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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章 幕間

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選択の自由(11)


「ははは! こいつは傑作だ!」


 他人の話を肴にするとか、人の不幸はなんとやらとか。

 そういう話は良く聞くものだが、こうまで反応されると流石にちょっとイラっとする。


「おまえ、独り言って話はどうしたんだよ」

「あまりにも馬鹿らしい独り言が聞こえてきたら、笑いもするさ」

「…………」


 イラ、を通り越して真剣に腹が立ってくるなこの野郎。言わなきゃ良かった。

 と、一人テンションの上がっているギヌラを放っておくと、店員二人は揃って難しそうな顔をしていた。

 俺が端的に語ったことは、俺が今現在行っている『カクテル』の普及活動に、別のアプローチが現れたということだ。

 これまでのやり方を続けて行くこともできる、しかし別のアプローチを使うともっと良い結果が生まれる可能性もある。

 だがもちろん、悪い結果を引き起こす可能性も、またある。

 今の状態のカクテルを守るか、未知の未来にカクテルを賭けるか。その程度の理解ができるように、俺は現状を相談した。


「いつもいつも、そういう話は難しいわよね」


 やがて、女性の方が当たり障りのないように、言葉を選ぶ。


「私だって、あの人とお店を始めるまでは、それなりに色々あったわ。それで変わったことも、変わらなかったこともたくさんある。後悔だってたくさんあるわ。一番の後悔はあんな人と一緒になっちゃったことだけど」

「ひどいよ」

「もう、冗談よ」


 女性の意見は、勿論理解できた。理解できた上で、一般論だなと思った。

 こちらがぼかして言っているから、あまり踏み込んだことは言えないのだ。それでなくとも、店員としては、あまり新規客の深いところまでは突っ込んで聞けないだろう。

 ましてや彼女は、カクテルのこれまでを知っているわけでもない。どうして的確なアドバイスができるだろうか。

 それでも女性は真摯になって、彼女なりの意見をくれる。


「良い事も悪い事も、多分どっちを選んでもあるわ。でも、重要なのはあなたが選べるということだと思う。世の中には、自分が選ぶまでもなく色々決まって行く人が居る。そういう人達に比べれば、選べるってだけで救われるもの」

「……そう、ですよね」


 選べないよりは、選べた方が良い。

 女性の意見は理解できた。理解できたけど、俺は曖昧に笑みを返すほかになかった。

 そんなことは分かっているんだ。分かった上で、どちらを選ぶかで悩んでいるのだ。彼女の指摘は、俺の『悩み』は『悩めない』よりは幸福だ、というものに過ぎない。

 それでも、彼女が真剣に意見をくれたことは嬉しい。そう思ったから礼を言った。


「ありがとうございます」

「……ううん、ごめんなさいね」


 女性も女性で、俺に苦笑いをしていた。

 この歯がゆい関係もまた、店員と客のものだ。俺を知らないここでなら、というのも所詮は願望。そもそも、事情を知らない人に相談して解決するなら、事情を知っている相手ならばもっと簡単に解決するはずだ。

 そもそも俺は、自分が悩んだときに相談なんてしてこなかったから。だからこういう時、どうすれば良いのか分からない。

 オヤジさんに相談することは考えているが、あの人は決して答えをくれないだろう。俺が悩んで決めるべきことに、あからさまなアドバイスはしないタイプの人だ。


 ……というか。


「いつまで笑ってんだよお前は」

「くっくっく。ああ、すまないね。君のしっぺ返しが面白くて」


 俺が女性と話をしている間も、隣で笑いを噛み殺し切れていなかったギヌラである。

 人の悩みをなんだと思っているんだ、という言葉が喉まででかかったが、それ以上に気になる言葉があった。

 俺は心底うんざりとはしていたが、それでも嫌な顔をしながら聞いた。


「しっぺ返しってなんだよ?」


 俺の質問に、ギヌラはそれまでの笑いを止めた。

 それから、冷ややかな目で俺を見る。


「決まっているだろう。君が今まで選択を避けてきた代償ってやつだよ」

「……なんだそれ。俺が今まで、何を避けてきたって」

「だから選択だ。君は今まで、色々な岐路に立った時、常に楽な選択を無意識にしてきたって言っているんだ」


 楽な選択、と言われて真っ先に浮かんだのは、スイやサリーのこと。

 決定的なことを言われてないからと、はっきりと何かを伝えるでもなく、現状維持に甘んじていること。

 だけど、それは選択をしないでいるだけだ。選択を迫られれば、その時の答えは決まっている。

 ……決まって? なんで? 俺は何を、返すつもりで?


