(1)
ファランと別れたゲラントはそれからずっとグリフに乗って走っていた。後ろからはナビルと他数名の近衛騎士達が、道すがら奪った誰かの魔法生物に乗り追いかけてくる。飛行型、陸走型と色々あるが、皆それなりに乗りこなしているようだ。一応騎士見習いの間に馬以外の乗り方は一通り叩き込まれているので驚くには値しないが、魔法生物の選び方は何人かはしくじっている。おかげで追いかけてくる騎士の数は半分に減った。
ゲラントとしてはナビルにどうしてエリアナの元に身を寄せることになったのか、それを聞いてみたい気持ちがある。そのため付かず離れずの距離を保ちながら逃亡を続けていたが、ナビルはそれに気が付いているらしく先程から真面目にやれだの、馬鹿にしているのかだのと本当にうるさい。
そろそろ人通りも無くなってきたので良い頃合いだろう。ゲラントは突然グリフを止めると、止まりきれずに通り過ぎて行く騎士達を一旦見送り今度は後ろから追撃を開始した。慌てて向きを変えようとする近衛騎士の数はナビルを入れてたったの3人だ。ゲラントは袋から出してもいない槍を手に取ると、まずナビルの部下達を薙ぎ払った。騎手を失った魔法生物は大慌てで駆け去っていき、落ちた騎士はまだ体勢が整っていない。そこを抜けて先頭のナビルに突っ込んでいくと、グリフの鉤爪が彼の体をしっかりと掴み、そしてそのまま一気に飛び上がった。
「な、何をする⁈ お、下ろせ!」
グリフに掴まれ宙吊りにされたナビルはさすがに取り乱し、暴れるばかりだ。足下では置いて行かれた彼の部下達が何やら言っているがもう聞こえない。
「今下ろしたらさすがに助からないぞ? まあ、殺しはしない。少し話がしたいだけだ」
ナビルは数日前に自分を殺そうとした相手であり、良い人間とは言い難い。今更同じ騎士団の人間だからと容赦する気持ちもないが、一対一で戦えば余裕で勝てる相手ではある。ナビルもそれはわかっているのか、ゲラントの言葉にすぐにおとなしくなった。
「……何が聞きたい? 私は何も知らんぞ?」
「セレン様のことなら期待してないから安心しろ。エリアナ王女のことも…どうせ何も教えてもらってないんだろ?」
エリアナは疑り深い。余程信頼した相手でなければ侍女であっても明日の予定さえ教えてもらえないという話だ。最近では鉄の豹を連れているので近衛騎士の護衛さえ拒む時があると言う。たとえ近衛騎士部隊長で今は目的を同じにしているナビルでも、エリアナが内情を打ち明けるとは考えられないことだった。
ゲラントは岩山の上にある高台を見つけると、ナビル共々着地する。グリフがナビルを解放すると、すぐさま彼は剣を抜いてゲラントに向けてきた。
「そんなに警戒するな…。あんたみたいな連中には昔から慣れてる。セレン様が見つかれば…、俺達は同じ騎士団の人間。もういがみ合う必要もない」
「……」
ナビルはセレンが行方不明になったその同じ年に騎士になっている。それくらいの頃に騎士になった人間はとにかくセレンに憧れている人間が多かった。ネメアとの戦いの度にセレンがひどい怪我を負っていたことも知らず、彼が将軍として多くの貴族達を粛清していたことさえも、他の誰もしてこなかったことだと好意的に受け止められた。若い世代にしてみればセレンは不死身で鋼鉄の意志を持つ孤高の存在。夢中になるのも無理はない。
ナビルは元々中流貴族だったため、親族にセレンの手に掛かって死んだ者がいなかったのも良かったのだろう。副官のマリウスが近衛騎士だったこともあり、彼はずっと自分もいつか直属部隊に入るのだと考えてきた可能性は高かった。
ゲラントが宥めるとナビルは渋々剣を下ろし、鞘にしまった。だがまだその表情には怒りが見える。
「憧れてた直属部隊に入れた俺が…仲間を見捨てるような真似をして生き残ったのが許せない…。あんたが俺を殊更に嫌うのはそういうことなんだろう? それは別に構わんさ…。好きにしたら良い。……俺も…セレン様に会わせる顔がないからな…」
