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黒衣の守護者  作者: 樽吐
重要人物
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(3)

 一方、ナビル達一行を従えモンドレルから飛び出したはずのゲラントは再びモンドレルに戻ってきていた。今いる場所はモンドレルまでは目と鼻の先の森の中。夜になるとこの辺りは全く人も通らない静かな場所だ。そこでナビルの部下を含めて10人程度で野営地を作り、火を囲んでいるのだ。

 始めの頃は近衛騎士ということもあって宿に泊まってやるべきかとも思ったのだが、最初の村では宿の方から断ってきた。何でも近衛騎士は恵みの神の敵だからだそうだ。可笑しさを堪えながら村の外れで野営していると、夜中に村人達から襲撃された。グリフが一声鳴けば彼らはすぐに震え上がって退散して行ったが、ナビルの部下が何人か追いかけて行ってしまい、それを無事に回収するのはなかなか大変だったのだ。そんなことが何度か続き、今では街や村の中で夜を過ごすことは避けて山や森の中で野営することが普通になったが、意外にナビルの部下達は抵抗なく夜を過ごしている。

 ブラドの支配下では近衛騎士が何でもこなす羽目に陥っていたと言うから、彼らも昔のように贅沢は言っていられないのだろう。騎士としては正しい姿だが、何不自由なく暮らしてきた貴族の跡取り達がこんな何もない場所で火を囲んで転がっている様を見ると、多少憐れみは感じるものだ。

 そんな同情から何かと親身になっていたからか、最近では彼らもすっかりおとなしくなり、ゲラントが意味もなくモンドレルの周りで時間を潰していても何も言わずに付いてくる。彼らも今ここでゲラントに見放されたら終わりだという認識があるのだろう。だが問題は残っていた。

「ゲラント! 一体お前は何を考えている⁈ ここはモンドレルの近くではないか!」

 その問題がナビルだ。彼は良くも悪くも真面目で熱心だ。そのためセレンの命令通りにファランを追いかけなかったゲラントに毎日文句を言い続けている。

「ファラン様を追いかけて連れ戻さなければならないんだぞ⁈ 何故また元の場所に戻ってきたのだ⁈」

 セレンと再会し、ファランを追うと言ってモンドレルを出たのが10日前。一度街から街道沿いに離れ、近くの森に身を潜めてエリアナの飛空船が何処に向かうかを見定めた。彼女は王都の外れ、ユーラッドの領地に向かって消えて行ったが、そこから数日経つと今度は城に向かって進路を取っている。どうやらファランやショノアのことを解決する前にユーラッドとダルチェスに直接対決しようと言うのだろう。それはエリアナの自信を表しているかのようで、あのセレンの後押しがあったからでないことを祈るばかりだ。

「2人を追いかける前に調べておきたいことがあるんだよ…。あんたらも…おかしなことに巻き込まれたくなかったらしばらく様子を見ておいた方がいい」

「おかしなこと…だと? それこそ今の貴様が妙な動きを見せて我々を巻き込んでいるではないか⁈」

「まあ、そうとも言うかな?」

 悪びれずに答えれば、胸ぐらを掴まれた。

「次に命令違反を犯せば我々は騎士の身分を剥奪される…! セレン様に直属部隊の一員として認めてもらうどころではないのだぞ⁈」

「……」

 今のナビルは出世欲の塊というよりも、組織から排除されることを恐れているだけのように見えた。勿論セレン個人に対する憧れもあっただろうし、彼の下で次々と功績を上げていく直属部隊が輝いて見えていたのも確かだろう。だが結局彼はブラドの代わりをセレンに求めているに過ぎない。直属部隊に入りミレノアルを正しい道に進ませたいのだとか、そんな理想さえも抱いていないだろう。

「あんたはあのセレン様の下で働きたいのか?」

「当然だ。最初からそう言っているだろう?」

 ナビルの意思はまだ一切揺らいでいない。本物を見たことがないからこそ、あのセレンでもまだ付いていこうと思えるのだろうか。彼は不愉快だとばかりにゲラントの胸ぐらから手を振り払った。

「……仕える相手はよく吟味した方が良いと思うけどな…?」

「何を言ってる? …相手はあのセレン様だぞ? お前の自慢の上官だろうが」

「それは確かにな…。俺だって直属部隊に異動になったって知った日は1日中友人達と飲んで騒ぎまくったさ」

 それで翌日セレンの元に面会に行った時には前日の酒が抜けず、頭痛で目もろくに開けられない状態だった。それを見たセレンは吹き出すようにして笑ったのだ。

“役目を果たす際には程々にしなければなりませんよ? わかっているとは思いますが…”

