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黒衣の守護者  作者: 樽吐
チェリクスの情報屋
81/156

(1)

 ファラン達が異空間に消えるとショノアは盛大なため息を吐いた。こんなつもりではなかった。ブラドを殺し、その後はデルフィラに戦いを挑み…、それで全て終わりにするつもりだったのだ。

 セレンが殺されて、最早この未来には何の希望もない。ショノア自身も大切な存在を失ったのだ。たとえネメアを倒せる力を持っていたとしてもそれが何になる。運良くデルフィラを元に戻したところで、もう彼女とは以前の関係には戻れない。それはデルフィラも同じだろう。

 だがブラドは別だった。あの男だけはこの手で殺しておかなければ気が済まない。彼はマリウスと多くの気の良い仲間達を全て殺した。そしてあわよくばセレンさえ殺す気だったのだ。

 セレンとの思い出ばかりが残る過去から逃げ出し、この未来に戻ってきて始めにショノアが向かった場所はブラドの暮らす城内の宮殿だった。彼の宮殿は城の片隅にありながら今や王の宮殿よりも立派に改築され、一体この国の王は誰なのかもわからない状態だ。

 18歳の時にショノアはここに来て魔法研究に従事した。宮殿から少し離れた簡素なあの建物には今も何人ものガレス人が昼夜を問わず魔法の研究を強要されているのだろうか。建物周辺にはガレス人の魔力に作用して体を麻痺させる毒霧が常に発生していて、彼らの逃亡を阻む。

 今では転移魔法もそれほど遠距離を移動できない者がほとんどで、たとえ転移したとしても毒霧の真っ只中に転移してしまい動けなくなるという仕組みだ。ショノアなら或いは逃げ出せたかもしれないが、そもそも彼とブラドの目的は異世界にいるセレンを見つけるという点では一致している。逃げるつもりは始めからなかった。それでもその目的さえどうでもよくなるくらいに酷い生活だったことは確かだ。

 宮殿の入口では兵士が中に入ろうとする者を念入りに調べ、1人ずつ用心深く通している。王の宮殿などは建物自体に使われた石材が結界石であり、たとえ魔法の化粧具で顔を偽装しただけでも部外者は入ることを許されないと聞いたことがある。騎士の服や貴族の持つ階級を示す装飾品によって中には自由に出入りできるようになるが、もし持ち主と違う者がそれを身に付けていた場合はやはり部外者として結界が反応するらしい。ミレノアル建国当時の魔法具師が技術の粋を集めて建てたものだ。その力はデルフィラの侵入さえ許さないという話だ。

 同じような建物はいくつか城内や郊外にもあり、それは大抵王族かそれに準ずる身分の者達の住居となっている。ブラドは中程度の貴族であるため、当然そんな邸宅を手にすることは許されなかった。しかし彼に取り入るためにダルチェスが自分の所有物だった邸宅の一つを譲った。それがこの宮殿の前身にあたる建物だ。

 だが実はこの建物は王族の住む建物と同じではない。作ったのは確かに同じ魔法具師だったが、当時は近衛騎士隊長の住居兼詰め所として作られたものだったのだ。それを昔の近衛騎士隊長が自分だけの住居としてしまい、かなり立派に改築した。更にその隊長は後に王子の1人と結婚し、実質王族の一員となったのだ。その経緯は千年以上前の話であり、その隊長と王子の子孫は今の王族の直系に当たる。そのため王家の人間であってもこの建物が最初から王族の持ち物であったと信じる者も少なくないのだ。だがそれでもこの建物を軽く見る風潮だけは受け継がれており、そんな先入観からダルチェスもブラドに与える気になったのだろう。

 つまりこの宮殿には侵入者に対して何の対策も打たれていない。物々しい雰囲気を演出するために入口で検問は行なっているが、実はあれがブラドの身を守っている唯一の砦だということになる。それをショノアや同じように魔法を研究させられていたガレス人達は多くの歴史書を読み解く内に気付いていたが、誰1人ブラドに知らせようなどとは考えなかった。それこそ日頃の行いが悪いせいだろう。

