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黒衣の守護者  作者: 樽吐
王の力を欲する者達
90/156

(5)

 一方1人許可申請所の中に取り残されたファランはぼんやりとゲラントが去っていってしまった門を眺めていた。彼の言葉通り本当の別れではないとわかっているのだが、何故だかひどく心細い。怒り狂ったエリアナがすぐ近くにいるからだろうか。

 エリアナとは子供の頃から付き合いは多い方だと思うが、昔はそれこそ話し相手は限られていた。同年代の従姉妹達よりは伯母の方がまだ喧嘩になったりはしないので、ファランとしてもどちらかと言えばエリアナの側にいることが多かったくらいだ。しかし今はゲラントやショノアというまともな人間が周りにいて、口が利けて本当に良かったと思えることばかりだ。そんな経験をした後では、エリアナと一緒にいるという今の状況は苦痛でしかない。

「…まったく…なんという下劣で愚かな人間か…」

 エリアナはただぶつぶつと不満を言いながらも元来た道を戻っていく。やはり彼女はセレンの捜索には参加せず、あの飛空船で待つつもりのようだ。気は進まないが呼び止めて一緒に行きたいと頼み込もうか。彼女が意を決して一歩を踏み出したその時だった。

「…ファラン王女…? あなた、ファラン王女様ですよね?」

 突然見知らぬ人間に声を掛けられた。ファランは無意識に近くにいるはずの衛兵の姿を探し求めていた。王女であることを確認してくるなどと、それはあまり良くない予兆だ。彼女の手は腰に帯びた短剣に伸びようとまでしていた。

「…そうよ。ファラン様だわ…」

 何故か周りの人間は彼女の名前を呼びながら、徐々に囲みの輪を縮めてくる。

「なに…?」

 意味もわからず前も後ろも人に囲まれて、ファランは仕方なく足を止めた。

「……恵みの神! ようやく会えました! あなたはミレノアルに舞い降りた救世主だ!」

「え…?」

 1人が両膝を着いて彼女に向かって祈るような姿勢を取る。それをきっかけに次々と彼女の周りは跪いた人間でいっぱいになった。

「お目にかかれて光栄です! あなたのおかげで私の村ではこの冬多くの者が生き延びることができたのです!」

「私は病に臥せっていた父が元気に…」

 人々は口々に感謝の言葉をファランに伝えてくる。今まで面と向かって感謝されたことがなかったファランは嬉しさに涙が溢れそうになってきた。

「この街にはいつまで滞在なされるおつもりですか? あなたがいらっしゃるとわかっていれば、家族全員でここに来ましたものを」

「ユーラッド様のお屋敷で御滞在なさるのですか? しかしあそこは今修繕中だとお聞きしましたが…」

「ええ⁈」

 何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がして声を上げると、周りが一瞬静まり返る。

「…別荘は修繕中なの? どうして?」

 ファランは思わず少し離れた場所で立っていた衛兵に尋ねていた。すると衛兵は別に大したことではないというようにあっさりユーラッドが実験で失敗したからだと説明してきた。

「そんなのあり得ない…! あの家は巨大魔法生物が襲ってきたって壊れないように作られてるのに⁈」

 そもそも実験によって事故が起きないよう、あの家には事前に様々な対策が取られている。家が破壊されたということは、その想定を上回る何かをしていたということに他ならない。

