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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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【スティンガー】(2)

※0530 本日更新の二話目です。前話をお読みでない方はお気をつけください。




 ──────




 見慣れたい。そう思う琥珀色だ。

 ギヌラは手に取ったグラスの中の液体を見て、そんな感想をもった。

 その色は、かつて北の地で見た色。ほんのりと淡い気もするが、記憶にこびりついた色に違いない。


 あの時を思い出せば、あの日の気付きも思い出す。実感を伴う身の震えが甦る。

 それはゾクリと背筋をなぞるもの。しかし、決して嫌ではないもの。

 それを思い出させてくれるような、もう一度見たい色が、目の前にあった。


 ギヌラは躊躇うことなく、口元にグラスを近づけた。

 ふわりと香るのは、ミント、ミントの甘く華やかな香りが強い。だが、その奥にある匂いもギヌラの鼻には届いていた。

 ワインを甘く腐らせたような、それでいてどこか枯れたような不思議な香りだ。


 だが、その枯れた感じが、おそらく『オールドポーション』の持つそれであることは、分かった。


 そこまで考えて、ギヌラは意を決し、液体を口に含んだ。


 冷えたグラス、そこに付けた唇、舌へと伝うのは、冷涼な感触。

 やはりというべきか、香りに違わず舌から口中へ、そして鼻へと抜けて行くのは華やかなミントの味わいだ。しかし、それだけではない。


 実はギヌラは、目の前のバーテンダーが作ったという『リキュール・ポーション』について、それなりに知っている。

 だから、頭の中の『ホワイト・ミント・リキュール』と少し味わいが違うことにもすぐ気づいた。


 それ単体で飲めば、甘さを凝縮したような、くどいとも思えるようなリキュール。だが、このカクテルにはその感じがない。

 甘みはあるが、くどくない。むしろ、舌先をピリっと刺すような、仄かな辛さすら感じた。


 その辛さの印象は、喉元を過ぎると顕著になる。

 通り過ぎるときに喉を焼いて行くような感触は、かつて飲んだ『オールド』のそれと相似だ。

 違いを上げるとするならば、その後に鼻を抜けて行く香り。

 ミントに混じって抜けて行くその香りには、ブドウの果実らしい、漂う様な甘い余韻が見え隠れしている。


 全体的には爽やかな味わいだ。

 すーっと抜けていく印象はまさに鋭い針のよう。ミントの清涼さという涼やかな針が、頭の中に鋭く細いイメージを刺す。

 だが、徐々にその場所が熱を持つ。刺された時には気づかない毒が、じわりじわりと熱をもって、頭の中を侵して行く。

 確かめるためにもう一口飲めば、また誤魔化され、そして毒は広がる。そうやって少しずつ、広がる毒に酔わされていくのだろう。


 直後には、その毒こそが、バーテンダーの言うもう一つの『オールド』なのだと気づく。

 いや、正確にはバーテンダーからではなく、アルバオにその存在は聞いていたのだ。


 麦芽で作られた『オールド』があの時必死に作り上げたもの。

 それとは別にブドウで作られる『オールド』があるという。

 他にも、バーテンダーには色々とアイディアがある様子だが、現時点ではこの二つだ。

 この二つだけが、試作品としての完成を見ている。


 それを、単品ではなくカクテルの形で先に飲むことになったのは、幸運だろうか。それとも不幸だろうか。

 ギヌラはふと思考するが、すぐに止めた。

 バーテンダーの作るカクテルは、後先を考えながら飲むのに適さない。今、与えられたものを、受け取ることしかできない。

 何故ならば、このいけ好かない男は、カクテルに関しては真っ直ぐだからだ。後先を考えて悩んでいるようで、結局一番のものを作ることしか頭にないのだ。


 だからギヌラにできるのは、これが自分のために作られたカクテルだと信じること。


 と、そこまで考えて、ギヌラは皮肉な笑みが込み上げてくるのを感じた。

 自分に向けて作られた、そう信じるカクテルが『毒針』なのだ。

 あまりにも、総と自分の関係を的確に表しているではないか。それがたまらなく面白くて、そして認めたくはないが、ほんのりと寂しかった。




 ──────




「これは、僕に宛てて作ったカクテルだな」

「分かるのか?」

「意味が、嫌味にもほどがあるからね」


 さっきまでカクテルを含んでいたギヌラが、ふとそんなことを言った。

 彼の表情は、分かり難い。どうしても俺の中のイメージが、否定のバイアスをかけてしまうからだろう。

 だが、彼がほんのりと寂しそうにしているのは見て分かった。


「さしずめ僕は君にとって、指の先にでも刺さった鬱陶しい『毒針』といったところか」


 手に持ったグラスを揺らし、自嘲的に笑うギヌラ。

 俺はそんな彼に、思わず声をかけていた。


「待て、それは違う」

「え?」


 正直に言えば、俺自身がギヌラにどう思われるかは重要ではない。

 だけど、カクテルにまで嫌な思いをしてもらうのはダメだ。だから俺は、ここで俺が思った方の意味を口にする。


「【スティンガー】には、言葉通りの針とか棘みたいな意味の他に、『毒舌家』って意味があるんだよ」

「……『毒舌家』……?」

「素直じゃねえな、ってことだな」


