選択の自由(14)
ギヌラの提案は、受ける理由も断る理由もなかった。
いや、断る理由がない、は言い過ぎか。少なくとも、ギヌラと一緒に居たいかと問われれば、居たくはない。
まぁ、そうだとしても、今のギヌラがいきなり俺をどうにかするとも思えなかった。
「…………」
「…………」
しかし、俺達が仲良くお喋りしながら歩くかと言われると、そうでもない。
時間も遅くなり、道行く人の数も減った。街灯も明かりを落とし、にわかに空の光が鮮やかになる。そうなると不思議と、外気も更に冷え込んだように感じる。
その中を、会話も無く黙々と男二人で歩けば、心理的にはこの上なく寒い。
「……なぜ、とでも思っている顔だな」
俺と同じ思考を辿った保証はないが、ギヌラも寒さに耐えかねるように、口にした。
「そりゃ、いきなりお前が変な事を言い出すから」
「僕からしてみれば、むしろ君達の危機感の無さにこそ、なぜ、だけどね」
いつもの皮肉かと思えば、そうではない。
俺の方を向いているギヌラの目にあるのは、憤りのように見えた。
「正直、僕は不思議に思うよ。なぜ、魔法としてのカクテルにはあんなに悩むのに、飲み物としてのカクテルでは悩まないのか」
「……そりゃ、飲み物だし。誰かを傷付けることなんて、ないだろうし」
俺の答えに、ギヌラは不満そうに眉をひそめる。吐いたため息が白く染まっていた。
「直接的には、な。だが、君は商会や領主とも手を組んでいるんだぞ。君の、いやスイの理念はご立派だが、そこにはもう一つ大きな要素が絡むだろう」
「……金の話なら、俺は」
「それも知っている。君はこの件に関して、金儲けをするつもりはないらしいな」
ギヌラが何故そのことを知っているのかは疑問だったが、間違ってはいない。
俺達イージーズと領主様、そしてクレーベルの後ろにいる『サフィーナ商会』は、この国の中で大きな商売を行うつもりでいた。
とはいえ、大枠で言えばカクテルの普及、ということになる。
作戦は三つに分かれる。
まずは『サフィーナ商会』の仕事。クレーベルが目を付けた『炭酸飲料』を、大々的に販売することだ。
『カクテル』に絡まずとも『サフィーナ商会』は『炭酸飲料』を、金の卵だと認識したようだ。紆余曲折はあったが契約も終えて、既に販売計画は立ち、宣伝も始まっている。
それと並行して、領主様が自身の人脈を使い、内々の噂のレベルで『カクテル』という存在を外へと発信してく。
『炭酸飲料』が成功する、という前提を置いてはいるが、噂のレベルで『カクテル』の存在は広まるだろう。
それは、ポーション業界の中だけに留まらない。
今はポーション業界で『オールド』の次──といっても『オールド』がダントツだが──くらいに注目されているレベルだろう。だが、炭酸飲料が広まれば、そこに付随する噂として更に広めることができる、はずだ。
そこまで来て、ようやく『カクテル』を大々的に発表する。
これまで協議してきた三者、サフィーナ商会の資金力と、領主様の人脈と、一部では知れ渡っている『スイ・ヴェルムット』の名前で『カクテル』を周知する。
この点に関しては、スイは神輿にされることに対して不満気ではあったが、なんとか説得は済ませた。俺みたいな良く分からない奴が先頭に立つよりはよほど良い。
とまぁ、こういう三つの計画だ。
大きく説明したが、作戦の細かい部分にまで俺はあまり関わっていない。特にサフィーナ商会の宣伝方法に関しては、基本はあちら主導で進めてもらっている。
とにかく、上手く三つのステップを踏めれば、街の噂風の噂レベルの『カクテル』は、一気に国中に広まるだろう。
そしてゆくゆくは、誰もが気軽に楽しめる飲料として確立するはずだ。
そのあたりの詳しい計画を、何故ギヌラが知っているのかは知らないが、彼は俺達のその計画が、微妙に気に入らないらしい。
「まだ机上論の域を出ないが、商会は金の匂いに敏感だ。勝算は大きいのだろう。それにしても、君は自分たちが受け取るべき『富』を、全て手放したんだってね?」
「……いや、その分、資金援助みたいなものは受けてるし……」
「そんなもの、これから動く金額に比べれば砂粒みたいなものさ。君はこれからこの国、いやこの世界のポーション基盤を揺るがすような商売をするんだぞ」
相変わらず、ギヌラの顔に冗談の色はない。
俺が金を求めなかったことについては、ただ呆れているだけの様子。だが、その後、この国を揺るがすといった彼の表情は、いたく真剣だった。
「商売は戦争だ。君は意識していないかもしれないが『カクテル』の登場は間違いなく、ポーション市場に大きな影響を与える」
重々しいギヌラの言葉に、弁明するように応える。
「それは、狙いの一つでもある。だけどスイの目的は──」
「違うんだよ。スイの目的はこれから困る人を助けることかもしれない。だけど、確実に、その前に困る人間がいるだろうが」
その前に困る人間。そう言われて、一瞬そんな人が浮かんでこなかった。
だが、それこそが、自分が深く考えていなかった事の証左だと、気づいてしまった。
カクテルの登場によって困る人間、それは……。
「考えるまでもない。今の『ポーション』から利益を得ている人間達だ。もしそんな人間達が『カクテル』の存在を知ったら、どう思うかという話なんだよ」
あまりにも当たり前の結論ではあった。
ポーション業界を変えるということは、そこで今まで利益を得ていた人の利益を奪うということ。
