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黒衣の守護者  作者: 樽吐
重要人物
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(5)

 ゲラント達がモンドレルに到着した頃、エリアナは飛空船の甲板から久しぶりに見るミレノアル城下を見下ろしていた。最後に生まれ育った城を見たのはいつの頃だったか。少なくとも思い出せないほど昔なのは間違いない。

 父が過ごしていた王の宮殿には今は憎らしい兄ダルチェスが居座っているのだろう。玉座にふんぞり返っている姿が目に浮かぶようだ。そこから目線を城内の端の方に向けていけばあの紛い物の邸宅が見えてくる。以前ダルチェスが下げ渡してやったらしいブラドの住居だ。今では王の宮殿を凌ぐほどの大きさに増築され、見た目も随分と派手になっているようだが、あの邸宅はいつもながら成り上がり者の象徴のようだ。本音を言えば今すぐこの飛空船から砲撃を放って破壊してしまいたいくらいに目障りだ。

 ブラドの住居から向かいに視線を移せばエリアナのかつての住居が見えてくる。今もあの邸宅には望まぬ夫と可愛げのない子供達が暮らしているのだろうが、全く興味はない。その隣に建つのはユーラッドの邸宅だ。彼もファランが生まれてからは郊外にある私邸に移り住み、今では登城する際にしか使っていないという話だ。こうして見ると、城には憎い人間と忘れたい存在しか暮らしていないのだ。近付きたくなくなるのも無理のない話だとエリアナは一人笑った。

 そういえばユーラッドにも3日前に久しぶりに顔を合わせた。セレンのことを問い詰めれば彼はあっさり全てを自白し謝罪してきた。ダルチェスにファランを殺されるのではと恐れた結果だったと言うなら同情の余地は大いにある。ユーラッドのファランに対する溺愛ぶりはエリアナもよく知るところなのだ。しかし当のファランはそれを煙たがり家出までしている。父に溺愛され、今もぬくぬくと同居しているエリアナの娘とは随分と違うものだ。

 一応ユーラッドにはモンドレルでファランに会ったことも話したが、彼としては危険なことはやめて一刻も早く家に帰ってきてもらいたいようだ。たとえ植物師としての高い力を持っていても世間は不逞の輩でいっぱいだ。いつ攫われて良いように利用されるかわからない。既に利用されようとしているからこそダルチェスに命を狙われることにまでなったのだ。それがユーラッドの言い分だった。

 しかしエリアナから見たファランはそんな簡単に他人に利用されるような人間には見えなかった。あれはなかなか()の強い、下手をすればエリアナにも楯突いてくるような娘だ。モンドレルではその我の強さが功を奏し、魔獣放逐場に入ることもできた。だがその譲らない考えがダルチェスの手先であるガレス人を庇うという行動にも繋がったのだ。

 しかしファランのことはいずれナビルが連れ帰るだろう。あのゲラントとかいう礼儀知らずも能力だけは高いようなので、それほど心配はいらないとエリアナは考えていた。ユーラッドにも同じことを伝えれば、それはそれは感謝してきた。あの様子では今後もエリアナに協力は惜しまないことだろう。後はダルチェスだ。

 彼はこの飛空船の一団が王都に向かっていることにはとうに気付いているはずだ。彼女の飛空船はユーラッドの私邸からここに辿り着くまでに普通の倍以上の時間をかけている。それより以前にはエリアナの領地から大量の飛空船がこの王都に向かって飛び立っているのだ。そんな目立つ行動にダルチェスが気付いていないとは思えない。しかし飛空船の一団が到着して丸一日経つというのに城は静まり返り、今の所彼が何を考えているのかは全く窺い知れない。

 昨日使いの者を城に出したが、今もまだ戻ってこない。ただ面会を申し出ているだけだが、この物々しい様子に恐れをなしたのかもしれない。それはそれで小気味好い話だ。しかしこのまま何の反応もないようなら次の手を考えなければならなくなる。手っ取り早いのはセレンを連れて城に押し入ることだろう。

 そもそも最初からそうしても良かったのだが、一応相手は王の代理だ。ブラドが勝手に(しつら)えただけの身分だとは言え、それでもこの15年間はダルチェスが王のような扱いだったのだ。それを一方的に覆せば、今後エリアナに対する不信感が貴族達の間で広まるだろう。セレンはそう言って彼女を止めたのだ。

 セレンはモンドレルで再会して以来、いつでも彼女の相談役になってくれている。彼の言葉はいつでも的確で、エリアナへの親愛に満ちていた。ずっと孤軍奮闘してきたような彼女にとって、セレンの存在はとても安心できるものになりつつあった。

