今夜の来訪者
「そういえば、アルバオがこっちに来るって話はどうなってる?」
俺の問いかけは、接客中の発言としてはいささか問題のある軽さだ。
だが、今はたまたまカウンターにお客さんがいないタイミングで、目の前に居るのが店のオーナーであれば、ある程度は許されよう。
カウンターに座ってカクテルを楽しんでいたスイに、俺は冒頭の質問をしていた。
「どうって?」
「いや、そろそろこっちに来るって話だっただろ。あれから何か連絡はあったかなと」
俺が重ねて尋ねるも、スイは表情乏しく僅かに首を傾げたのみだった。
アルバオとは、俺がこの世界に来てから関わりの深いポーション屋の一つである『ホワイトオーク』に務める友人だ。『ホワイトオーク』は俺がポーションの研修に向かった由緒あるポーション屋でもある。
というわけで、俺が研修に出ていた時に、友人として仲良くしてもらった間柄である。
アルバオと俺と、機人のイベリス、それとついでにギヌラの四人で、とある苦難を乗り越えたことは、俺の記憶に鮮明に残っている。
そんなアルバオは、別れる時にいつか俺の店に遊びに来ると言った。
彼の予定が空かずに伸び伸びになってしまっていたが、近々、ついにこの街に遊びに来るという話になっていた。
「これといって、特別なことはない、と思う」
「そうなのか?」
「うん。私にも一応声をかけておいた、って感じだったから」
スイはアルバオとの会話を思い出すようにして、それから緩慢に首を振った。
アルバオが訪れる期日については、俺と彼で大筋を決めていた。だが、そんなアルバオが、一応スイにも連絡をしたいと言っていたのだ。
アルバオとスイは同じ魔道院の出身ということもあり、知らない仲ではない。だから、何かそういった関連で話をしたいのかと思ったが、特に言うことはなかったようだ。
「同行者が居る、みたいな話はしてた気がするけど」
「同行者?」
「そう。だから、できたらその人の分も部屋を貸してほしい、みたいな」
「ああ、なるほど」
アルバオがこの街に来ることになった際に、宿泊施設としてこの店『イージーズ』の寮の一室を貸し出す約束になっていた。
だが、同行者が増えたために、俺よりも上の立場であるスイに話を通しておきたいと思ったのだろう。
「じゃあ、その話がしたかったんじゃないか。なんで特別な話はないって?」
「ん? 確かに。言われてみるとそうだよね。でもなんか、私としてはどうでも良いかなと、思ったみたいな?」
俺に指摘されて、スイは自分でも、何か変なことを口走っていると気づいた様子。
だが、なぜそんな変なことを口走ったのかが分からない、とでも言いたげに、きょとんとしている。
「……酔ってるのか?」
「まだ酔ってない」
俺が思わず尋ねるが、スイの返事ははっきりとしていた。
基本的にスイはポーション酔いには強い。今日は嗜む程度に収めているため、彼女が酔っているとは確かに考え辛かった。
「同行者の名前とかは?」
「私をビックリさせたいから内緒だって」
「……ますます、何もなくないじゃないか」
俺は半ば呆れていたのだが、当のスイ本人はさして気にした様子はなかった。
例えば魔法が関わった話をしているときは、俺はスイの言っている事や行動の意味がまるで分からなくなることも多々ある。
だが、日常生活でこうも感覚がずれるのは珍しい。これも、魔道院時代の知り合いであるアルバオと話したが故なのだろうか。
俺は未だに腑に落ちないでいたが、スイはもう話は終わったと言わんばかりに、俺へと注文を投げた。
「総。甘めの弱めで、オススメで何か作って」
「炭酸は?」
「どっちでも良い」
「かしこまりました」
勝手知ったる注文の仕方だ。
例えば初対面の相手であれば、俺はもう少し詳しく好みを尋ねるだろう。だが、スイが相手ではそこまで肩肘を張ることもない。
彼女が、基本的にどんなカクテルでも好きだということを知っているからだ。
俺の知る限り、スイが特定のカクテルを苦手だと言ったのは見た事がない。嫌いな食べ物についてなら聞いたこともあるが、味が嫌いという訳ではないらしかった。
だから、スイの注文であれば、変に気負わない。彼女の気分を見て、注文を大雑把に理解した上で、最近彼女が飲んでいないカクテルや、少し試して欲しいカクテル、ぴったりだと思うカクテルを選ぶだけ。
とはいえ、待たせるわけにもいかない。味には文句は言わないが、待たせることには多少の文句が出る。
俺が頭の中で【スロージン・フィズ】や【チャイナ・ブルー】なんかを候補に挙げ始めたところだった。
カランと、来客を告げる鐘の音が店内に響く。
身内への接客だからと、やや欠けていた緊張感を身につけ直す。
果たして、鐘の音と共に現れたのは、背筋の伸びたとんでもない美男子であった。服装は少し薄汚れた旅装に見えるが、それを補って余りあるほど目鼻立ちが整っている。
