暗闇の中
目的地となる家は、二階建ての簡素なものだ。
トライス曰く、ノイネは二階にある二室のうち北側の部屋に居る。犯人は三人とも一階に固まっているようで、見張りを立てている様子はない。
つまり、どうにかしてバレずに潜入することができれば、安全にノイネを救い出すことが可能というわけだ。
「でも、そんなに上手く──」
「そのための魔法でしょ」
懸念を現す俺に、トライスはあっけらかんと言ってみせた。
彼女が指定した『カクテル』の効果。
【チャーリー・チャップリン】の効果は、気配遮断だ。
自身に向かって放つことで効果が発動し、短くても十五分の間、どこに潜んでいようと気配をさとられることがほぼなくなる。
「段取りとしては、総が潜入して、私はそれを外から感知している。総に何もなければ、そのままノイネ・プラットを救出して脱出。もし何か危険が迫ったら……」
チラリとアジトを目にし、トライスが続ける。
「絶対に顔が割れていない私が、来客を装って時間を稼ぐ。ただ、それがあった場合、危険が迫っているってことは、総も覚えておいて」
「……了解」
弾薬化の魔法を使える俺とトライスは、家のどこからでも潜入できる。
そして、俺はスイの関係者として覚えられている可能性が高いが、トライスの顔が割れている可能性はほぼない。
だから、トライスは最後の時間稼ぎ要員として外に居る必要がある。
その話を静かに聞いていたオヤジさんは、怪訝な顔をしつつも、異議を挟まず尋ねる。
「俺は何をする?」
「あなたは、見張りをお願いします。今、家の中にいるのは三人だけど、それ以上居ないという保証はないから」
指示されたオヤジさんは、分かった、と小さく頷いた。
それを見つつ、ふと気になったことを尋ねる。
「オヤジさん、武器は?」
「フライパンならあるぞ」
言ってオヤジさんが背を見せると、小さめのフライパンが腰にささっていた。
「なんでそんなもんを?」
「てめえが分からず屋だったときには、一発ガツンとな」
「…………」
…………。
まぁ、そのオヤジさんの思い切りが今の状況を生んだのだから、良しとするべきか。
段取りの確認は済んだ。後は、潜入するだけ、だ。
「【チャーリー・チャップリン】の力で、大抵のものは誤魔化せるけど、あんまり大きい音を立てたらさすがに誤魔化せないから、そこは注意してね」
「分かった」
気配を消したところで、姿が消えるわけではない。
迂闊な行動はせず、迅速に見つからないように動く必要があるのだ。
「それじゃ、行こう」
俺が声をかけると、トライスとオヤジさんもこくりと合わせて頷いた。
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
トライスの見立てた場所。階段の近くにある小さな部屋(おそらく物置)の壁に手を当てて俺は詠じた。
手を当てた先の壁は、魔法によって大きく穴を空け、人一人分の入り口を作る。材質は良く分からないがそれなりに重い弾丸になったので、踏ん張って落とさないようにした。
ここで物音を立てたらおしまいである。
深く呼吸しながら、出来た弾薬をゆっくりと足元に下ろす。もう一度大きく息を吐いた。
【チャーリー・チャップリン】はすでに撃ってある。そのままゆっくりと家に入る。
踏み入った瞬間から、心臓は恐ろしいほど高鳴っている。
物置らしき部屋には、予想に反して物らしい物がまったく見当たらない。積もった埃が、先程開けた穴から差し込む月明かりに揺れている。
空き部屋と言った方が近いだろう。使用していないのだ。
ということは、ここに犯人が潜伏しているのも、そう長い期間のことではないのだろう。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
小声で唱え、くりぬいた壁は再び元に戻しておく。途端に部屋が暗くなるが、小さく空いている窓から僅かに光は入っている。
暗闇に目を慣らしながら、頭の中でゆっくりと行動を組み立てた。
まず部屋を出る。大丈夫、もし何かあったらトライスが呼び鈴を鳴らすなりするだろう。
部屋を出て、すぐ近くにあるはずの階段を上る。二階に上がればあとは北側の部屋に向かうだけだ。
そこでノイネを救出し、弾薬化でも窓をぶち破ってでも良いから外に出る。
そうすれば、遠慮しなくて良くなったトライスがなんとかすると言っていた。
上手く行く。
肝心なところでトライス任せではあるが、彼女はそのために現れたと言っていた。
もし彼女が、俺が知っているあの女なら、出来ない事を出来るとは言わないはずだ。
だから、動くんだ。
心で念じつつ、俺は木製のドアについたノブに手を伸ばした。
そーっと開ければ、微かなキーっという音を立てただけで、ゆっくりと扉は開く。
廊下も暗く、物置よりも前が見えない。俺はすり足をしながら、手を伸ばし、触れた壁の感触を頼りに進む。
耳をすませると、誰かの話し声が届いている。誰かが居る。俺は今、有人の家に忍び込んでいるのだ。
心臓は尚更に高鳴るが、俺は意識して呼吸をゆっくりにしながら、静かに進む。
やがて、こつんとした感触が足を突いた。触って確かめてみると、それは確かに階段のようだった。
恐る恐る、一段だけ上る。僅かに足音が鳴った気がしたが、大丈夫だ。
