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黒衣の守護者  作者: 樽吐
ある英雄の結末
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(2)

「⁈」

 その後ショノアは突然聞こえた物音で目を覚ました。何か外で大きなものが落ちてきたような音がしたが、一体何だろう。テントの中は薄暗く、まだ夜明け前のようだ。起き上がると、昨日寝た時同様セレンの姿はなかった。

 昨日は彼もかなり楽しそうにしていた。戻らないかもしれないとは聞いていたから、先にテントに帰っても待たずに眠りに就いた。だがもう朝にはミレノアルに向かって出発しなければならないのだ。彼も準備を整えようと早めに戻ってきたのかもしれない。ショノアは眠い目を擦りながらも垂れ幕から顔を出した。

「⁈…」

 しかしそこで見えた光景に一気に眠気も吹き飛んだ。テントの前には誰かが蹲っている。それがセレンであるとわかる前にショノアは外に飛び出していた。

「どうした⁈ セレ…!」

 具合が悪いのだろうかと駆け寄ったが、結果はもっと悪かった。セレンはショノアに抱き抱えられると何かを彼に押し付けてきた。訳もわからずショノアが受け取ると、そのままセレンは倒れて動かなくなる。受け取った物を見てみると、それはバラバラになった聖剣と髪飾りだ。

「セ、セレン…⁈ おい…!」

 慌てて体を揺すってみるものの、彼はぴくりとも動かない。その内自分の手が血で汚れていることに気付いたショノアは更に驚愕した。

「何があった…⁈ おい、目を開けろ!」

 背筋がどんどん冷えていくのを感じながら、ショノアはセレンに懸命に呼びかけた。彼に渡された物も脇に放っておいて必死で呼びかけ続けるが、それでもセレンに動く様子は全くない。

「……」

 程なく無駄を悟ったショノアはセレンを置いて怪我人の収容されているテントに飛び込んだ。そこで怪我人達を看病していたヘルドル人の兵士から傷薬を分けてもらい、再び自分のテントまで戻ってくる。少し時間はかかったが、セレンはやはり置いていった姿のまま倒れていた。

 ショノアは自分を奮い立たせるように頭を振ると、セレンの体を持ち上げる。その手に伝わってくるのは既に冷たくなった彼の体だ。それでもショノアは必死で傷薬を彼の口に流し込む。

「飲めよ! 飲んでくれ…!」

 流し込まれた薬は飲み下されることもないまま虚しく流れ落ちていく。『死』という文字が頭にちらつく中、ショノアは空になった傷薬の瓶を投げ捨てる。

「これじゃ駄目だ…!」

 セレンの傷はかなり重い。だからこそ普通の傷薬では治らないのだ。もっと効果の高い傷薬を飲ませなければ。そう自分に言い聞かせると、ショノアは異空間を開いた。そして中にセレンを運び入れると今度は使い魔を呼び出す。使い魔のネメアは大きな口でショノアの体を咥えると、自分の背中に乗せた。

「ミレノアルへ…。グレシルならきっと何とかしてくれる…!」

 ショノアが命じると使い魔は一瞬体を伏せて一気に飛び出し羽ばたいた。そしてあっという間に空に消えていった。


 夜が明けると、野営地の一画でベリルは目を覚ました。かなり拓けた草地の上で昨日飲み比べていた騎士達と一緒にそのまま雑魚寝状態だったのだが、起きたのは彼女が一番のようだ。

「お前達、起きろ。もうすっかり朝だ」

 思っていたよりも陽は高くなっていて、やはり衰えたな…などと考えながら周りの人間を起こして回る。しかし彼女以外はまだ昨夜の酒が抜けきらず、頭を抱えている者も少なくない。

「あなたは不死身ですか…⁈ あれだけ飲んで何故そんなに元気なんだか!」

 まだ若い騎士がベリルの様子に信じられないと声を上げる。だがベリルにしてみれば自分の限界を超えて飲む方が悪いと思ってしまう。彼女の場合、程よく飲んでいても誰よりも多く飲めてしまうのだ。

「そんなではイアニス様にも叱られるぞ? いくら戦勝祝いの翌日だからと言っても…」

 イアニスを引き合いに出して周りを急き立てていると、向こうからそのイアニスが歩いてきた。しかし彼は頭を抱えながらゆっくりと歩いてくる。どうやら彼も昨夜飲み過ぎたらしい。

「…ベリル。お前はいつも元気だな…?」

「……」

 先程の若い騎士と同じようなことを言われて思わず真顔になる。どいつもこいつも…とため息を吐けば、自分と同じく問題なく動ける人間の顔が思い浮かんだ。

「リーンなら恐らく元気なはずです。何も私だけではありませんよ?」

 ベリルよりもしっかりした人間であるセレンなら心配はない。ショノアも子供の体であるからには酒は飲んでいないだろう。あの2人にも協力してもらえばきっと出発の準備も(はかど)るに違いない。