「気づかないのか? 君は、何か選択を迫られたとき『カクテル』だけを選んできただろう? 何かに悩みかけたとき『カクテル』を選択すればそれで良いと甘えていたんだ」


 ギヌラの言葉に、ハッとした。

 カクテル馬鹿だとか散々言われているから。それが普通だから。俺も、周りの人間も意識なんてしていなかった。

 だけど、半ば部外者のギヌラはその点をはっきり指摘した。

 俺は何か大きな選択を迫られたとき、常に『カクテル』を基準に物事を決めていた。

 俺の求めるものはそれだから、そう信じて、それで常に天秤を傾けてきた。

 時に強引な手段であっても、カクテルでそれを解決して、それで今まで上手く行っていた。いってしまっていた。


「だからしっぺ返しが来たんだ。今まで選択をしてこなかった君は『カクテル』と『カクテル』の選択で、選べない。悩んでこなかったツケが回ってきただけさ」


 ギヌラの言い草に、どうしてだかイライラした。

 イライラした自分を自覚して、沸騰しそうになる頭の片隅で疑念が湧いた。

 イライラするのは、心のどこかでそれを図星だと感じているからではないか、と。


「……まるで、分かった風なことを言うじゃないか」

「分かった風じゃない。分かっているんだよ。君がぼかして伝えた悩みが、どこに繋がっているのかがね」


 ギヌラはやけに自信満々に言い切った。

 一息に語る前に、クールダウンするように手元のエールを呷る。空になったグラスをちらりと見て、それから店員の女性に言った。


「もう一杯良いかな。思い切り、冷えてるやつが良い」

「……そうかい。分かったよ。奥にあるから、少し席を外すよ」

「すまないね」


 ギヌラの言葉を聞いて、女性は落ち着いた様子で答えた。

 そんな女性に対し、旦那さんがキョトンと女性とギヌラを見る。


「え? 取りに行くなら自分が」

「良いから、行くよ」


 そのまま、女性はキョロキョロと様子を窺う旦那さんを連れて、席を外した。

 ギヌラが、あまり二人に聞かせたくない話がしたいのだと、察したのだ。

 この店のバックヤードに引っ込んだだけだが、それをしてくれる程度にはギヌラのことを信頼しているのだ。

 それからギヌラは、先程の笑い顔でも、冷ややかな笑みでもなく、つまらなそうな仏頂面で、それでも真剣に言った。


「……僕はね、君の言う『別のアプローチ』に、なんとなくあたりがついている。忘れたわけじゃないだろう? 君が言う『もう一つのカクテル』を最初に食らった人間が、誰だったかということを」

「…………ああ、そうか」


 俺の記憶は、咄嗟に一年半くらい前まで遡った。

 ちょうど、この世界で店を開いた初日。スイに『カクテル』のことを注意された、その原因がそもそもあった。

 俺が、まるで何かに導かれるように『カクテル』を銃弾にして放ったその理由。

 その相手。それこそがまさしくこの、ギヌラだったのだ。


「正確には僕のボディーガードが最初だが、それでも君の『カクテル』を、不本意ながら身を以て知っている人間だよ、僕は」


 あの日あの時、ギヌラは気絶するくらい『カクテル』を間近で見た。ギヌラ以外に実際に食らった人間も何人か居るが、『死ぬレベル』の魔法を眼の当たりにした人間はいない。

 それからも、ことあるごとに彼は『カクテル』の魔法としての側面を見てきた。

 ひょっとしたら、俺の知り合いの中で『カクテル』から最も遠いはずのギヌラが、魔法としての『カクテル』を、最も良く知っている一人かもしれないのだ。


「詳しい事情までは知らない。だが、あのエルフの女性がずっと留まっている理由。あの機人がこもっている理由。そしてスイが頭を悩ませているという噂に、君のその悩みっぷり。多少の情報収集があれば、君がどんなことに悩んでいるのかは分かるつもりだ」

「…………」


 ストーカーかよ、と普段の俺なら軽口の一つでも叩くだろう。

 だけど、そんな冗談を言える雰囲気ではない。あの軽薄が服を来て歩いているようなギヌラが、心底嫌そうにだが、真っ直ぐ俺を見ている。


「君の『銃』の、量産品が完成したのだろう? まだ理論段階かもしれないが、それでも君は選択を迫られた。その『魔法』を『カクテル』として世に残すか。『カクテル』とはせずに、目的を果たして無かった事にするか」


 悩みを相談するのに最も遠いと思った人間が、どうしてか俺の悩みのすぐ側まで来ていた。

 常連でもなんでもない。カクテルのことも対して知らない。俺の味方でもなければ、友達でもない。そんな人間が、俺の悩みの近くに居る。


「だから言ったんだ。君の悩みは、今まで『カクテル』を選ぶだけだった君への、壮大なしっぺ返しだってね」

「…………悪かったな」

「謝れなんて言って無いさ。だって僕は、君の選択に対してなんら責任を取る立場にないからね。そしてこれから言うことにも、なんら責任を取るつもりはない」


 ギヌラの言う無責任な言葉は、彼を責める理由には決してならない。だってその通りなのだから。

 ギヌラは、俺の事情を知った上で、俺に何かを話してくれるつもりなのだろう。

 そしてそれを、決して鵜呑みになんてするなと、そう言いたいわけなのだ。

 ギヌラはそこで、ふん、と軽く鼻を鳴らす。


「……いつまでも二人を外させるわけにもいかないな。僕は君の事情を知っている。その前提で、君は話を聞けば良い」

「どうして、二人を?」

「……別に。こんな場末の酒場で、世界を変えるかもしれない話なんてしても、笑われるに決まっているからだ」


 ギヌラは憎まれ口を叩くふうに言った。だが、本当のところはあの二人を心配してなのだろう。

 世界を変えるかもしれない、というのは嘘じゃない。そんな大それた話を、一端でも聞いてしまったら、二人は何かに巻き込まれるかもしれない。

 考え過ぎと言ってはそれまでだが、それでもギヌラは二人を危険から遠ざけたがった。


 だから、ギヌラは二人を外させて、それから俺に言った。

 俺の悩みを、自分は聞いてやれるのだ、と。


「お前、やっぱり随分と、変わったんだな」

「うるさいな。いつまで経ってもカクテルカクテルうるさい人間に言われなくないよ」


 ギヌラの顔は照れた色もなく、本当に嫌そうだった。

 少なくとも、そういう顔に見える表情ではあった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新が開いてしまって申し訳ありません。また、目標は毎日更新で頑張ります。

それと、感想への返信は少しだけお待ちいただけると幸いです。

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