自分勝手な選択
結局、事件はそれほど大事に至る事なく終わった。もちろん犯人にとっては大事だろうが、こちらとしてはそれこそ関わりたくないという感じではあった。
勝手な行動を取った俺とオヤジさんは当然のごとく怒られた。スイやライ、フィルにサリーはもちろん、騎士団や店の関係者。そして助けた筈のノイネにまで怒られた。
本来怒られるべきトライスの姿がどこにもなかったのも、余計に怒られた原因だろう。
保護されたノイネは、とても落ち着いたものだったという。
普通あれだけのことがあれば、いくらか精神的な外傷を負ってもおかしくないと思うのだが、彼女は「これでも長生きしてますから」と曖昧な返答であったとか。
犯人は戯れ言を流されて普通に捕まった。
その命令した何者かについては分からなかったが、騎士団にて情報を流していた者は今回の事件を期に見つかったらしい。
捕まった人物から何が聞けるのかは知らない。俺もそこまで内部事情を聞ける立場なわけではない。ヴィオラが何らかの決着が付いたら教えてくれるというので、情報待ちだ。
オヤジさんの怪我も大したことがなかった。というわけで臨時休業もとりあえず取り下げて、イージーズは翌日普段通り営業、としたかったがそれは止められた。
事件が落ち着くまで、一週間と言わないからせめて三日は休めとのことであった。
場合によっては、俺達にも護衛が付くかもみたいな話もされたが、あまり息苦しいのは困るとだけ伝えた。
そして、そんな中でも予定と変わらぬこともある。
事件から二日。
ヴェルムット家の面々に俺とノイネ。それに付き添い兼護衛の弟子二人は、とある郊外の墓地へと足を運んでいた。
この時期にはまだ肌寒い風が、今日はどうにも穏やかだ。太陽の陽射しも強く、春の気配をすぐそこに感じられた。
「こっちだ」
オヤジさんの迷いのない足取りに合わせて、静かに進む。
やがて、綺麗な石で出来た墓の前で、オヤジさんは立ち止まった。
日本っぽい感じでも、教会系のものでもない。大きな石が目印に置いてあるだけの、質素な墓だった。
誰かが何かを言う前に、まずライが手に持っていた花束をそっと置いた。
それから、オヤジさんは俺に目を向けた。
俺はこくりと頷いて、ポーチから一発の弾薬を取り出した。
《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》
そう呟くと、弾薬は手の中でグラスの形に戻った。
俺が今朝、墓の下に眠る彼女のために作った【ソルティ・ドッグ】だ。
「本当に良いんだよな?」
「ああ。この前、俺だけで飲んじまったからな。……それに、娘が何をやってるのか知ってもらうには、飲むのが一番だろ」
オヤジさんの言葉に、その場にいる全員が頷いた。
それを受けて、俺はグラスを一度地面に置いて、墓に手を合わせる。
それから、僅かに春の息吹を感じさせる地面に塩をほんのりと振り、カクテルを静かに流した。
地面に到達したカクテルは、少しだけ地表を滑った後に地面に呑み込まれて行く。
少し躊躇してから、意を決して一気に呑み込むタリアの姿が見えるような気がした。
それが済んだところで、俺はもう一度手を合わせてその場を離れる。
「俺は、席を外すから」
「……ああ」
オヤジさんは、少し俯きながら小さく了承の言葉を返した。
スイとライも、僅かにだけ俯き、頷く。
最後にノイネを見るが、俺はすぐさま彼女から視線を逸らした。
女性が必死に涙をこらえている様を、じっくりと見る趣味はない。
彼らは墓の前でどれくらい手を合わせていただろう。
ほんの数分かもしれないし、一時間以上経ったのかもしれない。それくらいの密度で真剣に手を合わせていた彼らは、やがて誰ともなく顔を上げた。
「もう良いぞ」
「じゃあ、俺達も改めて」
彼らが祈りを終えてから、俺と弟子二人は改めてその場に立つ。
そして静かに手を合わせる。
顔を合わせたこともない彼女に、何を祈れば良いのか。
いくら考えたところで答えは出ない。なので俺は一方的に告げることにした。
あなたの家族と、今一緒に居られて幸せです、と。
祈り終え、俺達の気持ちが集団に合流したところで、ノイネが言った。
「唐突ですが、そろそろ聞かせてもらえますか」
タリアの墓の前で、俺達の決意を尋ねると最初から決めていたのかもしれない。
ノイネの言葉に、オヤジさんが異を唱えるように口を出す。
「……悪いんだが、ゴタゴタでまだまとまってなくてな」
「それは分かります。しかし、そもそもあなた達の意見はまとまる目処が無いではありませんか」
「それは、そうなんだが」
オヤジさんが困り顔になる。
きっとオヤジさんは、俺の知らないところでノイネに言ったのだろう。タリアの命日まで返事を待って欲しいと。
そして今日だ。予定ではまとまっている筈の意見が、イレギュラーもあってまとまっていない。
「…………」
「…………」
スイとライは、お互い気まずそうに目線を合わせる。
お互いを思う故に、お互いの答えを否定するのが心苦しいと言うように。
そんな彼女達が何か言う前に、俺はずいっと一歩前に出た。
「スイ、ライ。それにオヤジさんやノイネさん。俺の意見を聞いてくれませんか?」
これまで、決定的な言葉を出してこなかった俺が、初めて一歩前に出た。
その場に集まっている面々は、興味深そうに俺を見る。
やがて、ノイネが静かな声で、試すように俺に尋ねた。