薄く緑の混じったような金髪も、見事に美青年の容姿に映えている。
「こちら『イージーズ』で合っているかな?」
来客した美男子は、これまた顔に似合う透き通った声で、サリーに尋ねた。
テーブル席で料理を楽しんでいた客を含めて、店の雰囲気が美男子に飲まれかけていた。
だが、尋ねられたサリーは美男子の美貌に一切反応することなく、いつも通りの営業スマイルで答えた。
「はい。イージーズへようこそ。お食事でしたらテーブル席にもご案内できますが」
チラリと、テーブル席の空き状況を確認するサリー。
お客さんが一人の時は、食事の場合でもカウンターに案内することが多い。
だが、カウンターでの食事に慣れない方もいるので、混雑していないならばテーブル席に案内することも可能。そして今は丁度、そんなときだ。
だが、初めて店に訪れた美男子は、そんなサリーの言葉に綺麗な所作で返す。
「いや、食事は構わないよ美しいお嬢さん。君のような美女を一目見ただけで私の胸はいっぱいだ。どうかこの胸の火照りを冷ます為に、冷たい飲み物をいただきたい」
この時点で、おっ? と思ったのは俺だけではあるまい。
サリーに対してさりげないアプローチをしかけてくる男性客は、それなりにいる。
だが、こうまでストレートに口説いてくる客はそういない。
期せずして、俺やスイ、テーブル席に座っている常連までもサリーの反応を窺った。
いつもはスルリと口説き文句を躱すサリーが、この美男子に対してどう答えるのか。
「あら大変ですわね。ウチはポーション屋ですからお薬は出せますが、あなたの頭に効くかしら」
「……ははは。いいや、お嬢さん。薬など貰わずとも、君から冷たい一杯が頂ければね」
「これでも冷たい言葉を一杯差し上げたつもりですけれど、足りませんでした?」
そう言葉を放つサリーは、いつにも増してにこやかであった。
聞いている側からするとヒヤヒヤものだが、サリーはこういうところで、外さない。
新たに当店に訪れた美男子は、まったくなびく様子のないサリーに少し目を丸くし、降参とでも言うように苦笑いをした。
「はは参ったな。どうやら美しい人の心を動かすには、十の言葉より、一杯の注文らしい」
「正確には、注文の分の代金ですわね。こちらの席へどうぞ」
サリーはそこでようやく、ほんのりと微笑を浮かべて彼をカウンターへ誘う。
困った顔であっても、柔らかく魅力的な物腰の美男子である。テーブル席に座っている食事中の中年女性が、ほうっとため息を吐いたのが見えた。
そのまま彼はサリーの案内に従って、カウンターに着く。俺とスイが居たカウンター端から二席分ほど離れた場所だ。
「こちらをどうぞ」
「ありがとう。麗しい少年」
席に着いたと同時にすかさずおしぼりを差し出したフィルに向かっても、美男子は流れるように言っていた。
まるで、息をするように人を褒めるというか、口説く人だ。あそこまで自然に人を口説ける人間を俺は見た事がない。
きっと出会った女性の全てを口説いても、彼の言葉が枯れることはあるまい。湯水の様に口説き文句が湧いてくることだろう。
「…………」
と美男子を見ながら思っていると、視線を感じた。
「……どうしたスイ。何か言いたい事がありそうな目をして」
「……別に」
明らかに俺に対して何か言いたげにも関わらず、スイは何も言わずに俺から美男子に顔を向ける。
すると、美男子もまたこちらの様子を窺っていたようで、スイと目が合うとにこりと微笑んだ。
「こんばんは美しい青毛の女神様。あなたのような方と相席できて、私は今夜、世界で一番の幸せ者に違いありません」
よくもまあ、そんな歯の浮くような褒め言葉がスラスラ出ると感心していると、スイもまたサリーのような微妙な表情で礼を言っていた。
「はぁ。ありがとうございます。でも私、そういう何も考えないで出てきたような褒め言葉、慣れてますので」
「なんと、さすがは美しい方。数多の男性から、同じような言葉を投げかけられているとは。私もまだまだですかね」
「数多の男性というか、何も考えて無い『男』に言われているというか、言っているのを見ているというか」
スイは言って、もう一度俺を睨んだ。
……もしかして、バーテンダーとしての営業トークのことを言っているのだろうか。
それを尋ねてみても良かったのだが、尋ねるとどうにも上手くない気がして、俺は気づかないフリをしてやり過ごすことにした。
横目では、サリーがメニューを手に、相変わらずキザな台詞を吐く美男子の接客を始めていた。
ひとまず、サリーに任せても良いかと、目の前のスイのご機嫌取りを考えた瞬間。
チクリと、刺すような鋭い視線を感じた気がした。
「?」
だが、周りを見渡しても、俺をそんなに強く睨んでいるような者はどこにもいない。
何かの気のせいだったと思い、俺はひとまず忘れて接客に戻ることにした。




