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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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手探りの道しるべ

 スイと間違えられてノイネが誘拐された。

 その結論だけは、どうやら疑いようが無さそうだった。

 目撃証言と手紙の二つが合わさって、それでもなおノイネの無事を願うのは少し都合が良い考え方だ。



 関係者はみな、食堂に待機していた。寂しい夜の気配が、待つ者全員の心に忍び寄ってくるみたいだった。

 今しがた、手紙を受け取ってからすぐに外に出て行ったヴィオラとベルガモが戻ってきたところだ。

 俺達の追及の目に、二人は残念そうに首を振った。

 先んじて報告をしたのはヴィオラだ。


「匂いを辿って手紙を渡した男にまで戻ったが、駄目だった。男はただ金で雇われただけで、犯人までの痕跡は掴めなかった」

「手紙そのものの匂いは、巧妙に消してある。こっから辿るのも難しいんだ」


 二人は持っていた手紙をテーブルの真ん中に置いた。

 手紙とそれを渡した男。その二つからでは、犯人を辿ることは難しい言う。


「ノイネの匂いは辿れないのか?」

「彼女、この辺りに滞在して長いだろう? そこかしこに匂いが残ってて、追跡するのは無理だ」

「……そうか」


 簡単そうな方法は、真っ先に否定されてしまった。

 そもそも、ベルガモだって人間よりは大分鼻が利くだろうが、万能ではない。それが完璧であれば、騎士団ではもっと獣人が活躍しているだろう。


「……となると、この要求を呑むことも考慮しないとな」


 言いながら、俺はテーブルに広げられた二枚の手紙のうち、場所と日時が書かれたもう一枚に目を落とす。

 自身の犯行を教えただけの一枚目と違って、事務的な口調でこう書かれている。


『明日の朝五時、郊外のフィーヌ橋の上で手紙を届けさせる。それを夕霧総が一人で受け取り、その手紙を誰にも見せることなく指定された場所に向かえ。他に誰かを同伴させた段階で、人質の命は無いものと思え』