「お父様…本当にここで一体何してるの…?」

 セレンの目撃情報に、謎の危険な実験。ユーラッドの周りでは本当に不穏な話ばかりだ。疑う要素が多すぎる。

「それで…一応寝泊まりはできるの?」

「壊れたのは魔獣造成室のある一画だけですから他は特に…。ただ…警備上、安全とは言い難い有様ですので、何処か宿を取られた方がよろしいかと…」

「……」

 これは困ったことになった。エリアナには逃げられ、今また別荘にさえも入れなくなってしまっていると言う。これでは何処も捜索できない。

「ファラン様、良ければ我々とご一緒しませんか? ずっとお礼がしたかったのです」

「いいえ、それなら我が家に是非来てくださいまし! 自慢の手料理をご馳走させて頂きますわ!」

 周りに集まった人々はありがたいことに、自分の提供する宿なり家なりでくつろいでくれと口々に言ってくれる。だが話はそう単純ではないのだ。

「ありがとう。あなた達の気持ちは嬉しいけど私は…」

「そうだな、お前は私の飛空船に滞在するのがいいだろう」

 背後から突然声を掛けられてファランは飛び上がった。慣れない1人という状況に緊張しているのは自覚しているが、それにしてもこれでは怯えているのが丸わかりだ。

「お、伯母様…私のために戻ってきてくれたの?」

 しかし声の主を見たファランは事態の好転にこぼれそうになる笑みを抑えるので精一杯だった。まさかエリアナが戻ってくるとは思ってもみなかったのだ。だがこれなら彼女から色々と話を聞くことができる。

「心配になって戻ってきてみたら、まさか家が無くなっていたとはな…。王家の者ともあろうものが供も付けずに庶民の世話になるなどあってはならぬ話だ。ここには何をしに来たのか知らぬが、私がいて良かったな?」

 さらりと恩を着せられたが別にどうということはない。エリアナのこの態度はいつものことだ。むしろゲラントのことでは相当怒らせてしまっていたのでもう近寄れないかもしれないと覚悟していた。それが解消されただけでも十分だ。

 ファランは彼女を迎えようとしてくれた人々に丁寧に礼を言うと、エリアナの元に走り寄った。はしたないと注意を受けたがそんなことなど今はどうでもいい。彼女に抱き付けと言われてもできてしまいそうなほどファランの気分は盛り上がっていた。

「でも伯母様が戻ってきてくれるなんて、思いもしなかった。だって…すごく怒らせちゃってたから」

「その下品な言葉遣いをどうにかしろ。王女らしい態度と口調を身に付け、常に気高くあらねばならん」

「……はい、伯母様…」

 いくら上品で身綺麗に整えていたとしても中身が悪ければどうしようもないと思うのだが、違うのだろうか。実際にゲラントはすっかり庶民に馴染んでしまって身なりも口も悪いが、出会った当初から彼女は嫌だと感じたことはない。見た目など関係ないとは思うのだが、ショノアに好かれようとファランは最近見た目を気にし始めている。そうなってくると一概に見た目などどうでも良いとは言いきれなくなってくる。

「船に着いたら体を磨いてもらえ。髪も服装もみすぼらしい。身分に相応しい物を用意させよう」

 今日のエリアナは一体どうしたのだろうか。いつもなら汚らしいと判断した人間など放っておいて完全に他人任せにしてしまうというのに、今日の彼女はファランの見た目を良くしようと自ら動いてくれている。そもそもファランの様子を見に戻ってきたというのも驚きだ。エリアナにとってはたとえ親族であろうと気遣うには値しない。夫とは政略結婚に等しく、一男一女の子供はいるが、その子供達に愛情を持って接している場面になど一度も遭遇したことはないのだから。

 半信半疑で飛空船に乗り込めば、すぐさま(ぜい)の限りを尽くした風呂に入れられ、今まで入ったことのない美しく立派な部屋に案内された。そこで光沢のある茶色のドレスを着せられ、髪は薬で強制的に元の長さにまで伸ばされ綺麗に結い上げられた。虹水晶を花の形に組んだ髪飾りを付ければとんでもなく王女らしい。プラニッツ人にしては薄い緑色の髪にもそのドレスと髪飾りはよく合っていた。

 侍女達もその出来栄えにかなり満足したようで、早くエリアナに見せに行けとうるさいので渋々彼女の部屋に向かった。別に自分の娘でもないファランが綺麗に着飾ったところでエリアナは喜ばないだろう。そんなことを考えながら扉を叩くと、あっさりと中に入ってくるよう促される。中に入るとエリアナは手元に(はべ)らせた鉄の豹の頭を撫でながら、意外にも満足そうに微笑んでいた。