続いてまた一歩、もう一歩。ゆっくりと階段を上る。
それを闇の中、静かに繰り返し、ある所で足がすかる。
どうやら二階に辿り着いたらしい。
少し目を凝らせば、二階の廊下にある窓から再び、ありがたい月明かりが入っている。
俺は頭の中で、現在の方角を思い浮かべる。
入ってきた部屋、階段を探して動いた方向、そして階段の向き。
しっかりと頭の中で整理して、北側の部屋を選んだ。
部屋の入り口について、また静かにノブを握る。固い感触が返ってくる。流石に施錠されているらしい。
少し迷ったが、俺はドアノブの周囲ごと、弾薬化することにした。
扉とドア脇の壁をまたがるようにぽっかりと穴が空く。俺は静かに穴に手をかけてドアを開けた。
「……見つけた」
そして暗がりの中、手足を縛られ、猿ぐつわされて横たわっている女性の姿を発見した。
意識はあったようで、彼女はドアから侵入してくる何者かをじっと見ていた。俺と目が合った瞬間、驚愕の表情をしつつ、声を出さないよう必死で堪えていた。
逸る気持ちを抑えて、静かにドアを閉める。鍵に関しては、迷ったが復元しない。
それよりも今は、ノイネのことだ。
「……静かに。今、解きます」
小声で指示を出すと、ノイネはこくんと頷いた。
俺は縛られている手足を見るが、どうやって解いたら良いのか良く分からない。
それなので、さっさと弾薬化してしまうのが手っ取り早いと踏んだ。
《生命の波、古の意図──》
そして詠唱を始めたそのタイミングで。
「すみませーん! 少し道をお聞きしたいんですけどー!」
階下から、女性のそんな大声が聞こえてきた。
「っ!」
トライスからの、緊急連絡だ。
ということは、今まさに下で何か動きがあったということなのだろう。
相手はどう出るか分からない。そのままトライスの方に向かうかもしれないし、二階に上がってくるかもしれない。
《──我求めるは魂の姿なり》
とにかく、ノイネの足を縛っていた戒めを解いた段階だった。
ドタドタという遠慮のない足音が、確かに耳に届いていた。何者かが、階段を勢い上っているのだ。
「っくそ」
俺はノイネの解放を置いて、腰の銃に手を伸ばした。
と同時に、物音は喧騒に変化していた。
「おらっ! どけえ!」
「なんだこいつ!」
「ちょっと、勝手に入ってこないでよ!!」
怒鳴り声が響く。誰の物であるのかは考えるまでもない。
心臓の鼓動がドクンドクンと早鐘に変わる中、ポーチから弾丸を取り出し銃に込めた。
その瞬間に、ドアに空いている穴から光が入る。二階の明かりが誰かによって付けられたのだ。
「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム1/6カット』、系統ステア──」
早口で宣言を行うが、近づいてくる足音は俺の言葉よりも早い。
俺が魔法を完成させる前に、その男はドアを開け放ち俺の視界に入った。
「なんだてめえは!」
長身の男だ。年は三十代と見える。ガッチリした体格は明らかに出来上がっており、俺なんかでは組み伏せられておしまいだろう。
男は俺の姿に驚いた様子だが、それでも真っ直ぐに、俺を睨みつけた。
「──マテリアル『トニックウォーター』アップ!」
男の出現とほぼ同時に俺の宣言も終わった。
指先から銃へと魔力が流れていき、手に持った銃が僅かに震えた。
「てめぇ! おかしな真似を!?」
男は、俺が何をするつもりかは分からなかったことだろう。それでも何かをするのだと理解したらしく、すさまじい速度で俺へと迫る。
男に明確な敵意を向けられる状況に、体が固まりそうになる。それでも懸命に、俺は腕を上げた。
「【ジン・トニック】!」
男の伸ばした手が、俺の持っている未知の道具、銃へと伸びてきていた。
もはや照準を付ける手間すらもどかしく、祈るように引き金を引いた。
穏やかでありながらも凄烈な緑色の風が、ぶわっと銃口から吹き出した。
「がぁぁああぁあ!」
無意識に働いたセーフティーか。集中が足りなかったのか。放たれた風の渦は男の命を奪うようなこともなく、その巨体を吹き飛ばす。
男の体はそのまま廊下の壁へと向かい、ズダンと派手な音を立てながら壁に背中を叩き付けられた。
ばたり、と倒れた男が起き上がる様子はなさそうだった。
「……間一髪」
今度こそ気が抜けた。
手足から力が抜け、辛うじて銃だけを手放してはいない状態。
だから、次にドタドタと近づいてくる物音に対する反応が遅れた。
相手は三人いるのに油断した自分に反吐が出そうになるが、必死にポーチに手を伸ばす。
そこで時間切れ。
近寄っていた足音が、バタンと扉を開けた。
そして、相手は俺と見つめ合い、ほっと互いに安堵の息を漏らした。
「なんだ、元気そうじゃねえか。小僧にノイネ」
「……遅いよオヤジさん。もう駄目かと思ったってのに」
フライパンを掲げたオッサンを見て、安堵する瞬間がこの世にあったことを。
俺は人生で生まれて初めて知ったのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
更新が遅れてすみません。
感想への返信は、また後でにさせていただきたく思います。
※0727 表現と誤字を少し修正しました。




