正しい接客の悩み
話をまとめれば、カクテルに必要な材料と技術を、配る準備が整えられつつある、ということ。
カクテルの作成技能を突き詰めればキリがないのは、俺自身が痛感していること。
そういう意味では、俺が教えた騎士見習い達はまだまだ未熟に過ぎる。
しかし、カクテルの普及はそれとはまた少し、別の話だ。
バーテンダーなんて居なくても、それこそ質の悪い密造酒しかなくても、広まって行くのがカクテルだ。
極論を言えば、バーテンダーがこの世界に存在しなくても、酒を何かと混ぜ合わせるという意味で、カクテルはいずれ自然発生していたのだろう。
だからこその懸念もある。俺というよりスイの目的のためには、カクテルは是非『ポーション』として注目されて欲しい。
割り材となる炭酸飲料は既に世に出初めている。それを、今現在この世界にある『酒』と組み合わせようと考える人間が居ても、少しも不思議ではない。
だからこそ、計画としては悠長にしていられないところもある。
早く出しすぎても、炭酸飲料とセットで売りに出すには弱くなる。しかし遅過ぎると、今度は炭酸飲料が一人で歩き過ぎる。
そのためにも、ポーションの面で協力してもらっている『アウランティアカ』には、より頑張ってもらう必要があった。
という情報を、俺は立った今二人に共有しているところだった。
「こんな感じが現状だな」
俺がそれを話しているのは、俺がこの世界に来て初めてとった弟子二人。
銀髪の美少年フィルと、銀髪の美少女サリー。二人とも本名はもう少し長いのだが、この店ではこれで通っている。
二人は、今回のカクテル普及計画については、あまり関わっていない。とはいえ、俺がそちらの用件で抜けるときに、店を任せる方で協力してもらっている。
だが、関わっていなくても、気にはなるらしい。という訳で、俺は合間の時間を見ては二人に現状の説明なんかも交えて話していた。
「なるほどね。どうりで最近、オーナーが微妙な顔をしていることが多いのね」
「まぁ、スイは特にギヌラとは関わりたくないだろうしな」
サリーはスイの心情を察するように、苦笑いを浮かべていた。
先の会議のときにも見え隠れしていたが、スイとギヌラの仲は別に改善していない。ギヌラがどう思っているかまでは知らないが、スイは相変わらず目の敵にしている。
しかし、たちの悪いことにギヌラの仕事ぶりはイマイチ文句を付け辛いものなのだ。こうなると、スイも悶々としたものを抱えてしまう。
「ヒトとしては嫌いだけど、能力的に頼らざるを得ないなんて、考えうる限り最悪の気分になるわね」
続けてのサリーの言葉には、俺もなんとも答えがたい。ここで、俺自身はそこまでギヌラを嫌っていないと発言するのも、なんだ。
そう思っていると、そっとギヌラのフォローに回るようにフィルが言う。
「そこは成果を見て、ヒトとしての評価を見直す方が健全じゃないかな」
「そんなの無理よ。私がスイだったら、どれだけお金を積まれたって、陰湿な嫌がらせストーカーだった男は好きにならないもの」
「言い方が……」
サリーのギヌラ評はあんまりだが、きっとスイから見た姿と大差はないのだろう。
ギヌラの評価についてもまた、俺からはなんとも言い難いので、代わりに話を打ち切ることにした。
「とにかくだ。順調ってことだけど、二人の仕事は変わらない。ただ、俺が店に出られないことも多くなるかもしれない、ってのは覚えておいてくれ」
補足のように付け足すと、フィルとサリーは二人揃って、神妙な顔をした。
「どうした?」
「どうした、と言いましても」
俺の尋ねに、少し言いよどむフィル。それでも何も言わずに待っていると、言葉が続いた。
「その、例えば、また一ヶ月僕達だけで、とかになると、その売り上げとか」
一瞬なんの話だか分からなかったが、少し考えたら合点がいった。
それは彼ら二人を弟子にとって、程なくの時期の話。俺がとある研修に行っていた時期、俺の不在でこの店の売り上げがやや落ち込んだことがあった。
俺としてはむしろ想定より良く保ってくれていたと思ったものだが、フィルやサリーにとってはそうでもなかったらしい。
事実として多少売り上げは落ちていたし、俺がまた店を空けると言ったので、その当時のことを思い出したのだろう。
「まぁ、大丈夫だよ」
「何を根拠に」
俺がさっと口からそんな言葉を出せば、サリーの方が少し恨めしげに俺を睨んだ。
どうにも、軽い口調だったから適当を言っているとでも思ったのだろう。
でも、そんな彼女に俺はちょっとだけ意識して柔らかく笑った。
「だってもう二人で店を回せてるだろ」
最近はちょっとごたごたしていて、俺が店に顔を出せない日も多々ある。
それでもこの店には連日のように人が訪れ、オヤジさんやベルガモの作る料理を食べ、バーテンダーの作るカクテルを楽しんでいる。
少し寂しくもあるが、俺の存在はこの店で必須ではなくなっているということだ。
だというのに、フィルは尚も自信なさげな顔で言う。
「それは、総さんが居るって、僕達を含めてみんな分かってるから」
「分かってるから?」
「だから、その。何か、不満や不足があっても、我慢を……」