 セレンは本当に若かろうが目立たなかろうが分け隔てなく接してくれた。それによって築き上げられた信頼関係が直属部隊の行動を的確に早くしていた。ゲラント自身も直属部隊にいた自分ほど有能で格好良かった時はないと思っているくらいだ。

「だがあのセレン様は…違う…。俺の知ってるあの人じゃない…」

「そんな馬鹿な…! セレン様もお前のことを覚えておられたではないか!」

 そうなのだ。あのセレンはさも当然のようにゲラントと言葉を交わしていた。ここ最近造られただけの魔法生物ならそんなことは不可能だ。だがあの時のショノアの『心を読んだ』との言葉も気にかかっていた。

「あのセレン様は無抵抗のファランまでショノア共々殺す気だったんだ…。そんなことは昔のセレン様ならばあり得ない」

 自分を殺しにきた暗殺者でさえ改心させたと言われるセレンが、自分の狙う相手を庇ったからという理由だけで関係のない人間まで殺そうとするはずはない。

「何か…勘違いをされていたのではないのか? そうでなければお前の見間違い…」

「疑わしきは罰せず…。あの人はそういう人だ。それに俺の見間違いでもない。俺はあの人がファランに向かって罵声を浴びせているのをはっきりとこの耳で聞いた」

「……」

 セレンが滅多に声を荒げない人物というのは有名な話だ。そして相手がどんな人間であろうと礼を尽くした態度で接した。だからこそその話はナビルにも衝撃的だったようだ。

「まあ、ここまで疑っておいて何だが…、それでも俺はまだあの人を偽物だと決め付けたわけじゃない…。何しろそれ以外は全て…あまりにもあの人そのものだ。性格が昔と違ったからって別人だとは言い切れないだろう?」

 年月は15年、しかも環境も何もかもが違う状況でセレンは生きてきたのだ。性格や考え方が多少変わっていたとしてもおかしくはない。

「だからここに来た…。少し…やり残したことがある」

 ファランと一緒にモンドレルに入った時には正体も現していて何かと不自由だった。だが今なら好きなだけ調べられる。

「あんたらは目立つから、街には入らない方が良いが…」

 今全員でモンドレルに入ったらさすがにセレンの耳にまで報せは入るだろう。それでは怪しまれてしまう。しかし外で待たせるというのもそれはそれで心配だ。

「…コレイリーに頼むか…? いや…」

 こんな人数で押しかけたらさすがに迷惑だ。しかも彼が現時点でゲラントに協力してくれるという保証はない。かと言ってポーリーを巻き込めば、ナビルの今後の動き方次第で彼女の身に危険が及ぶかもしれない。

「よし、半日か…1日ここで待っててくれ。あんたらにも協力してもらおう」

「協力…? まさかセレン様と敵対するような事態には…ならないだろうな?」

 ナビルが用心深く確認してくる。こういう所は妙に察しが良い。

「…というより…セレン様が偽物で、何か良からぬことを企んでいたとしたらどうなんだ? あんたらは知らずに悪事に加担させられて…、下手をすれば処刑されるかもしれないな?」

「しょ、処刑だと…⁈」

 まさかそんなことも考えていなかったと言うのだろうか。ゲラントは思わず遠くを見つめてしまった。平和ボケするほども今のミレノアルは甘い世界ではない。だが今でも貴族のほとんどがどこか甘えた考えを持って生きているのだ。それはブラドが与えた安全安心生活のおかげなのだろうが、その裏で平民達はその日一日を生き延びられるかどうかという生活を強いられている。そのことに目を向けたのはファランだけだ。

「偽のセレン様なら敵対しても問題はない。むしろ捕えてミレノアルを救わなければならない。それが俺達騎士の…役目だ」

 ゲラントが断言すれば、意外なことに周りの近衛騎士達が次々に「その通りだ」と同意してきた。ナビルは逆に孤立する羽目になり、戸惑ったように周りを見回しているだけだ。

「偽物でなくとも…正直言って俺はあのセレン様に付いていける自信はない。エリアナと結託して第二のブラドになりそうな気配満々だしな?」

 ショノアの言い分を聞かず、邪魔なファランも力で捩じ伏せようとした。そもそもあの横暴なエリアナに惹かれるような人間では先が思いやられる。

「俺は一度騎士団から除籍されてるようなものだから、身軽だってのも確かにあるだろう。だが…上官は選べるものなら選んだ方が良い」

「……」

 ナビルは今日初めて何かを考え込むような顔を見せてこちらを眺めていた。騎士とは決して盲目的に上官に従うことを良しとされている訳ではない。必要とあらば意見し、正しいと思うことを貫き通す自由は許されている。だが『自由』というものは責任も同時に伴うものだ。その責任を負う覚悟を持つ騎士は今も昔もそう多くはない。