 ショノアは姿を消してブラドのいる部屋まで歩いていった。すると彼は誰かと話しているのか随分と怒り狂っている様子だ。しかしその言葉の端々に聞き捨てならないものがいくつかある。

「直属部隊のたった1人の生き残りくらいさっさと片付けろ! デルフィラ様のネメアもそろそろ到着する。良いか! この作戦で失敗しようものなら貴様の近衛騎士隊長の座は無くなるものと覚悟しろ!」

 どうやら話し相手は近衛騎士隊長らしい。彼の不満そうな顔が目に浮かぶようだ。

 ブラドが宰相になってからというもの騎士団はほとんど機能していない。真面目な人間から先に戦死し、残っている者はブラドの顔色を窺いながら無難に日々を過ごしている臆病者達ばかりだ。貴族の比較的少ない近衛騎士以外の部隊は地方にバラバラに配属され、今では村や街の防衛に粗末な武器だけを持たされて従事させられている。諜報部隊はあまりにセレンの影響が強く、どうにもならなかったのだろう。解散させられ兵士に格下げされた。

 今ではブラドの命令に従い動ける者などナビルくらいで、実質近衛騎士部隊が王代理の警護から街の警護までを行っている状況だ。昔の近衛騎士は城の中にばかりいて、外で騎士らしい仕事をしていたのはマリウスくらいだったと聞いていたが、今の王都では何処を見ても近衛騎士しか姿を見かけなくなっている。彼らの仕事といっても今となっては民衆から税の取り立てや食糧を奪うようなろくでもないものばかりだが、近衛騎士達はどちらにしても不満なようだ。それでしばしば民衆に八つ当たりするのだから(たま)ったものではない。

 しかし直属部隊に生き残りがいたとは初耳だった。マリウスの死後もショノアはしばらく直属部隊と共に行動していたが、早い時点で隠れ住んでいるガレス人の集団と出会い、周りの勧めでその集団の元に身を寄せることになったのだ。そこから先は風の噂で直属部隊が壊滅したと知ったきり、彼らの話は誰の口にも上ることはなくなってしまった。今まで何度も彼らに命を救われたというのに、人々はブラドの怒りを恐れて自ら口を閉ざしたのだ。

 ショノアは迷った。憎いブラドは目の前だ。直属部隊の生き残りを今から助けに走ったところで間に合う保証はない。それにショノアがその最後の1人を助けられたとしても、いずれミレノアルはデルフィラに滅ぼされる運命だ。今を生き長らえたところで、死ぬ日が少しだけ先延ばしになったくらいだろう。

 しかし子供の頃、直属部隊の最期を耳にしたショノアは悔しさに泣いた。自分がもうすっかり大人になっていれば彼らを助けられたかもしれない。せめて何人かはこっそり逃して匿うこともできた。それができなかったのは自分が力のない子供だったからだ。

 それを思い出したショノアはすぐにもブラドの宮殿を飛び出していた。ネメアを出してきて上空まで飛び上がり、同じネメアの気配を探す。場所の見当など全く付いていない。ただ、運良く高速で移動する1体のネメアの気配を見つけた。そのネメアは恐らく小型のもので、本来単体では行動しない。直属部隊の生き残り1人を相手にするくらいならその程度で十分だとデルフィラが考えた可能性もある。ショノアは一気にそのネメア目指して使い魔を飛ばした。

 ネメアは途中で真っ直ぐ飛ぶことをやめ、止まったり急に動いたりを繰り返すようになった。探知を続けていたナビルの気配まで感じるようになると、もう目的の人物を見つけるまではあと少しだ。完全に止まったネメアとそのすぐ側にいるらしいナビル。そこに駆け付ければ他にも複数の魔力を感じる。その中でも二つほど弱まっているものがあるようだ。

