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黒衣の守護者  作者: 樽吐
チェリクスの情報屋
82/156

(2)

 それからショノアがチェリクスに到着したのは夜になってからだった。高い壁と強固な結界に守られた立派な門の前で、兵士が色々と尋ねてくる。台帳に名前も書かされたが、何か様子がおかしいのか兵士は疑り深い目でショノアを見つめてきた。ガレス人が多く住む街だと昔から聞かされていたが、外から入ってきたガレス人は受け入れられないとでも言うのだろうか。所詮ここもミレノアルかとため息を吐いていると、兵士は思ってもみなかったことを言ってきた。

「あんた、誰か連れがいるだろう?」

「ん? 連れ…?」

 まさかそれに気付かれるとは思っていなかったために少し驚いたが、ここはガレスが長年落とせなかったという砦だ。侵入者への対策も万全なのかもしれない。

「ああ、そうか…。連れの名前を書かないといけないんだな?」

 兵士に尋ねれば、相手は「そうだ」と答える。特に怪しんでいる様子はないようだ。

「ちょっと異空間を開くが構わないか?」

 代わりに書いても良いが、彼らの名前など会話の中で拾った程度で記入できるほども知らない。ショノアが一人旅でないことまで見破った絡繰(からくり)が何処かに隠されているのだとしたら、名前を書き間違えたりしようものなら即捕縛されかねない。

 兵士は“異空間”と聞いても特に驚いた様子はなかった。さすがはガレス人に馴染みのあるチェリクスだ。ショノアはすぐさま異空間を開けると中に入っていった。

 中ではすっかり皆眠りこけていて、何だか起こすのが申し訳ないくらいだ。安心し切った様子で体を寄せ合って眠っているのを見ていると、ショノアの心の中も少しだけ穏やかな気持ちになる。しかししばらく眺めていると突然男性の方が目を覚ました。ショノアの気配に反応したのだろうか、彼は飛び起きると何処に持っていたのか短剣を構えた。完全に警戒態勢だ。

「…ああ、悪い。何もないんだが、少し聞きたいことがある」

「……」

 寝ぼけていたのか彼はショノアの方を一度見るとホッとしたように息を吐いた。それと同時に呻き声を漏らしながら蹲ってしまった。

「…あんたは早く怪我を治してもらわないとな。それにはまずあんた達の名前を街の訪問者台帳に記入する必要がある。…一応、この魔獣の名前も教えてくれ」

 魔獣は彼の所有物として片付けられる可能性が高いが後でまた確認するのも面倒だ。魔獣も目を覚まして首だけを上げているが、こちらは何が起きているのかある程度わかっていたのだろう。落ち着いた様子だ。

「……ああ、俺はゲラントでこいつはグリフだ。文字は…」

 事情を察したゲラントは口頭で名前の文字を説明すると、すぐ側でまだ熟睡しているらしい女性を黙って眺めた。どうやら何か迷っている様子だ。その理由に思い当たったショノアは自分の方から知っている情報を伝えてみることにした。

「彼女は…王女なんだろう? だからナビルがあんなに必死に連れ帰ろうとしてたんだよな?」

 彼が言うと、ゲラントはかなり驚いたようだった。しかし王族などというものは本来色々な人に顔を知られているものではないのだろうか。

「あんた、…彼女のこと、どこで見たんだ? この子はほとんど公の場に姿を現さなかったはずだ」

「そうなのか? …確かに口の利けない王女じゃ、周りが隠したがったかもな?」

「!……」

 ゲラントは慌てて女性の方を見ると、目を覚ましていないのを見届けホッと胸を撫で下ろしている。何でも彼女はそのことをひどく気にしているらしい。今では普通に話せているものの、公表していないために未だに彼女は口の利けない王女として世間に信じられている。そのため王家のお荷物呼ばわりする人間は多いのだそうだ。

「俺は両親がディプス人だったこともあって、昔からユーラッド王子の領地とは縁が深い。この子の肖像画は幼い頃から嫌ってほど見てきたさ。王子はこの子の肖像画を定期的に成長した姿に差し替えるくらいの溺愛ぶりでな…。おかげで顔をちょっと見ただけでわかったんだ」

