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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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白き影の誘い

「なんで、今、ここに……」


 驚きの感情で、俺は上手く言葉が出てこなかった。

 どうして彼女が、いきなり目の前に現れたのか、分からなかった。

 いつものように、そこにいるのが当たり前のように、暗い夜道に浮かぶ月のように髪を白い髪をなびかせる。そんな彼女が、そこに居る意味が理解できなかった。

 そんな俺と違って、オヤジさんは突如現れた彼女に、不躾な質問を飛ばす。


「誰だアンタは? 何を言ってやがる?」


 オヤジさんの問いに、トライスは少し困った笑みを浮かべていた。


「私のことは……トライスと呼んでください。何を言っているといわれても、そのままの意味です。私は、総を助けるために、来たんですよ」

「……トライス……!」


 オヤジさんも、彼女の名前にはっと気付いたようだった。

 この白髪の女性が、俺が以前記憶を取り戻したときに話した女だということに。

 硬直が解けた俺は、上手く回らない舌をどうにか動かしトライスへと尋ねようとする。


「……トライス。君は──」

「駄目だよ総」


 しかし、トライスはまだ静かな笑みを浮かべたまま、嗜めるような口調で言った。


「今は君の質問に答えている場合じゃない。もともと私がここに来たのもイレギュラーなことなの。だから、気になることがあっても、全部後にして?」

「……分かった」

「うんうん。物わかりが良いじゃないか」


 その、俺を下に見て可愛がるような物言いに、俺は無性にイラっとした。

 イラっとしてしまっている自分を思い出して、頭から溢れ出てくる思い出を振り払った。

 俺の難しい顔にうんと一つ頷き、トライスは周りを少し見回した。


「他の人は、居ないみたいだね。うん、都合が良いかな」

「誰かが居ると都合が悪いのか?」

「……うーん。まぁ、気にしないでおくれよ」


 トライスは簡単にはぐらかし、そして次の瞬間には真面目な表情で言った。


「誰が動いてるとか、何故動いてるとか、どうして助けるのかとか、そういうことには答えられない。でも、それで良いと言ってくれるなら、ノイネ・プラットが今どこに囚われているのか、教えてあげる。救出を手助けしてあげる。どうかな?」