 ショノアは姿を消すとその集団の中に近付いていった。ナビルが誰かの腹を蹴り上げ、部下に斧を持って来させている。この場で誰かを殺す気だ。それは勿論直属部隊の生き残りだと言われている人間に違いない。ショノアは咄嗟に斧を振り上げた騎士に雷を落としていた。そして他の場所にも次々に雷を落として周りの動きを封じていく。

 彼らの中に入っていけば、もう1人捕らわれているらしい少年の姿が目に入ってきた。もしかしたら直属部隊騎士の連れだろうか。かつてのマリウスと自分の姿に2人を重ねたショノアはすぐにもその少年を助けに向かった。しかし近衛騎士達がナビルの命令で次々と走り寄ってくる。苛立ったショノアは威嚇するように雷を放った。

 もう面倒だから全員殺してしまおうか。別に彼らを殺してはならない理由などショノアにはない。今まで殺さずにいたのは昔からマリウスにキツく言われていたからに他ならない。ガレス人であるショノアがミレノアル人の騎士を殺したとなれば、マリウスも庇い立てはできなくなる。だからどんなに相手が非道であろうと最後まで殺さずに済む方法を考えろと言われ続けてきたのだ。

 だがそのマリウスも“ミレノアル”に見捨てられ殺された。セレンもいない。もう誰に遠慮することもないのだ。しかし騎士を殺そうと心に決めたショノアを思わぬ人物の声が引き留めた。助けた少年だ。いや、その声は女性の声だった。

 彼女の発した言葉はわずかだったが、その言葉と同時に彼女の心の声が雄弁にショノアの心に直接響いてきた。その声はショノアに「自分達のために悪者にならないでくれ」と必死で懇願し、彼の殺意を宥めようとする。有無を言わさない程の『大きな声』だ。

 この声は以前にも聞いたことがある。確かブラドに魔法研究員の1人として城に連れて来られたその日のことだったような記憶がある。確かその声を発した少女は王女だと名乗った。口の利けない彼女はショノアの念話で話すことができたと喜んでいた。

 これがあの時の少女と同一人物だと言うのだろうか。確かにあの時同様心の声にはセレンを思わせる程の“力”がある。声も出しているが、あんな強烈な“声”を出せる人間などそう何人もいないだろう。その後も彼女はショノアをその声で引き留め、とうとうチェリクスまで行く羽目になってしまったのだ。

 仕方なく小さくした使い魔を出すとショノアは背中に乗った。彼が背中に乗ると使い魔はどんどん大きくなり、本来の大きさに戻る。今日だけで随分と使い魔を自在に操れるようになったものだ。

 使い魔はショノアを振り返ると何か言いたげにじっと見つめてきた。ネメアとして独立した存在でもあったこの使い魔は他の使い魔とは違って多少自我がある。だからこそショノアの心の変化に気遣いを見せたりもするのだ。

「わかってる…。お前だってずっと俺を探してたんだもんな? それなのに…」

 15年も探し歩いて、ようやく見つけた主人だというのに既にその主人は死ぬことを考えている。少しくらい寄り道して長く生きてくれてもいいだろうと言われている気がして、ショノアはただ苦笑する。

「でも…セレンがいないんだ…。この世界に希望はもう…何も残ってないんだよ」

 ショノアは自分の両手を見つめた。マリウスが死んでからもう10年以上が経つ。彼の記憶は年を追うごとに薄れていって、今ではもう声も顔もはっきりとは思い出せない。姿写しの魔法で鏡に生前の姿を映し出すこともできるが、それを見てもマリウスだという実感はもう湧かないくらいだ。

 セレンもいずれは同じように記憶から抜け落ちていってしまうのだろう。それを思うと耐えられなくなる。彼はショノアに多くのものを与えてくれた。彼の存在無くしてショノアはここに立つことはできなかったのだ。彼にもらった命なら、彼に返すのが道理ではないだろうか。

