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黒衣の守護者  作者: 樽吐
残酷な真実
40/156

(1)

 その翌日、夜明け前にファタルは起き出した。昨晩は1人で皆から離れた自分の部屋に引っ込むのが嫌で、わがままを言ってラウンジの長椅子で寝かせてもらった。大人達が楽しそうに騒ぐ声を聞きながら、ファタルは心穏やかに眠りに就いたのだ。

 体を起こすと皆、思い思いの場所で適当に寝転がって眠っている。しかしロギアの姿はどこにもない。探していると、テラスの方から何かの光が差してきた。恐る恐る外に出ると、朝日が眩しくてとてもではないが目を開けていられない。

 手を(かざ)して周りを見回していると、森の前に1人の男性が立っていた。彼は全身黒い装束を身に付け、髪は炎のように明るいオレンジ色。そして白く輝く大きな剣を片手に握っている。それは夢に出てくる剣士の姿と全く同じだった。

「ねえ!」

 背中を見せるその剣士に意を決して声を掛けてみる。ゆっくりと振り返った彼の顔は、ロギアとそっくりだ。

「……ロギア? ミレノアル人だったの…?」

 尋ねると彼は少しだけ笑って、上空に向かって飛んだ。そしてそのまま朝焼けの光に紛れて見えなくなってしまう。何故だか尋常でない不安に襲われ、ファタルは叫んだ。

「ロギア、待って! 僕もミレノアル人になるから‼︎

何処にも行かないで! ねえ、ロギア‼︎」

 どれだけ叫んでもその剣士は二度と戻ってこなかった。


「ファタル! ファタル‼︎」

「え……?」

 うなされているようだったファタルを呼び覚ますと、彼は不思議そうな顔でセレンの顔を見上げていた。何か怖い夢を見ていたのは間違いないようで、彼の目からは今も涙が止まらない。

「また怖い夢を見たのですか? もう大丈夫ですよ?」

「……」

 ファタルは何故かセレンの髪や目を見つめ、何かを探すようにセレンの周辺を見回している。

「剣は…どこ?」

「は?」

 起きたかと思うとファタルはおかしなことを言い始めた。まだ夢から覚めていないのだろうか。

「ファタル、どうしたのですか? 剣など何処にもありませんよ? ここはガレスなのですから」

 声を掛けると徐々にファタルの目が焦点を取り戻し始めた。それと同時に彼はホッとしたようにセレンに抱きついてくる。

「夢……だったんだ」

 いつもの悪い夢かと尋ねれば、ファタルは少し違うと答えた。

「ロギアにそっくりな剣士様がね…、何処かに行っちゃったの…。どれだけ呼んでも戻ってきてくれなかった」

 その言葉を聞いて、マリウス達が一瞬動きを止める。セレンの顔からも表情が消えた。

「……そうですか…。でもそれはただの夢ですよ? 私は剣など持っていませんし、ここにいるでしょう?」

 ファタルは黙って頷いたが、その場にいる誰もが深刻な顔を見せていた。ファタルの夢はまるでこの先のセレンの運命を暗示しているようにも思えたからだ。果たしてそれは本当にただの夢だったのだろうか。魔法が使えないといってもファタルはガレス人だ。何かを察知して、それを夢で見たとも考えられる。

「さあ、顔を洗ってきてください。今日はずっとあなたが願ってきたガレスを出る日です」

 嫌な空気の漂う中、セレンはそれを振り払うようにファタルに出立の準備を促す。名残惜しげではあったが、ファタルはセレンの言う通り洗面所に消えていった。それを見届けるとマリウスが近付いてくる。

「ファタルに本当の姿を見せたことでもあるんですか?」

「…いいえ、そんな危険は冒してはいません。まして私の姿は薬を飲まない限り本来のものには戻りませんし…」

 セレンの髪は普通の染め粉では色が変わりきらない。目に至っては視力に問題が出るほど分厚いレンズでも付けなければ赤には見えないくらいだ。ヘルドル人の話では、セレンの髪と目の色は体内の魔力が発している色なのだそうだ。それを抑えてしまえば彼の髪も目も実はガレス人と同じものであり、濃紺の髪と真紅の目に自然と変わる。しかしそれはセレン自身の能力も同時に抑えてしまうため決戦の前にはどうしても元の姿に戻る必要があるのだが、その薬は1回分しか持ってきていない。