話したところでセレンがゲラントを叱りつけるようなことはない。生き延びたことをただ喜んでくれるだけだろう。だからこれはゲラントが自分を許せないというだけのことだ。
「けどファランは俺のこととは無関係だ。それにあの子のことはきっとセレン様も気に入ってくれる」
「セレン様が…ファラン様を? …いや、しかし何の力もない王女だぞ⁈」
「力はセレン様にある。セレン様の守護の下、ファランがミレノアルを正しい道へ導くんだ。それは前王の御世で既に実現しようとしていたことだ」
「それは…」
王本人の持つ力など今は何ほどのこともない。セレン程の力を持っていたとしても、デルフィラの前に屈せざるを得なかったのだ。少しくらい丈夫なだけで、天候術も中途半端にしか使えないダルチェスが王になったところで何ができると言うのか。
「力なんてあったところでそれ以上の力を持つ敵が現れたら終わりだ。それなら民のために尽くす王であった方が良いとは思わないか?」
ナビルは何も言い返してはこなかった。彼の出身地はダルチェス王子の領地であり、父親は昔から王子一筋の支援者だ。彼の父が中流貴族でありながら王子の側近となるに至ったのには、相当な金で悪どい取引を経たからだと言われており、そこでブラドと意気投合してしまった。一説にはナビルの父にブラドが肩入れするからこそ、彼の仕えるダルチェスを王代理に据えたのだとまで言われているが、本当かどうかはわからない。
しかしそんな関わりから生まれた王代理と、親の名の下に隊長に抜擢されたナビル。実力の伴わない人間達によって治められているミレノアルはとてもではないがまともな国とは言えない。
「近衛なんてのは王と直接関わる役目だ。あんただってダルチェスなんかに仕えるより、話のわかる王に仕えていたいんじゃないのか? まして隊長ともなれば苦労も多いだろう?」
「…私はもう隊長ではない…。貴様を捕らえ損ねた時点で隊長の身分は剥奪された。だからこそ…王都には真っ直ぐ帰らなかったのだ」
ナビルはそう呟くと恨めしげにゲラントを見てきた。ブラドは近衛騎士部隊長だった頃から部下を大切にしないことで有名な人間だ。たとえ父親と懇意にしていたとしても、息子は息子。まして父親との関係もブラドの方が立場が上のはずだ。ナビルをどう扱おうが彼が気にするほどのこともなかったのだろう。一度の失敗…かどうかはわからないが、事情はどうあれ降格させるというのはいかにもブラドがやりそうなことだ。昔はマリウスもさんざん彼には苦労させられたと話していたので、ゲラントも彼の手口はよく知っていた。
「しかし一体どれだけ寄り道したらエリアナの飛空船に乗ることになるって言うんだ? 彼女がモンドレルに真っ直ぐ向かったとしても、出会える機会があるとは思えないがな?」
ゲラントとしてはそれが一番引っかかっていた。いくら王都に帰るのを先延ばしにしたと言ってもエリアナの過ごす領地まではかなり遠い。彼女の家族は王都の中で暮らしているが、エリアナ本人だけは自分の持つ領地の中でも最も王都から遠い場所に住んでいる。彼女はとにかく父や兄のいる場所から遠ざかりたかったからだ。しかしモンドレルに辿り着く1日前にゲラント達とほぼ同じ場所を飛んでいたことを考えると、ナビル達はかなりエリアナの領地に向かって進んでいたことになる。
「エリアナに…一か八かで助けを求めに行ったのか? それはかなり思い切った計画だと思うが…」
「さすがにそんなことはしない! …我々には怪我人が多かったのだ。だから近くの街まで治療に向かった。…だが…治療は敵わなかったのだ」