 少しだけ、ギヌラが反論しやすいように最後はおどけて言ってみせた。

 ギヌラは俺の言葉の意味を悟ったか、それまでの大人しい態度を改め、いつもらしく嫌味たっぷりの顔で言う。


「は、ふざけるなよ。それじゃまるで、僕が本当は好意から嫌味を言っているみたいじゃないか。冗談じゃない。冗談じゃないぞまったく」


 そう言いつつ、ギヌラはやや満足気な顔で、もう一度グラスを傾けた。

 もしかしたら、気に入ったのかもしれない。


「アルバオが言ってたんだ。新しい『オールド』をギヌラにも良かったらって」


 俺はさりげなく、ギヌラが今飲んでいるカクテルのベースがアルバオから送られてきたことを教える。

 それを聞いたギヌラは、ほう、と訳知り顔で唸り、それからまた嫌味に笑う。


「それならカクテルにせず、そのまま渡せば良いだろう。気が利かない奴だな」

「いや、もともと渡す気がなかったし、今日はまぁ、たまたまだ」

「きさまぁ!」


 売り言葉に買い言葉で言ってやると、仕掛けてきたのはギヌラの方なのに沸騰するのもギヌラの方が先であった。

 だが、ギヌラは俺に掴み掛かってくることはない。立ち上がりかけたところで、俺達を穏やかに見ている店の二人に気づいたのだろう。

 俺達のやり取りが落ち着いたからか、女性の方が感想を言った。


「美味しいわね。エールやワインとは全然違う、ずっと強い感じ。でも、喉の感触に比べれば随分すっとしてて、飲みやすいわ」

「そうだね。普段はあまり飲めたものじゃない蒸留酒も、こういう感じなら飲める気がするよ」


 女性の意見もそうだが、旦那さんの意見のほうに気がいった。

 やんわりと失言を繰り返していた彼だが、カクテルを一口飲んだだけで、この世界ではあまり発達していない蒸留酒と結びつけた。

 カクテルの事前知識も、オールドの存在も知らないはずなのに驚きの鋭さだ。

 舌の感覚が、ひょっとしたら料理人よりもバーテンダー向きなのではないだろうか。

 女性は、旦那さんよりもっと気楽な様子で、声を弾ませる。


「話に聞いてただけだったけど、ウチでも出せないものかしら」

「あ、それでしたら、領主様のところで勉強会もやってますので」

「あらほんと? 迷うわねぇ」


 女性は困ったような笑顔で言っていた。

 だが、俺の前に座っている男にチラリと目を向けたと思うと、仄かな笑みを浮かべて言った。


「でもやっぱり良いわ。ウチではウチで出してるものがあるし、あんまり手広くやるって店でもないもの」

「そうですか」

「ええ。そういう人がウチのお客さんだからねぇ」


 店のカラーというものがある。

 積極的に新しいものを取り入れる店もあれば、一度作ったモノを曲げずに守り通す店もある。

 どちらが優れているという話ではない。ただ、そういう種類の店があるというだけだ。

 そして少なくとも、この店は後者寄り。だから、固定客もきっと多い。変わらないことに安心する人間も、少なくとも俺の目の前に一人いる。

 ギヌラが気づかれないように一人ほっと息を漏らしたことには、何も言わない俺達なのであった。




「なんだか、随分とお騒がせしちゃいましたね。そろそろおいとまします」


 カウンターの中から再び外に戻り、残っていたつまみに合わせてもう一杯分だけ注文した。そして、それを飲み干したタイミングで俺は言った。

 女性は、営業っぽく引き止めるような言葉を口にする。


「まだ良いじゃない。もう一杯飲んで行きなさいな」

「明日も仕事ですから」

「仕事なら夜でしょう? なら大丈夫よ」


 チクリと、許してくれた筈なのに同業者ネタを突いてくる女性である。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、本当にお会計だともう一度意思を伝える。それで女性も、仕方ないという笑顔で会計に応えてくれた。

 それなりに飲んで食べたつもりだが、会計は銀貨一枚──俺換算で五千円に収まる程度であった。


「ウチは安さと、トークが売りなのよ」

「それに加えて、看板娘の美しさも、ですよね」

「もう、お世辞で照れる歳じゃないわよ」


 口ではそう言いつつ、女性は案外嬉しそうにしていた。ここで冗談だとか言うのも野暮なので、旦那さんが何か失言するに任せよう、と思った。

 そんなタイミングを話の切れ目と見てか、ギヌラがするりと俺に尋ねた。


「ところでユウギリ、護衛はどうした?」

「え、護衛?」


 ギヌラに何を尋ねられているのか、俺は理解できずに聞き返す。

 だが、俺のそんな態度にギヌラは呆れた顔をした。そして、まだ半分ほど残っていたエールのグラスを一気に飲み干し、女性に言う。


「僕も会計だ」

「あら、二人はやっぱり仲良しかしら」

「そんなんじゃない」


 ギヌラの方は、からかいの言葉に照れた様子もない。ただ、面倒臭そうに俺を見る。


「まさかとは思うが、君はたった一人で、夜更けにプラプラと出歩いているわけではないだろうな」

「……いや、まぁ、一人だけど」

「…………ちっ」


 ギヌラもさっさと会計を済ませ、そして呆気に取られる俺の前にずいっと出る。


「仕方ないな。僕がお前を送って行く。さっさと帰るぞ」

「え、ええ?」



 俺はちょっと、ギヌラが何を言っているのか良く分からなかったのであった。


※0725 表現を少し修正しました。

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