虚ろな犯行
目の前には、先程とは打って変わって縛られる立場になった誘拐犯達が居た。
この場に居るのは犯人三人に、俺とトライスのみ。
俺が【ジン・トニック】を食らわせた男はまだ気を失っているが、もう二人は意識がある。
オヤジさんはノイネを連れて、騎士団詰め所へと向かっていた。先程は気がつかなかったが、オヤジさんは軽い傷を負っており、その治療も込みで早々に出て行ってもらった形だ。
出て行く際に、助けられたノイネがしきりに、俺の銃を気にしていたのが少し引っかかった。
とまあそんな流れがありつつ、俺とトライスの二人は、彼らの仲間が他に居た場合を考えて、ここに残っているわけだ。
気まずい沈黙というほどではないが、俺は誘拐犯に何かを言う前に、まずトライスへと礼を言う。
「……なんにせよ、助かったよトライス」
「……ううん。ごめんね、危ない思いをさせて」
しかし彼女は、俺がギリギリの状態に陥ったことに責任を感じているようだった。
俺は、彼女の曇った顔を少し気にして、わざとおどけて言った。
「別に良いって、こうして無事だったんだし。ほら、男の子だからな」
「……もやしっ子って知ってるから心配なんだよね。総ってば」
「バーテンダー舐めるなよ。重い箱持ち上げたりすることもあんだぞ」
「でも基本は瓶とかでしょ? それくらいじゃ総さんの貧弱ボディには筋肉一つつかないかなって」
知った風な口を聞くトライスだが、どちらかと言えば彼女の言葉が真実だった。
日常ではあまり筋肉を使う仕事もないので、現状維持が精一杯というところか。それでも、日本に居た頃に比べて肉体労働は増えたが。
そんなふざけたやり取りをしても、トライスの表情は晴れない。
「……こんな状況で、漫才やってても仕方ないか」
「うん。でもごめんね」
「だから良いっての」
俺が再度伝えると、トライスは困ったような笑顔で頷いた。
それから、誘拐犯達をちらりと見て、ぼそりと言う。
「……ハズレかな」
何が、と聞き返したところで彼女はきっと教えてはくれないのだろう。
もとからそういう話で、彼女はここで協力してくれたのだから。
「総は、彼らに聞きたいことはないの?」
「聞きたい事か……」
トライスに振られて、俺はそれまで見ないようにしてきた事実を直視する。
一階で伸されていた二人の顔を見たときから、俺はとても気になっていたのだ。
その事実を確認するべく、俺は迷って男女のうちの男に尋ねた。
「あなた、以前『イージース』ってお店でお会いした人ですよね?」
尋ねると、縛られていた男はキッと俺を睨んだ。
「そういうあんたこそ。はっ、まさかあんたが本物の『夕霧総』だったなんてねぇ」
嫌味を言うような口調で、その中年の男は吐き捨てる。
今日この場で捕縛された男。彼はまさしく、俺がかつてヴィオラと視察に行った店で働いていた男だった。同じく捕まった女もまた、そこの従業員である。
もう一人の伸びている男は初対面だが、恐らく関係者なのだろう。どことなくそんな気配があった。
捕縛されている男は自分が悪人であるということを理解しているのか居ないのか。ふてぶてしい態度で暴言を吐いた。
「いい気持ちかよおい。あんたは『カクテル』の生みの親ってさんざんチヤホヤされてよ。金も儲かってんだろ? 良いよねぇ。ただポーション混ぜてるだけだってのにねぇ」
わざと煽ってくるような物言いをしているのだろう。
分かっていれば苛立ちも少ない。少ないが苛立たないわけじゃない。
俺が無言でいると、男は苛立ったように声を荒げる。
「何が悪いってんだよ! あんたがやってること真似して、何がよぉ!」
「ちゃんと許可とれよ」
「うるせえんだよ! そもそも許可なんて形にしてんのがおかしいんだよ!」
男は全てに噛み付くがごとく、当たり散らした。
「おかしいんだよ! 何が許可だよ! 自由にやらせろよ! 誰にも迷惑なんてかけてねえじゃねえか! 俺が何をしたってんだよクソがァ!」
彼の吐く言葉は、俺の耳に次第に入らなくなっていく。
何かあれば他人が悪い。何かあれば金が欲しい。何かあればチヤホヤされたい。
俺達がどんな思いで店をやってきたのかも知らないのに、その思いで作ってきた道を簡単に踏み荒らすような言葉たち。
