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黒衣の守護者  作者: 樽吐
重要人物
104/156

(4)

 それからすぐにゲラントは街を一旦出てナビル達と合流した。時間は昼を少し過ぎていたが、彼らは朝と変わらない場所で全員問題なく待っていたようだ。そもそもゲラントが安全だと判断した場所に危険があるはずもなかった。

 全員でモンドレルに入るとナビル達はコレイリーの客人という名目で迎えられ、魔獣造成師達の街を視察しにきた富豪達として扱われた。おかげで街の住人達もナビル達に色々と話をしやすい環境だ。これなら彼らでも自然と街の異変を聞き出すこともできるだろう。ゲラントは近衛騎士達に周辺の聞き取りを指示すると、自分はナビルを連れてユーラッドの邸宅に向かった。

「私はあまりこそこそ嗅ぎ回るのは得意ではないぞ?」

 行き先を告げるとナビルは少し不安そうな顔を見せてくる。元々彼にそんな期待はしていない。ましてユーラッドの邸宅に忍び込んで造成材料の管理台帳を調べるなどと、そんな芸当はゲラントにも無理だ。だから真正面から乗り込むことにした。コレイリーからの推薦状は既に入手済みだ。

「あんたは魔獣を買い付けに来た人間として適当に話を合わせろ。俺があんたの従者としてユーラッドと話をする」

「さすがにこの見た目では正体がすぐに判明する。門前払いされるぞ?」

「バレたところであんたは元近衛騎士隊長だ。王子であるユーラッドが訪問を拒む理由はない」

 ユーラッドは既にエリアナの訪問を受けている。その内容はセレンの監禁に関わっていたかどうかの確認だろう。その直後にこの街に現れたということは彼は何かの証拠を消しに来たのだ。それともセレンのことは本当に何も知らず、意味がわからずこの街に事情を聞きに来たのか。しかしそれならユーラッドは街を調査して回っていなければ筋が通らない。

「ユーラッドはここに何かをしに来たんだ。そこへあんたが現れる。門前払いなんかしたら何かやましいことがあると白状したも同じだぞ?」

「では我々を迎え入れて白ばっくれるつもりだと?」

「最悪始末しにかかるだろう。そこまでしてきたら明らかにユーラッドは今回の黒幕だ」

「殺されると言うのか⁈」

 ナビルが恐怖に声を上げる。さすがにゲラントは彼の口を慌てて塞いだ。

「例えばの話だ。そんなに怖がるな」

 宥めるとナビルはおとなしくなったが、明らかに元気を無くしてしまった。もう少し肝の据わった人間かと思っていたが、意外にも気は小さいようだ。

「何もデルフィラを相手に戦おうと言うんじゃないんだ。一応、捕まった時のための魔法生物も何体か借りている。あんただって剣は持ってるだろう?」

「騎士の長剣は置いてこいとお前が言ったのではないか? 今手元にあるのは短剣だけだぞ?」

 ナビルはそう言って心許なさそうに腰に下げた短剣に触れた。

「それで十分だ。あんたは騎士で、ミレノアル人の血も濃い。大丈夫、ちゃんと戦える」

「……」

 そもそもユーラッドは自国の王子であり、ナビルは騎士だ。『始末する』のは本当に最終判断であり、それまでは何とか懐柔しようと誘ってくる可能性の方が高い。ゲラントはその懐柔にユーラッドがどんなことを持ちかけてくるのかを聞きたかった。それによって何かがわかる可能性もあるのだ。

 それからすぐ2人はユーラッドの邸宅前まで辿り着いた。まだ邸宅は修理中なのか、人が何人も出入りしている。その人並みを眺めながら門に近付いていくと、当然門番に呼び止められた。

 ゲラントはコレイリーの推薦状を見せ、自分達は魔法生物の定期的な買い付け契約のために街に入ったのだと伝えると、彼女はここで待っているよう伝えて中に消えていった。

 後ろから付いてきているナビルはすっかり緊張してしまっていて、動きが明らかにぎこちない。そんなに緊張するなと伝えれば、ゲラントの方が堂々とし過ぎなのだと逆に怒られてしまった。

