選択の自由(15)
「実を言うとね、僕は昔から優秀な人間だったんだ」
歩調を僅かに緩めて、ギヌラは言った。俺は彼の少し後ろを歩いているから、表情は見えない。ただしどこか、冗談を言うような口振りだと思った。
「それじゃまるで、今も優秀みたいに聞こえるな」
「当たり前だ。僕は今でも優秀だからね」
「根拠もなく言い切れるお前がすごいよ」
後半は結構本気の賛辞である。奥面も無く自分が優秀だと言い切れる人間は、こいつ以外、俺の知り合いには居ないと思う。
ギヌラはそこでふと足を止め、どこかもの悲しげな目で振り向いた。
「だけれど、僕は優秀ではあっても、特別ではなかった。それを思い知ったのは、ずっと子供の頃だったよ」
子供のころ、という単語で俺が思い出すのは、スイとヴィオラのことだ。
彼らは子供の頃からの知り合いだった。そして子供の頃から反りが合わなかった。
俺の想像では、ギヌラが昔からスイに惚れていて、それで余計なちょっかいを出していたのだと思っていた。だが、今のギヌラを見ると、少し違うのかもしれない。
「僕は昔から、中心に立つ人間だった。今思えば父の威光に違いないが、それでも僕は一目置かれる立場だった。そして僕自身も、その期待に応えていたさ」
ギヌラが人の中心になっている姿は、やっぱりあまり想像できない。だが、今のギヌラを見ていると、そういう過去もあったのではと思えなくもない。
「そしてその頃はまだ、自分が特別な人間だと信じていた。いや、ある時までは、確かに特別だったのかもしれない」
ある時、という言葉の説明に入る前に、ギヌラは試すように俺に尋ねる。
「ユウギリ。この世界に魔法を使える人間がどれくらい居ると思う?」
「……一割くらい、か?」
「ふん。まぁ、初歩的な魔法を使える人間を含めれば、それくらいだろうね」
俺の感覚的な答えに、ギヌラは肯定を返す。
それから、唐突に指を一本立てて、唱えた。
《火の魔素よ。破壊を司る精霊よ》
ぼうっと、ギヌラの指先に明るい魔力が集まって行く。夜の闇の中に浮かぶ、蛍の灯火のようだった。
《明かりを灯せ。トーチ》
短い詠唱、ほとんど最初の枕詞のみの呪文。
しかし、ギヌラの指先に集まっていた『サラム』の魔力は、ゆらゆらと揺れる白い火となって、マッチのように周囲をぼうっと照らした。
明かりに照らされると、ギヌラの悲しげな笑い顔が良く分かった。
「お前、魔法が使えたのか」
「ふん。この程度、自慢できるようなものじゃない。せいぜい初歩的な魔法装置の代わりになる程度だよ。便利だけどね」
パッとギヌラが指を振ると、展開していた魔法は立ち消えた。後には、より一層暗くなったように錯覚する空気が残る。
「それでも僕は一割の人間だった。子供の頃の特別授業だかで初めて魔法を教わった時に、使えたのは僕だけだった。成績は優秀、身体能力も人気も高い、おまけに魔法の才能まである。言い訳するつもりじゃないが、自分を特別だと思うのは当たり前だろう」
言った後に、ギヌラはもう一度、あの時までは、と付け足す。
だが、俺にはもう分かった。ギヌラの言うあの時が、誰に出会ったときなのかを。
「そしてある日、噂には聞いていた青い髪の少女が現れた。彼女と特別授業で一緒になったとき、孤立していた彼女に僕は善意で近づいた。コツの一つでも教えてあげて、子供の輪にでも混ぜてやろうと思ってね」
「……それで、どうなった?」
「分かるだろう? 僕が教えるなんて、とんでもない。そのとき授業をしていた教師よりも遥かに高度な魔法を、退屈そうに組み上げてみせたさ。あの魔女は」
スイの魔法は、その基礎の大部分が独学だという。
亡くなった母が残した資料と、図書館で読める資料、そして自身の発想と思いつきで、誰に教わるでもなく、魔法を使えるようになっていた。
その溢れる才能のみで、誰も辿り着けないような高度な魔法を組んでしまう。
だがそれは、その才能を正しく認めてくれる環境でなければ、ただの異端だ。
「僕は知った。自分にあった『才能』なんてものは、凡人なりの長所の一つ程度のものだと。本当の『才能』は、生まれた時から特別な奴が持っているものだ」
過去に対する燃えかすのような感情が、ギヌラの中でくすぶっているような声。
それはどうなんだ、と口を挟みたくなったがぐっと堪えた。
ギヌラは今、彼なりの何かがあってこの話をしているはずなのだから。
「しかし、当時の僕は、スイを認められなかった。彼女を特別と認めることは、同時に自分が凡人だと認めることだ。そんなことはできない。そんなことは、今までのギヌラ・サンシの人生で認めるわけにはいかなかった。家柄も、身体能力も、人気も評価も全てが上の僕だ。魔法というただ一点で負けるだけで、何故か全てを否定されると思ったんだ」
やや語気を荒げつつ、ギヌラはスラスラと言葉を述べる。
それは、どこか懺悔のようだった。自分の過去を誰かに許して貰いたい。ただ、知って貰いたい。そんな感情が、言葉として口から零れ落ちて行くようだった。
