方に動きが現れた。
それまでほとんど動きのなかったその魔力の主は明らかにこちらに向かって移動してくる。気付かれたのだろうか。だとしたら手間が省けて良い。ショノアの方も構わず前進を続けたが、相手もどんどん近付いてくる。周りは枯れ木ばかりで空も見えるくらいだが、その木自体がかなりの大木だ。他にも大きな岩が転がっていたりもして、それなりに姿を隠せそうな物は多い。ネメアに乗っているからには見晴らしは悪くはないが、相手との距離の割にそれらしい姿はまだ一向に見えてこず、用心して彼は立ち止まった。すると突然上空から大きな鳥の影が差し、ショノアが見上げた瞬間、人間らしき姿のものが彼目掛けて落ちてくる。
「⁈」
慌てて障壁を張りながらも飛び退けば、目の前には剣を振り下ろした男性の姿がある。そのオレンジ色の髪、そして持っている剣。それを見た途端、ショノアの目が懐かしさに潤んだ。
「…セレン…」
いきなり斬りかかられたことも忘れて彼は思わず呼び掛ける。すると男性は立ち上がり、顔を上げた。
「……」
その顔にショノアは一瞬戸惑った。その相手の顔はセレンで間違いない。背格好も覚えのあるものだ。だが少し老けている。
「私の生死を確かめにでも来たのですか? ショノア」
「!……」
その声は聞き違えようもなかった。そしてショノアのことを知っている。だがその声はどこまでも冷たい。
「ダルチェス様に命じられてあなたは私をここに監禁した。ですが私はあの方には決して従いません! 忠誠を強いられるくらいならここで死を選びます!」
「…な、何を言ってる…?」
話が見えずに戸惑うショノアの喉をセレンは容赦なく掴んだ。振り払おうにも当然その力は強く、びくともしない。
「異世界から連れ戻してくれたことには礼を言います。ですが…私の意志を無理矢理曲げようとするならあなたも敵とみなします!」
「‼︎」
その言葉による衝撃は思っていたよりも激しく強かった。このセレンは本物ではない。それは伝わってくる魔力からも明らかだ。それなのに本物と同じ顔と声で敵対宣言されてしまうと、もう頭の中には悲しみ以外無くなってしまう。
セレンが剣を構える様を見ながら彼に殺されるならもう良いか…とショノアの中に一瞬諦めが過ぎる。元々死ぬつもりだった命だ。それにセレンに救われた命でもある。それなら失っても構わないではないか。
「いや! 貴様はセレンじゃない‼︎」
諦めに目を閉じようとしていたショノアは目を見開いた。それと同時に足元のネメアが消えて一気に落下する。驚いたらしいセレンの手が少し緩み、その隙にショノアは少し離れた場所に転移した。
「お前はセレンを騙る偽物! 俺はもうわかってるんだ!」
転移した先でショノアは必死に叫んだ。そうしなければすぐにも心が挫けてしまいそうだったのだ。
このセレンは何処からどう見ても彼にしか見えない、恐ろしく出来の良いものだ。魔法生物特有の表情の不自然さや動きのぎこちなさなどは少しもない。本当に彼が生き返ってショノアの知らない所で何年も過ごしていたかのようで、ショノアでさえ実は本物なのではと勘違いしてしまいそうになる。
「…偽物…? 私が? それをあなたが皆に伝えたとして、何人が耳を傾けるでしょうね? ネメアを連れたガレス人の言うことなど…、この国では誰も信じない」
「くっ…」
偽物とはいえ、その言葉には説得力があった。ガレス人というだけでも他の人種は聞く耳を持たないというのに、そこへネメアまで連れているとなればもう完全にデルフィラの手下だ。良くてこの前のナビルのようにデルフィラからネメアを借り受けた人間。それでも“セレンを監禁していたダルチェス王子”に命じられた人間とは思われてしまうだろう。
「ネメアに関わる者は全て私の敵です。あなたも私の手で必ず倒してみせる!」
「……」
セレンの声でそんなことを言わないでくれとショノアは目を閉じて頭を振る。それでも彼は構わず聖剣をショノアに向けた。
「セレン!」
ショノアは彼に目線を合わせることもなく雷の魔法を周りに落としまくった。視界の端でセレンが後ろに飛び退いているのが見える。
まだ彼が誰かに操られているというなら、その方が良かった。それなら殺されても悔いはない。だがこのセレンは彼ではない。全くの別物だ。人間でさえない。そんな存在を造り上げた人間をどうにか見つけ出す必要がある。セレンの口から誤った情報を吐かせるなど、そんなことをしでかした人間が、今後世間に対して良い影響を与えることなど決してないのだから。
「お前は存在してはいけない! 本物のセレンのためにも…!」
ショノアはセレンの名を何度も心の中で叫んでいた。どうして彼は死んでしまったのか。どうして同じ姿をした魔法生物と殺し合わなければならないのか。彼が生きていてくれさえすれば、こんな苦しみもなかったのだ。そして苦難に陥るショノアをすぐさま助けてくれたことだろう。
セレン…!
彼の悲痛な叫びは魔獣放逐場の結界内に波のように広がっていく。だがここにはそれを受け止める人間は誰1人として存在していなかった。




