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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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暗闇の中

 目的地となる家は、二階建ての簡素なものだ。

 トライス曰く、ノイネは二階にある二室のうち北側の部屋に居る。犯人は三人とも一階に固まっているようで、見張りを立てている様子はない。

 つまり、どうにかしてバレずに潜入することができれば、安全にノイネを救い出すことが可能というわけだ。


「でも、そんなに上手く──」

「そのための魔法でしょ」


 懸念を現す俺に、トライスはあっけらかんと言ってみせた。

 彼女が指定した『カクテル』の効果。


【チャーリー・チャップリン】の効果は、気配遮断だ。

 自身に向かって放つことで効果が発動し、短くても十五分の間、どこに潜んでいようと気配をさとられることがほぼなくなる。


「段取りとしては、総が潜入して、私はそれを外から感知している。総に何もなければ、そのままノイネ・プラットを救出して脱出。もし何か危険が迫ったら……」


 チラリとアジトを目にし、トライスが続ける。


「絶対に顔が割れていない私が、来客を装って時間を稼ぐ。ただ、それがあった場合、危険が迫っているってことは、総も覚えておいて」

「……了解」


 弾薬化の魔法を使える俺とトライスは、家のどこからでも潜入できる。

 そして、俺はスイの関係者として覚えられている可能性が高いが、トライスの顔が割れている可能性はほぼない。

 だから、トライスは最後の時間稼ぎ要員として外に居る必要がある。

 その話を静かに聞いていたオヤジさんは、怪訝な顔をしつつも、異議を挟まず尋ねる。


「俺は何をする?」

「あなたは、見張りをお願いします。今、家の中にいるのは三人だけど、それ以上居ないという保証はないから」


 指示されたオヤジさんは、分かった、と小さく頷いた。

 それを見つつ、ふと気になったことを尋ねる。


「オヤジさん、武器は?」

「フライパンならあるぞ」


 言ってオヤジさんが背を見せると、小さめのフライパンが腰にささっていた。


「なんでそんなもんを?」

「てめえが分からず屋だったときには、一発ガツンとな」

「…………」


 …………。

 まぁ、そのオヤジさんの思い切りが今の状況を生んだのだから、良しとするべきか。

 段取りの確認は済んだ。後は、潜入するだけ、だ。


「【チャーリー・チャップリン】の力で、大抵のものは誤魔化せるけど、あんまり大きい音を立てたらさすがに誤魔化せないから、そこは注意してね」

「分かった」


 気配を消したところで、姿が消えるわけではない。

 迂闊な行動はせず、迅速に見つからないように動く必要があるのだ。


「それじゃ、行こう」


 俺が声をかけると、トライスとオヤジさんもこくりと合わせて頷いた。




《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 トライスの見立てた場所。階段の近くにある小さな部屋(おそらく物置)の壁に手を当てて俺は詠じた。

 手を当てた先の壁は、魔法によって大きく穴を空け、人一人分の入り口を作る。材質は良く分からないがそれなりに重い弾丸になったので、踏ん張って落とさないようにした。

 ここで物音を立てたらおしまいである。

 深く呼吸しながら、出来た弾薬をゆっくりと足元に下ろす。もう一度大きく息を吐いた。


【チャーリー・チャップリン】はすでに撃ってある。そのままゆっくりと家に入る。

 踏み入った瞬間から、心臓は恐ろしいほど高鳴っている。

 物置らしき部屋には、予想に反して物らしい物がまったく見当たらない。積もった埃が、先程開けた穴から差し込む月明かりに揺れている。

 空き部屋と言った方が近いだろう。使用していないのだ。

 ということは、ここに犯人が潜伏しているのも、そう長い期間のことではないのだろう。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》