「なかなかよく似合っているな? そのドレスは私が若い頃に身に付けていた物だ。娘に着せてもあまり似合わんが、お前ならば良い」

「……」

 エリアナの夫はミレノアル人の血が濃いと評判の上位貴族だった。その血を濃く受け継いだのか彼女の娘は明るい黄色の髪で、目も青い。ミレノアル人の外見をしっかり備えた彼女はいつでも周りから将来を期待されている。周りの期待を一心に集めたエリアナの娘は長子のダルチェス王子同様とにかく我儘放題で、城で顔を合わせれば必ずファランに何らかの嫌がらせをしてくるような人間だ。ショノアに助けられた時、ファランに殴りかかってきたのも彼女だった。

 それに対して母親のエリアナはアルカイスト人らしく王族にしては青味がかった黄色の髪で、武芸の才能は全く無かった。娘は母親を馬鹿にし、溺愛してくる父親に懐くばかり。そのため彼女の興味はいつも自分同様将来を全く期待されていないファランに向いた。

 エリアナには実はもう1人息子がいるが、彼女は最初に生まれたその息子には一切愛情を持っていない。それは前王が長子のダルチェスばかりを構って自分が無視されてきたという経緯があるからだと言われているが、次に生まれてきた娘には愛情を注ごうにも娘の方から拒否される羽目に陥ってしまった。

 事情を思えばエリアナに同情したくもなるが、ファランはファランで彼女の家庭事情に巻き込まれて迷惑を被っている面もある。そもそもエリアナの娘にいつも嫌がらせを受けるのは、ファランが母親に可愛がられていると言って従姉妹に嫉妬されているからなのだ。この上まだエリアナのドレスを贈られたとなれば、どれほどの嫌がらせが待っていることか。

 複雑な表情でファランが黙っていると、エリアナは今度は部屋の居心地はどうかと尋ねてきた。どうもあの部屋は娘用に作った特別室のようだが、そんな部屋にファランを入れるなどとどうにも落ち着かない。これではまるでファランがエリアナの娘になってしまったかのようだ。

 部屋は素晴らしくて恐縮してしまうと答えれば、彼女は更に気分を良くしてしまったらしい。棒立ちになっているファランに向かって、彼女の座っている長椅子の向かいに座れと言ってきた。

 今日のエリアナは本当におかしい。彼女はいつも何処にいても1人の時間を満喫し、邪魔されることをひどく嫌う。今までもファランに同席を許すことなど、食事の時以外では全くなかったのだ。戸惑いに動けずにいれば、侍女達が長椅子の前の机にお茶と菓子を置き、ファランを促してくる。

「どうした? 半年間も家を空けて、あの礼儀知らずの男と一緒にいたのだろう? こんな高級な菓子など久しぶりなのではないか?」

 確かにお茶と菓子など、ゲラントと一緒に旅をしている間は一度も口にしたことはない。差し出してきたのがエリアナでなければ飛び付いていたかもしれない。しかしあまりぐずぐずしているとそれはそれで彼女の機嫌を損ねてしまう。異様な優しさに警戒しつつもファランは長椅子に腰掛けた。

「先程平民どもが言っていた“恵みの神”とは何のことだ? 随分と皆お前を慕っているようだったが?」

 エリアナはそのお茶を大して美味しくもなさそうに飲むと、ファランに尋ねてくる。どうやらファランと人々のやり取りを彼女はしっかりと見ていたらしい。

「……それは…」

 彼女は庶民の暮らしのことなどには全く興味がない。そのためファランが庶民の畑を実らせて回っている話なども耳には入っていなかったのだろう。間違えたことをしているとは考えていないが、家出をしてまで平民達のために動いていると知られれば、エリアナは何と言うだろうか。