 しかし父親の溺愛ぶりは少々歪んでいるようで、口が利けないからこそ従順な娘を人形を可愛がるように愛でているだけだとファランは言っているらしい。真偽の程は定かではないが、娘と父親の関係というものは大体において父親が報われずに終わることが多いというから彼女達も同じようなものかもしれない。

「けどあんたはどうして? 言っちゃ悪いが、ユーラッド王子はガレス人嫌いだぞ? あんたを愛娘に近付けるようなことをするとはとても…」

「ああ、俺の場合はただの通りすがりだ。…昔、城にいたことがあったからその時にな。で? 彼女の名前は?」

 城にいた理由を尋ねられたら色々とまた面倒だ。さっさと話を切り上げて街に入った方がいいだろう。素っ気なく返せばゲラントもそれ以上は追及してこなかった。ただ名前を聞くだけのつもりがなかなかに長話をしてしまっている。それを彼は気遣ってくれたのかもしれない。ゲラントは『ファラン』の名を文字と共に教えてくれた。

「よし。じゃあ、すぐに台帳に名前を書いてくる。そこからあんたを治療院に連れて行ったら俺の役目は終わりだ。彼女も起こしておいてくれ」

「……」

 ゲラントは一瞬何か言いかけたが、ショノアは構わず異空間から出て行った。外に出ると兵士は何の問題もなく台帳を差し出してくる。ゲラントとファランの名を記入し、兵士の顔を見るとまだ不満そうにしているのでグリフの名前も記入する。それでようやく兵士は台帳をショノアから取り上げた。

「よし、入って良いぞ。今からなら宿屋くらいしか開いてないが…」

「治療院は開いてないのか? 怪我人がいるんだが…」

 さっさとゲラントとファランを治療院に送り届けて別れてしまおうと思っていたのにまだお預けかととうんざりしていると、兵士は少し気の毒そうな顔を見せた。

「今にも死にそうだって言うなら診てくれるかもしれないが、そんな怪我じゃないなら明日にしろって言われるだろうな…。ああ、何ならスィベルの家に行ってみたらどうだ?」

「何だ? その人、怪我の治療ができるのか?」

 わずかに期待して尋ねてみれば、兵士は親切にも家の場所まで教えてくれた。どうやらスィベルという人物は住宅地からは少し離れた場所に住んでいるらしい。薬草が山ほど生えている中に建っている家だそうだ。

「腕の良い薬師のヘルドル人だが、治療院には勤めていない。薬の研究ばかりに没頭している奴だがオルデナ様には重用されている。ただ…少し変わり者だがな?」

「変わり者…」

 別に問題はない。ショノア自身も周りから結構変わり者扱いを受けてきている。ベリルやグレシルの2人も相当変わり者だったように思うが、彼女らとも問題なく付き合えた。ゲラントとファランには苦手な相手だったとしても、ショノアには関係のない話だ。そもそも治療をしてくれるならその人物の人となりなどどうでもいい。

「ありがとう。助かった」

 ショノアは兵士に礼を言うと、早速そのスィベルという人物の元へ向かった。

 道中、周りを眺めながら歩いていったが、この街はネメアの襲撃を受けていないのだろうか。壊れた建物などはなく、出歩いている人間も痩せ細っているようには見えない。守りは固くとも食糧には困窮していると予想してきたが、そうでもないらしい。しかも話に聞いていた通りミレノアル人に紛れてガレス人が普通に歩き回っており、普通に会話している様子もよく見かけた。ただ、街の規模の大きさや発展の度合いの割に活気はない。そこはやはり他の街と同じなのだろう。

 兵士に教えられた通り表通りから外れて進めばそこは住宅地だ。人通りはないが、家の明かりは皆灯っていて空き家などはない。ガレスでもショノアが子供の頃は既に空き家だらけだったというのに、ここは余程暮らしやすいのだろう。どれも小さな家ばかりだが、まさかこんな場所で全ての人種が分け隔てなく幸せに暮らしているとは思いもしなかった。