「エリアナ様」

 そんなことを考えていると、そのセレンの声が聞こえてきた。彼は本当にエリアナが望む時に姿を現してくる。まるで以心伝心だ。

「使いの者は…まだ帰ってきませんか?」

 現れたセレンは彼女が作った新しい騎士の服を身に付けていた。黒を基調にしていることは以前と変わらないが、ローブの裏地を青にしたり、(まじな)い模様の縫い取りを金糸にしたり、随所に魔法石も取り付けてある。騎士達が通常使用しているものとは段違いに機能は向上しているが、見た目にも美しくなった。思えばこの服を作り始めた時からエリアナはセレンに着せることを想定していたのかもしれない。そうでなければ不吉な黒を基調とする服など作るはずがないのだ。

「その服の着心地はどうだ? 少し動いてみたか?」

 裏地の青はセレンの目の色、そして濃い色の金糸は彼の髪の色によく似ている。こうして見ると、彼以外にこの服を身に付けるに相応しい者などいない。エリアナは満足していた。

「この服は本当に素晴らしいですね? この技術を多くの者が享受できれば国を守るに必要な力となりましょう。それは王としても重要な資質です」

“あなたの力は今後のミレノアルを守る力になり得るのです。セリノアの一族が全ていなくなっても…その力があればミレノアルは安泰ですね?”

 若い頃、セレンが見習い騎士になる直前のことだ。エリアナにわざわざ会いに来た彼はそう言って、魔法具作りを勧めてきた。エリアナはダルチェスが言うように無能などでは決してない。素晴らしい魔法具を作る才能があるではないかと勇気付けてくれた。その言葉を信じてずっと腕を磨いてきたのだ。

「お前の言葉を信じて生きてきて良かった…。その服は私からの礼だと思ってくれればいい。お前の能力を存分に補えるはずだ」

「と言いましても…今の私では若い頃と同じ程度に戻るだけかもしれませんね?」

 セレンはそう言って穏やかに笑う。確かにその顔には重ねてきた年齢を思わせる皺がわずかに現れている。引退をとうに迎えているはずの年齢である彼は、それでも再びネメアとの激闘に身を投じなければならなくなるのだ。それを思うと少し心配ではある。

「ダルチェスにお前のことを問い詰め認めさせた暁にはブラドのことも裁く必要がある。2人とも間接的にとは言えデルフィラに協力していたようなものだ。私の方で彼女との和平交渉を同時に進める気ではいるが、失敗に終わる可能性もある…。そうなった時…、やはり私はお前に負担を掛けるしかなくなるのだろうな…」

 ブラドがいなければデルフィラが王都をネメアに襲わせずにいる理由はない。昔のように頻繁に襲撃してくるようになるだろう。エリアナは王都でネメアと戦うセレンを見たことはないが、彼女の暮らす街にネメアが現れたことはある。王都から遠い土地であったため、セレンが駆け付けた時には既に街はかなりの壊滅状態だった。

 エリアナは早々に地下室に逃げ込み難を逃れていたため、彼の戦いは見ていない。しばらくしてからネメアが去ったとの報を受けて地上に出てくると、セレンは既に治療院に運ばれた後だった。幸い彼の怪我は命を脅かすほどのものではなかったようだが、駆け付けた先で見たまだ血の跡も生々しい包帯だらけの彼の姿は今でも脳裏に焼き付いて離れない。

 彼の周りには感謝の言葉を伝えにきた街の住人達で溢れ返り、早く怪我が治るようにと貴重な薬草を渡しに来た者もいた。セレンはその一人一人に声を掛け、無事でいてくれて良かったとまるで彼らを自分の家族の1人であるかのように喜び、貴重な贈り物は丁寧に辞退している。そんな下々の者達相手に心を砕いている場合ではないだろうにと靴音も高く近付けば、住人達はそそくさと退散していった。

 あの時のようなことが再び起きるのか。エリアナは重く沈んでいく心のままにため息を吐く。

「ネメアと戦うのは私の使命です。負担だなどと…そんなことを思って頂く必要はありません」

 セレンはそんなエリアナに対してきっぱりと断言した。その姿は頼もしいと思うが、今は心配や不安の方が先に立つ。それは彼が以前よりも年齢的に衰えていると知っているからなのか。いや、むしろ今のセレンはエリアナにとって失いたくない『大切な存在』に変わろうとしているからだろう。確かに以前から失ってはならない存在ではあったが、それは己の身の安全のため、彼を重要な戦力として捉えていたからに他ならない。だがそれが今は変わってきつつある。