「確か…太古の時代のプラニッツ人で、そんな風に呼ばれていた人間がいたな…。セレスト王とその友にして我らが祖先ウルラド率いる軍勢が砂漠を10日に渡って進む際、全ての人間の飢えと渇きを癒したのがその“恵みの神”だと伝わっているが…」

 そのプラニッツ人は別に革命に積極的に参加していた訳ではない。飢えに苦しむ奴隷達を見かねて、自らも奴隷でありながら人々のために作物を育て続けた聖人のような人間だったらしい。そんな彼を皆『恵みの神』と呼んで慕った。しかし革命軍の命も他の奴隷達の命も分け隔てなく繋ぎ続けた彼は、無理が祟って20歳という若さで亡くなってしまったのだ。

「なるほどな…。ナビルが言っていたのはこのことか…」

「……ナビルが何を言ってたって言うの?」

 エリアナは随分と楽しそうに笑っていた。しかしナビルの話からその笑顔が生まれるなど、とてもではないが良い予感はしない。警戒しながらもエリアナの出方を伺っていると、彼女はファランのすぐ隣に移動してきた。

「お前は今やこのミレノアルの平民全ての心を掴んでいるというわけだ。そのためにナビルは随分と苦労させられたと言って不満を漏らしておったぞ? しかし…話を聞いた当初は少し食べ物を恵んでやったくらいで大袈裟なと軽く考えておったが、これならば確かにな…」

 エリアナはそう言うとファランの顔を自分の方に向けるとその頬を撫でる。

「今のお前は伝説のプラニッツ人が死んだ年齢に近い。だからこそ生まれ変わりだと信じる奴も多いのだろう。……良いことだ」

「……」

 叱られるのではないかと覚悟していただけに、彼女の言葉は意外でしかなかった。だが違和感のある反応にファランの警戒心はまだ解けない。黙ってエリアナの顔を眺めていると、甲板に出るかと提案された。

 この船の天井は全て甲板で、見晴らしは最高なのだと言う。モンドレルは様々な自然が人工的に作られた見た目には美しい街だ。きっと良い景色が見られるだろう。それは容易に想像できるが、エリアナがファランを連れてそんな場所を親子のように歩くと言うのだろうか。

「あの…伯母様。セレンのことは…探さなくて良いの? ナビルはゲラントを追いかけて行ってしまったし…」

 ゲラントが街に入ってしまった後、ナビル達がその時準備されている滞在許可証を全て持ち出してしまい、しばらくあの場は騒然となっていた。しかしそれ以降、残ったエリアナの家臣達は無理に奥に押し入ろうともせずおとなしく順番を待つ気になったようで、目立った混乱は起きていなかった。その後はファランも人に囲まれたりエリアナに連れ出されたりと落ち着かなかったため、どうなったのかははっきりとはわからない。

 ゲラントならばナビルに捕まるようなことはないとわかっているが、不安が全くないわけでもない。まして今のエリアナとはこれ以上一緒にいたくなかった。何か危険な気がして落ち着かないのだ。

「セレンのことならば心配はない。私の部下は何もナビルだけではないのでな…。それに大体の居場所はわかっておる」

「ど、何処に⁈ やっぱり…お父様の別荘…!」

 思わず口走った自分の言葉にファランは思わず愕然とする。父親のことは疑いはあるものの、まだ信じているつもりだったのだ。少なくともエリアナに対してその疑念を見せるつもりなどなかったというのに…。

 絶句しているファランの前でエリアナはまたも嬉しげに笑った。彼女はファランが父親のことを悪く思っているとわかるといつもこうして喜ぶのだ。

「安心しろ。…私としては極めて残念なことに、セレンの目撃情報はユーラッドの邸宅ではない。しかしだからと言って無関係とは言い切れぬがな…。この街は全てあの弟の持ち物なのだから」

 気になるなら直接セレンを目撃した本人に話を聞いてみるかと言われたので思わず頷いてしまった。もう形振(なりふ)りなど構っていられない。エリアナは満足そうに微笑むと付いてこいと言って歩き始めた。