「仕方ありませんね…。あなたはここで休んでいてください。リーン達を呼んできます」

 結局役に立つのはあの2人だけかと思うと呆れてしまうが、そもそも体質が違うのだからこれは諦めるしかないのだろう。しかし歩き始めると行く先々で動きの鈍い兵達を見かける。そこまで昨夜は皆喜び騒いだのだと思えばもういっそのこと出発を遅らせたほうが良いのかもしれない。そんなことを思いながらもセレン達の居場所を尋ねて回るが誰も2人の姿は見ていないと言う。

 何とか昨日ショノアを連れて行った騎士達を見つけて状況を聞けば、彼はテントに帰ったらしい。ならばショノアだけでも見つければきっと彼がセレンも見つけてくれるだろうと、ベリルは2人のテントに向かった。何かと秘密の多い2人のテントはできるだけ人目に付かない端にあったように思うが、途中でこちらに向かっている2人に会えるかもしれない。期待しながら歩いてみても、やはり2人の姿はない。その内、彼らのテントまで辿り着いてしまった。

「……」

 しかし辿り着くなりベリルは異変に気付いた。血の臭いが漂っているのだ。急いでテントに飛び込んでみるものの、中には誰もいない。周りにもいない。テントの入口周辺が血の臭いの発信源だとわかり近付いてみれば、何かが落ちていた。

「……これは…⁈」

 魔法で覆われたそれは、変わり果てた姿の聖剣だった。そしてすぐ側に置いてあるのは“デレンベリアの髪飾り”だ。いや、これは本物ではなく恐らくデルフィラが身に付けていた模造品だろう。だが何故それがここにあるのか。ベリルはその二つを拾うとすぐに走り出した。

 程なくベリルは王のテントの中にいた。イアニスも同席する中、現時点でわかっている異変について報告するためだ。

「姿を消したのはリーンとショノアの2人だけです。しかしテントの前にこれが落ちており、誰かが負傷していたのは間違いありません。血の跡と空の薬瓶も落ちていました」

 イアニスと王はベリルの差し出した聖剣のあまりの姿に絶句する。そして髪飾りを見て顔を(しか)めた。

「それは…“デレンベリアの髪飾り”…か? 随分と恐ろしい魔力を感じるのだが…、お前は平気なのか?」

 確かにこの髪飾りはベリル以外全員が手に取ることもできなかった。今まではデルフィラが身に付けていたから気が付かなかったのだろうか。

「これは模造品の方です。リーンが王女に贈った物だと私は聞いておりますが?」

「王女の持ち物が何故ここに? 彼女は王都でリーンの帰りを待っているはずだろう?」

「そのはずです」

 ベリルは事実をただ報告する。だが王とイアニスは破壊された聖剣と、ここにいないはずの敵国の王女の持ち物が二つ残されていた理由に思い当たってしまったようだ。

「…まさか…リーンは王女と戦った…のか?」

 イアニスは自分で言っておきながら信じられないと首を振る。

「いやしかし! 2人は好き合っていたのだろう⁈」

 実直なイアニスにはデルフィラの裏切りが受け入れられないようだ。いや、そもそも彼女はこのガレスの王女だ。国を滅ぼそうとする一番の戦力を排除しようとしても何も不思議はない。ただベリルも知っての通り、デルフィラは本当にセレンのことが好きだった。それだけは間違いないのだ。

「そちらの結論を出すにはまだ情報が足りません。ただリーンについては…夜明け前にショノアが傷薬を求めて怪我人のいるテントに姿を見せています。これはあくまで私の予想ですが、ショノアは負傷したリーンをグレシルに診せるために、先に王都に向かったのではないでしょうか」

 ベリルは一瞬2人がもう未来に帰ってしまったのではないかとも考えた。これ以上長居をしても、帰る機会は無くなる一方だ。それなら死を装って姿を消してしまう方法もある。しかしそれなら聖剣が全て置いてある理由が付かないのだ。彼らはこの破壊された聖剣の刀身を手に入れるために過去に来たのだから。

「グレシルには? ショノアが来ていないか確認したのか?」

「一応しました…。しかし王都からここまではかなりの日数を要します。ショノアのあの“使い魔”がいくら巨大で俊足とはいえ…、まだ辿り着けはしないでしょう」

 長距離通信器でグレシルに連絡を取ってみたところ、彼の返事は「見ていない」だった。しかし数日が経てば現れるかもしれない。グレシルもショノアが現れたら連絡すると言ってくれているので、こちらは待つしか仕方がないようだ。

「……王女の方は?」

 イアニスはその答えを聞きたくない様子だった。彼の中では既にデルフィラがセレンと戦ったことになってしまっているのだろう。だが残念ながらその予想は間違いではなさそうだ。

