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黒衣の守護者  作者: 樽吐
重要人物
102/156

(2)

 入口まで戻ってくると、オルデナとスィベルは初めて見る異空間の内部を興味深げに眺めていた。

「それにしても…まるで楽園ですわね…。昔はガレスの王都も珍しい花が咲き乱れていて楽園のようだった…と耳にしたことがあります。こんな様子だったのかしら」

 オルデナは本物の花にそうとは知らずに触れて、香りを楽しんでいる。

「どうだろうか…。少なくとも俺が子供の頃に見たガレスの王都はもうあまり綺麗じゃなかった。何より夜なんて魔物達が街中を闊歩(かっぽ)していて、花が咲いてるかどうか見てる暇なんて無かった」

 陽の光はガレスでもデルフィラによって遮られていた。城の一部にだけ太陽や月の光が降り注いでいるのを見たことはあるが、城内など勿論子供のショノアが見られるはずもない。

「あら、あなたの出身は王都ですの?」

「…ああ。9歳まで住んでた…。って言ってもかなり端の方の僻地(へきち)だ。賑わっている場所からは程遠い。けど…おかげで魔物の横行は少なかったらしい…」

 これは“ロギア”が話していたことだ。夜になって魔物の声が響いてくると、ベッドの中ではいつも彼にしがみ付いていた。彼は吠え声だけでその魔物が大体何処にいて、何のために吠えているのかがわかるのだ。ほとんどの魔物は遠い場所にいるから大丈夫だと教えられたが、それでも怖いと訴えるといつも彼は魔物の話をしてくれた。

“あれは親を探して泣いている子供の声…。魔物にも親兄弟や仲間がちゃんといて、はぐれると寂しくて呼び合うのですよ?”

 彼はいつも周りに響く声の主がどんな姿をして何をしている魔物なのかを教えてくれた。そのどれもが人間と同じように時には助け合って過ごしているというもので、魔物というものが想像よりも恐ろしくないのだと知ったものだ。今思えば、彼はそうやってファタルの無知による恐怖を無くしてくれていたのかもしれない。

「それにしても気持ちのいい場所ですわね…。出て行きたくなくなりそうですわ」

 ショノアが過去に思いを馳せていると、オルデナは綺麗な夜空を見上げて気持ち良さそうに息を吸い込んでいる。見せかけであっても月や星の見える空と緑豊かな草木に囲まれたこの場所には心癒されるのだろう。何しろ現実の空ではこの15年、月でさえも朧げに見える程度だ。

「ファランも同じことをよく言ってる…。だがそれでも彼女は外で枯れ果てた植物を見殺しにするようなことはしない」

 安全な家を飛び出し彼女は人々を救うために立ち上がった。だからこそこの異空間の中がどれだけ安全で居心地が良くても最後には外に出て戦うことを選ぶ。それがファランという女性だ。何故かオルデナにはそのことを訴えたくなり、ショノアは強い口調で言ってしまった。

「ええ、恵みの神ファラン様ならばきっとミレノアルもガレスも、元の美しい姿に戻してくださいますわね」

 それを聞いたオルデナは穏やかに微笑み、2人の間に同調する空気が漂う。ショノアは満足して垂れ下がっている蔓を(くぐ)ると、ファランの待つその場所に入った。

「…オルデナ…?」

 中に入ると、ショノアの後ろから現れたオルデナの姿をファランは見惚れるように眺めていた。確かに月の光に照らされたオルデナの姿は伝説の森の妖精そのものだ。しかしオルデナは静かに彼女の前で跪くと頭を下げる。

「お会いできて光栄です、ファラン様。私はチェリクス領主オルデナ。この度は我が街を凶獣ネメアよりお救い頂き、感謝の念に堪えません…」

 それはまるで謁見の間で王に拝謁する臣下のような振る舞いだった。オルデナから伝わってくるファランに対する強い敬意に彼女はすっかり動揺してしまったようだ。

「…わ、私…、あなたにそんなことされるほど…偉くも何ともないのよ…? ゲラントやショノアが側にいてくれたから…。私1人の力じゃ決してないの」

 とにかく頭を上げてくれと彼女が懇願すれば、オルデナは静かに顔を上げてファランに笑いかける。

「他の方はどうなのかは存じ上げませんが…、少なくとも今の私は何の打算もなく、あなた様に相応しい態度を示させて頂きました。ですからこれが…私の紛れもない本心。あなた様は確かに偉業を成し遂げられたのですよ?」