「不思議なのですが、あの子は夢の中で私とよく似た人物と何度も会っているのです。彼の悪夢の原因である魔物をいつもその人物が倒してくれると言うので、あの子は毎晩私と一緒に寝るようになったのですが…」

「確かに不思議な話ですね。でも夢の中でも人助けですか…。あなたらしいと言うか何と言うか」

 マリウスは何とか軽い夢の話で収めようとするが、その場に漂う嫌な空気はなかなか払拭できない。今回ばかりはラムダもトーレスでさえも押し黙ってしまっていた。それでもファタルがさっぱりした顔で戻ってくれば、場の空気も少しは変わる。

「では皆急いで出発の準備を始めてください。昨日の後片付けもありますし、昼前にはここを出ます」

 作戦の開始時期は魔物の活動が一番穏やかになるという昼間を予定している。ぐずぐずしているとあっという間に太陽は真上に辿り着いてしまうだろう。セレンの一声でマリウス達もようやく気分を切り替えて一斉に動き始めた。

 セレンが部屋の飾り付けを壁から取り外していると、ファタルが近付いてきてそれを寂しそうに見上げてくる。宴の片付けというものはどうしても寂しさが付き纏うものだが、彼も今そんな思いに駆られているのだろう。ただでさえ彼は住み慣れたこの家を離れてしまうのだ。元気がなくなるのも無理はない。ラムダに視線を送れば彼女はすぐにこちらに来てくれた。

「ファタル、昨日の料理、袋に詰めたいんだけど手伝ってくれる? いっぱい詰めてお昼も昨日の続きで騒ぐわよ? 本当は今日があなたの誕生日なんだものね!」

「本当?」

「本当よ! 途中にすごく綺麗な湖があって魚とか鳥とかいっぱいいる場所があるの。そこで食べたらきっと美味しいわよ〜?」

 ラムダはやはり子供の扱いを心得ている。元気のない子供には新しい楽しみを用意するのが一番だ。それにこの先彼の面倒を見るのはラムダになるのだ。彼女とファタルが今の内に仲良くなっていてくれるとセレンとしても安心する。

 ラムダと共にファタルが調理場に消えていくと、それを追ってチリルが飛んでいく。ファタルはあのチリルに『ハリエ』と名を付けたそうだが、確かその名は古代に実在したという癒しの魔術師の名前だ。あの年齢でその名を知るとはファタルは本当に頭の良い子なのだろう。しかし道中ファタルが寂しくならないかとセレンは心配していたのだが、あの調子なら大丈夫そうだ。

「あの部屋はもう片付いていますか?」

 ふと隠し部屋の方はどうだっただろうかと気になり、近くにいたキュリアンに尋ねてみる。

「部屋は昨日待っている間に片付けておきました。我々の痕跡はもう何も残っていません」

 即答した彼はセレンに小さな笛のようなものを渡してきた。

「これをどうぞ。羽音を立てない鳥の魔法生物を造成しておきました。飛ぶ速度はあまり速くありませんから、できるだけ近付いてから呼ぶようにしてください」

「わかりました」

 セレンはその笛を付いていた紐で首から吊るした。他の魔法生物を呼び寄せる方法はと尋ねると、既にトーレスやマリウスに説明済みだと言う。

「魔法生物達はもう城の周辺に紛れ込ませてあります。あの辺りは野生の魔物も多く生息していますから、気付かれずにいるはずです」

「ありがとう、キュリアン。あなたがいてくれて、本当に助かりました」

「勿体ないお言葉です…」

 彼はそう言ってセレンに向かって頭を下げた。

 魔法生物を造成することにかけては天才である彼も、子供の頃の憧れは騎士だった。しかし子供の頃に罹った病気のせいで騎士への道は早い段階に諦めざるをえず、その悔しさから魔獣造成師の技を磨き続けた。彼にとって直属部隊の一員となれたことは子供の頃に諦めていた夢の実現だったのだ。

「私の家族があなたに投げ付けた無礼な言葉の数々…、どうかお許しください。ですが私は…あなたの下で働けたことを常に誇りに思っています。ですから必ず…無事にお戻りください」