ナビル達はショノアの雷に打たれたことでほとんど全員がいくつかの怪我を負っていた。傷薬は既に長旅で底を尽き、とりあえず最寄りの街に立ち寄ったがそこも作物の不作とブラドの圧政による不当な税の搾取によって、ろくな薬は残っていなかった。まして住民達は近衛騎士と見るや仕返ししてやろうと襲いかかってきそうな勢いだ。ぐずぐずしていると、怪我で動きの鈍っているナビル達は全員ただでは済まなかった可能性もあった。
「我々が怪我をしていたせいも勿論あるだろうが…、街の連中は以前にも増して反抗的だ。誰かが扇動しているようにも見えた。その後も街を転々としたが、何処も示し合わせたように我々のことを敵視してくる…。エリアナ様が見つけてくださらなければ…間違いなく我らは野垂れ死んでいたことだろう…」
「……まあ、自業自得という奴だな…。だがそうなると…あんたらを拾った時、エリアナは既にここに向かっている途中だったということか…」
日数から考えて、やはりゲラント達がスィベルからセレンの噂を聞かされたその日からあまり時期としては離れていない。しかしスィベルはセレンの噂を自らファランに売り込んだ訳ではないため、彼が時期を見計らって彼女をモンドレルに送り込んだとは考え難い。だとしたら噂の発信者がただ自分の得た情報を世界中に大安売りしているだけなのか。
「セレン様の噂の話はどうやって知ったんだ? 裏で嗅ぎ回ったのか?」
「いや…、そういうわけじゃない。…我々が怪我の治療を終えて落ち着いた頃に、ある人物に会いに行くエリアナ様の供を申しつかった…」
その人物は小さな檻に入れられ、横になって眠ることもできないような状態に置かれていた。その状態でもう数日経つと言うが、なかなか知っていることを全て話さないので厄介なのだと説明を受けた。
「話を聞いている内にセレン様のことだとわかった。モンドレルの魔獣放逐場にあの方を幽閉するなどと…、なんと恐ろしいことをなされることか。セレン様でなければ生き延びることも難しいだろうに…」
ナビルは当時の衝撃を思い出したのか、本当に信じられないと憤慨してみせる。しかしゲラントとしてはセレンの居場所を示す新たな情報に心が向いていた。
「魔獣放逐場だと…? それはまた厄介な場所に…」
ゲラントの呟きにナビルも自分が失言したことに気が付いたらしく、目に見えて焦り始めた。
「いや、しかし…! まだその場所の何処にセレン様がいるのかまでは何もわかっていない! そもそもあの場所は…」
「結界に覆われていて人が自由に出入りできる場所じゃない…。確かに…ユーラッドがセレン様を脅しついでに監禁するには絶好の場所だ…」
これは本当に困ったことになった。あの場所に入るには必ずユーラッドを通す必要がある。鍵自体は街の代表者が大切に保管しているが、彼がユーラッドの許し無しにあの魔獣放逐場を開放することは決してない。それだけ危険で重要な場所なのだ。たとえファランが鍵を貸すよう言ったところで、街の代表者はユーラッドに指示を仰ぐだろう。
「ユーラッドに知られずにあの場所に入るとなると…はっきり言ってお手上げだな…」
少なくとも今エリアナの元にはファランがいる。彼女が父親に鍵を渡すよう説得できればまだ可能性はあるが、果たしてエリアナがそれを許すだろうか。説得が失敗に終わったとなれば、ただエリアナがユーラッドを疑っていると知れるだけに終わってしまうのだから。
「結界自体を破壊してしまえば良いのではないのか? エリアナ様の飛空船なら恐らく可能だぞ?」
「⁈ あんた…それは口が裂けてもエリアナには言うなよ…? あの結界が無くなったら一体この街がどんなことになるのか、少し考えたらわかりそうなものだろう…⁈」
ナビルの乱暴な発想にゲラントは思わず声を上げた。どうしてユーラッドがそこまで鍵を厳重に管理しているのか、彼は何もわかっていない。それとも自分の住む街でなければ、どうなっても構わないというのだろうか。少なくともエリアナはそんな考えを持っていそうだ。