場合によっては、いくらでも恨みを買うかもしれない、ということ。
とはいえ、カクテルとポーションが競合しにくい、というのは事実としてある筈だ。
それは、ポーション品評会での評価だ。
誰でも呑みやすい癖の少ないポーションと、誰か一人のために作られる個性の塊のカクテル。この二つは似ているようで全く違う。
だからこそ、二つは共存できる。そういう結論が品評会で出たはずだ。
「言っておくが、品評会に出るような『ポーション屋』は、カクテルの登場で揺るぎはしないぞ。何せ品評会で発表することがあるような所だ。カクテルの登場時点で、上手い対策の一つや二つは考える。たとえ賞が取れていなくてもね」
ギヌラは自嘲気味に、言っていた。
最優秀賞を狙った大会で、優秀賞に終わったことを今でも忘れていないらしい。
「だけど、進歩のないポーション屋もある。先代がそれまで築き上げてきた『遺産』を使って、甘い汁を吸うだけの連中だ。そんな奴らはカクテルの登場で大打撃を受ける。当たり前だ。大した売りもなく、ただ客を甘く見て、なにも考えず楽して生きてきたツケだ」
カクテルの登場で、ポーション市場は変わる。
それを上手く利用して進歩する所もあれば、もろに煽りを受けて沈むところもある。
「ここまで言えば分かるだろう。君が直近で気にすべきことは『銃』ではなく、もっと身近な部分だということに」
話の始まりを不意に思い出すと、それはギヌラがなぜ、俺の帰り道に付いてきたのか、という疑問だった。
そしてギヌラが言ったのは、俺達の行動でもろに煽りを受けるポーション屋の話。
その二つを繋げると、あまり歓迎したくはない答えが出る。
「つまり、お前はその『ダメなポーション屋』が、噂を知って俺を狙うと?」
「さて、いきなり襲うかは分からない。ただ、君にも少しくらいの心当たりはあるだろう」
「……ノイネさんの、一件か」
それは今から半年以上前の話。
スイと勘違いされたノイネが、誘拐されるという事件があった。
結局、捕まった誘拐犯たちは、良く知らない誰かに依頼されて誘拐したのだと言う。あのお粗末に過ぎる『バー』も、同様に指示されて行っていたことだったらしい。
「つまり君は、もう少し自分が『カクテル』の中心人物だと認識することだね」
ギヌラが俺の帰り道に付いてきたのは、つまりそのため。
本当に、カクテルに携わる俺のことを守るために、ついてきたのだ。
「……お前、カクテルは嫌いとか言っておいて……」
「勘違いするな。僕はカクテルに興味なんてない。だが、カクテルに呑み込まれるつもりもない、というだけだ」
今回は、テンプレート的な反応とは思えなかった。
それまでは基本的に不機嫌そうな顔をしていたギヌラが、何かを企む悪者のように、にっと唇を歪ませたからだ。
「つまり、カクテルが広まった時、いったい『どこのポーション』がベースに使われるのか、という話だ。こんなあからさまなチャンス、僕達が黙っているわけがないだろう。ポーション品評会で『カクテル』を認めた連中は、ほとんどが動き出している」
言って、ギヌラは締めにフンと鼻息を漏らした。
対する俺は、少々面食らっていた。
今まで、あまり良い印象などないギヌラだった。が、彼は初対面のころとはまるで違う人間に思えた。
相変わらず、仲良くできそうとは思わない。それでも、彼はもう、先程自身が言っていたような特別な人間に思えてしまった。
「なんか、変わったなお前」
「君は悪い意味で変わらないな。カクテルのことしか見えていない」
ギヌラに指摘されるのは痛いが、実際、少し反省していた。
確かに、今の状況で一人出歩くのは考え足らずだったかもしれない。
「……ふん。分かったのなら、さっさと帰るぞ」
今度は俺の反省を読み取ったらしく、ギヌラは吐き捨てるように言う。それから、俺が付いて来ているかの確認もせずに、一人歩き出す。立ち止まる理由もないので、俺もそれについていく。
並んで歩くわけでもない。知らない人が見れば、知り合いとは思わないだろう。
言いたい事は言い合った気がしていたので、俺はまたここから無言になると思った。
だが、そんな予想を意外にもギヌラが裏切った。
「なぁユウギリ。今日僕は、お前の話を聞いてやった。間違いないな?」
「……ああ」
独り言だった、という体の部分もあるのだが、それは置いておくらしい。
俺が肯定すると、ギヌラは相変わらず尊大な態度だが、それでも少し弱い語気で言った。
「なら僕の話にも、少し付き合え。今日はお互いに酔っている。それで明日には綺麗に忘れよう」
ギヌラの顔は見えない。
彼が今、どんな表情を浮かべながらこの提案をしているのかも分からない。
だが、それを確認したとしても、こんなタイミングで切り出されたら、嫌とは言わない。
「良いぞ。聞くだけなら、専門だ」
「なら、黙って聞いていろ。少し、昔話をしよう」
言いながら、やはりギヌラは振り向く事は無い。
それでも、二人しか歩いていないような夜の道では、十分彼の言葉が耳に届いていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
大変更新開いてしまって申し訳ありません。幕間2完結まであともう少し
気合を入れて頑張ります。
また、この話はあとで表現などを大幅に修正する可能性があります。
話の大筋は変わらないのでご了承ください。