 確かにそうかもしれない。昔はトーレスから聞かされる諜報部隊時代のセレンの武勇伝に感心し憧れを抱いて聞いていたものだが、自分にそこまでの胆力があるとは思っていなかった。しかし長年の逃亡生活と一度死を覚悟するような地獄を見たからか、すっかり神経も図太くなってしまったようだ。思わず苦笑を浮かべていると門番が戻ってきた。

「殿下がお会いになられます。くれぐれも失礼のないように…」

 彼女に中に入るよう促されると、後ろから狼によく似た魔法生物が2体付いてきた。小型だが警備獣の一種だ。またナビルは怯えてしまうだろうかと心配したが、むしろ敵が見えると気持ちが落ち着いたらしい。意外に平気な顔をしていて少し安心する。

 中に入ると笑顔のユーラッドに出迎えられた。大事なお客様だと歓迎され、少し早いが夕食を一緒にどうかと誘われる。ナビルは戸惑いを隠しもせずにユーラッドを眺めていたが、ひとまずゲラントが代わりに了承の意思を伝えた。

 食卓に着くと彼は最上級の酒で乾杯をしようと言い、相変わらずひどく上機嫌だ。ナビルは戸惑いを通り越して今では困惑している。確かに予想外の反応だが、それは顔に出し過ぎだ。ゲラントが呆れていると、ユーラッドが思わせぶりな態度で杯を食卓に置いた。

「いやしかし…こんなにも大胆な行動に出るとは驚きだ。近衛騎士隊長と…君は確か…ゲラントとか言ったかな?」

 あっさり名前を言い当てられてナビルは一瞬立ち上がりそうになっていた。しかし何とか自分を抑えて席に戻ると、それ見たことかと恨めしげにゲラントを睨んでくる。ユーラッドはそのナビルの反応を見て楽しげに笑うだけだ。ファランを思わせる愛嬌のある目は細められ、本当に楽しそうにも見えるが本心は恐らく違う。

「君達がここに来たのはセレンにまつわる一連の事件について…私から直接話を聞きたかったのだろう? 姉上には先日私の目論見を全て言い当てられてしまっていてね…。確かに私は兄上の頼みでこの街の魔獣放逐場を開放している。…だがそれは仕方のないことだったのだ」

 ユーラッドは罪の告白だと言ってダルチェスのセレン脅迫に自分が加担していたことを話し始めた。

「そもそも私はファランがブラドに気に入られるとは思ってもいなかった。しかしあの子はどうやら私に色々と秘密にしていたらしい…。まさか植物師として母親をも凌ぐ力を持っていたとはな…」

 しかしファランの存在はダルチェスとユーラッドの力関係を覆しかねないものだった。ブラドがラッシェルの婚約者にファランを希望し2人の結婚が成立すればユーラッドはブラドの息子の父になる。友人であるナビルの父がダルチェスを支持しているからという理由だけで王代理となったダルチェスに比べれば、明らかに今後のユーラッドの立場は強くなることが予想された。

 しかしそこへファランが家出をし、更には恵みの神として民衆の支持を集めているとわかるとダルチェスの側近達は彼女を危険視し始めた。王家の転覆を図り、自分が王に成り替わるつもりなのではないかと恐れ始めたのだ。そうなるとファランは反乱分子として捕えねばならない対象となる。それに慌てたのはユーラッドだ。

「私は兄に縋り付いて許しを乞うた…。私の娘はそんな恐ろしいことを考える子ではない。周りに良いように利用されようとしているだけだとね。だが残酷な兄は娘の命を救いたければ自分に加担しろと言ってきた」

 当時既にセレンは異世界から連れ戻されており、ダルチェスは自分への忠誠を彼に迫っていた。しかしセレンは断固として受け入れず、報復措置を考えていたところだったのだと言う。

「私に課された役目は魔獣放逐場にセレンを監禁すること…。それは彼に死ねと言っているも同じことだ。国を守り続けてきた将軍に対する仕打ちがこれかと…正直怒りを感じたものだ…!」

 ユーラッドは腹立たしげに机を叩いた。それを聞いたナビルはすっかり共感してしまい、今ではユーラッドを慰めるような言葉を吐いているような有様だ。確かに筋は通っていて話におかしな点は一つもない。だが何か腑に落ちない。ユーラッドの態度がどうにも胡散臭いからだろうか。