 俺を名指しにしての、要求。

 それも、この手紙では直接伝えず、間接的な場所を指定する徹底ぶり。

 どうやら、相手はかなり用心深いらしい。隠れて誰かを同行させるのも、危険が高いと思われた。


「それは駄目だ総。我々騎士団としても、君を一人で行かせるわけにはいかない」

「だけど、そうしないとノイネの命が危ない」

「それは確かにそうだ……だが、同様に君の命も危ないんだぞ」


 犯人の狙いは、どうやら俺のようだ。そして恐らくスイも狙われていたのだろう。

 ただ、相手はスイの顔をはっきりとは知らないのかもしれない。だから、スイの情報──たとえば青髪──だけを頼りに、誘拐を実行した。

 用心深い割には、変なところで抜けているとも言える。


「相手の要求が分からない以上なんとも言えない。もしかしたら単純な金銭目当ての犯行かもしれない」

「……本気で言っているのか?」

「可能性はゼロじゃないだろう?」


 と、余裕を持って返しはしたものの、内心は自分でもそれを否定している。

 今のタイミングで、俺やスイを狙うもの。それは十中八九『カクテル』の何かを狙っているのと同義だろう。

 領主様の忠告や、ギヌラと話したときに彼が言っていたことが思い出される。

 今が一番重要な時期だ。そして、今が一番狙いやすい時期でもある、と。


「とにかく、君が考え無しに動くことは許可できない。この件は騎士団に預けて欲しい。今現在、既にこの件に関してはそれなりの人員で当たっているところだ」

「……それで解決できるのか? なんの手がかりもないのに?」

「……それでもだ。私達は最善を尽くす。だからどうか、信じて欲しい。必ず犯人の尻尾を掴んで、ノイネ氏を救出してみせる」


 ヴィオラのいつにも増して必死な懇願。そんな彼女に、俺は曖昧に頷いた。


「……分かった。ひとまず、任せる。それまで、どうしていれば良い?」

「君は無闇に出歩かないでくれ。他の者も、一人で出歩くのはよしてくれ。最低でも二人以上で行動すること」


 ヴィオラはそう指示を飛ばす。

 それから、座っているスイと、ベルガモに目線をやった。


「スイとベルガモ。良ければ捜査に協力してくれないか。スイの魔法と、ベルガモの鼻は役に立つ」


 言われたスイ、ベルガモは一も二もなく頷いた。

 スイは静かに椅子から立ち上がると、ぐっと歯を食いしばっている俺に目を向けた。


「総。気持ちは私達みんな一緒。お願いだから、自分を犠牲にするような行動しないで。一人で勝手に、決めないで」

「……分かってるよ」

「それじゃ、行ってくる」


 三人は、それぞれ静かに部屋を出て行く。

 誰もが緊張をその身に飼い、迂闊な行動を取ったら押し潰されてしまいそうだった。

 残された、俺、ライ、オヤジさんに双子。

 オヤジさんはまだ難しい顔をしたままだが、ふぅ、と緊張と共に息を吐いて双子を見た。


「フィル、サリー。悪いんだが一つ頼まれてくれねえか?」

「はい。なんですか?」

「これから、店に臨時休業の知らせを出しに行く。そうしとかねえと、困る客も居るだろう。他にも食材の発注の相談とかしてこねえとだし……その付き添いをな」


 ノイネが誘拐されたこの状況にあっても、オヤジさんはお客さんために言った。

 何を非常時に、と怒り出す人間はここには居ない。もとより、今俺達に出来る事なんてそのくらいなのだから。


「分かりました」

「しっかり護衛させて頂きますわ」


 二人はそれぞれ頷き、オヤジさんと一緒に立ち上がった。


「そういうわけだ。ライ、小僧。悪いが留守番を頼む。誰か来ても鍵は開けなくて良いぞ。俺達はみんな合鍵を持ってるからな」

「……うん。お父さん気を付けてね」

「心配すんな。これでもまだ、そこらの連中には負けねえよ」


 不安そうにしているライの頭をグリグリと撫でて、安心させようとするオヤジさん。

 それから彼は、部屋を出る前に俺に言い含めるようにした。


「小僧。くれぐれも、勝手な行動は取るんじゃねえぞ」

「……分かってるよ」

「……どうだかな」


 オヤジさんのひと言は、あまり俺を信用している風ではなかった。

 そして三人が玄関から出ていった音がする。部屋に残されているのは、俺とライの二人だけになった。

 周りに人が少なくなって心細くなったか、ライは震える声で、小さく俺に尋ねる。


「ねえ総。大丈夫だよね? ノイネさんは無事、だよね?」

「当たり前だろ」


 オヤジさんの真似ではないが、俺もまたライを安心させるように彼女の頭を撫でた。

 スイやノイネとはまるで似ていない、赤い髪の毛だ。

 そんな髪の毛に呼応するような暖かな体温を、ライを撫でる掌は感じていた。


「なんでなのかな。なんでそういうことするのかな」

「なんでだろうな。分からないよ」