「昨夜から姿が見えない…と。これは彼女の側で世話をしている使用人の言葉です。しかしミレノアル勝利の報に…彼女はとても喜んでいたのだそうです。いつリーンが王都に戻るのかと、そんなことも尋ねてきたと…」

 ミレノアルの勝利は夕暮れ時には王都に伝えられたはずだ。そこから夜の間にこのガレスまで辿り着きセレンと戦ったというのだろうか。転移の魔法はそれほど遠くまでの距離を移動できない。彼女の使い魔はネメアほど速くは移動できず、時間にしてかなり無理がある。だがガレスの王族には秘術が多いというから、もしかしたら遠距離を一気に移動できるような魔法もあるのかもしれない。ただ彼女がその魔法を知っていたかどうかは定かではない。

 以前ショノアから聞いた話では、デルフィラは王族でありながら秘術は一切知らずに育ったのだそうだ。アルゴスが彼女の反撃を恐れたからだろうと彼は言っていた。そのためショノアが知ることのできた“庶民の魔法”は全て学んだものの、本当に恐ろしい強力な魔法は知らないのだという。

「何か…別の理由によるものであってくれればいいが…」

 それはそれでデルフィラが何故何処へ行ってしまったのかと問題だとは思うが、今のイアニスにとっては2人のことがとにかく無関係であって欲しいのだろう。経験上、2人のことが無関係で済むはずはないとベリルは思っているが、それでもイアニスに同意したい気分だった。


 それから2日が過ぎ、ベリル達は帰路の途中でグレシルからショノアが王都に現れたという連絡を受けた。セレンは一緒かと尋ねれば、彼はしばらく沈黙する。嫌な予感を掻き立てるには十分な時間だった。

「セレンは…既に手遅れじゃった…」

「……」

 奈落の底に突き落とされる気分とはこういうことかとベリルは思った。思わず通信器に浮かび上がるグレシルの幻に掴みかかってしまいそうになる。

「どういうことだ⁈ 何故死んだ! 死因は何だ⁈」

 セレンは自分のことをネメアと同じだと言っていた。だとしたらどんな攻撃も通じないはずだ。そんな彼をどうやって殺すと言うのか。セレンの死はショノアが姿を眩ませた時点である程度覚悟はしていたが、それでも事実として伝えられればやはり否定する気持ちしか湧いてこない。

 グレシルは冷静にベリルを宥めるように説明する。セレンは細身の剣で心臓を一突きにされていた。他に外傷はなく、正面から刺されたらしい傷は恐らく親しい者の仕業だろう…と。

「そんな馬鹿な…! あいつがそんな隙など見せるはずがない!」

 この時代において彼に親しい相手など数えるほどしかいない。まして彼の隙を突けるような人物ともなれば更に少ない。まずミレノアル人には不可能だろう。だがガレス人ならばどうか。ベリルはアルゴスが最後に王を狙って転移してきた時のことを思い出していた。

 あの時、もしセレンがいなければアルゴスの攻撃を誰も防ぐことはできなかっただろう。ベリルの動きがいくら速いと言っても瞬間的に移動する者より速く動けるわけではないのだ。実際に彼女は間に合っていなかった。あの攻撃をもし聖剣を持ったデルフィラにされたとしたら、セレンでも避けきれない。

「ではやはり…そうなのか…⁈」

 ベリルはこれまでいくつも人の信じられないような裏切りを目にしてきた。親族のしがらみによって裏切らずにいられなかった人間も何人も見てきた。それでもデルフィラだけは大丈夫だと自信を持っていたのだ。そしてセレンのことも、彼だけは何があっても死なないと安心し切っていた。何より彼のことは歴史が死なないと証明していたのだから。それなのにまさか戦いの後で殺されようとは誰が予想できると言うのか。

「ベリル…。言いたいことは山ほどあるじゃろうが、まずは無事に帰ってくることじゃ。ショノアのこともあるでな?」

 ベリルが相当気落ちしている様子がグレシルにも伝わったのだろう。彼の声はいつになく優しい。だがベリルの耳にはほとんど届いていなかった。

「そういえば…ショノアは…」

 グレシルの口からその名が出てきたのでようやくベリルもそこまで頭が回り始めた。グレシルは何かを振り返るような素振りを見せる。

「相当落ち込んどる…。今はわしが面倒を見ておるがな?」

 ベリルでこの落ち込みようなのだ。ショノアであればどれほど気落ちしたことだろうか。放っておけば取り返しの付かないことになってしまいかねない。もしかしたらグレシルもそう思ったからこそショノアを近くで見守ることにしたのかもしれない。

 通信を終えてもベリルはその場からしばらく動けなかった。セレンの死が…息子の死のように彼女の心に重くのしかかっている。何故こんなことになってしまったのか。何故あの日の夜に彼を1人にしてしまったのか。そんな後悔ばかりが心を占めた。きっとイアニスも王も気落ちすることだろう。それを思うと彼女の心は更に沈んだ。


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