それをまともに聞いてしまったら、ぶちぎれてしまうと思った。
そういう言葉だと思ったら、いつの間にか聞き流せるようになっていた。
「……いい加減。あなたの戯言を聞かされるこっちの身になって」
だというのに、俺の側に立っていたトライスは、男の口を物理的に止めた。頬を握られるような形になって男はふごふごと言っているが、トライスは構わずに言った。
「『カクテル』はあなたが考えるようなものじゃない。一人で作れるものでもない。たくさんの思いが一つ一つの『カクテル』に詰まってるの」
カクテルがけなされたからか、それとも俺がけなされたからか。
トライスは超然とした雰囲気を放ちつつ、男を睨む。
「あなた、想像力足りないんじゃないの?」
トライスは、そう言って乱暴に男の口を離した。
男はヒリヒリとするだろう口をさすることもできず、ただぼんやりと繰り返した。
「……想像、力?」
「その一杯に込められた思いを、そして自分が込める思いを、あなたは想像できる?」
トライスの問いかけに、男はまた馬鹿にした顔で言った。
「そんなもんに、なんの意味がある」
「じゃあ見込み無いから、金輪際、カクテルに関わらない方が良いよ」
反論を許さない、突き放すような物言いに、男は黙り込んだ。
トライスは残念そうに顔を伏せたあと、男に尋ねる。
「それはそうと。一応聞いておくけど、誰にそそのかされて誘拐なんてしたわけ?」
「……だ、誰に?」
「この空き家を用意したのは……いえ、それ以前にあなたみたいな人に店まで用意した人物は、誰かって聞いてるの」
男は驚いたように口をはっと開き、それから先程の態度を一転させて媚びたような声を出した。
「そ、そうだ! 悪いのは俺じゃねえんだ! 俺は、この誘拐をやれって言われただけなんだ!」
「……うん。それで誰に命令されたの?」
「分からねえ。名前も顔も知らねえ。ただ、言う通り店を開いたら大金をやるとか、この日は店を閉めとけだとか、色々命令されてただけなんだ」
バーを経営していたことすら、この男の意志ではなかった?
気になる話ではあるが、トライスは男のもたらした情報に落胆した様子だった。
「でも命令した人物は分からない、と」
「そ、そうだけどよ。こ、この誘拐だって、スイ・ヴェルムットを攫ったあとは命令があるまで待機しろとかで、俺達は本当に何も知らねえんだ! だから許してくれよ!」
「それ、本気で言ってる?」
「良いだろなぁ! 罪を憎んで人を憎まずとか言うだろ! だから、全部命令した人間が悪いんだ。俺達は悪くないんだよ!」
男の物言いに、トライスは呆れ顔で盛大なため息を吐きかけた。
しかし、俺とのさっきのやり取りを思い出したのか、幸せを逃がさぬよう強引に止まって、代わりに苦笑いを俺に向けた。
「総。あとは騎士団に任せるんだね?」
「そうするつもりだ」
「そっか。ま、そうだよね」
男がまだ何か喚いているのだが、俺もトライスも完全に聞く気を失ってしまった。
それから、嫌な事を忘れるように頭を振って、トライスは俺に向き直った。
「総。君はちゃんと『カクテル』に向かって進んでくれてる、よね?」
「……一応、そのつもりだ」
「そっかそっか」
トライスは嬉しそうに、こくこくと二度頷く。
そういうわざとらしい仕草が、また俺の心をくすぐる。
「……ちょっと、外の空気を吸ってきても良いかな」
「別に許可なんて取らなくても良いだろ」
「ふふ、そうだね」
言ってトライスは、スタスタと俺の脇を抜けてドアに手をかけた。
すれ違う形になって、背後には確かに彼女の気配を感じられる。
そこで唐突に、彼女が言った。
「もうすぐ。もうすぐ君に会いに行けるから。君を呼びにくるからね」
「え?」
俺が振り返ったところで、トライスはガチャリと扉を閉めて出て行った。
慌てて追いかけて扉を開けたが、既にトライスの姿はなくなっていた。
「……もうすぐって、いつだよ」
誰も居ない廊下に呟いた言葉は、やっぱり誰にも届くことはないようだった。
彼女が姿を消すのを待っていたかのように、騎士団と思わしきドスドスという足音が遠くから響いていた。




