低価格帯ポーションの進捗
俺がこの世界に来た時にはまだ漠然としていた、カクテルを世界に広めるという話。
それが、実際に計画として動き、目に見える結果を残し始めている。
その歯車として、欠かせない一つを担うのが『ポーション』だ。
イージーズで出す分には、スイが魔石から必要な分を生成し、まかなうだけで良い。
だがもっと広い範囲でカクテルを広めようと思えば、個人が作れるポーションの量ではとても足りない。
当然スイ一人だけでまかないきれるわけがない。
カクテルを普及させるには、カクテルのベースとなる『ポーション』の安定した供給が必要不可欠なのだ。
この世界でカクテルを作るのに必要なのは、人と割り材とポーションの三つ。
人、という点を領主様の部下である若手騎士と、領主様の人脈に頼り。
割り材、という点をサフィーナ商会の大規模な資本に頼ったように。
ポーション、という点もまた、その道の専門家に頼らざる得ないのは分かっていたことだった。
カクテルの普及を、この街から始めるのだとしよう。
真っ先に候補に浮かぶのは、領主様と直接の繋がりがあるヘリコニア氏。彼がトップを務める『アウランティアカ』に協力を求めるのは当然の流れだった。
その『アウランティアカ』の中で、俺達が求める『低価格帯ポーション』の担当者となったのがギヌラであったのは、偶然かもしれないし、ヘリコニア氏の意図かもしれない。
この世界で初めてカクテルを否定し、そしてそれ故にカクテルに囚われた彼が、カクテルを否定しつつその普及に手を貸しているのだ。
「以上。我がアウランティアカの『低価格帯ポーション』に関する報告を終える」
資料を片手に、緊張する素振りも見せずにギヌラは報告を終えた。
彼らに今やってもらっていることは、カクテルのベース用のポーションの開発だ。
そんなもの、スイが作っている作り方で同じように作れば良い、と思うかもしれないが、それは違う。
個人の店で出す量であればそれでも良い。だが、俺達の計画にはどうしても、まとまった量が必要になる。
となれば、個人の手作業ではなく、もっと大人数で作業を分担するようなやり方が必要だ。
それでかつ『アウランティアカ』の名前に傷をつけぬよう、最低限保証せなばならない品質がある。守らなければならない利益がある。
大量生産可能な作り方で、カクテルのベースに使える程度に安く、なおかつ『アウランティアカ』の名前をかけた品質を保つ。
言葉では簡単に思えるが、ギヌラの出してきた資料を見ると、それが思っていたよりも難しいことは伝わった。
もっとも、そういった事情を抜きで考えれば、スイが作るものに比べ、幾分か割高感はあるのだが。
「もう少し安く出来ないのか、とでも思っていそうな顔だな」
「……いや」
目敏く俺の表情を読み取ったギヌラに、俺は曖昧な言葉を返した。
少しは思ったが、仕方ないと納得もできる範囲だったから、口にはしなかったのに。
ベースとなるポーションの値段に関しては、イージーズはかなり安い。
スイの話によれば、原料となる魔石、銅貨一枚分で、ポーションのボトルが一本作れるらしい。
日本風に言えば、五百円でボトル一本と言えばその値段の安さは分かるだろうか。
これに関しては、スイが行っている作業が大掛かりな儀式を必要としないものであることが大きい。
通常のポーション屋が作る、万人に受ける為のポーションと比べて、必要な素材や工程が少ないのだ。
そしてそちらの方が、カクテルの材料にする分には合っている。
今回ギヌラが先導して行っている新規開発──流通用の安価なポーションは、計画段階で、ボトルの値段は一本銅貨六枚ほどの想定。俺換算だと三千円ほど。
劇的に高いわけではないが、カクテルのベースとして普段使いするには、少し重い。
可能であれば、もう少しコストダウンして欲しいというのは本音ではあった。
しかし、ウチの店で出しているのが安いのは、それが原価だからであって、仮にこれが売りに出されたものならば、こんなに安く仕入れることはできない。
原価だけでなく、人件費や輸送費なども当然値段に乗っかってくる。
そういう点で考えれば、アウランティアカの企業努力は凄まじいものがある。
カクテルだけでなくポーション単品での使用も考えた上で、本来なら万単位の値段であるはずのポーションを、ここまで安くしているのである。