 ごくりと、俺とオヤジさんの唾を呑む音が重なった。

 トライスは試すような表情で俺達を見ている。オヤジさんはトライスに疑いの眼差しを向けている。

 理由を知らせず、ただ助けるという申し出など、怪しくて仕方が無いだろう。

 そんな雰囲気の中で、俺はすぐに頭を下げた。


「頼むトライス。助けてくれ」

「なっ、小僧?」


 俺が迷わず言ったことで、オヤジさの声が揺れる。

 彼の戸惑いに、俺は静かに返した。


「オヤジさん。俺は少なくとも、彼女が嘘を吐くタイプだとは思わない。少なくともこれまでは、そうだったんだ。だから、今言っていることも、全部本当だと思う」

「…………確かか?」

「トライスが信じられないなら、俺を信じてくれないかな」


 オヤジさんは険しい表情を浮かべつつ、ジロジロと俺とトライスを見比べる。

 必死な俺と、事の成り行きに任せるという風なトライス。

 しばらくして、オヤジさんはため息を吐いて頷いた。


「分かった。トライス……さんか。あんたを信じる」

「ありがとうございます」


 ニコリとしたトライスの笑みに、夜のような妖艶さを感じてドキリとした。

 相変わらず、彼女を前にすると心臓の動きが加速する。その自覚があるのが悔しいのだが、どうしようもない。

 俺が意味も無く唇を噛んでいるところで、トライスは暫く精神を集中するように静かに目を閉じる。数秒の後、ピンと指を地面に向け、静かに唱えた。


「【ハンター】」


 次の瞬間、彼女が手を向けた地面から、仄かに線が走ったように感じた。

 俺は彼女が使った魔法に、少しだけ心当たりがある。

 ウィスキーベースのやや甘めのカクテル【ハンター】。実験で使った時には、効果が良く解らなかったが、魔力が何かを探すように弾けたのは覚えている。

 しかし当然のように、彼女はその魔法のことも詳しくは教えてくれないようだった。


「さて、場所は分かったよ。今なら案内できるけど、二人の準備は良いかな?」


 俺は腰に手を当てる。そこには確かに、銃とポーチを装備してある。いつでも動ける。

 そうやって、確認を終えた俺と違って、オヤジさんはトライスに尋ねる。


「ちょっと待ってくれ。それで場所が分かったのなら、他の者や騎士団に頼ってはいけないのか?」


 確かに、居場所さえ分かるのであれば、そうしても良い筈だ。

 俺もそう思いはしたが、トライスは首を横に振った。


「いけないんです。さっきも言った通り、私はなぜなにを尋ねられるわけにはいきません。騎士団や、勘の鋭い女の子を待つことはしません。第一、そんな大人数で踏み込んで気付かれるのは避けたいでしょう? 逃げられるならまだしも、人質が殺されたらどうします?」