「…とにかく今はチェリクスだな…。結構ここからは遠いが…」

 街があるのはガレスに入る直前の地域だ。長い山脈を越えた先にある。ネメアの足でも恐らく半日か丸一日はかかるだろう。その道のりは過去でセレンを連れて王都まで帰った道のりでもある。彼はもう助からないのではないのか。そんな考えを必死で振り払いながら進んだ、永遠のようにも感じたあの時間。

「……」

 ショノアは思わず両手で顔を覆った。もうあの日から何日も経つ。セレンも思い出も捨ててこの未来に戻ってきたというのに悲しみは増すばかりだ。絶望的な状況にセレンの帰還を待ち焦がれる人々の声も耳にした。7年間も城の中にばかりいたせいで外がどんな状態なのか彼は何も知らずにいたのだ。久しぶりに見た外ではもう人々の心はただ闇雲に自分を助けてくれる存在ばかりを追い求めていて、『英雄セレン』はその筆頭だったのだ。

 セレンがデルフィラを倒してくれる。セレンがきっとミレノアルを救ってくれる。そんな声が実際の声としても心の声としてもショノアの心に突き刺さってくる。彼を過去に連れて行き、結果死なせてしまったのはショノアだ。聖剣を完全にして、この未来に華々しく彼を帰還させるつもりだったというのに、結局彼を永久に失わせてしまった。

「俺があの時…ずっとセレンの側にいたら…」

 どうしてもその後悔が拭えなかった。アルゴスが死んで、もう何も心配はいらないとショノアもセレンも安心していた。しかし破壊されていない聖剣に、この先の不吉な未来を予想しておくべきだったのだ。

 聖剣が破壊されるということは、魂を共有したセレンの身にも異変が起こるということ。何故そのことに思い至らなかったのか。過去は変わらないのだからこの結果も変えられない。わかっていても後悔をやめられない。

 セレンを殺したのはデルフィラだろう。それは破壊された聖剣と一緒にセレンが持ち帰ったあの髪飾りで予想は付いていた。彼女はもうこの未来にいるデルフィラ女王と同じになってしまったのだ。恐らくアルゴスが何か彼女の体に魔法をかけておいたのだろう。

 しかし未来でセレンに加護の魔法をかけたからにはまだ本当の彼女は生きている。自分の手がセレンを殺してしまったと知った彼女はどれだけ悲しんだことだろう。それでもショノアに彼女を救う力はない。彼女に挑んで殺されるくらいしか、できることはない。

「そんなことしたら…、傷付くだろうな…」

 ショノアが彼女に挑んで勝てる要素は一つもない。それは一度手合わせをしたからこそわかる。確かにあの時よりショノアはネメアの魔力を手に入れて強くはなっている。だがデルフィラもまたアルゴスの知識を得ているのだ。それは一晩でミレノアル王都からガレス王都まで移動した秘術を知っていたことで明らかとなった。

 ヘイムによれば他にもまだ王家にだけ伝わる恐ろしい魔法は多い。ショノアも少しだけ彼から魔法を教わったが、会得できたのは時間を際限なく超えられる魔法と海を割ることのできる魔法くらいだ。だがデルフィラなら全てを会得するだろう。そんな彼女と戦えば、死ぬのは間違いなくショノアの方だ。

 使い魔の背中に触れるとショノアは出発を命じた。ひとまず異空間に招き入れてしまった2人をチェリクスに送り届けて、それから先のことを考えよう。ナビルはいつまた戻ってくるかもわからず、ブラドのことならいつでも殺せる。

 ナビルを見逃したのは失敗だっただろうか。セレンのことを熱く語る彼の言葉につい殺意が緩んでしまった。しかしどちらにしても助けたあの女性にも止められたのだろうから、結果は同じだ。

 しかしあの女性が絡むとどうにも思うように事が運べそうにない。チェリクスに辿り着いたら早々に関係を断ち切ってしまおう。このまま()し崩しで彼女達と同行する羽目に陥らないように重々気を付けなければならない。

 使い魔が羽ばたき雲の中を突っ切っていく中、ショノアは1人決意を固めていた。


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