「……」

 ファランは少し複雑そうな顔で黙り込んだ。そして救いを求めるようにショノアを見つめてくる。

「…あなたがそう言ってくれるのは嬉しい…。だけどこの先、本当に私に期待されるだけの力があるのか…、正直少しも自信はないのよ?」

 不安そうな彼女を支えるべくショノアは隣に腰掛けるとオルデナに向き直った。

「情勢はかなり厳しい…。今の敵はブラドとデルフィラだけだと言って良いが、この先その勢力図は塗り替えられる可能性がある」

「それは一体…どういうことですの?」

 彼女にもショノアやファランの不安が伝わったのか、オルデナの美しい顔に緊張が走る。ショノアはモンドレルで発見されたセレンのことと、その場にエリアナが同席していたことを話して聞かせた。

「ミレノアル人には見えないだろうが、俺には魔力の存在が目に見える。モンドレルで出会ったセレンは人間ではあり得ないほどの魔力の塊だった。しかし心を開いてくる人間相手なら奴はその記憶を読んで、自在に口裏を合わせてくる。あの場にいた人間は俺以外恐らく全員がセレンを本物だと信じた」

 スィベルとオルデナはショノアの話を疑うようなことはしなかった。それはファランが信じるショノアの話だからか、実際にあのセレンを目にしていないからとも言えるだろう。2人はショノアの話して聞かせた偽のセレンの厄介さに一様に言葉を失っている。

「しかし…それならガレス人は皆セレンの正体を見破れるんだろう? だったらセレンを偽物だと発信することもできるんじゃ…」

 スィベルがどうにか明るい展望を見出そうと顔を上げるが、オルデナは首を横に振った。

「それは無理ですわね…。チェリクスの一部の人間が声を上げたところで同じことです。むしろ今後デルフィラだけでなく、偽のセレン様にまでこの街は狙われることになりますわ」

 彼女はやはりミレノアルの中でガレス人がどれだけ信用されていないかを正しく認識しているのだ。ファランも同意するように頷き、話を続ける。

「あのセレンが一体何の目的で造られたのかは今はまだわからない。…お父様の仕業だったとしたら、もしかしたら今後はお父様が次の王として有力になってくる可能性もある。だけどあのままエリアナ伯母様が連れ帰ったとしたら、本当に大変なことになるかもしれない…」

 エリアナはモンドレルに乗り付けた飛空船とは別に、何隻もの飛空船を領地に準備しているらしい。

「伯母様の話が事実だとすれば、その戦力はデルフィラの力に匹敵するかもしれない。まあ…単純な力比べならの話だけど」

 だがそうなると敵は今までのようにデルフィラとその威を借るブラドだけという訳にはいかなくなる。

「そこまでの力があるのなら、エリアナ王女はデルフィラに戦いを挑むかもしれませんよ?」

 またしてもスィベルが前向きな発言をする。

「それは無理」

「ああ…無いな」

「無いでしょうね」

 しかし彼の言葉はその場にいる全員に即座に否定された。エリアナをあまりよく知らないスィベルはそのあまりの否定ぶりにすっかり面食らってしまったようだ。

「まずいくら攻撃力の高い飛空船を持っていても結局ネメアは倒せない。先々のことはわからないけど、伯母様ならひとまずデルフィラに和平交渉を持ちかける」

 納得いかない様子のスィベルにファランは説明する。そもそもデルフィラへの和平交渉はファランがまだ物心も付かない頃に、ダルチェス、エリアナ、ユーラッドの3名が揃って望んでいたことだ。だがそれはセレンによって阻まれた。

「……和平…ですか? そんなことをして今更何か状況が変わりますか?」

「はっきり言って何も変化なし。エリアナ伯母様の地位が向上するってだけじゃない? でも伯母様はそれで満足なんでしょ」

 ファランは当時のことをゲラントから聞かされている。と言っても彼はかなり慎重に可能な限り客観的な視点で説明してくれた。結果導き出された答えがゲラントと同じだったのだから、彼女は自信を持って父親達の当時の主張を否定できるのだ。

「昔は確かにデルフィラと戦っていたわけだから、一時期でも戦いが収まるならって和平に賛成する人もいたらしいけど…、結局和平の条件なんてデルフィラが有利に進めるわけじゃない? 今と何一つ変わらなかったと思う」