 ゲラントは適当にナビルに合わせながらもユーラッドに質問する。

「殿下。この話を我々に告白される意図とは…情状酌量を求めるためでしょうか? しかし恐らく今後はエリアナ殿下が王に最も近い存在となられましょう。エリアナ殿下がお許しにならなければ結局あなたの立場は厳しいものとなります。あの方には既に今と同じ話をされたのでしょうか?」

「ああ、勿論したとも。姉上も随分と私に同情してくださった。そして兄上に対しては断固とした態度で応じると約束してくださったのだ」

「…断固とした態度…ですか…」

 それは茶番のようなやり取りだったのだろう。見ていなくとも想像は付く。

 エリアナはユーラッドのことがなくともダルチェスを今回の件で追放なり何なりの処置を施すつもりだったに違いない。それはユーラッドもよくわかっていたはずだ。それをわざわざ横暴な兄に対抗するため結託した妹と弟という構図にして、お互いが王代理に対して反目する理由を作り合っているようにしか見えない。そこまで考えてゲラントはようやくユーラッドの話を信用する気になれない理由に思い至った。つまり話が上手く進み過ぎているのだ。

 ダルチェスが密かに異世界から連れ戻したセレンをユーラッドを使って魔獣放逐場に監禁した。そこまではまだあり得る話だ。だがそれを遠い地にいるはずのエリアナが耳にし、モンドレルに入るまでに何故ダルチェスは何の手も打たなかったのか。救い出されたセレンが突然エリアナを好きだという素振りを見せ、情勢は彼女が完全に有利に進み始めた。この15年間、ダルチェスの一人勝ちで時は過ぎていったというのに突然何もかもが動き出している。これは全て偶然だったと言えるのだろうか。

 確かに情勢というものは一つのきっかけで何もかもが変わってしまったりもする。セレンを目撃した人物が、街の所有者であるユーラッドでも時の権力者であるダルチェスでもなく、遠い地に住むエリアナを選び保身を図ったとも考えられる。だがセレンがエリアナを選ぶ可能性などは万に一つも無かったはずなのだ。

「セレンはどうも…姉上のことが好きだったらしいな? 聞いて驚いたのだが、しかし昔からセレンは姉上のことにはひどく心を砕いていた。いつでも守るのは姉上の方だ。私などは捨て置かれていたものだがな?」

 ゲラントがセレンとエリアナのあり得ない関係のことを考えていると、まるでそれを察したかのようにユーラッドが話し始めた。

「そう…なのですか?」

 少し意外で、ゲラントは思わず聞き返してしまう。その様子を見たユーラッドは嬉しそうに頷いた。

「姉上が魔法具を作り始めたのも、そもそもはセレンの言葉があったからだ。そうでなければあんな恐ろしい魔法具の数々を生み出してはいない」

 セレンはダルチェスにいじめられ、恨みを募らせるばかりのエリアナに魔法具作りを提案している。それ以降彼女はダルチェスを打ち負かすための魔法具をひたすら研究し、作り続けた。

「セレンも兄上にはさんざん酷い目に遭わされてきた人間だ。気が合ったのかもしれんな?」

「そんなことは…」

 セレンが同類相憐れむ心境でエリアナを庇っていたと言うのか。そして更には彼女を焚き付けダルチェスを共に倒す日を夢見ていたとでも言うのだろうか。だが先日見たセレンは確かにユーラッドの言うような人間に見えた。いやしかし、かつてのセレンからはそんな気配は微塵も感じられなかったのだ。

「信じたくない気持ちもわからないではないが…、私は子供の頃からセレンを知っている。君達よりも付き合いはずっと長い。その私が言うのだ。君が信じるセレンと今のセレンが違ったとしても、それを裏付ける根拠はあくまで君の中のセレンでしかない」

「!……」

 その言葉は深くゲラントの心に突き刺さった。彼自身が危惧していたように、長い年月がセレンの汚点や悪い部分を忘れさせ、良い部分だけが誇張されて残っているのではないか。その理想のセレンと今回のセレンとを見比べて『違う』と判断されても本人にしてみれば傍迷惑な話というものだ。それは最初からゲラントも気になっていたことなだけに指摘されてしまうと言い訳のしようがなくなってしまった。