 その場所はファランやエリアナが過ごす上階ではなく、更に下の船底に近い場所だった。窓もなく、薄暗い倉庫のような場所だ。その一画に檻のようなものが置かれており、中に男性が1人いる。彼はエリアナの顔を見た途端、出してくれと懇願してきたが、彼女は構わずセレンのことを話せと命じるだけだ。

 何故情報を持ってきた人間をこうして閉じ込めているのかと尋ねれば、何でも彼は情報を小出しにしてなかなか全てを話そうとせず、曖昧な情報を提供してはもう良いだろうと報酬を要求するのだそうだ。金を出せば出すほど情報の精度は上がってきたが、これではキリがない。苛立ったエリアナは金よりも脅迫で情報を引き出すことに決めたのだと臆面もなく言ってのけた。

「確か月花が黄色の時です! 日暮れ前の魔獣放逐場でセレン様らしき男を見ました! 確かです!」

 男性の言葉にエリアナはうんざりしたような顔で彼を眺める。監視している兵士の話ではあまり情報の内容に進展はないらしい。エリアナは男性を恫喝して黙らせた。

「その魔獣放逐場とやら、調べてみたが恐ろしく広い場所のようだな? そんな場所を我々だけで捜索していたら一体何日かかると思うのだ? その程度の情報でこの私から金を受け取ろうなどとは片腹痛い。セレンが無事見つかれば良し。さもないと…偽の情報で私から金を騙し取ろうとした罪で貴様は処刑する」

「⁈……」

 エリアナの一方的な理屈で自分が殺されると知り、その男性は顔を青ざめさせた。そして明らかに狼狽え始める。

「お、お待ちください! 確か…、そう…思い出しました! 岩山のある…街の端にあたる場所です! そこで…青い髪の男性が近くにいました!」

 男性は必死で思い付くままに叫んでいるように見えた。エリアナは胡散臭げに彼を眺めているだけだが、ファランは男性の言葉にただ動揺するばかりだ。

「…魔獣放逐場に、青い髪の男性…?」

 魔獣放逐場とは事故や失敗などで命令を受け付けなくなった魔法生物を死ぬまで隔離しておく場所だ。魔法生物は一度造成してしまうと造り主でもその命を自由にすることはできなくなる。たとえ危険な存在になってしまっても簡単に処分するというわけにはいかないのだ。

 造り主によっては哀れな魔法生物を造らないよう対策を取ってある場合もあるが、想定外は必ず起きる。そのため太古の時代から魔獣放逐場は不要になったことがなかった。しかしその性質上、その場所は結界で覆われていて通常入ることも出ることもできない場所だ。そしてその場所を年に一度だけ開ける鍵を持っているのはユーラッドしかいない。

「まったく…毎度毎度世話の焼ける…。魔獣放逐場という場所は聞けば結界で覆われていて中には入れぬらしいぞ? その青い髪の男とやらは外にいたのか?」

 エリアナは新しい情報ながらも決定打には欠けると不満げで、とにかく他の情報を出せと強要するだけだ。しかし横で聞いているだけのファランの中では疑念だけが膨らんでいく。

「青い髪だなどと…グリナライト人が側にいたのか? 其奴は何をしていた?」

 ミレノアルに生きる人間であれば『青い髪』と聞けばまずグリナライト人を思い浮かべる。だがあまり家から出たことのなかったファランにはその人種自体に馴染みがなく、むしろショノアの髪を思い浮かべてしまうばかりだ。厳密に言えばガレス人の髪は青ではなく、更に濃い紺色なのだが、夕暮れ時という薄暗い時間帯では青にも見えるかもしれない。いや、それよりどうしてこんなにも自分はショノアがセレンと関わっていると考えているのだろうか。これはただの先入観に過ぎないというのに。

「そうか…、わかった。ダルチェスも一枚噛んでおるのだな?」

「え……?」

 しかし突然全て解決したとばかりに声を上げたエリアナに、ファランは呆気に取られてしまった。どうしてそんな話になるのかと彼女の顔を見つめていると、エリアナは自信満々に説明してくる。