 要はブラドのようにデルフィラに臣従することで身の安全を計るわけではなく、王としての尊厳を保ったまま表面上は国民のために平和の道を模索した。そんな既成事実を作りたかっただけの話だ。

「むしろブラドの方が潔いかもな…。あいつは最初から国民を大事にしてないわけだから」

 昔から自分の野心を隠すことなく表に出し、ブラドは国民に悪人だと罵られている。今となってはそんな彼の方が如何に扱いやすかったかがわかる。

「しかも今回はセレン様も賛同なさるというわけです」

「……っ」

 ショノアはオルデナの言葉に思わず舌打ちしてしまった。あの偽のセレンは強敵としてファランの前に立ち塞がるだけではない。これまで築き上げてきたセレンの功績をことごとく壊していくに違いない。そんなことを許せるわけがない。

「でももし本物のセレンが帰ってきたらどうですか? まだ全てが好転する機会は残っています」

 絶望感の漂い始めた場の空気を盛り立てようと、スィベルはまだ頑張る。むしろ彼の希望を模索し続ける姿勢は見習うべきことかもしれない。しかし話は本物のセレンのことにすっかり向いてしまった。

「それはちょっと…難しいと思うの。だって…」

 ファランは何とか本物のセレンから話を逸らそうとショノアの代わりに説明しようとする。だがもう現実から目を逸らしている状況でもないだろう。意を決してショノアはファランの話に割って入った。

「本物のセレンはもういない。…帰ってくることはないんだ…」

「……」

 一瞬、痛いほどの沈黙が降りた。ショノアは更に駄目押しとばかりに言葉を続ける。

「セレンは何者かに殺された…。遺体は115年前に置いてきてしまったんだ」

 更に続く沈黙。最早何からどう尋ねたものか、スィベルもオルデナもただ混乱を来しているように見えた。

「スィベル…、多分俺は最初からあんたの知りたかった情報を全て持ってたんだと思う…。それならどうして俺はモンドレルに向かったのか…あんたは俺に訊きたいだろうな…? セレンが見つかるわけはないと…俺は初めから知っていたのに…」

 ショノアは全てを打ち明けた。子供の頃、ガレスに潜入したセレン達直属部隊と出会い、その縁からマリウスに育てられることになったこと。ブラドの命で異世界に行き無事セレンを発見したものの、結局過去でセレンは死んでしまったことを。全てを聞き終わるとスィベルは頭を抱えながらも呟いた。

「よくそこまでのことを抱えて正気を保てていられたもんだな…。それともあんたの中ではまだ…セレンは生きてたのか…?」

 スィベルの言葉は独り言のようだった。何故ショノアをもっと注意深く観察しておかなかったのか。情報屋の彼にしてみれば、特上の情報源をみすみす見逃していたことになるのだ。だがそれよりもショノアに対する同情や憐れみの方が今の彼の中には強く芽生えているように思えた。結局彼はヘルドル人らしく、傷付いた人間を放っておけない性格なのだろう。

「……セレンが俺の中ではまだ生きていた…っていうのは、確かにそうなんだろう…。だから望みを捨て切れなかった…。だがもう…今回のことで俺の中のセレンも死んだ」

「ショノア…」

 ファランが気遣うように腕に触れてくる。その手を掴み返すとショノアはオルデナを真っ直ぐに見据えた。

「俺はマリウスの遺志を継いでこのミレノアルを平和にするために生きてきた…。だが今のこの絶望的な状況で…、とにかく俺はあの偽のセレンの存在だけは許せない…。あいつを消滅させることができるなら何だってする」

 そのためにはオルデナやファランの協力は不可欠だ。そう伝えれば、オルデナも観念したように息を吐き出した。

「私は…このチェリクスが護れるならばミレノアルの平和は二の次なのかもしれませんわね…。この街は私の夫が命を懸けて守り抜いた場所。それまでの私は街のことも夫のことも特に関心はありませんでしたわ。でも夫が国に見捨てられた時…、初めて私はこの街の現状を正しく理解し、怒りを覚えました」

 オルデナの夫が戦死したのは今から8年前。ネメアでもチェリクスは落とせないと悟ったデルフィラが街の中に大量の魔物を密かに潜入させ、かなりの被害を出したその戦いにおいてだ。チェリクスは当時、外からの攻撃には恐ろしく強いが、中からの攻撃には弱かった。当然王都に救援要請は出したが、到着したのは全てが終わった後。しかし日数から考えて間に合わなかったのは不自然だった。恐らく元々チェリクスに王都から救援を送るつもりなどなかったのだろう。それを知ったオルデナは怒りに頭がどうにかなりそうだったと言う。