「この飛空船からの攻撃がネメアに通用すれば良いのだが…、所詮できるのはお前の盾となるくらいだな」

「なりません!」

 思い付きをそのまま口にすればセレンに手を掴まれた。その力強さに思わず顔を見上げてしまう。

「…セレン…」

「私が戦うのはあなたのためなのです。あなたに…王となってもらいたいのです。なのにあなたが私を庇ってしまったら意味が無くなってしまうではありませんか⁈」

 強い口調で反対されてもセレンの言葉は優しくて心地良い。エリアナは思わず彼の体を抱きしめていた。

「…お前はいつでも誰にでも優しくて…、なのに私にはいつも素っ気なかった…。父も国民も…皆私には冷たくて…」

「もう冬の時代は終わったのです。あなたは王になる…。本来の継承順位の通りに…」

「⁈……」

 エリアナは自分を見下ろすセレンの顔を食い入るように見つめてしまっていた。それは王家でも限られた者しか知り得ない秘密だったのだ。

「お前…知っていたのか…?」

「はい。…以前陛下からお聞きしました」

「父から…だと?」

 エリアナの継承順位については本来彼女自身も知り得るはずのないことだった。しかしある時ダルチェスの乳母を務めていた女性が他愛もないことで彼の元を解雇され、エリアナの元へ侍女として雇ってほしいと持ちかけてきたのだ。嫌っているダルチェスのかつての乳母など顔も見たくないと最初は突っぱねたのだが、彼女は雇ってくれたら王家の秘密を教えると言ってきた。雇わなければその秘密は他の者に打ち明けるとまで言われてしまえばエリアナとしても引き下がるわけにはいかない。結局女性を雇い入れることにすると、彼女はダルチェスとエリアナが生まれたその年の話を語り出した。

「あなたは本来長子として生まれ落ちていた…。それを…アルカイスト人であるが故に数日後にお生まれになったダルチェス様の後に生まれたこととされてしまった」

 王家の婚姻は必ず違う人種から伴侶を迎えることと決まっているが、その人種の中でも優先順位が暗黙の内に決まっている。ミレノアル人が1番なのは当然であるが、次にグリナライト人、そしてディプス人、アルカイスト人は4番目になる。ヘルドル人とプラニッツ人に至っては同列5番目だ。つまり王妃の立場の強さもその順序に影響を受ける。

 そのため立場の弱い王妃は懐妊の時期さえ気を使わなければならなくなるのだが、運の悪いことに最初に懐妊したのは3人の側室の中で最も順序の低いエリアナの母だった。それから月花の色が変わる頃にはダルチェスの母親が懐妊し、さてそれでは継承順位はどうなるのかという話になった。

 当時、由緒正しいミレノアル人である正室との子供は亡くなってまだ間もなかった。正室は病気がちになり、最早次の子供は望めない。そんな最中に生まれようとする2人の王の子供は、実質次の王になる可能性を持った大切な存在だったのだ。

 2人の子供の年齢差が1年や2年であるならそれほど話はややこしくはなかった。だが月花が一色色を変えただけの期間であれば、どちらが先になるかわかったものではない。エリアナの母は出産を遅らせるようあらゆる手が尽くされ、反対にダルチェスの母は早めるように処置された。しかしさすがにそう上手く話が進むはずもない。結局先に生まれたのはエリアナで、その数日後にダルチェスが誕生し、むしろ2人の誕生日は月花一色分どころか僅差になってしまった。

「事態を重く見た陛下は後の混乱を恐れ、ダルチェス様の誕生発表の数日後にあなたの誕生を発表することに決定されました。しかしそれによって長子となったダルチェス様は我儘放題…。いくらミレノアル人の能力を備え、グリナライト人の天候術を操る王子といえども、このままあの方を王とするのは正しいことなのか…。陛下は悩まれていたようです」

「今更…」

 エリアナは思わず鼻で笑い飛ばしていた。次子でありアルカイスト人の彼女に取り入ろうとする貴族達などずっと誰もいなかった。同じ年齢、数日違いの兄を目上として扱わされ、無能で意味のない存在として無視され続けてきたのだ。彼女は真実を知って更にダルチェスへの恨みを募らせ、父親でさえ憎み始めた。王はせめてもの償いにと彼女にミレノアル人の夫を与えたのだろうが、それさえも彼女をより孤立させただけだ。むしろ余計なことだった。

「……だがもう良い…。こうして私自身の手で全てを取り戻す日が来たのだ…。お前も付いていてくれる」

「はい。エリアナ様に…生涯変わらぬ忠誠を…」

 セレンはエリアナの手を握り、そのまま跪く。彼女はそのセレンの頭に口付けた。

「行くぞ、セレン。私はこの国の王になる」

 過去の因縁を全て断ち切り、今までエリアナを軽んじ無視してきた者達への復讐の時が来た。今の姿を父親に見せられないのが口惜しいが、少なくとも驚き慌てるダルチェスの姿くらいは拝むことができるだろう。

 エリアナの心はこの先起きるであろうことを想像して浮き立ち、心の中には何の不安も無かった。


「ミレノアル王に、俺はなる!」って感じで終わりましたね。

今回ユーラッドは初登場です。

オルデナも出てきました。

人数が増えてきてみんな好き勝手に動き回るので、話がなかなか前に進みませんね。

次回はダルチェス登場からになりそうです。

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