 それ以降ゲラントは何も話すことができなくなり、ユーラッドに勧められるままに邸宅に泊まることになってしまった。本来ならば喜ぶべきことだ。これで色々な場所を見て回れる。一度見ておきたかったのはやはり修理中の部屋だろう。だが今の彼には動く気力さえなかった。

「…ゲラント。やはり…あのセレン様は紛れもないご本人なのではないか?」

 ナビルは完全にユーラッドの言葉を信じているようで、むしろ慰めるために隣の部屋からわざわざゲラントの部屋にやってきたようだ。気持ちはありがたいが、今はそっとしておいて欲しかった。とにかく情報を整理しなければ始まらない。

 ゲラントがあのセレンを偽物だと考える根拠は全て違和感から来るものだ。そしてモンドレルの住人達の多くやショノアも彼を偽物だと考えている。対して本物だと言っているのは王族達だ。本人の姿はどう見てもセレンにしか見えず、話していても辻褄の合わない点はない。

 そもそも偽物だと疑いたくなるのは状況がエリアナを中心に上手く行き過ぎているからであり、それもユーラッドから見れば特に驚きではないらしい。そうなるとセレンを疑う理由は何もなくなるのだ。

 しかし本当にセレンを疑う理由はなくなるのか。彼が本物であれば何故今も自分は納得できていないのか。堂々巡りを繰り返す自分の思考に苛立ってきたゲラントは寝転がっていたベッドから体を起こすとそのまま扉の前まで歩き出した。

「…お、おい…?」

 突然動き出したゲラントに当然ナビルは慌てている。だが構っている余裕はない。

「ちょっと出てくる…」

 素っ気なく言い放ち、部屋を出たゲラントはすぐさま近くにある階段を降り始めた。周りには人通りはなく、まるで気の済むまで見て回ってくれと言わんばかりだ。大きな階段をゆっくりと下っていると、踊り場辺りでナビルが追い付いてきた。

「どうする気だ? ここはユーラッド殿下の邸宅だぞ?」

 小声で忠告してくるナビルはわずかに焦っているように見えた。彼としては余計なことをするなと言いたかったのだろうが、そもそもここに来たのは偽のセレンを造った痕跡を探るためでもあるのだ。止められる覚えはない。

「あんたは部屋で待ってたらどうだ? 行くのは俺1人で良い…」

「……いや、私も行く」

 意外にもナビルは共に行くと言い出した。本音を言えば1人の方がずっと動きやすく、何かと都合が良い。2人一緒に行動していれば、もし捕らえられた場合誰にも助けを呼べなくなる。そのことを伝えれば、探し物をするには1人より2人の方が良いなどとまともなことを言い出した。

「私も…今のセレン様はどこか恐ろしい気がしている…。それは私がブラド様の部下だったからかもしれないが、お前の話によれば本物のセレン様ならばそんなことはないのだろう?」

「…ああ、恐らくな…」

 以前ならば即断言したはずの言葉も今は少し曖昧に答えてしまう。随分とゲラントは弱気になってしまっているようだ。

「本物のセレン様が別にいると言うのなら…、私も見てみたくなってきた…」

「ナビル…」

 彼はずっと金に物を言わせて権力を握ってきた父親やブラドの側にいた。当然周りにいるのも同じような権力欲にまみれた人間達だ。『良い人間』と言われてもあのセレンで十分だったのだろう。だがゲラントと共に過ごしている内に、今まで自分の周りにいた人間が如何に酷い人間ばかりだったのかがわかり始めた。それほどこの数日間は彼にとって予想以上に快適で安心できる日々だったのだそうだ。

「部下達がお前を頼りとするのも無理はない…。だが私はブラド様の腹心だ。それは今も変わりない。お前と馴れ合うことはできないのだ…」

 ずっと彼は役目にしがみ付きゲラントとは一線を画してきた。だがここに来てそうも言っていられなくなったと白状する。

「…もし…セレン様が偽物だとしたら怪しいのはユーラッド殿下だ。それくらいは私にもわかる。だとしたら1人では危険だぞ?」

「……」

 ナビルはゲラントに協力を申し出ている。こんなことになるとは思ってもおらず、ゲラントはただ唖然とするだけだ。そもそもここに一緒に連れてきたのは、彼ならユーラッドの言葉に容易く乗せられるだろうと期待したからだ。ゲラント1人ではあまりにも疑っていると前面に出してしまい警戒される。連れてきたナビルは期待通りにユーラッドの言葉に踊らされ、ゲラントにまで同意を求めてくるくらいだった。おかげで場の空気は随分と緩んだが、もう彼の役目は終わった。