「そもそもダルチェスは一度セレンを監禁したこともあるような横暴な人間だ。今回は弟に罪を着せようとしてこの場所にセレンを幽閉したのかもしれんが、残念ながら側にいた家臣のことを目撃されていたということだろう」

 言われてみれば伯父ダルチェスの母親はグリナライト人であり、家臣にもその人種が多い。天候術師だけを集めて作った護衛部隊を持っているほどだ。

「だけど伯父様の力でも魔獣放逐場にセレンを入れるのは無理よ。あそこを開ける鍵を持っているのはお父様だけなんだから…」

 つい誤った認識を正そうとしてファランは言ってはいけない情報を口走ってしまった。それを聞いたエリアナが怖い顔でこちらを振り返る。

「ほう…、そうなのか…。だとしたら弟は兄に手を貸しているのかもしれんな? それは良い…」

 一体何が良いと言うのか。兄弟の内2人が敵に回ったようだと言うのにエリアナは楽しそうに笑っている。

「お父様は伯父様に頼まれたの…? 青い髪の人は伯父様の家臣…?」

 しかしファランとしてもそのエリアナの予想が正しいことを願わずにはいられなかった。伯父には悪いが、今回の一件が全て彼の仕業となれば父親はただ巻き込まれただけの人間となり、ショノアに至っては完全に無関係だ。

 思わず安堵のため息を漏らしてしまうと、それをエリアナに気付かれてしまった。

「ユーラッドはずっと私と兄との仲違いに巻き込まれてきた人間だ。以前は私に加勢してくれたが、今回はお前の縁談も絡んでいて兄の言うことを聞くしかなかったのかもしれん。心配せずとも悪いようにはせぬ」

「……」

 ファランの縁談というのはラッシェルとの結婚のことだろうか。もう破談になってくれて良いというのに、ユーラッドはまだ頑張っているようだ。だがそんなことのためにセレンを監禁するような悪事に手を貸したのだとしたら、呆れを通り越して情けないとしか言いようがない。だがそれでもまだユーラッド本人の意思でセレンを監禁したというよりは良い方だ。

「魔獣放逐場のことはお前の方がよく知っているようだな…。ナビルが戻ってきたら捜索方法をよく検討するとしよう」

 エリアナはこれで満足したとばかりに後ろに控えていた騎士に命じて目の前の檻を開けさせた。解放された男性はすぐにも飛び出てくる。

「あ、ありがとうございます! これで私も無罪放免と…」

 男性はエリアナに感謝の言葉を述べようとするが、その彼に向かって一緒に付いてきていた鉄の豹が男性に向かって唸り声を立て、今にも飛び掛かろうという姿勢を見せた。

「まだいかん。これまでの情報に対する報酬は渡すが貴様のような連中は金を手にするとすぐに逃げ出すからな…。そのセレンを見たと言う岩山にまで明日案内してもらおう。金も自由もその後だ」

「そんな…!」

 男性はすぐさま騎士によって縄をかけられ連れて行かれてしまった。檻からは出られたものの、これではあまり状況は変わらない。気の毒だとは思うが、いずれは解放すると約束しているのだから下手にエリアナを刺激しない方が良いかもしれない。

 今となってはファランも父親のことではエリアナに縋らなければならない立場だ。セレンの情報を探るためにエリアナに近付いたものの、彼女の心はすっかり挫けてしまっていた。

 やはりゲラントが側にいないと自分には勇気も出ないのだろうか。モンドレルには来たものの、未だにショノアからも何の連絡もない。きっと飛空船の浮いている場所が街の中というより外に位置しているからだろう。そうに違いない。

 とにかく誰かエリアナ以外の人間と話したい。そうして冷静な感想を聞かせて欲しいのだ。ファランは思わず増幅器の付いた自分の耳を手で掴んでいた。


今回は厄介な親戚家族に囲まれて苦労するファランのお話でした^_^;

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