「……それは、そうだが」


 今、俺達が行おうとしているのは、相手の要求を蹴るような行いだ。これがバレれば何かあるかは分からない。

 気付かれずにノイネを救い出すためには、少数で動いた方が都合は良い。

 しかして現状、トライスの助力を得るには、彼女の要求を飲むほかはないだろう。

 と、頭で理解はできていても、オヤジさんは唸る。

 そこで駄目押しのように、トライスは最後の言葉を放った。



「そもそも。私が一人居れば、他の戦力は必要ありません。必要なのは、人質を助け出してくれる手足だけです」



 今度の言葉は、冷たく響いた。

 初めてトライスと会ったときから感じる、まるで人ではないような異質な気配。

 彼女は決して嘘を言っているわけではないのだろう。そう感じられる圧倒的な存在感。

 トライスは、それによってオヤジさんをも軽く圧(お)し返した。


「……分かった」

「理解していただいて助かります。あまり時間をかけるのもいけないので、すぐに向かいましょう」


 トライスはさっと踵を返し、そのままゆっくりと歩きはじめる。

 俺とオヤジさんは、そんな彼女に付いて歩き出した。

 目的地は、指定された郊外とは違う方角らしい。

 逸る気持ちが足を急がせよと叫ぶのだが、トライスは落ち着いたペースを崩しはしなかった。




「……そろそろだね」


 とある区画まで来たところで、トライスは静かに口を開いた。

 彼女は立ち止まり、俺とオヤジさんへと視線を寄越す。

 俺もオヤジさんも、彼女が一定のペースで歩いてくれたおかげでほとんど疲れはない。

 疲れはないが、彼女が立ち止まった区画には、少し驚きを隠せなかった。


「この辺り、繁華街の近くじゃないか」

「そうだね。木を隠すなら森の中じゃないけど、上手く潜むのなら、ある程度は人の中に居た方が良いのかもね」


 この区画には覚えがあった。

 以前、ヴィオラと二人で違法バーを探したときに踏み入った区画だ。確か、この街でも比較的外からの住人が多く、色々と人の出入りが激しいとのことだったか。

 言い換えれば、あまり住人同士の繋がりはなく、街への帰属意識も低い。仮に何かを目撃しても、見て見ぬ振りをすることだって多いのかもしれない。

 つまりは、息を潜めて何かを狙うのにも悪くない立地なのだろう。

 そう複雑に考えていたところで、トライスはすっと指差した。


「あれかな」

「……本当にか?」

「うん。間違いない」


 トライスが示した方を見ると、なんの変哲も無い家があった。そこまで広いわけでも無さそうな、いたって普通の家。木造の小屋よりは少し豪華な程度のものだ。

 俺達は、そっとその家から隠れるように物陰に潜む。


「……それで、どうやって突入するんだ?」

「その前に、中の調査もやっとこうか」


 尋ねたところ、トライスは軽く返してから、もう一度集中するように目を閉じる。

 そして、掌から何かを開くような仕草と共に口にした。



「【シー・ブリーズ】」



 直後、彼女を中心に薄ぼんやりとした白い霧が広がって行く。

 霧はひんやりとしていて、どこか不思議な感じがする。肌寒い空気の中にあっては、どこか心細くなる気がした。

 そしてまた、その名前に引っかかった。先程の【ハンター】と同じように【シー・ブリーズ】も、カクテルの名前である。

『ウォッタ』をベースにしたその『カクテル』は、実験でも霧を発生させていたが……。


「ノイネ・プラットの他に、三人かな。うち二人は素人も同然だけど、一人は強い。魔法のかかった武器は無いみたい」


 あっさりと、建物の中の情報らしきものをトライスは口にした。

 その情報に俺とオヤジさんは半信半疑の目を向ける。

 彼女は、その視線に気付いたようで、小さな声で言った。


「信じてくれないと、困るかな。確かに何も無しに信じろってのは……酷かもしれないけれど……」


 次第に言葉の勢いを落とし、たははと誤魔化すような笑みを見せたトライス。その彼女の困ったような表情も、俺には見覚えがあるものだ。

 無茶な要求をして、無理に通そうとしても駄目だったとき、最後は泣き落としならぬ苦笑い落としで俺に要求を呑ませる。

 鳥須伊吹が、よくやった手法の一つであった。

 俺は舌打ちしたくなる記憶に蓋をして答えた。


「分かった信じるよ」

「ほんと?」

「信じないと、何も始まらないからな」


 結局俺達は、彼女の言葉に従うしかないのだ。

 はぁ、とため息を吐きかけたところで、トライスは俺の自分の手で塞いだ。


「駄目だよ総。そういうことすると幸せが逃げるって知らないのかな?」

「……逃がしてんだよ。今は結構幸せだから、パンクしないようにな」

「……うわ、総がまさかの前向きな返し方してきた」


 俺が言い返すと、トライスは目をパチクリと瞬かせる。

 彼女の中の俺がどんななのかは知らないが、少し失礼ではないだろうか。

 少なくとも、今の俺とトライスには、そのような関係性は無いはずなのだから。


「小僧。あんまりノンキなこと言ってんじゃねえぞ」

「すみません」


 それを見ていたオヤジさんが、苛立たしげに言った。

 確かに今はそんなときではない。俺はトライスのペースに乗せられて緊張感を失っていたことを切に反省する。

 気合を入れ直すために短く息を吐いたところで、トライスが要求した。


「それじゃ、緊張ついでに、一つカクテル作ってもらって良いかな?」

「……ここでか?」

「できるでしょ?」


 俺は不思議に思いつつ、彼女の要求に従うことにした。


「それで注文は?」


 問いただすと、彼女はすぐに答える。



「気配遮断の無属性カクテル【チャーリー・チャップリン】」



 彼女のえらく魔法的な注文の仕方に再度驚いた。

 驚きついでに、以前言っていた『弾薬化』についての話も、思い出した。



 これはもともと『彼女の力』だと、俺は確かにそう聞いたのだった。



ここまで読んで下さってありがとうございます。



私事で申し訳ありませんが。書籍の二巻の情報が本日解禁になりました。

詳しいことは後で活動報告にも書きますが、二巻の発売は9月25日の予定になります。

一巻では構成の変更と、細かな修正が主だったのですが、

二巻は二章の前半部分を一巻に収めることになったので、大幅にストーリーや展開を加筆することができました。

既にこちらで読んで下さっている方も、それなりに新鮮な気持ちで楽しんでいただけると思います。


どうぞ、お酒のお供にでもしていただければ幸いです。


※0901

二巻の予定日が延期になりました。詳しくは活動報告をご覧ください。

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