「あんた…自分が何を言ってるのかちゃんとわかってるのか? 何かあった時…俺はあんたを見捨てるぞ? それはよく知ってるだろう?」

「……いや。お前は私を見捨てない。私が助けを求める限りな?」

「……。変な所に自信持つなよな…」

 何故殺しても気にならないくらい嫌っていた相手を、突然こんなにも信頼しているのだろうか。そこまで自分は親身に世話を焼いてやった覚えはないのだが…。しかしどうやら今のナビルは何を言っても無駄なようだ。同行を断ったところで絶対に付いてくるだろう。それは今までの経験で大体予想が付く。

「じゃあ、一つだけ約束しろ。“俺の指示は絶対に守る”。わかったな?」

「わかった」

 あまりの即答に本当にわかっているのかどうかも怪しいが、こんな場所で時間を無駄にしている場合でもない。ゲラントも納得したことにして階段を再度下りかけた。すると丁度その時下の階の廊下を誰かが通り過ぎていくのが見えた。

「……」

 ナビルも同じ人影を目にしたのだろう。2人は同時に目を見交わしていた。今見えた人影は明らかに使用人ではない。黒に近い赤のローブを翻して悠々と歩くその人間は紺色の髪をしていた。少しクセのある髪を後ろで束ね、しっかりとした体付きのその人物はガレス人にしては珍しい部類だろう。骨格が細いショノアとは全く違う。

 しかし今はすっかり夜も更けて客が来るには遅い時間だ。ゲラント達以外に客がいるような素振りはユーラッドには無かった。今現れたのだとしたら何故こんな時間なのか。明らかに怪しいその人物を2人はそれとなく追いかける。気付かれれば侵入者だと騒いでやるつもりでいた。

 どうやら男性らしいその人物は廊下を普通に歩くと奥の部屋の扉を叩く。そして返事も聞かずに中に入っていった。その部屋は今修繕中の部屋の隣で、もしかしたら中で繋がっているのかもしれない。恐らくその部屋には既に中に誰かいる。でなければ事前に扉を叩いたりはしないはずだ。

 ゲラントはグリフに修繕中の部屋の側まで来るよう心の中で指示を出すと、ナビルを伴い自分はその部屋の中に入った。既に部屋の中は壁もしっかりと補修され、窓も取り付けられている。ただ内装が調えられていない程度だ。職人達が足を踏み入れたからには、そこで以前一体何が行われていたのかは全く残されていない。壁がどう壊れていたのかもわからなければ、その部屋で得られる情報は何も無さそうだった。しかし今、その一件に関わっていた本人が姿を現したのかもしれない。

 ナビルは部屋の入口で誰かがこの部屋に入ってこないかどうかを扉の前で警戒し、ゲラントは目を閉じて耳に神経を集中させる。恐らく上空を飛んでいたグリフがすぐに庭先まで降りてくるはずだ。この部屋は幸い広い庭に面していて、警戒にあたっている衛兵はもっと通りに近い場所を警戒している。魔法生物はこの街では飛び回っているのが当たり前であり、庭に降りてくることをユーラッドは容認している。グリフからはここに来る前に身に付けている物を全て外してきたので、街を自由に歩き回っている魔法生物との区別は付かないことだろう。

 待っていると大きな羽音が聞こえてきてすぐ側で止まり、更に待っていると人の話し声が耳に入ってきた。1人は知らない男性の声で、恐らく先程部屋に入っていったガレス人だろう。そしてもう1人はユーラッドだ。どうやらそのガレス人が訪れることは予定にはなかったらしい。ユーラッドは突然自分の時間を邪魔されたと言ってかなりご立腹だ。しかもゲラント達が今いる部屋はそのガレス人のせいで壊れたらしく、手狭で不自由だと抗議もしていた。だがガレス人に怯む様子はなく、まあまあと本気なのかどうかもわからない口調で宥めている。