「ええ、必ず」

 皆セレンの勝利を信じ、無事にミレノアルに帰ってくることを望んでくれている。今のセレンはそんな部下達の想いに引っ張られ、彼自身も勝利を信じられそうな気がしてきている。戦いに臨む精神状態としては万全だった。

 それから家の中をすっかり綺麗に片付け、各々出発の準備は整った。ファタルは水色の動きやすそうなローブを身に付け、本当に小さな(かばん)を肩から掛けているだけだ。荷物はそれだけで良いのかと尋ねれば、彼は困ったように俯いた。

「本当はね…、全部持っていきたいけどできないから…」

 どれだけ嫌な思い出しか残らないこの土地であっても、家には両親と暮らした思い出が残っている。寂しそうなファタルの頭をセレンは撫でた。

「立派な大人になって、またここに帰って来ればいいんです。ここを離れたからといって、あなたがここで生きた全てが無くなってしまうわけではないのですから」

 その頃にはきっと世界は平和になっている。セレンはそんな願いを込めてファタルに言う。

「……うん、そうだね」

 ファタルは思い切るように顔を上げると、笑顔を見せた。

「では出発しましょう」

 彼の小さな手を握り、セレンは部下達を見回す。頷いた彼らの顔にも清々しい笑顔しかない。

 歩き始めると、ファタルが後ろを振り返り名残惜しげに我が家を眺めた。セレンが元気付けるようにその肩に手を置くと、ファタルはセレンの顔を見上げてくる。しばらく彼はセレンを見つめていたが、やがて思い切るように前を向いてしっかりと歩き始めた。そしてもう二度と振り返ることはなかった。


 それからしばらくセレン達は全員揃ってミレノアルへの街道に向かった。城へはかなりの遠回りになるが、陽が天辺に来るまでにはまだ時間がある。この街を出るまではファタルを送って行っても問題はなかった。

 城から離れたこの辺りは人通りもほとんどなく、セレン達が固まって歩いていても目に留めるような人間はいない。しかしその分道も荒れ放題だ。石畳の隙間からは雑草が伸び、道の両側も野生の草木が生い茂っていて見通しが悪い。歩きにくそうにしているファタルにセレンは話しかけた。

「街道に出ればちゃんとした道がミレノアルまで伸びています。少しの間だけ我慢してください」

「…うん…」

 元気がないのはセレンと共に行くのは街道までだと伝えてあるからだろうか。しかし歩きづらいのは確かだが、魔物の気配もなく思っていたよりも穏やかな道行だ。しかし城の方角の空では飛行型の魔物が無数に飛んでいて不気味でしかない。

 昼間は太陽の力で魔物の攻撃性や力さえも抑えられると言われているが、あまり数が多いとそれも意味がなくなるだろう。マリウス達への負担を思えば、こんなにも魔物が城に集結している時期に攻め込むというのは得策ではない。だが最早絶好の機会を待てる余裕はなかった。

 歩き続ける内に徐々に荒れた道は整備された綺麗な道になっていく。それにつれて人通りも多くなってきた。そう感じた矢先に街の入口を示す大きな2本の木が見えてくる。ガレスでしか見られない珍しい『蜜の木』と『綿の木』だ。

 どちらも樹齢千年は超える大木で、遠くからでもよく見える目印になっている。その名の通り、蜜の木には年中栄養たっぷりの甘い蜜が満たされた半透明の実がなり、その皮に穴を開ければ中身を飲むこともできる。綿の木には人の背丈ほどもある筒状の実をこれも年中付けているが、実の中にある繊維を取り出して(ほぐ)せば、人1人夜の寒さを裸で凌げるほどの保温力を持つのだそうだ。この2本の木はかつて魔物が多く危険だらけだった長旅で、命からがら街に辿り着いた旅人のために植えられたという話だ。他人のことには無頓着と言われるガレス人だが、ファタルや彼の両親のように心優しいガレス人はいつの時代にも存在するものだ。

 セレンがその2本の木を見つめていると、それに気付いたキュリアンが近付いてきて言った。

「ロギア様、そろそろこの辺りで別れましょう。これ以上進むと約束の時間に間に合わなくなりますよ?」

「そうですね…」

 セレンは空を見上げる。確かに太陽の位置は随分と上ってきていた。ファタルと別れれば歩く速度は自然と上がるだろうが、あまり急いで歩いていれば人目に付いて怪しまれかねない。街の出口まではもうこの先真っ直ぐで、人も多く魔物の姿も無さそうだ。