「この街がミレノアルから疎まれ捨て置かれる運命にあると知ったのはその時が初めてです。私はそのことをある方から教えて頂きました。そしてそれ以降、私達はミレノアルとデルフィラを相手に戦う決意を固めたのです…」

 オルデナの顔は厳しいものだったが憎しみはなかった。彼女は夫を殺された仇を討とうとしているのではなく、ただ世の不条理に怒りを感じただけなのだ。だからこそ冷静にチェリクスの守りを強固にすることだけに意識を向けられた。

「……ある人から教えてもらったって…、他にも私達に協力してくれそうな人がいるの?」

 ファランはオルデナの話にここにはいない他の人物の存在を察知して恐る恐る尋ねる。彼女の口調からオルデナ以上の身分の人物であることは想像できた。だがそんな人物には全く心当たりがない。マリウスの死後、皆殺されてしまったからだ。

「そうですわね…、あなた様にはお話ししておかねばなりません。まして、マリウス様に育てられた人物が現れたのですからね」

「?」

 意味ありげにオルデナに見つめられたが、やはりわからない。そんな人物がいたならショノアが王都にいる間にも気が付いたはずだ。

「あの方は恐ろしく慎重ですわ…。我が子を奪われた怒りがあの方をすっかり変えてしまいましたの。ですが私はそのおかげで…今日までチェリクスを守り抜くことができました」

 いくらガレス人からの協力を得られていたとしても、こんなガレスとの国境近くでミレノアルからも孤立した状態で街を維持できるものではない。彼女は密かに他の多くの街と同盟も結んでいるが、それもその人物がオルデナの支援をしていると知られているからこそ順調に進んだのだと言う。

「あの方は我々にとっては最後の砦…、その名は滅多なことでは口にしないとお誓いください」

「う、うん…」

 オルデナに迫られたファランはぎこちなく頷いた。その名を聞くということは、実質オルデナと共に今の王政に対して反旗を翻すことを受け入れるということだ。話を聞く限りオルデナと共に立ち上がることに異論はない。だが突然結論を迫られることになり、ファランは戸惑っているようだった。

「大丈夫だ。教えてくれ」

 ファランの手を握りショノアが代わりに答えれば、彼女の手も握り返してくる。気丈なことばかり口にしていても、ファランの本心は不安でいっぱいなのに違いない。支えてくれるゲラントも失い、絶望的な未来に立ち向かおうとしているのだ。無理もない。

 オルデナは再度確認するようにファランの顔を見つめると、意を決して口を開いた。

「我々の支援者は…マリウス様のお父君、メイベル様です」

「マリウスの…⁈」

 ショノアがその名を耳にしたのは初めてのことだった。15年前に彼をミレノアルに連れ帰ったマリウスはずっと直属部隊の人間達と共に行動し、親兄弟の存在など忘れたかのような状態だったからだ。しかし本来彼の父親はマリウスよりも王位継承権が上位となる人物だ。そんな彼が積極的に動いていれば、マリウスはまた違った運命を辿っていたかもしれない。

「…あなたにしてみれば今更…と思うかもしれませんわね? ですがあの方も当時はマリウス様に協力を拒まれていたそうです。ご家族を…巻き込みたくなかったのでしょう…」

「……」

“俺の家族にお前を託せていたらな…”

 脳裏を過ぎるかつてのマリウスの言葉。彼に家族がいたと知ったのもあの時が初めてだった。見ず知らずのマリウスの家族は彼と疎遠なのだろうか。それはもしかしたらガレス人である自分が原因かもしれない。きっと家族はショノアを側に置くことを反対しているのだろう。だから彼は家族に近付くことができず、助けも求められないのだ。そう考えたショノアはマリウスの死後、たった1人で生き抜いてきた。

「マリウス様は自分が王族やブラドに命を狙われていることを知っていました。それでもかつてのセレン様のように跳ね退ける力は自分にはない…。だからこそ直属部隊以外に協力者を増やしてはならないと、次々に周りとの関わりを絶っていったのだそうです」

「っ……」

 ショノアは初めて聞くマリウスの覚悟にやり切れない思いを抱えていた。彼の死後、直属部隊の壊滅まで世間の目は冷たいものだった。誰もが家族や知り合いに見捨てられ、孤立した状態で殺されていった。彼はそう信じてずっと怒りを感じていたのだ。だが事実はそうではなかった。