 小声で唱え、くりぬいた壁は再び元に戻しておく。途端に部屋が暗くなるが、小さく空いている窓から僅かに光は入っている。

 暗闇に目を慣らしながら、頭の中でゆっくりと行動を組み立てた。

 まず部屋を出る。大丈夫、もし何かあったらトライスが呼び鈴を鳴らすなりするだろう。

 部屋を出て、すぐ近くにあるはずの階段を上る。二階に上がればあとは北側の部屋に向かうだけだ。

 そこでノイネを救出し、弾薬化でも窓をぶち破ってでも良いから外に出る。

 そうすれば、遠慮しなくて良くなったトライスがなんとかすると言っていた。


 上手く行く。

 肝心なところでトライス任せではあるが、彼女はそのために現れたと言っていた。

 もし彼女が、俺が知っているあの女なら、出来ない事を出来るとは言わないはずだ。

 だから、動くんだ。


 心で念じつつ、俺は木製のドアについたノブに手を伸ばした。

 そーっと開ければ、微かなキーっという音を立てただけで、ゆっくりと扉は開く。

 廊下も暗く、物置よりも前が見えない。俺はすり足をしながら、手を伸ばし、触れた壁の感触を頼りに進む。


 耳をすませると、誰かの話し声が届いている。誰かが居る。俺は今、有人の家に忍び込んでいるのだ。

 心臓は尚更に高鳴るが、俺は意識して呼吸をゆっくりにしながら、静かに進む。

 やがて、こつんとした感触が足を突いた。触って確かめてみると、それは確かに階段のようだった。


 恐る恐る、一段だけ上る。僅かに足音が鳴った気がしたが、大丈夫だ。

 続いてまた一歩、もう一歩。ゆっくりと階段を上る。

 それを闇の中、静かに繰り返し、ある所で足がすかる。

 どうやら二階に辿り着いたらしい。

 少し目を凝らせば、二階の廊下にある窓から再び、ありがたい月明かりが入っている。


 俺は頭の中で、現在の方角を思い浮かべる。

 入ってきた部屋、階段を探して動いた方向、そして階段の向き。

 しっかりと頭の中で整理して、北側の部屋を選んだ。


 部屋の入り口について、また静かにノブを握る。固い感触が返ってくる。流石に施錠されているらしい。

 少し迷ったが、俺はドアノブの周囲ごと、弾薬化することにした。

 扉とドア脇の壁をまたがるようにぽっかりと穴が空く。俺は静かに穴に手をかけてドアを開けた。


「……見つけた」


 そして暗がりの中、手足を縛られ、猿ぐつわされて横たわっている女性の姿を発見した。

 意識はあったようで、彼女はドアから侵入してくる何者かをじっと見ていた。俺と目が合った瞬間、驚愕の表情をしつつ、声を出さないよう必死で堪えていた。

 逸る気持ちを抑えて、静かにドアを閉める。鍵に関しては、迷ったが復元しない。

 それよりも今は、ノイネのことだ。


「……静かに。今、解(ほど)きます」


 小声で指示を出すと、ノイネはこくんと頷いた。

 俺は縛られている手足を見るが、どうやって解いたら良いのか良く分からない。

 それなので、さっさと弾薬化してしまうのが手っ取り早いと踏んだ。


《生命の波、古の意図──》


 そして詠唱を始めたそのタイミングで。




「すみませーん! 少し道をお聞きしたいんですけどー!」




 階下から、女性のそんな大声が聞こえてきた。


「っ!」


 トライスからの、緊急連絡だ。

 ということは、今まさに下で何か動きがあったということなのだろう。

 相手はどう出るか分からない。そのままトライスの方に向かうかもしれないし、二階に上がってくるかもしれない。


《──我求めるは魂の姿なり》


 とにかく、ノイネの足を縛っていた戒めを解いた段階だった。

 ドタドタという遠慮のない足音が、確かに耳に届いていた。何者かが、階段を勢い上っているのだ。


「っくそ」


 俺はノイネの解放を置いて、腰の銃に手を伸ばした。

 と同時に、物音は喧騒に変化していた。


「おらっ! どけえ!」

「なんだこいつ!」

「ちょっと、勝手に入ってこないでよ!!」


 怒鳴り声が響く。誰の物であるのかは考えるまでもない。

 心臓の鼓動がドクンドクンと早鐘に変わる中、ポーチから弾丸を取り出し銃に込めた。

 その瞬間に、ドアに空いている穴から光が入る。二階の明かりが誰かによって付けられたのだ。


「基本属性(ベース)『ジーニ45ml』、付加属性(エンチャント)『ライム1/6カット』、系統(パターン)ステア──」


 早口で宣言を行うが、近づいてくる足音は俺の言葉よりも早い。

 俺が魔法を完成させる前に、その男はドアを開け放ち俺の視界に入った。


「なんだてめえは!」


 長身の男だ。年は三十代と見える。ガッチリした体格は明らかに出来上がっており、俺なんかでは組み伏せられておしまいだろう。

 男は俺の姿に驚いた様子だが、それでも真っ直ぐに、俺を睨みつけた。


「──マテリアル『トニックウォーター』アップ!」


 男の出現とほぼ同時に俺の宣言も終わった。

 指先から銃へと魔力が流れていき、手に持った銃が僅かに震えた。


「てめぇ! おかしな真似を!?」


 男は、俺が何をするつもりかは分からなかったことだろう。それでも何かをするのだと理解したらしく、すさまじい速度で俺へと迫る。

 男に明確な敵意を向けられる状況に、体が固まりそうになる。それでも懸命に、俺は腕を上げた。


「【ジン・トニック】!」


 男の伸ばした手が、俺の持っている未知の道具、銃へと伸びてきていた。

 もはや照準を付ける手間すらもどかしく、祈るように引き金を引いた。

 穏やかでありながらも凄烈な緑色の風が、ぶわっと銃口から吹き出した。


「がぁぁああぁあ!」


 無意識に働いたセーフティーか。集中が足りなかったのか。放たれた風の渦は男の命を奪うようなこともなく、その巨体を吹き飛ばす。

 男の体はそのまま廊下の壁へと向かい、ズダンと派手な音を立てながら壁に背中を叩き付けられた。

 ばたり、と倒れた男が起き上がる様子はなさそうだった。


「……間一髪」


 今度こそ気が抜けた。

 手足から力が抜け、辛うじて銃だけを手放してはいない状態。



 だから、次にドタドタと近づいてくる物音に対する反応が遅れた。



 相手は三人いるのに油断した自分に反吐が出そうになるが、必死にポーチに手を伸ばす。

 そこで時間切れ。

 近寄っていた足音が、バタンと扉を開けた。



 そして、相手は俺と見つめ合い、ほっと互いに安堵の息を漏らした。



「なんだ、元気そうじゃねえか。小僧にノイネ」

「……遅いよオヤジさん。もう駄目かと思ったってのに」


 フライパンを掲げたオッサンを見て、安堵する瞬間がこの世にあったことを。

 俺は人生で生まれて初めて知ったのだった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


更新が遅れてすみません。

感想への返信は、また後でにさせていただきたく思います。


※0727 表現と誤字を少し修正しました。

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