「トーレスとマリウスには既に詳細を説明済みです」

 キュリアンの言葉に2人が力強く頷いて見せる。恐らく彼らにも魔法生物を呼び寄せる何かを渡してあるのだろう。

「わかりました。あなた方も気を付けて…。道中何が起こるかわかりませんから」

「はい。ロギア様も…」

 別れを盛大に惜しむようなことはできない。ファタルの前ではセレン達はあくまで“分かれて行動するだけ”ということになっているのだから。それでも一瞬、何とも言えない沈黙が下りる。

「ロギア…!」

 別れを察したファタルがセレンに駆け寄ってくる。思わずセレンは彼を抱きしめていた。

「僕、ちゃんと待ってるから。絶対に迎えに来てね? 約束だよ?」

「ええ、良い子で待っていてください。必ずあなたに会いに行きますから」

 この言葉は強がりでも何でもない。何があろうと戦い抜くとセレンは決めた。ここにいる全員のため…いや、世界中の人々のために、セレンは命の続く限り戦い続けると心の中で誓う。

 別れ難い気持ちを抑えてファタルから離れると、ラムダがファタルと手を繋ぎ、3人で出口に向かって歩き始める。それを黙って見送っていると、マリウスに我々も行こうと促された。歩き始めると彼はセレンの隣に並ぶ。

「大丈夫、2人が付いていれば何の心配もいりませんよ。後は我々がちゃんと“仕事”を終えて、追いかけるだけです」

「軽く言ってくれるけど、それが大変なんだけど?」

 サフィアは苦笑し、トーレスも「そうだ、そうだ」と同意する。

「大事なのはお前達2人であって、俺は補佐みたいなもんだ。だから何とでも言えるんだよ」

「補佐なのか? それは驚いた」

 トーレスがわざとらしく目を見張って見せ、3人の様子はとてもではないがこれから恐ろしい決戦に向かうようには思えない。セレンの顔にも思わず笑みが浮かぶ。

「あなたは2人をまとめて指示する立場にあるのですから補佐とは言えませんね? 私もあなたがいるからこそ安心して分かれることができるんですよ?」

「それは光栄の(いたり)…!」

 マリウスは大袈裟に正式な拝礼をしてきた。冗談めかしてはいるが、彼のこれは本気だ。

「はぁ…、でもあれ見ると正直萎えますよね? でもあれだけたくさんだと強風吹いたらぶつかって大変そう…」

「下にもいっぱいいると思うぞ〜? 揉めたりしないもんかな?」

 周囲には普通に人が歩いているが、軽い様子の会話には特に何も思うことはないのだろう。問題なくすれ違っていく。サフィアとトーレスはその調子で言葉を濁しながら作戦会議を続ける。マリウスは諜報部隊騎士ではないからか、2人の会話には入れずに困っているようだった。

「ただの確認ですから敢えて会話に参加する必要はありませんよ? 聞いているだけでも何となくわかるでしょう?」

「ええ、まあ…」

 セレンが宥めても彼はあまり納得できていない様子だ。彼も直属部隊に所属するようになってから、こういう会話の仕方は何度か経験してきている。それでも彼は積極的に会話に参加できずにいる。それが悔しいのかもしれない。

 その後も作戦会議は続いたが、ふと背後が騒がしくなってきた。何だろうかと振り返ると同時に、セレンの耳が騒ぐ人々の声を捉えた。

「女王陛下の使い魔だ!」

 即座に人々の頭の上、遥か上空に視線を向けた。そこには確かに金色の鷹が飛んでいて、何かを足で掴んでいる。それは水色の小さな塊…。

「まさか…」

 セレン本来の視力であれば何を掴んでいるかまではっきりと見えたことだろう。だが今のセレンは魔力を表面的に抑えられていて、目の良い普通の人間という程度だ。もどかしい思いを抱えながら目を凝らす。

 金色の鷹はこちらに向かって飛んできていて、どんどんその姿は近付いてくる。ガレス人にとっても女王の使い魔は恐怖の対象なのか、頭の上を通り過ぎる度に人々はその場から逃げていく。