 静かながらも昼間の賑わいが想像できそうなその光景に感心しながら歩いていると、家並みが途切れて雑草ではないらしい植物が大量に生えている場所に差し掛かってきた。綺麗に区分けされて色々な種類の植物が植えられているからにはこれは人の手に寄るものだ。魔法で少し照らしてみれば植物はどれも枯れてはいない。自然に生えていて枯れずに済んでいるものなど、今の時期には存在しないはずだ。恐らくここはスィベルの土地に差し掛かっているのだろう。

 植物は道を挟んで両脇に植えられており、しばらく歩けば突き当たりに家が見えてきた。家の後ろの壁は最早街を囲む防壁に完全にくっ付いている。ここまで端に家があるとなると、魔物の襲撃などに晒されないのだろうか。王都では防壁周辺に家が建っていることなどはなかった。

 家自体は石造りのしっかりしたもので、確かに丈夫そうだ。チェリクス自体、王都よりも強固な結界で街全体を守っているのだからこんな場所に住んでいても不安はないのかもしれない。だが街の統治者であるオルデナに重用されるような人間がこんな危険な場所に暮らしているのはどういうことだろうか。好き好んでこんな場所に住んでいるのだとしたら、それは確かに“変わり者”かもしれない。

 ショノアは扉の前まで辿り着くと、壁に取り付けられている呼び鈴を鳴らした。家の設備自体は普通のようで助かったが、しばらく待っても扉が開く様子はない。留守なのだろうかと思ったが、家に明かりは灯っている。もう一度呼び鈴を鳴らしてみれば、ようやく扉が開いた。中から顔を覗かせたのは薄水色の髪に琥珀色の目をした男性だ。ゲラントよりは若そうだが、ショノアよりは年上だろう。彼は確かにヘルドル人の特徴を持った人物だが、眼鏡をかけていること以外は随分と派手な格好をしている。

 ヘルドル人は薬師になるか何かの研究者になることが多く、大体見た目に無頓着な人間が多い。洒落た格好をしているヘルドル人などショノアは初めて見た。しかし混血が増えた今となってはどんなヘルドル人が現れても不思議はないのかもしれない。

「あんた、スィベルか?」

「…そうだが、何か用か?」

 スィベルは愛想笑いを浮かべながらショノアをしげしげと眺めてくる。何故か品定めをされているような感じで気分は良くない。

「怪我人がいるんだが、診てもらえないか?」

 さっさと用を済ませてしまおうとショノアが用件を切り出せば、スィベルは笑みを深くした。

「あんた、この街に来たばかりかい?」

「……ああ、そうだ」

「なるほど…。じゃあ、いいぞ。診てやろう」

 彼はショノアがよそ者だと知ってより乗り気になったように見受けられた。普通はよそ者を嫌う人間が多いため、何だか気持ちが悪い。

 スィベルに案内されて中に入ると普通に居間があり、暖炉と大きな机に4脚の椅子。窓際には動物を(かたど)った置物がいくつも置いてあるが、あれは子供の玩具だろう。だとしたらここには子供も住んでいるのだろうか。もう一つの窓際には懐かしいことにメイルーダが簡素な止まり木に止まっていた。思わず眺めていると指を出せと言われたのでおとなしく言う通りにする。すると予想通りにメイルーダに噛み付かれた。ショノアの血の影響か、鳥の姿は光沢のある青い羽に覆われ、美しい声で(さえず)り始める。

「…へぇ、なかなか強力な血だな? 面白いから後で血をもらおう。…ああ、治療費は要らないぞ? 代わりにあんたの血と…知っている情報をくれ」

「情報…? しかし薬師に役立つような情報なんて…」

 ガレス人にそんなものを求める方が間違えている。それとも薬師を喜ばせるような情報を持たない限り、治療を引き受けてくれないつもりだろうか。困惑するショノアにスィベルは笑いかける。

「俺が欲しいのは『売り物になる情報』だ。薬師に役立つ情報なんて、金を出してまで買おうって奴は今の時代俺くらいだ。たとえあんたが有益な情報を持ってたとしても俺には必要ない」