『それにしても本当に何故突然ここに来た? 報酬は言い値で払ってやっただろう?』

『ええ、頂いたものには何の不満もございませんよ? ただ…もう少し刺激が欲しくなりましてね?』

『刺激だと…?』

 ユーラッドの声には最早近付くなと厄介者を追い払うかのような響きが乗せられている。しかしそのガレス人が妙なことを言い出したので、わずかに警戒している様子が伺えた。

贋作(がんさく)作りには二通りいます。一つは自分の作品が本物として扱われていく様を見て楽しむ者。そしてもう一つは…人々が本物と信じている中で真実を暴露し、自分の作品の質の高さを誇示したい者』

『……』

 一瞬、2人の間に緊張した空気が流れた。ゲラントとしてもその話が一体何を指しているのか気になって仕方がない。しかしその一触即発の空気を打ち破ったのはユーラッドの方だった。彼はわずかに息を吐くと、移動したのか少し声が遠ざかる。

『そんなことを言いたいがために今日ここに来たのか? 貴様の真価が知れ渡る日は必ず来る。その日まで待てと…、そのために貴様にはあれほど多くの報酬を渡したのではないか』

『…ああ、そうでしたね…。今思い出しましたよ。ですがあまりにもあなたが微に入り細に入り証拠を消しているようですから少し不安になりましてね? ここに来たのもまだ証拠が残っていることを思い出したからなのでしょう?』

 馬鹿にするかのようにガレス人は笑い、ユーラッドは図星を指されたのか一瞬沈黙する。しかしすぐに気を取り直して深く息を吐き出した。

『言いたいことはそれだけか? ならばもう帰れ。お前も知っての通り、私も暇ではないのだ』

 冷たく言い放てばガレス人の笑い声が更に大きくなる。この人物は本当にユーラッドのことを何も恐れていないかのようで、常に自信満々だ。確かにユーラッドがこのガレス人を殺そうとしたところで果たして可能かどうかはわからない。それがわかっているからこそガレス人の方も余裕の態度なのかもしれない。

『それではお邪魔なようですので退散致します。次に会う時は…』

 そう言って含み笑いを漏らすガレス人にユーラッドが苛立ったように『次はない』と切り捨てている。それでも彼は笑い続けていたが、特にそれ以上何かを言うつもりはなかったらしい。やがて扉を開ける音が響いた。

『……まったく…邪悪なガレス人めが…』

 静かになると部屋で1人になったユーラッドが忌々(いまいま)しげに呟いているのが聞こえてくる。彼はやはり今でもガレス人を嫌っているようだ。あのガレス人については余程どうしようもない理由でもあったのだろう。しかしその“どうしようもない理由”が気にかかる。

 さてどうやらユーラッドは隣の部屋で“思い出した証拠”とやらを隠滅中らしい。このままでは全ての証拠は消されてしまうようだ。どうにか途中でユーラッドを部屋から追い出さなければと考えながら、前を向くと扉の前からナビルの姿が消えている。扉が開け放たれている様子から、どうやら廊下に飛び出ていったらしい。ゲラントはグリフの耳に集中していたために、ナビルの立てる物音には気付けなかったようだ。

 何か起きたのかと用心しながら廊下を覗いてみると、なんと先程のガレス人が仰向けに倒れており、その上にナビルが馬乗りになって押さえ付けているではないか。驚いたゲラントは急いで駆け寄ると、2人を引き摺るようにして出てきた部屋に連れ戻した。

「何やってるんだ⁈ いくら何でも乱暴過ぎるぞ!」

「しかしどう考えてもこの男は怪しい…! 今捕えておかねば逃げられてしまうではないか!」

「そういう問題じゃない!」

 2人は小声で言い合った。その間もナビルの手はしっかりとガレス人の喉を掴んでいて、指に嵌められた指輪が輝いている。恐らくあれは魔法具だ。だとしたらこのガレス人の魔法を封じることに成功している可能性が高かった。しかし安心はできない。この人物がどの程度の力の持ち主なのか、現時点では全くわからないのだから。

 しかしそもそもナビルは隣でユーラッドと彼が話していた内容など全く聞こえていない。にも(かかわ)らずこんな大胆な行動に出たのには、相手が『ガレス人』だったからに他ならない。近衛騎士達は王族の影響なのか、とにかくガレス人と見ると目の敵にする傾向があるのだ。

