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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第六章

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動き始めた計画

大変長らくお待たせしました。

最初から少し長めですが、お付き合いいただけると幸いです。

 とある街の大きな看板には、こんな文字が踊っていた。


『あなたはまだ《刺激》を知らない』


 文字の下ではどうだろう。映画の広告のようなタッチで描かれた見目麗しい男女が、中身だけ違う揃いの瓶を手に、笑い合っている。

 片方が持っているのは『サフィーナ・コーラ』もう片方は『サフィーナ・ジンジャーエール』という炭酸飲料だ。

 その看板の更に下には、男女が持っているものと揃いの瓶が、これでもかと並んでいた。


 看板の真下は、飲料の販売を行っている店。笑顔を浮かべた店主の男性が、その笑顔に違わぬ売り上げを出す瓶を捌く。

 売り上げのロイヤリティの話に、最初は渋い顔をしたものだが、契約の折に導入した『冷蔵庫』と、まるで無限に金と交換できるような瓶は、そんな気持ちを吹き飛ばした。

 フランチャイズ契約、というのは地球の言葉であるが、サフィーナ商会との契約で炭酸飲料の販売店となっている店のオーナーは、どこもそんな顔を浮かべていることだろう。

 この国で三番目の大きさを持ち、特に嗜好品に強い商会であったサフィーナ商会。彼らが売り出した渾身の炭酸飲料は、この国『エルブ・アブサント』で結果を出し始めていた。

 今はまだ地方の都市を中心に展開されている炭酸飲料だが、その売り上げは、確かなきざしを見せているのだった。




 そのデータが、実際の数字として出ていることを、炭酸飲料の開発者という事になっている俺は書類で確認した。

 開発者としての夕霧総に入ってくるお金は、俺が結んだ契約の上では大した比率ではない。であるにも関わらず、バーで一月働く以上のお金が当たり前みたいに入ってくるのが現状だ。

 俺の目に見えている以上の金額が、動き始めているということなのだろう。

 俺はその書類を持ってきた少女、クレーベル・サフィーナの方へと顔を向けた。クレーベルは俺の視線を受け、淡々と述べる。


「率直に言えば、予想よりはやや良い、くらいの売り上げですね」

「というと?」

「現状では、炭酸飲料を止めるものは誰も居ない、といったところです」


 年齢はまだ二十にも満たないというのに、ひどく落ち着いた声で少女が言った。

 その声を聞いているのは、俺の他にもう二人。名目では『カクテル』の開発者ということになっている青髪の少女、スイ・ヴェルムット。

 そして、俺達が住む街の領主であるセージ・エゾエンシス氏である。


 現在地は領主様の屋敷にある応接間の一つ。華やかな作りの部屋ではなく、やや落ち着いた部屋。

 貴賓を招くための部屋ではなく、ちょっとした秘密話をするための部屋である。

 俺達四人は、その応接間の広めのテーブルの上に、幾つもの書類と資料を広げながら、こうして会話していた。

 今回の大きな議題は二つ。その一つである『炭酸飲料』の普及具合の話を、今クレーベルが行っているというわけだ。


「売り始めた当初こそは、予定より伸び悩みましたが、口コミが大きく影響しました。もともと『炭酸』に興味のあった層が積極的に広めてくれたのでしょう。こちらの思惑以上の宣伝効果が生まれたといったところですね」

「割合としては?」

「売り上げは、コーラが四割、ジンジャーが三割、残りの三割をトニックとソーダが分け合っているというところです」


 俺達と取引を行ったサフィーナ商会が、この街に工場を作り、大々的に炭酸飲料を売り出して三ヶ月。

 彼らが特に広告に力を入れたのは『サフィーナ・コーラ』と『サフィーナ・ジンジャー』だった。

 分りやすく甘くて独特の風味があるコーラと、甘辛くてこの地方に馴染みのある味わいのジンジャーエールの二つを、彼女はメインとして売り出すと決めていた。

 それに付随して甘苦い風味のトニックと、基本的には味のない炭酸水であるソーダも同時に売り出している。前の二つほどではないが、そちらも思ったよりは売れている、といったところらしい。


「現在は、出せば売れる、という状態ですね。需要に対して生産が追いついていない状況です」

「……すごいな」

「もともと、この街であなたがたがほそぼそと売っていたときから、これくらいの結果は見えていましたわ」


 クレーベルは少し得意気な顔で、自分の慧眼を自慢するようにしていた。

 そもそも、彼女がこの街に来たのは、炭酸飲料のためだった。俺達が知り合いの店に卸してボトル販売していたのを、どこかから手に入れ、その正体を探りに来たのだ。

 つまり彼女は『カクテル』を知る前に『炭酸飲料』に興味を持ち、それ単体でも売れると思っていたわけだ。

 少し複雑ではあるが、彼女の目論み通りに、炭酸飲料はこうして売れ始めている。

 書類に並んだ数字が、慣れ親しんだ銀貨銅貨表記ではなく、大規模な取引に使われる金貨表記である時点で、それが分かる。


 と、ここまではこの国で『炭酸飲料』が爆発的なヒット商品になりつつあるという話。

 しかし、俺とスイの大きな目的である『カクテル』はどうなのか。

 もちろん、何もしていない、というわけではない。


「私の方でも、知り合いの所で少しずつ、カクテルの普及を始めたところだよ」


『炭酸飲料』についての報告はひとまず終わったとして、次に話を始めたのは領主様である。彼は、手元の資料、というよりは報告書に軽く手を伸ばす。


「既に承知のことと思うが、もう一度説明しようか」

「はい」


 計画の段階で聞いていたことだが、俺はいま一度姿勢を正して彼の言葉を待った。


「私と特に親しい有力者達に、我が街の新しい名産としてカクテルを勧める作業は順調だ。君が教育した若手騎士達は、即席のバーテンダーとして派遣した各街でカクテルの普及に尽力してくれている」