 きっぱりと言い切るとスィベルは自分の求めている情報の説明を始めた。つまり彼は治療費は受け取らないが、患者自身やその家族や連れから得られる“情報”を集めているらしい。集めた情報は相手を選びさえすれば高値で売れる。彼はそれなりに有名な情報屋なのだそうだ。

 街の入口を警備している兵士には、新参者が現れたら紹介してほしいと事前に頼んであったらしい。彼はスィベルが情報屋であることは知らないため、ただの変わり者だと思われているようだ。

「まあ、自分が変わり者であることは否定しないな…。今時、100年前の薬師の技術を復活させようなんて人間は俺くらいだろうし」

「…グレシルの…技術か?」

 100年前と聞いて、つい口走ってしまった。メイルーダを飼育していることといい、珍しい血に興味を示すことといい、グレシルとの共通点が多くショノアとしても懐かしかったのだ。115年前から戻ってきてまだたった1日か2日くらいしか経っていないと思うのだが、既にグレシル達の生きていた時代が懐かしい。それだけあの時代がショノアにとっては楽しい日々だったのだ。

 しかしグレシルの名前を聞いたスィベルは突然ショノアの両肩を掴んできた。

「あんた、グレシルが研究していた題材に詳しいのか? あの人が『血の魔術師』って呼ばれてたことは、そうそう知られてないはずだが?」

 確かにグレシルの名は奇跡の癒し手だと伝わってはいるが、彼が血の研究において第一人者であるという事実はショノアも知らなかった。スィベルの顔からは今までの値踏みするような表情が消え去り、真剣そのものだ。これが彼の本当の姿なのかもしれない。

「……それより怪我人を先に診てくれないか? 今ここで異空間を開けばすぐだ」

 グレシルの話をするのが嫌なわけではないが、彼の様子からショノアは話が長引きそうな気配を感じ取っていた。そもそもここに来たのは今日出会ったばかりのゲラントを送り届けるためだけだ。これ以上時間を無駄にはしたくない。

 スィベルは何か言いかけたがショノアが強制的に部屋で異空間を開いてしまったので黙るしか仕方がなくなったようだ。中に入ってみればゲラントもファランも起きていて、ショノアを待ち構えていたようだ。

「今から治療をしてもらえるから出てくれないか?」

 有無を言わさない勢いで言えば、ゲラントは渋々立ち上がり、ファランがそれをすぐに支えた。彼女は支えながらもショノアを強い視線で見つめてくるが、心の声でショノアに圧力を掛けてくるようなことはもうしない。彼は先に立って異空間から出ると、後から出てきた2人にスィベルを紹介する。しかし紹介された側のスィベルは2人の姿を見た途端落ち着きがなくなった。

「……おいおい…、今最も高値で取引されてる情報が何だかあんた知ってるのか? 直属部隊の生き残りゲラントと恵みの神ファラン王女…! その2人が今俺の目の前にいるだと…⁈」

 さすがは情報屋と言うべきだろうか、彼は2人の名前をすぐにも言い当ててきた。

「恵みの神…?」

 しかしファランに対する二つ名が気になり問い返せば、スィベルから非難にも似た驚きの表情で見つめられる。

「あんた、恵みの神を知らないのか? ファラン様は飢えに苦しむ貧しい人々を救うため、王族でありながら一人立ち上がられた尊い御方なんだぞ⁈」

「……」

 ショノアは思わずファランを見つめてしまった。彼の知っている彼女はそんな大それたことができるような人間には見えなかった。疑うような目で見てしまったからだろうか、ファランは少し恥ずかしそうに目を伏せる。その隣ではゲラントが苦笑を浮かべていた。

「そうか…、俺達の情報は結構しっかりとバレちまってるんだな…。ある程度は仕方ないだろうし、それが望ましいとは思っていたが…、正直ここまでとは思ってなかった」

 彼の口ぶりでは2人はただ騎士団から逃げ回っているお尋ね者と家出娘ではなく、何か目的を持って動いていたということがわかる。スィベルはゲラントの言葉に少し得意げな様子で背筋を伸ばした。

「まあ、一応俺はその手の人間には有名な情報屋だからな…。今の騎士団なんか、情報は取ろうと思えばいくらでも手に入る。それに…恵みの奇跡を起こす『神』は悪い奴らだって手に入れようと躍起になってるんだ。情報が情報を呼んで、あんたらの正体はもう随分と前からわかってた」