「もしそれでセレン様が魔獣放逐場に居ないとなったら最悪だ! 魔法生物は野生の魔物よりずっと厄介だ。しかも長い間閉じ込められて奴らは怒り狂っている。そんな魔法生物が山ほど襲ってくるんだぞ⁈」
「しかし…そんな場所にセレン様は閉じ込められていると言うのだろう…? 事は一刻を争うのでは…」
ナビルはゲラントの話に恐れを抱いてはくれたようだがそれよりもセレンを救い出したい思いの方が優ってしまっている。ゲラントもその点に関してだけは同感だ。だが話はそう単純ではない。
「…それは確かに…セレン様が中にいるなら早く救出するに越した事はない…。だがあの人は…街を崩壊させてまで自分を解放してもらいたいとは絶対に考えない…! それだけははっきりしているんだ!」
「!……」
ネメアと戦う時、セレンはいつでも1人で立ち向かった。直属部隊には街の住人達の避難を任せ、自分に何があろうと手を出すなといつも厳命してきた。たとえ自分が戦いで命を落としたとしても、他に誰も死なずに済むなら彼はそれで満足したのだろう。それは直属部隊の人間全員が感じていたことだ。
「せめて魔獣放逐場の中に人間がいるかどうかを街の衛兵に確認しろ。ユーラッドに口止めされている可能性も考えて、脅しに結界を破壊すると言うくらいなら良いだろう。エリアナが後ろに控えているとなるとその脅しも真実味が増す。それでもダメなら…もうユーラッドを直接脅すしかない」
ユーラッドは野心を持っているだろうが頭は悪くない。強烈な兄と姉の間で常に自分の存在を誇示してきたような人間であるからには、引き際も弁えているはずだ。最悪なのはユーラッドもセレンのことを知らないという場合だ。そうなれば噂の出所自体を疑わなければならなくなるだろう。それは色々な意味で残念な話となるが、可能性として無いとは言い切れない。
「とにかく今は全てが不確かだ。そんな状況で手間を惜しんで魔獣放逐場の結界を破壊すれば、立場を悪くするのはあんたやエリアナの方だ。それだけは忘れるな」
ナビルは深刻な顔で彼の話を聞いていた。それなりに軽はずみな行動はするべきではないと理解してくれたのだろう。だとしたらそろそろ退散した方が良さそうだ。徐々に2人がいる高台の周りに衛兵達が集まってきている。
「…行くのか?」
下を覗いているとナビルが少し心細そうに訊いてくる。確かにゲラントの言うことを彼1人で熟そうと思うならかなり厳しい状況だ。エリアナを制御できるかどうかも怪しい。それは制御不能なブラドの下にいたからこそ彼もよくわかっているのだろう。
「まあ、苦労も多いだろうが…、これをやり遂げたらセレン様もあんたのことを心に留めておくだろう。無駄にはならないはずだ」
「そ、そうか…! それなら…」
「……」
ナビルのことは着任した当時から話には聞いていたが、どれも冷血でブラドのためなら何でもする男だというような話ばかりだった。だがセレンを話に持ち出せばこれほど扱い易い人間もいない。ナビルは付いていく人間次第で簡単に善にも悪にも変わるようだ。だとしたら今後エリアナに付いて行くしかないと思うような状況にだけはしてはならない。
「今回俺にできることはほとんどない。全ては…あんたの動きにかかってる。だからセレン様のことは頼んだ」
「…わかった」
ナビルの顔から不安がみるみる抜けていく。こんなにも調子の良い人間だったとは意外だが、今回は本当に如何にエリアナを暴走させないかに全てが懸かってくる。それはセレンが見つかるかどうかに関わらずだ。そして彼女を抑えられるとしたら今の所ナビルだけなのだ。
「俺は俺で知り合いに聞き込みでもしておく。じゃあな」
ゲラントがグリフに乗って飛び上がると同時に、下から鳥型の魔法生物が何匹も周りを取り囲んできた。遠くからは鳥に乗った衛兵の姿も見える。こちらはむしろナビル達より余程手強い。すぐにこの場を逃れなければならないようだ。
ゲラントはグリフを一気に上昇させて囲みを抜けると、雲の中を駆け抜けて行った。