「ロギア様!」

 マリウス達も女王の使い魔が掴んでいるものを見て、一様に顔色を変えた。

「まさかあれは…ファタルなのでは…⁈」

 鷹はセレンのすぐ頭上を飛び過ぎていき、一直線にガレスの城に向かっていく。丁度真上に来た時に見た鷹の足には水色の服を着た子供が捕らえられていた。

「‼︎……」

 一体何が起こったのか。セレンのいつも明晰な頭は考えることを放棄していた。『ファタルが女王に連れ去られた』という事実は、共に行動していたはずのラムダやキュリアンの状況さえも絶望的だと物語る。マリウスが血相を変えて元来た道に駆け出そうとした。セレンは思わずその腕を掴んで必死に止める。

「…今行っても手遅れです…!」

「しかし死んだと決まった訳じゃありません! 今すぐ駆け付ければ助けられるかもしれないんですよ⁈」

 そんなことはわかっている。セレンもどれだけ走り出したい気持ちを抑えていることか。

「女王と彼女達が遭遇したのだとしたら、我々がガレスに潜入していたことを気付かれたことになります…。ラムダ達を助けに行った先では魔物達が待ち構えているかもしれません」

 鷹はいつもより低い場所を飛んでいた。あれがセレン達に対する挑発だったとしたら、今来た道を戻れば女王の思う壺だ。セレンは両手を握り締めると、城の方に向き直った。

「このまま作戦を決行します。もう後には退けません」

 そもそも陽動作戦なら、セレン達の存在に女王が最初から気付いていたとしても問題はない。むしろぐずぐずしていたら女王は街の住人達に命じてセレン達を狩り出そうとするだろう。そうなればもう作戦どころの話ではなくなる。このまま行くしかなかった。

「急ぎましょう」

 セレンはわずかに足を早めて歩き始めた。マリウス達も遅れないよう慌ててその後を追ってくる。街の住人達は幸い女王の使い魔から逃げるようにして道からいなくなってしまっている。人目がないなら多少急いでも問題はない。

 しかしどうやって女王は3人の居場所を掴んだのか。本来この地に出入りする人間のことなど女王は一切気にしていない。あの2本の木が目印の街の出入口では、入ってくるガレス人こそ勝手に街の住人が取り締まっているが、出て行く人間に対しては完全に自由だ。街の周りには壁などもなく、密かに入り込むことも可能ではある。そんな状況であるにも関わらず、あの3人だけが街を出ることを許されなかったと言うのか。

 一縷(いちる)の望みを持って後ろを振り返ってみても、人のいなくなった街は静まり返っているだけだ。ラムダやキュリアンが急いでセレン達を追ってくる様子もない。

「……」

 こんなはずではなかった。少なくともあの3人だけは無事にミレノアルに辿り着くはずだった。それなのにファタルは攫われ、ラムダとキュリアンは恐らく無事ではいない。あの黄金の鷹は目に付くものの命を必ず奪う。たとえファタルを連れ去ることが目的だったとしても、ラムダやキュリアンが放っておくはずもない。挑んできた彼女達をあの鷹が殺さずにいるわけはないのだ。

「ロギア様…」

 気遣うようにマリウスがこちらを見つめている。セレンは伏せがちになる顔を力強く前に向けた。

「我々にできることは女王を倒すこと。それのみです!」

 セレンの声にトーレスとサフィアは力強く応じてきたが、マリウスは少し諦めたように小さく「はい」とだけ答えてきた。

 目の前には黒い尖塔が針の山のように立ち並ぶガレスの城。そこに群がるように飛び交う飛行性の魔物達。使い魔のあの黄金の鷹はその不気味な空を飛んで、ひときわ背の高い塔の中に消えていった。あれは恐らく女王が部屋に引きこもっているという主塔に違いない。

 ファタルの生死はわからない。生きているとしても陰湿なデルフィラのことだから、後日見せしめで街の人間の目の前で処刑する気なのかもしれない。どちらにしても恐怖で震えているだろう彼を、一刻も早く女王の手から取り戻さなければならない。思わぬ形で部下を2人も一度に失ってしまったセレンにとって、ファタルが生きていると信じることだけが救いだった。


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