 しかし果たしてあのセレンの正体が判明したとして、その先はどうしたら良いのだろうか。偽物ならまずその目的を探らなければならない。だが紛れもなくあれが本物のセレンだとしたら、もうゲラントに逃げ場はない。そうなったらもうセレンに捨て身の諫言(かんげん)だろうか。間違えていると思ったことを全てぶちまけて、それでセレンの怒りに触れて殺されるならもうそれでいい。本物なら彼の言葉が後になってセレンの心に何か変化を与えることもあるだろう。

 そんなことを考えているとファランの顔が思い浮かんだ。ゲラントが知らない内に死んでしまったら、彼女はきっと悲しむだろう。それでも今は側にショノアが付いているだろうし、そんなことくらいで心が折れてしまうほど彼女は弱くもない。手助けできなくなるのは心苦しいが、ゲラントの言葉によってセレンが昔の彼に戻ってくれるならそれこそが彼女の助けとなるだろう。

「あー…。どっちにしてもだな…」

 ゲラントは思わずその場で仰向けに寝そべった。頭に思い浮かぶのは暗い思考ばかりだ。気分を変えるにしても視界にはいつも通り星も見えない曇り空。あまり気分は晴れない。本当にどうしてこんなことになってしまったのだか…。ゲラントは再度空に向かって盛大なため息を吐いた。



 翌朝、ゲラントは少しでも見た目を変えようと髭をサッパリきれいに剃り、ボサボサだった髪も魔法のハサミで見目良く整えた。久しぶりに小綺麗になった自分の顔を見れば、騎士の頃の自分に戻ったようだ。だが再会したセレン同様、自分の顔も決して昔のように若くはない。更にはつい10日前にゲラントはむさ苦しい姿で街中を走り回っている。今ではその時の姿が『ゲラント』になっているのだ。パッと見ただけでは今の彼が直属部隊騎士ゲラントだとはわからないに違いない。

 準備ができたのでナビル達の元に戻ると、彼らも思い思いの方法で身なりを綺麗に整えている最中だった。

 ナビルは相変わらず何か考え込んでいる様子ですっかり口数は少なくなっている。置いていったことで何か軽はずみな行動をしてしまったりしないだろうか。しかし周りの騎士達も少し心配そうに彼の様子を伺っていたり、時々救いを求めるようにゲラントを見てくる者もいる。最近ではゲラントを慕い始めた騎士も何人かいるため、何があっても彼らが止めてくれるだろう。何より半日や1日くらいも目を離していられないなら、それはそれで今後問題だ。

「じゃあ行ってくる。しばらくしたら戻ってくるが、何か危険があるようならここを離れろ。上空にグリフを飛ばしておくから、あんたらの居場所ならすぐに見つけられる。置き去りになんてしないから、安心して待ってろ」

 騎士達は皆年下で、年齢の割には経験も浅い。だからかどうも不安そうな顔で見送られると必要以上に言葉を掛けてしまう。しかも自分の言葉一つで明らかにホッとしたような顔をされると尚のこと親身になってしまうというものだ。

 とにかく急ぐかとモンドレルの門を潜った。そこから先は勝手知ったる手順で街中に入り、ひとまずポーリーの家に向かう。彼女はあの後は普通の暮らしを続けているようだったが、ゲラントが姿を現すと待ちかねたように出迎えてくれた。

「一昨日からユーラッド様が魔獣御殿にご滞在よ。何かあるんじゃない?」

 ポーリーはセレンが見つかって以来、ユーラッドの邸宅と移住してきたガレス人ヘイデンの家を定期的に見て回っていたらしい。ヘイデンは相変わらず留守のようだが、ユーラッドは極めて少ない人数を引き連れてこの街を訪れているという。

「今もいるのか?」

「お帰りになったって話は聞いてないわね…。まだいるんじゃない?」

 大抵ユーラッドがこの街に入る理由は最近の魔法生物の出来栄えや売れ行きを確認するためだ。時々気に入った魔法生物を購入していくこともある。そのため街では彼の姿をよく見かけると言うが、今回は邸宅に籠りきりで滅多に姿を見かけないらしい。明らかにいつもと違うとポーリーは言う。