「だから、僕はスイを徹底的に認めなかった。そのくせに、僕は彼女を、なんとか自分のモノにできないかと、思ってしまったんだ」
「……自分のものに?」
「ああ。だって、彼女が僕のモノになれば、彼女の『特別』もまた僕の『特別』だ。自分が特別であり続けるには、そうするしかないと思ったんだ」
その感覚は、俺には良く分からなかった。
人は、誰かのモノにはならない。よしんば誰かのモノになったとしても、それでその誰かが特別になれるわけがない。
だけど、子供の頃のギヌラは必死だった。必死に今までの自分の立場を、守ろうとしたのだろう。
「結果は言うまでもない。何かをする度に、僕とスイの関係は決定的に決裂していく。彼女と出会ってから僕の評判もがた落ちだ。それでも僕は、彼女を諦め切れない。次第にそれは歪んだ独占欲に変わる。僕はどうして自分がスイを求めていたのかさえ、途中から分からなくなっていたんだ」
それが、子供の頃から続く、スイとギヌラの因縁。
スイは恐らく、このギヌラの気持ちを少しも理解していなかっただろう。当の本人でさえ、上手く理解できていなかったと言っているのだから。
「結局スイはその才能を認められて、この街を出ることになった。シャルト魔道院なんて名前しか聞いたことのない最高峰の魔道院に行くという。それを聞いた僕は、悔しいとともに、少しだけホッとしたんだ」
「なんでだ?」
「いくらスイでも、そんな凄いところに行ったら『ただの凡人』になると思ったから。スイは特別なんかじゃない、それは僕の勘違いだと証明してくれると思ったから。そしたら僕の中の『スイ』は、消えてくれると思ったんだ」
だけど、結果は違った。
スイはその最高峰の魔道院でさえ、特別だった。
史上最年長で入学し、史上最年少で卒業する。その偉業を成し遂げ、千年に一人の才能とまで言わしめた。
それは、ギヌラの密かな願いを粉々に打ち砕いたことだろう。
「それから暫くしたら、スイがこの街に戻ってきて、なんと『ポーション屋』を始めると言い出した。その時の僕の気持ちは、今では良く思い出せない。だけど多分、チャンスだと思った。『魔法』の分野であっても『ポーション』ならばスイに勝てる。それは僕の歪んだ独占欲を増長させることになった」
「……それで、あの態度か」
「ふん。スイの店はお世辞にも儲かっているとは言えなかった。彼女に才能があったとしても、それはポーションに向けられていなかった。おあつらえ向きだ。僕が彼女を上手く使ってやれば、ようやく自分が『特別』になれると、思った」
そこで一度言葉を切り、挑戦的な目で俺を睨むギヌラ。
「そんなときに現れたのが、君だった。ユウギリ」
俺がこの世界に来た時期は、スイが儲からないポーション屋を営んでいた時期だ。
ギヌラの言う時間軸上で、ようやく俺がこの世界に現れるのもそのころだ。
「いきなり現れた素性の知らない男が、なぜかスイと一緒に居た。そして、スイと協力して新しい『ポーション』を作るのだと言っていた。到底認められなかった。それは、僕のやることだと思った。だけど、出てきたのは『ポーション』とすら思えないものだった」
ギヌラが最初にカクテルを見たとき、なんと言ったのかを覚えている。
「『味の悪い『ポーション』を『ジュース』でごまかして飲むなんて、いかにも貧乏人らしい浅ましい考え』だったか?」
「ああまったくだね。偶然それで効果が高くならなければ、認められる筈の無いものだったのにねぇ」
馬鹿にするように、ギヌラは言う。昔だったら、本気の嘲りだっただろう。
だが今は、ただの皮肉のはずだ。ほんの少し前の会話で、『カクテル』が広まるだろうことを、ギヌラは確信していたのだから。
俺があまり反応を示さないでいると、ややつまらなそうに、ギヌラは続けた。
「だけど結局『カクテル』もまた、特別なものだった。僕にとって認めたくないものが、一つ増えたというわけだ。いや、二つか」
「二つ?」
「『カクテル』と『君』だよ。ユウギニ君?」
懐かしい言い間違いだ。意図してやったことだろう。
そういえば、こいつが俺の名前を言い間違えなくなったのは、いつごろだっただろうか。
「今思えば、その頃からスイへの感情は『カクテル』という、スイと君の生み出した『特別』へとシフトしていったのかもしれない」
カクテルは決して俺が作り出したわけじゃない。そういうツッコミもまた、後に取っておくことにした。ギヌラの顔は、まだまだ話したいことがあるように見えた。
今の俺は、バーテンダーとして、しっかりと彼の話を聞くつもりであるのだ。
もしかしたら今のこの瞬間が、ギヌラに対してバーテンダーでいる最後の機会かもしれないのだから。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
先日の後書きに次回更新予定を書き忘れていてすみません。
次回更新予定は、可能なら明日、遅くとも水曜日の夜になります。
※0725 誤字修正しました。