「あんた、相手がガレス人っていう理由だけで捕まえただろう?」

「それがどうした? ガレス人は皆ミレノアル人の敵だ」

 凝り固まった偏見にゲラントは思わず頭を抱えた。この期に及んで人種差別を持ち出してくるとは思いもしなかったのだ。しかし今更このガレス人を解放する訳にもいかない。ゲラントとしては彼にはもっと穏便に当たりたかったが、ここまで先に敵意を向けてしまってはそれももう無理だ。

「…悪いな…。あんたにしてみれば依頼をこなしただけって話かもしれないのに…」

 場合によってはそれこそ豪華な報酬に釣られ、事情も知らされずに協力してしまった可能性もある。この15年、皆厳しい生活を強いられているのだ。利己的に見える行動でもやむを得ない事情を抱えている場合もあるのだ。しかしそんなゲラントの気遣いも打ち破るような不気味な笑い声が響いた。押さえ付けられた男性が笑っているのだ。

「何が可笑しい!」

 ナビルなどはすっかり頭に血が上り、喉を押さえる手にも明らかに力が入っている。流石に息が詰まったのか一瞬笑い声が途切れたが、更に笑い声は大きくなる。

「いやいや…色々といるものだな? ミレノアル人も」

 男性は笑いながらもナビルの手を掴み、自分の喉から引き離していく。それはガレス人の力ではあり得ない。

「⁈…貴様…!」

 男性の手は光っていて何らかの魔法が発動しているのは明らかだ。ナビルの魔法具はまだ機能している。それでも封じられていないのだ。ナビルなどは事実が受け入れられずにお互い向かい合ったまま力比べをしているような状態だ。だがこれは非常に危険だった。

「ナビル、離れろ!」

 言っても今のナビルは聞く耳を持たないことだろう。仕方なくゲラントは彼に体当たりして2人を引き離す。その瞬間、たった今までナビルのいた辺りに光の矢が数本突き立った。

「……」

 それを見つめたナビルの顔から血の気が引いている。その魔法は男性の明らかな殺意を現していたのだ。

「久しぶりに外に出てみたが…、本当に面白いものだな…」

 ゆっくりと立ち上がった男性はまだ笑みを浮かべたままで、不気味な気配を纏っている。ゲラントの背筋を冷たい汗が流れ落ちていった。

「安心するといい。ここでいくら大きな音を立てようと外には聞こない。つまり…助けを求める声も外には漏れ聞こえないということだ」

 それは最早死刑宣告のような言葉だった。ナビルなどは捕えたつもりが逆に捕えられていたのだとわかり、悔しさと恐怖がない交ぜになった顔をしている。

 しかしここまで強い力を持ったガレス人がまだ巷に残っていたとは驚きだった。確かにショノアもかなり強い魔術師だが、ブラドに集められたガレス人の内の1人であるからにはデルフィラに利用されることもなく無事に生き延びていても不思議はない。だが今目の前にいる人物についてはナビルも面識がない。となれば1人で生き延びてきたことになるのだ。

「…あんた…デルフィラの手先か…?」

 ゲラントが尋ねると、男性は微妙な表情を浮かべた。

「なるほど…。現時点で私のような人間はそういうことになるのか…」

 これは良いとばかりに男性は1人納得している。だがゲラントとしては何の答えにもなっていない。

「何が目的だ…? あんたの言う贋作って奴は…先日ここで発見されたセレン様のことじゃないのか…?」

 この様子ではまともな答えを返してくることはないだろう。だがそれでもゲラントは尋ねずにはいられなかった。返答次第ではますます生き延びる道が閉ざされてしまうかもしれないが、どちらにしても目の前のガレス人がゲラント達を逃すとは思えない。それならば気になることを全て聞き出してやろうという開き直る気持ちの方が優っていたのだ。

 しかし男性はここに来て突然不満そうな表情を浮かべ始めた。

「…何だ…、もう既に見破っている人間がいるのか…。…まあ、完全には再現しようもないのだがな…」

 それは明らかな証言だった。やはりあのセレンは偽物で、目の前の人間が造った魔法生物だったのだ。驚きに呆然となるゲラントに、男性は何故偽物だとわかったのかその理由を熱心に尋ねてくる。その様子はただの熱意ある魔獣造成師の姿と変わりない。戸惑いながらもゲラントは問われるがままに自分の感じたことを素直に答えてしまった。