 スィベルが情報屋だと聞いてゲラントは少し安心したようだ。しかしこの2人にスィベルに提供できる有益な情報などあるのだろうかとショノアは心配していたが、どうやら2人の存在自体が彼を満足させられるだけのものだったようだ。これならショノアの情報まで欲しがるようなこともないだろう。

「ゲラント。この人はあんたを治療する代わりに情報をもらいたいと言っている。あんたの持つ情報ならお釣りが来るぐらいだろうが、治療が終わったら話してやってくれ」

 これでもう自分は自由の身だとばかりにショノアが立ち去ろうとすれば、スィベルに腕を掴まれた。

「まあ、そう急ぐなって…。グレシルの話をしようじゃないか。何なら俺の持つ情報であんたに役立つものがありそうなら提供したっていい」

「必要な情報ならもう持ってる。欲しい情報なんかない」

 ブラドの元にならいくらでも忍び込める。デルフィラに関するものでショノア以上の情報を持つ者がこの時代に存在するとは思えない。まして今のショノアにとって、デルフィラやブラドに勝てるかどうかは最早問題ではなかった。生きる希望など、とうに無くなっているのだから。

 スィベルの手を振り払い、ショノアは扉に手を掛けた。しかしそれを今度はファランの声が引き留める。

「待って! あなたの力が必要なの‼︎」

“でないとセレンを助けられない…!”

「⁈」

 同時に聞こえてきたその言葉にショノアは思わず振り返ってしまった。一体何の話なのか。セレンはもういない。115年前に死んだ…。

「何…言ってる…? 俺には助けられない…。いつだって…俺はみんな…」

 一気に後悔が押し寄せてきてショノアは動けなくなる。その間に走り寄ってきたファランがショノアの両手を掴み、扉から強引に引き離した。

「私達を絶望的な状況から助けてくれた。あなたなら…ブラドの手からセレンを救い出せるかもしれない!」

「…ブラド…?」

 ショノアの中で急激に言葉の理解が進んでいく。ファランはブラドが異世界にショノアを送り込んだことを知らない。この時代ではまだセレンは異世界にいると思われているのだ。

 彼女はゲラントからその話を聞いたのかもしれない。その上でセレンをブラドから守ろうとしていたのかもしれない。だとしたら…。

「…ごめん…。俺が…、俺がもう少し気を付けていれば…!」

 ショノアは両手で顔を覆うとその場に座り込んだ。セレンを失った時の絶望が再び心に押し寄せてくる。この時代ではまだセレンは生きていると信じられているのだ。確かにショノアは異世界で生きているセレンと出会った。だが彼は死んでしまった。

 突然態度の変わったショノアにファランは戸惑うばかりだったが、それをゲラントが少し下がっているように言う。そして彼の前に座った。

「ショノア…」

 声を掛けられ顔を上げれば、ゲラントの悲しそうな顔がそこにあった。そこに滲む後悔はショノアの抱くものと同じだろう。だから彼は声を掛けてきたのだ。

「少しの時間だけで良いんだ…。俺達と…一緒に旅をしないか? 別に助けてくれなくていい。この街で滞在している間だけでもいいんだ。それで…あんたがやっぱり1人になりたいって言うなら今度こそ俺達は止めない…」

 ゲラントはショノアが死ぬ気でいることに気付いているのかもしれない。絶望の中で生き延びた彼にはショノアの虚無に覆われた心が見えるのだろう。突き放すことは簡単だ。彼の勧めに応じなければそれでいい。だが同じ後悔を抱きショノアを引き留めようとするゲラントの心を思うと、断ることはできなくなる。

 ショノアが黙って頷くと、ゲラントは安心したように笑顔を浮かべた。彼に手を差し出し応じたショノアと共に立ち上がろうとして、その動きが途中で止まった。

「…あ、ダメだ…。動けなくなっちまった…」

 苦笑する彼の顔に脂汗が滲んでいる。よく考えてみれば彼は大怪我を負っているのだった。


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