「コレイリーはどんな様子か知ってるか?」

「コレイリーさん? …そうね…、何だか最近元気がないの…。ユーラッド様には割と愛想の良い人なんだけど、この前2人で話してたのを偶然見かけてね…。でも彼ニコリともしなかったわ」

 コレイリーはユーラッドを疑っているというよりも、とにかく気力が萎えてしまった様子で受け答えも覇気がなかったらしい。挙句ユーラッドが彼の体調を気遣い始めたくらいだと言う。

「セレン様のことを何か話してる様子はなかったか?」

「…ああ、この前見つかったセレン様? 何か周りでも不評みたいよ? 魔法生物達を物のように殺して回ったんですってね? 信じられない」

 ポーリーは憤慨した様子で言い捨てる。そこには期待を裏切られた落胆も大いに含まれているのだろう。

「コレイリーもセレン様には不満を?」

「そりゃそうよ! …まあ、はっきり言ってたわけじゃないけど…。でも前に『ミレノアルはもう終わりかもしれない』って呟いてたそうよ。彼と親しくしてる魔獣造成師の話だけど…」

「なるほどな…」

 コレイリーも昔は何度かセレンと縁のあった人間だ。その彼があのセレンに幻滅している。それはゲラント1人の思い込みでも何でもなく、周りもあのセレンには疑いを抱いているという証拠だった。

「ところであなたはここに何しに帰ってきたの? やっぱりあなたも見つかったセレン様を疑ってるのよね?」

 そもそもポーリーにはセレンが魔法生物ではないかとの疑いを打ち明けている。彼女もそのことがあるからこそここまでセレンを疑ってかかっているのだろう。今回ゲラントが異様な早さで街に現れたために、彼女はセレンの正体を暴きに来たのかと期待しているようだった。

「…ああ、まあな…。少なくとも…今のセレン様に俺は付いて行けそうにない…。しばらく同行していたらまた昔のような関係に戻れるかもしれないが…」

「そうかしら? 無理じゃない?」

 ポーリーははっきりと断言した。自分はそんなに了見の狭い人間に見えるかと尋ねたら、彼女は神妙な顔で答えてきた。

「…ガレス人ってね…この空間に漂ってる魔力とか、人とか物が発する魔力が見えるんですって。だから相手の強さとか…、人かそうでないかの区別は付くらしいわ。ディプス人はそういうのとは少し違うけど…魔法生物の性質はなんとなく見分けが付く。人じゃないんじゃないかって…そういうのもなんとなくね…」

 つまり彼女は今モンドレルの住人の多くがセレンに不信感を抱いているのは、性格が以前と変わってしまったからだけではないと言うのだ。

「魔法生物の性格はよくわかるのに、人の性格は理解できなくて人付き合いを嫌う魔獣造成師もいる。私達はむしろ人より魔法生物の方が理解できるのよ」

「つまり…俺のセレン様に対する嫌悪感は“そこ”から来ていると言いたいのか?」

「まあ、そうね。あなたも元々人付き合いは苦手な方じゃない? なのに若い頃のあなたはセレン様のことがとにかく好きだった。そこまで好きだったセレン様のこと、少しくらい性格が変わったからってあなたが好きじゃなくなる理由なんてあった?」

「……」

 大事にしているファランを殺そうとした。魔法生物達を容赦なく殺した。エリアナのことがどうやら好きらしい。その全てのことを昔のセレンがやったとしたらどうだろうか。ゲラントは必死でセレンを正当化し、何か他に理由があったのだろうと考えるだろう。むしろ昨夜のナビルのようにだ。だが今のゲラントは率先してセレンを疑い、むしろ偽物であってほしいとさえ考えている。

「怪しいのよ、あのセレン様…。みんなそう思ってるし、そうなると最近ここに来たヘイデンを疑い始める」

「しかし魔法生物にしては精巧すぎるぞ? あんなもの…人間が造り上げられるのか?」

 ゲラントにはそこがまだ納得いかない。造成技術のことはあまり詳しくないため、限界もよくわからないのだ。

「ガレス人の能力は未知数よ…。私達は魔獣造成の技術をそれこそ千年近く研究してきたけど、ガレス人にだって同じように研究してきた一族はいるでしょう。それこそガレス最後の王アルゴスの造った魔法生物ネメアは未だに私達でも同じものは造れない」