 マリウスは犠牲を最小限に抑え、次の反乱の種を残そうとしたのだろう。それはいつかセレンが帰還することを信じていたからだろうか。それともただ大切な存在を巻き込みたくなかっただけなのか。しかし結果的に彼の行動は今こうして実を結んだ。

「マリウスの遺志を継ぎ、セレンの尊厳を守る戦い…だね…。良いわ、やる気になってきた」

 ファランはそう言うと不敵に笑った。その顔には強い怒りと熱意が込められている。

 彼女はずっと心の何処かで不安を抱えていた。ファランは王族であり、マリウスを死に追いやったユーラッドの娘だ。彼女自身に直接デルフィラやブラドに対する恨みはなく優遇されてきた側であり、むしろ恨みや憎しみを向けられる方の人間だと思っていた。そんな彼女が強い恨みや憎しみを抱いて戦おうとしている人間達をまとめ上げることなどできるのか。いや、まとめ上げる資格があるのかと、ずっと悩んでいたのだ。

 だが今の彼女はメイベルのかつての悔しさに触れ、心から同意し同じ悔しさを心に抱いた。本当に自らの意思でブラドやデルフィラを倒し、偽のセレンやエリアナに立ち向かう覚悟が固まったのだと力強く宣言する。

「スィベルは良いの? もうここに同席してる時点で逃げられなくなるけど?」

 思えばショノアの提案に渋るような素振りを見せていたスィベルだ。幼いルシェリのこともまだ解決したとは言い難い。しかしファランの確認に彼もニヤリと笑った。

「あなたをオルデナ様に最初に推挙したのは私ですよ? ずっと以前から私は自分で飛び込んでいるんです。情報屋の腕の見せ所ですよ」

「うん。ありがとう…、頼りにしてる」

 ファランが笑いかければスィベルも照れ臭そうに頭を掻いた。

「ゲラントの動向もこれから探ります。少なくともショノアの言い分も聞かずに殺そうとするような、そんな人間にあの男が黙って従うとは思えません。必ずあなたの元に戻ってくるはずです」

 その言葉を聞いた途端、ファランの目が潤んだ。

「……スィベル…!」

 彼女は期待と不安でいっぱいの顔でスィベルを見つめた。やはりずっと彼のことは気になっていたのだろう。この先ゲラントがセレンに従うならばファランと敵対することになる可能性は高かった。ただでさえ実父を告発する覚悟を決めていた彼女だ。父のように慕っていたゲラントとまで戦うことになるとしたら、それは最早悲劇だろう。

「大丈夫だ。あいつは決して盲目的な人間じゃない…。俺も保証する」

 ゲラントがその気であればショノアを追ってきたはずだ。2人の今後の行き先がチェリクスであることなど彼ならすぐに気が付く。だがモンドレルを出て以降、ゲラントがショノアを追いかけてくる様子は一度たりとも感じていない。ネメアにかなりの広範囲を探らせたが、それでも見かけなかったのだ。

 泳がせられている可能性も無くはない。だが少なくとも監視の目はなくチェリクスにショノア達は無事に入った。それはやはり彼らに向けて何の対策も取られていないという証拠ではないだろうか。だとしたらゲラントが裏で動いてくれているに違いない。

 ファランはショノアとスィベルの言葉に何度も頷き、また泣き出してしまった。

 この場にいる誰よりも若い彼女が背負う重圧は大きい。頼れる仲間は増えたが、ゲラントは失ってしまった。ショノアではまだその穴を埋めるほどの力はないのだ。

「…もう…! 私最近泣いてばっかり…!」

 それだけ彼女もつらい心境を抱え、常に追い詰められているのだろう。気にすることはないと言って慰めても彼女は納得しなかった。オルデナが涙を拭くようにと上品な布を渡せば更に彼女は大泣きを始めてしまった。

 その姿を眺めながらショノアはいつも思うのだ。彼女の涙は見ていると安心できる。必死で頑張っているのだなと可愛らしく思えてしまうのだ。こんなことを思っては不謹慎だと頭ではわかっている。本人としては泣くほどにつらい心境であり、泣かないに越したことはないだろう。だがそれならその涙を止めるのは常に自分でありたいと、そんな欲求がショノアの中に生まれていた。


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