 ゲラントの意見を聞き終えた男性は偽物だと感じた原因が見た目などの表面的なことではないとわかり、満足そうに笑みを浮かべる。

「そういうことならば仕方がない…。ディプス人の特性とやらも影響しているのだろうからな。…だがしかし…そうか、また一つ目標ができた」

 男性はまるで改善点が見つかったことを喜ぶかのように楽しそうな様子だった。最早ゲラントやナビルの存在など忘れたかのようだ。

「…お前にセレン様の偽物を造るよう依頼したのは…ユーラッド様なのか…?」

 男性の様子から不気味さが軽減されたからか、少し落ち着いたらしいナビルが男性に質問し始める。新しい研究課題に思考が飛んでいるような人間に別の話題を振るのは少し危険なような気はしたが、ナビルにしてみればユーラッドと彼との会話を聞いていないのだ。尋ねたくなるのも無理はない。

「ああ、あの才能に恵まれなかった王子の1人だな…。あの男は発想力は素晴らしいが、残念なことに能力がない。だがおかげで私が代わりに造ることになったのだ。良い暇潰しにはなったぞ?」

 あれだけ精巧な魔法生物を造っておきながらそれを暇潰しだと表現する男性には脅威を感じた。

「あの男がこれから何をしようとしているのか…、それはさすがに今のお前達では想像も付かないだろう。だが楽しめることは保証する」

「楽しめる…だと?」

 あんなにも性格の違うセレンを造っておいて、その落差に失望する者や新たな野望を巡らせる者が現れるのを楽しんで見ていられるわけがない。それは果ては本物のセレンに対する失望に繋がるのだから。ゲラントは思わず怒りを露わにしてしまった。

「どちらにしても本物のセレン様が帰還されるまでの短い間の話ではないか…!」

 ずっと相手を刺激しないよう明らかな敵意は抑えていたのだが、セレンを巻き込み楽しもうとしているその男性に怒りを抑えきれなかった。しかし男性はむしろ嬉しそうにこちらを見返してくるだけだ。

「…本物…か。まあ、そう思うならせいぜい待ち続けると良い…」

 男性はまたしても思わせぶりな言葉を吐くと、扉に向けて手を差し出した。すると扉がひとりでに開く。

「お前のことはこの先も観察させてもらおう…。少し楽しめそうだ」

 出て行っても良いということだろうが、その言葉を全面的に信じて良いものだろうか。ナビルも少し戸惑っている。

「どうした? もうお互い聞きたいことは全て聞き終えた。解散する頃だと思ったが、お前達はまだここに用があるのか?」

 最早ここに用など残っていない。隣の部屋を調べるつもりだったが、それもたった今無用になった。出て行かなかったのは扉が開くとは思わなかったからだ。だがその扉は今開いている。

「ならば私が出て行こう。…なに、私が出て行った直後にこの部屋を爆破するようなことはしない。我が作品と私とで二度もここを破壊してしまっては…さすがに弁償を迫られそうだからな」

 何故この男性は聞いてもいないことまで話すのだろうか。それはやはり先程ユーラッドにも話していた通り、彼は自分の存在を世間に知らしめたいからなのかもしれない。だがそれは一歩間違えれば命を狙われ、罪の共謀を疑われる事態だ。それでも彼には構わないくらいの余裕がある。セレンの偽物を造ったように全ては暇潰しだとでも言いかねない。

 ゲラントもナビルも何も言い出せないまま黙っていると、彼は気にした様子もなくさっさと部屋を出て行ってしまった。姿が見えなくなると、ホッとしたのかナビルがその場にへたり込む。ゲラントも思わず同じように座り込みそうになったが、隣の部屋にはまだユーラッドがいる。あのガレス人は何もしないようなことを言っていたが、ユーラッドに話さないとは言っていないのだ。まだ気は抜けない。

「今すぐこの邸宅から出るぞ」

 ナビルに耳打ちし腕を掴んで立たせれば、彼は文句も言わずに従ってくる。そのまま2人はユーラッドの邸宅を飛び出すようにして出て行った。


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