「……」

 それを言われてしまうとどんなことでもあり得るような気がしてきた。

「更にそのガレス人が使い魔のようにその魔法生物を使ってきたとしたら、能力の可能性は無限大…。それがネメアを倒すためのものなら良いけどね?」

 ポーリーの話を聞きながら、ゲラントはショノアの言葉を思い出していた。あのセレンがゲラントの心を読み、口裏を合わせていると言った言葉だ。彼は更にファランの心は読めなかったと言っていた。だからこそ彼女を攻撃しようとしていたのか。

“セレン様は初対面でも王族を見分けるんだ…”

 かつて直属部隊の誰かが話していた。幼かったダルチェスの息子がある時城内で行方知れずになったことがある。彼が城に登城したのはその時が初めてで、騎士の誰1人顔を知らなかった。しかも彼は幼いながらもかなりの悪戯好きで、使用人の子供達と一緒に彼らと同じ服を着て遊んでいたらしい。城内は一時期騒然となったが、セレンがあっさり彼を抱いて王の元に現れた。

 元諜報部隊の人間だからこそ何処かで顔を見て知っていたのだろう。周りはそう考えたようだが、将軍になったセレンは多忙を極めていてそんな暇はない。ましてダルチェスの幼い子供にまで気を回していられるはずはないと同僚は話していた。

 その話が本当ならば、セレンはファランを王族だと見分けたはずであり、心を読むことができたのならばファランが王女だとわかったはずだ。しかしショノアの言うようにファランの心だけを読むことができず、偽物のセレンならば彼女を敵の一派として殺そうとしただろう。

「セレン様とエリアナ様がこの街を去ってから…、私も色々と考えたの。みんなも考えてる…。きっとあなたが動き出したら協力者も他に出てくるわよ」

 ポーリーとしては一刻も早くこのはっきりしない状況を抜け出したい思いもあるようだ。彼女もゲラント同様、あのセレンを偽物だと決定付けて欲しいのだ。

 ゲラントはその後もポーリーから街の話を聞き、魔法生物を何体か借り受けるとコレイリーの屋敷に向かった。彼の様子はポーリーから聞いていた通りで、すっかり気落ちしてしまっている。彼は何も言わないが、密かにセレンがこの厳しい現状を打破してくれることを期待していたのかもしれない。それが何か違う方向に進みつつあるのを感じ取り、もう何も未来に希望が持てなくなってしまったのだろう。彼の方はポーリーのように真実を暴くのだと息巻くようなこともなく、諦めの方が強い。それは年齢のせいかもしれない。ゲラントはむしろ彼の気持ちの方がよくわかった。

 彼に何かを期待しても今は恐らく無理だろう。全てがはっきりしたら彼も再び動き出すかもしれないが、今はそっとしておいた方がいいように思えた。だが一つだけ協力してもらいたいことがある。

「ナビル達をここに泊めてやってくれないか? 世話を焼いてやる必要はない。ただ寝泊まりする場所を提供してほしい。あまり…俺達がここにいることを外部に知られたくないんだ」

「……」

 そう言った途端、彼の目に光が宿った。と言っても一瞬だ。すぐにまた元気のない様子に戻る。

「街の人間に少しばかり話を聞いて回るが、何も詮索しないでくれ。モンドレルを…巻き込みたくはない」

 一応ナビル達はエリアナに付き従っていたのだから、コレイリーが便宜を図ってやっても問題ではない。現時点ではまだゲラントもセレンの命でショノアを捜索していることになっているのだから。

「それから…魔獣御殿も少し調査したい。備蓄している造成材料が著しく減っていないかどうか調べたいんだ」

 ここまで言えばコレイリーもゲラントが何を調べようとしているかがわかるだろう。彼の気力は決して見た目通りに萎えているわけではないようだから、その気があるなら協力してくれるに違いない。

「今はユーラッド様が御逗留なされている。くれぐれも…失礼のないようにお願いする」

「わかっている…。だからこそここにナビル達を連れてきたい」

「……仕方ない…。不用心に出歩かれても困るというものか…」

 彼はゲラントの言い分を正しく理解していた。その上で、渋々という姿勢を装いながらも協力してくれるつもりのようだ。コレイリーもゲラント同様ずっと釈然としない気持ちを抱えてきたのだろう。それがゲラントの行動によって確信と自信を持ち始めたように見えた。

 しかしこれでモンドレルでの調査は何の心配もなく進めていける。何よりモンドレルの代表者が彼の行動を容認してくれるというのだから、ずっと動き易くなった。後はナビル達を一般的な訪問客として街に入れ、この街から情報を集める。その情報が果たして有意義でゲラントの望むものであればよいがと願わずにはいられなかった。


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