 領主様が手を伸ばしていた報告書には、俺が教育していた若手騎士達の、カクテル奮闘記が綴られている。

 表向きの理由としてこの街を離れて騎士研修に向かう、という名目でカクテルの布教を行っているのだ。


 領主様が、俺に騎士達への教育を依頼していた真の目的はこれだった。カクテルの良い所は、特別な才能──例えば魔法とか──が無くても、技術があれば作れるところ。

 そして覚えた技術は、誰であろうと教えることができるというところ。

 流石に一年と教育していない若手達では、俺や双子には遠く及ばない。それでも何も知らない人達に【スクリュードライバー】を教えられるくらいには仕込んだ。


 カクテルの良い所は、正しい手順さえ踏めば誰でもそれなりに完成するところだ。実際にカクテルをポーションとして用いるのであれば、俺のように百点を目指す必要はない。

 六十点が取れれば、十分にカクテルは有用なものとなる。

 それは、この街で『魔力欠乏症』の患者が、俺の知らないところで減っていることからも分かることだ。


 報告書のうち一枚を手に取り、目を通してみる。

 研修のために派遣された先で、それはもう楽しくやっている若手騎士の姿が目に浮かぶようだ。誰々に乞われてカクテルを振る舞っただとか、派遣された街でカクテルが誰かを救ったとか。

 その過程で、明らかにナンパ目的でカクテルを使用している箇所があるように見えるのは、まぁ、見なかったことにして。

 俺からカクテルを教わった騎士達は、各々がそれを自分の役割だと理解し、積極的に活動を行っているらしい。


 ふと顔を上げると、領主様も苦笑いを浮かべていた。彼もまた、私的な理由でカクテルを使った報告書を目にしたのかもしれない。

 だが、そこからすぐに表情を引き締め、語る。


「今はまだ、持ち込んだ材料や、すぐに手に入るジュース類を主に使っているようだが」

「『炭酸飲料』がもっと普及すれば、どこでも割り材が手に入るようになります」

「そうだね。そうなると、カクテルを普及するための下地が整うわけだ」


 そう。この話──カクテルの普及作戦は、二つの方面からの同時作戦だ。

 クレーベルは『炭酸飲料』の販売。

 領主様は『カクテル』の技術の頒布。

 クレーベルと領主様、それぞれに思惑はあるだろうが、二人とも利害は一致している。


『炭酸飲料』が広まれば『カクテル』のための材料が手に入りやすくなる。

『カクテル』が広まれば『炭酸飲料』の需要が伸びて、より利益が増える。


 二つの話が上手く進むことは、カクテルをこの国に普及させるには欠かせない。

 俺一人で、独力でカクテルを国に広めることはできない。人脈と財力の二つは、どうしても必要だ。

 その二つをどうにかしても、怪しい異世界の人間が作ったポーション飲料、というのでは外聞が悪い。

 そこで『カクテル』に必要な箔を、『スイ・ヴェルムット』という名前が受け持つ。

 つまり、ここに至って、俺にできることはもうほとんど残っていない。


 俺の役目はせいぜい必要な場面で、美味しいカクテルを作ること。教育をしっかりと行うこと。

 俺の描いた『カクテルの普及』という目標は、既に俺の手を離れて、一人で歩き出す段階にまで来ているということだった。


 しかし、カクテルの普及にはもう一つ欠かせないものがある。

 その話をする人間は、実はまだこの場に到着してはいなかった。


「しかし、遅いですわね」

「遅れるという連絡は貰っているからね、もう来るはずだよ」


 こう見えて、フィルが絡まないときは時間に厳しいクレーベルがぼやく。

 それを嗜めるように領主様が声をかけ、ちらりと部屋の壁にかかっている時計を見た。


 この会議が始まってから、三十分ほどが経過していた。


 そうなのだ。今まで二方面だなんだと言っておいてなんだが、この場にはもう一人が足りない。

 バーテンダーの話を領主様がして、割り材の話をクレーベルがした。

 しかし『カクテル』の構成要素として、これでは重要な一つが抜けているのは、分かるだろう。


 それを担う人物は、応接間へと少し遅れてノックをした。


「遅れて申し訳ない。僕だ」

「入りたまえ」


 領主様の声を受けて、その最後の一人はドアを開けて部屋へと入る。

 俺の隣に居たスイが露骨に顔をしかめたが、俺は見ないフリをした。


「資料をまとめるのに手間取って申し訳ない。まずは、こちらを確認してほしい」


 部屋に入ってきたその金髪の男は、手に持っていた資料をテーブルに並べつつ、ハキハキと言う。


「我が『アウランティアカ』が開発している『低価格帯ポーション』の試作と、市場調査についての資料になる」


 残った最後のピース──カクテルのベースになるポーションを担う男、それがこの遅れてきたギヌラ・サンシであった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。


改めて、大変お待たせしました。

本日から、第六章を始めたいと思います。

更新のペースについてですが、暫くは平日に毎日更新します。

書き溜めが尽きたあたりからペースが少し落ちるかもしれませんが、完結まで大きな間を空けないようにしたいと考えています。


また、ちらりと伝えていたと思いますが、六章はこれまでと更に毛色が異なります。

それでも、総や彼らの結末まで付き合って頂けると幸いです。

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