効果としてはやはり大したことはないだろうが、だからこそ、ポーション以外の使い道が生まれる可能性もある。嗜好品としての商品価値が生まれるかもしれない。
「カクテルだけを見たら、確かに値段の面で思うことはある」
「……ふん」
「だけど、カクテルに留まらず、ポーションという単位で見るんだろう? それなら、俺としては絶対に妥協してほしくない」
カクテルの素材として、ただそれだけの存在として見るなら余計な要素は多い。
だが、安ければ不味くても良いというのは違う。
健全な商品として、ポーションの嗜好品としての価値を売り出せなければ、カクテルもそこに引きずられる可能性がある。
ポーションを飲む、という現時点ではマイナーな趣味を確固たるものとするためには、ポーションそれ自体の魅力が必要不可欠だ。
俺の言葉は意外だったのか、それとも想定内だったのか。
どちらにせよ、ギヌラは俺から視線を逸らして、領主様に向かって言った。
「いずれにせよ、現状では要求に応えるだけのものは出来ておりません。ただし、研究は順調に進んでおり、近々成果を上げられると考えております」
「承知しました」
ギヌラの態度は、彼の過去を知る俺からすれば、やたらと偉そうにも聞こえる。
だけど、そうではないのだ。彼はここに『アウランティアカ』の名前を背負ってきている。どちらが上とか下とかのない場なのだ。
その堂々とした態度がこの場でもっとも相応しいと、彼は思い、そうしている。
もちろん、そんなギヌラの態度に領主様は気を悪くするわけもない。上がってきた状況を把握し、自分や、サフィーナ商会、アウランティアカの進捗を呑み込む。
それを自分の中で消化するように二度ほど頷き、笑みを浮かべる。
「まずは上々、といった所ですね。今後も、サフィーナ商会、そしてアウランティアカには継続してお願いしたい」
「分かりましたわ」
「承知している」
領主様の言葉に、クレーベル、ギヌラの両名は了解の意を返した。
それから領主様は俺とスイにも顔を向けた。
「お二人にも、いざという時に助力を乞うかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
「はい」
「もちろんです」
領主様の言葉に、俺とスイもまた了承。とはいえ、俺達に今何か仕事があるわけでもない。それくらい、状況は既に俺の手を離れてしまっている。
俺にできることと言えば、今まで通りに、カクテルを作ることだけだ。そしてそれが、直接よその街での炭酸飲料の売り上げに繋がるわけではないと分かっている。
順調に滑り出している『カクテル普及計画』についてを聞き、そして実際にバーテンダーとしての意見を出しはした。しかし、同時に思うところもある。
今の俺にも、何かできることはないのかという焦燥感。
そして、このまま何事もなく終わるだろうかという緊張感。
計画が順調であるにも関わらず、安堵より先にそっちが浮かぶ。
以前トライスに言われた『災厄』という言葉がずっと頭に残っている。
「どうかしましたか?」
「いえ。なんでもありません。大丈夫です」
俺の表情の変化を察したらしい領主様が、何か懸念があるのかと尋ねてくる。
俺はそれに小さく首を振りながら、自然な営業スマイルを返した。
トライスが何を言ったとしても、今はこうして順調なのだ。気にしすぎることでもない。
それから暫く、書類に目を通したり、直接質問をぶつけたりといった時間が過ぎ、意見も出尽くしたかというところで、領主様は言った。
「では、今日の進捗報告についてはこの辺りでお開きにしましょう」
領主様の言葉で、現状の確認を行うこの会は、本日のところはお開きとなった。
時間はまだ昼過ぎなので、他にも仕事があるとギヌラ、クレーベルは静かに部屋を後にしようとする。
ギヌラは去り際に、俺をチラリと見た。今に見ていろ、という挑発感漂う表情だ。
それは以前、二人で話をしたときに見せた顔でもあった。
彼は彼なりのやり方でカクテルに触れている。恐らく今後、俺と意見の衝突を何度も起こす腹づもりで、それでもカクテルに協力している。
何も言われていないので、返事は言葉ではなく頷きで。
ギヌラは鼻で笑い、余裕のある皮肉な笑みを返して部屋を出て行った。