「うん。分からない。どうして、悪い事なんてしちゃうのかな」

「きっと分からなくても良いんだ。分からない人を守るために、騎士団があるんだから」


 ライの不安を解消するように、優しく答え続ける。

 次第に、ライの声は言葉の形を崩して、小さな嗚咽へと変わっていた。

 意味の分からない恐怖に怯えるように、ライは俺にしがみつく。

 十分も二十分もそうしていると、次第に声は落ち着いた。泣き疲れたライが、ぼんやりとした顔で、俺から離れた。


「ごめん。情けないところみせちゃった、ね」

「良いんだよ。俺ももう、家族みたいなもんだろ? 家族にはそういうの、見せて良いんだってさ」

「……ふーん。総のかっこつけ、さ、今だけはちょと嬉しいかな」


 ぶすっとしたままで、ライは答える。

 俺はそれに苦笑いをしていた。でも、嬉しくないわけではない。

 ただの気休めだろうと、ライがあまり不安を感じないでいてくれるのなら。ありがたいことだ。

 ふーっと息を吐いて、ライはうんと一つだけ頷いた。


「……私、お夕飯の準備してくるね。こんな時だけど、お料理はしっかり作らないとだよね」

「そうだな。大切なライの仕事だ、頼むよ」

「まかせて」


 このタイミングで、ライが動いたことを咎めるものも、居ないだろう。

 ライはととっと台所に向かい、ついに食堂に残されたのは、俺一人になってしまった。


「……さて、行くか」


 俺はこうなるのを、密かに待っていた。

 物音を立てないようにまず静かに自室へと向かう。白紙を一枚用意してメモを綴った。

 自分はすぐに戻ってくるから、勝手を許して欲しいと。

 それを食堂のテーブルにそっと置いて、俺はそそくさと玄関へ向かう。


 犯人の手がかりは何も無い。

 騎士団に任せはしたが、彼らが見つけられるという保証もない。正直に言えば、可能性は低いと思っている。

 ならば、この事件は一筋縄ではいかないだろう。


 ただし、俺には一つだけ、ノイネの居場所に繋がる可能性を知っている。

 俺は一人だけ、俺の質問になんでも答えてくれそうな存在に心当たりがある。

 そしてそんな存在に会うためには、図書館がギリギリ開いている今行くしかない。恐らくだけど、俺一人でなければ、現れてくれないだろう。


 物音を立てないよう極力注意して、玄関を開けた。

 そーっと扉を閉め、鍵も静かにかける。

 それから、くるりと前を向いた。

 夜の帳が降り始めた空には、早めの星が綺麗に輝いている。ぼうっとした月が、半分欠けながら輝いているのも見えた。

 さて、と気を取り直し一歩踏み出したところだった。



「どこに行くつもりだ、小僧」



 心臓が飛び出るかと思った。

 俺が恐る恐る声の方へ顔を向けると、物陰に潜んで目を光らせていたオヤジさんと目が合ってしまった。


「……オヤジさん、店に向かったんじゃ?」

「…………」


 問いかけにオヤジさんはしばし無言。それから呆れたようにため息を吐く。


「……やっぱりな。やけに素直すぎると思ったぜ。何か変なことでも企んでそうだとな。見張ってて正解だった」


 どうやら、俺が何か勝手な行動を取ると踏んで、ブラフを張っていたらしい。双子を二人とも連れて行ったのは、彼らに仕事を任せるためか。

 そのオヤジさんの罠に、俺はまんまと嵌ってしまったわけか。


「さぁ答えろ、どこに向かうつもりだった?」


 問い詰められて、俺は躊躇いがちに言った。


「図書館に」

「……図書館?」

「今ならまだ、閉館までギリギリ間に合うから」


 と言われても、とオヤジさんは言外に言っていた。

 表情ははっきりと見えなくても、呆れた気配だけは如実に伝わってくる。


「図書館なんて行って、どうするんだ?」

「……それは」


 そこに潜んでいる何者か。

 その何者かに、ノイネについての今を聞けるかもしれない。

 いままで困った時、常に手を差し伸べられてきたように。


 その説明を、どうするべきか。

 俺が迷っていたときに、救いの手は思わぬ相手からもたらされた。

 どこからともなく、凛とした女性の声が響いた。



「図書館に行く必要はないよ、総」



 その人物の登場を、俺は全く予期できていなかった。

 オヤジさんですら、彼女が近づいてきたことに気付けなかったのか、驚いた気配がする。

 俺が恐る恐る振り返れば、彼女は街灯に照らされた白い髪の毛を揺らした。



「今回は、私が助けてあげるから」



 黒いインナーに白いローブ。俺がこれまで見てきたどんな服装とも違う服を着て。

 そう言ったトライスは、いつものように静かな笑みを浮かべていたのだった。



※0727 誤字修正しました。

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