謙虚なのは美徳だが、行き過ぎると問題だ。その点、フィルは少し問題を抱えている。
とはいえ、この点に関してはサリーにしても同じ思いの様子。隣に居るのに、いつもの生意気な言葉が出てこない。
俺は、対応に迷った後に、ちょっとだけ怒ることにした。
「つまり二人は、俺が居なかったら手抜きの接客しかできないって?」
「そ、そんなことはないです!」
心外だと言わんばかりに激するフィル。俺はそんな彼の反応を好ましく思いつつ、表情だけは緩めない。
「じゃあ、どうして俺が居なかったら、不満だとか不足だとか、そんな話になる?」
「……それは」
「自分の接客に自信がない?」
「…………」
口をつぐむフィル。
隣のサリーに視線を向けると、彼女はムッとした表情で何かを言おうとする。だが、言葉がまとまらなかった様子で、唇を結んでしまった。
俺はここでようやく、ちょっとだけ表情を緩めて、小さくため息を吐いた。
「そんなの、俺だって一緒だよ」
「……え?」
「俺だって、毎日毎日、悩む。自分の接客に対して、これで良かったのかなってさ」
弱気、というよりは、軽く愚痴を言うトーンで俺は言った。
「総さんが?」
「ですの?」
意外そうに言葉を合わせた二人に、俺は苦笑いを向ける。
「ああ。だって俺は正解なんて知らないからな。その時その時、自分が正解だと思う接客を、精一杯やってるだけだ。後から、ああすれば良かったって後悔することはいくらでもある。あのカクテルの方が良かったって、頭を抱えることもある」
「信じられません」
「そう見えたんなら、俺はそれだけ真剣に『バーテンダー』をやってただけだ」
普段、俺は二人に向かってこんな話はしない。
弟子に向かって話すときはいつも、精一杯、自分が正しいと自信を持って色々なことを教えている。だけど、それが正しいなんて保証は誰もしてはくれない。
もともと俺は、接客が得意なわけじゃない。せいぜい、お客さんに少し喜んで貰える程度の話術と、ある程度のカクテル技術しか持っていない。
バーテンダー歴も大したことはない。何十年も修業を積んできた人にはとても及ばない。
それでも、この世界では一番のバーテンダーのつもりで、精一杯仕事をしてきた。
「俺がこの店を始めたとき、バーテンダー歴は今のお前らより短かったんだぞ?」
「……え?」
俺がこの世界に来た時、俺のバーテンダー歴はまだ二年も経っていない、ちょうど今のフィルやサリーより少し短いくらいだろうか。
その程度の経験で、カクテルの技術しかない俺が店長をやろうだなんて、今思うと、ずいぶんと思い切った行動をしたものだ。
きょとんとするフィルとサリーに、俺はニヤリを笑ってやる。
「俺が見る限り、お前等二人は俺なんかよりよっぽどバーテンダーに向いてる。だから、俺にできて、お前等にできないわけがない」
それから、二人の肩をバシンと叩いた。
そんなに強く叩いたつもりはないが、二人の身体がビクンとはねる。
彼らの返事を待たずに、俺は話の冒頭に戻る。
「だから、俺が居ないときは店を任す。むしろ、俺が居ない方が、売り上げが出るくらいに頑張ってくれ」
俺の叱咤とも挑発とも取れる発言に、先に反応したのはサリーだった。
「分かりましたわ。総さんに出来たことが、私にできない訳がありませんわね」
「その意気だ」
「というか、現時点でも男性方からの人気では、私の方が勝っている気がしますし」
サリーが小生意気に言ってのける。彼女は俺の言葉を挑発と受け取ったらしい。
だが、そんな彼女が図に乗らないように釘を刺すのも俺の役目だ。
「だけど、カクテルの注文を受けた回数はお前がダントツでビリだけどな」
「な、それは、その」
「せめて、お前のファンくらいからは、カクテルの注文を取れるようにな」
「ぐっ」
自覚があるぶん、サリーは何も言い返せずに怯んだ。
ついでに、ウチの店では特別に指名が入らない限りは、注文を受けた人間がカクテルを作る。忙しいときはその限りではないが、基本はそうだ。
それで、さっきの話は『特別に指名』の入った回数が、サリーは少ないということだ。
言うまでもないかもしれないが、その回数は俺が一番。そこそこの差でフィルが二番、サリーは……お前いつ指名されたっけ? ってレベル。
「ほらフィル。そこはお前が誇って良いところだぞ」
「え、あ、はい。その、ごめんサリー」
「謝られるのはなんかむかつくわ」
まだ少しだけ自信なさげにしていたフィルだが、話を振られればサリーを煽るくらいのことはする。そのあたりは双子故の遠慮のなさ故か。
サリーとフィルが、少しだけ言い合いをして元気を取り戻して行くのを、俺はちょっと離れた場所から眺め、そして時間を気にした。
開店時間は迫っている。このまま遊んでばかりもいられない。
「そろそろ、開店まで余裕がないから、雑談終わり。とにかく二人は今日もしっかり働くこと」
「はい」
「分かってますわよ」
俺が一声かければ、さっきまで子供みたいな言い合いをしていた二人が、すぐに表情を引き締めた。
そのバーテンダーらしいスイッチの入れ方に、俺は少し嬉しくなり、自分もまた開店の準備に戻るのだった。