「総さん。あなたは最初、スイに残れと言っていましたね」
「はい。その気持ちは今でも変わっていません。俺は、スイにはやっぱりこの街に残って欲しいと思っています」
言った所で、スイが口を挟む。
「でも総。私がどうにかしないとあなたが求めていた『ベルモット』が……」
「スイ、一つ言わせてくれ」
おずおずと口を出したスイに、俺はキッパリと向き合った。
今回の事件を少し思う。
まだ事件を裏で動かしていただろう何者かには出会えていない。出会えていないが、その存在を俺は実感として知った。
今、この場からスイが離れてはいけない。
俺が思いついた何かを作るのに、一番に協力してくれるスイがいなければ、この先に何かあったとき対応できない。そう思った。
だから、こうだ。
「俺にはスイが必要なんだ。一緒にいて支えてくれる存在が不可欠なんだ。だからスイ、俺の側に居てくれ」
「……ぇ」
スイの、虚を突かれたような困惑の表情があった。
駄目押しとばかりに、俺はスイの肩を掴む。
スイはびくんと反応し、あたふたと視線をさまよわせる。
「……駄目か?」
「……えっと、だ、駄目じゃ、ない、んだけど」
「なら頼む。卑怯なこと言っているのは分かってるけど、それでもスイが必要なんだ」
「…………は、はい」
最後のひと言と共に、スイはコクリと頷いた。
俺は今、スイの好意を利用する形で最低な説得をしてしまった。その罪悪感がじゅくじゅくと胸を突く。
それでも、そう言うことで彼女は止められる。彼女の、自分は役に立たないという迷いを吹っ飛ばせる。
コルシカが言っていた事を、信じて行動したのだった。『行くなスイ。お前が必要だ作戦』であった。
俺達のやり取りを見ていたノイネが、少しだけ冷たい声を出した。
「では、『ベルモット』……のことは諦めると」
「それも違います。俺はそれを諦めるつもりもありません」
若干呆れ顔のノイネの問いかけに、俺はもう一度否定を返した。
その場にいるスイとライは、俺の言っていることにきょとんとした。
スイも取る、しかしベルモットも取る。それができないから困っているのに、そのどちらも取るとは、どういう意味なのかと。
しかしノイネだけは、少し面白そうな顔になって、言った。
「おかしいことを言いますね。どういう意味ですか」
俺の発言の真意を尋ねるノイネに、俺はにやっと笑みを返す。
「ちょっと思ったんです。あなたがスイを連れて行きたいのは、自分の里が脅威にさらされているためだ。それはつまり、里に住んでいる人間が脅威にさらされている、という意味でもある」
「当たり前ではありますね」
そう、当たり前のことだ。当たり前すぎて、だれもが前提条件に組み込んでしまっていたことだ。
エルフの里に住むエルフを守る為に、そこには力が必要なのだと。
「脅威を守るのに必要なのは、何も力だけじゃないはずです。違う方法があってもいい」
「それは、なんですか」
前提条件をひっくり返す、俺の答えはこうだ。
「里のエルフ皆で引っ越しましょう。森の奥に住んでないで、この街に移住してくれば良いんですよ。そしたら皆安全でしょう?」
ノイネは今まで見た中で最高の呆れ顔をした。
しかしそれも一瞬、俺の回答のどこが面白かったのか、くくと笑いを堪えるように尋ね返す。
「なるほどその発想はありませんでした。しかしそれはあまりにも、自分勝手ではありませんか。エルフのメリットは一体どこにあるというのですか」
「魔物に怯えなくて済むのも利点の一つですが、もっと明確な利点があります」
ノイネの質問こそ、俺が最初に導き出した答えに繋がる質問だった。
この回答を出した時、俺は頭の中がスッキリとした気分だった。
俺にとってのオートバイは何で、なんのためのサイドカーなのかを自覚した。
「この街に住めば、俺がエルフの皆に美味しい『カクテル』を作ってあげられます!」
はっきりと言ってやった。
結局俺には、それしかないのだ。
俺は大真面目に、その武器だけを振りかざすのだ。
俺は拳をぎゅっと握りしめ、自身の全てを込めるように熱弁した。
「利点は『カクテル』です! これは森の奥に住んでいては気軽に飲むことはできません! しかし街に住めば好きなときに飲める! これほどの好条件がありますか!?」
最後にぐっと拳を振り上げた俺。
いつの間にか俯いていたノイネが、絞り出すように声を出した。
「……なるほど。しかしそれでは、私があなたに知識を授ける理由もなくなりますが」
「土下座でもなんでもするので弟子入りさせてください。美味しい『カクテル』も付けますから」
「……カクテル、カクテルって……」
ノイネの言葉を最後に、周りはしんと静まり返る。
プルプルと体を震えさせながらノイネは俯いて、何かを必死に耐えている。
それから数瞬後。
何が起こったのか、さっきまで堪えていたノイネがついに盛大に吹き出したのだった。
「はは! あはは! そうなるのか! やっぱり人間は大好きだ! こうも馬鹿馬鹿しい話を大真面目に語れる、その真っ直ぐさが最高だ! あはははは!」
ノイネは腹を抱えて、俺の決意に笑い声をあげている。
俺はなんとなく手応えを感じて、ノイネ以外の面々へと目を向けた。
「……え?」
しかし、彼らははっきりと、呆れていた。
誰の顔を見ても『このカクテルバカが』と書いてあるようだった。
それからその墓地には、その場に似つかわしくない笑い声が響いていたのだった。




