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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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二つに一つの二つ目


 オヤジさんに付いて食堂へと向かうと、ご飯時ではないが家の全員が集まっていた。

 スイとライの思いつめた表情。フィルとサリーの心配そうな顔。

 そして、微妙にピリピリとした雰囲気から、オヤジさんがその場に人を集めている理由が分かった。


「……私は、少し席を外しましょう」


 その気配を悟ったのはノイネも同じだ。彼女は気を遣うように言って、出て行こうとする。


「待て、もう夜だぞ。あまり外出は」

「大丈夫です。このあたりにはもう慣れていますから」


 オヤジさんが呼び止めるが、ノイネは心配要らないと丁寧に断る。

 少し顔をしかめるオヤジさんに、ノイネは淡々と尋ねる。


「いつくらいに、決着は付きそうですか」

「……さあな。戻りたくなったら、いつでも適当に戻ってこい」

「わかりました。夕食でも済ませてから戻ることにしましょう」


 ペコリと頭を下げ、心配そうに孫娘を順に見るノイネ。

 そして彼女は最後に俺を見た。その目はやはり、何かを期待するようであった。




「……そろそろ、考えもまとまったか?」


 俺が席につき、全員で顔を合わせたタイミングでオヤジさんが口火を切った。


「今日決めろとは言わない。だが、そろそろ考えをまとめとかないといけない時期だ」


 考える時間はあった。これからは、その考えをまとめる時間だ。そうオヤジさんは暗に告げていた。

 今までオヤジさんがぼんやりと言っていた、ノイネの滞在期間。それは、タリアの命日までの期間だったのだろう。

 そして、彼はそれが明後日だと、言った。

 つまり、明後日までに俺達は意見をまとめておかないといけない。そろそろ、話し合いが必要なのだ。



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」



 それが頭で分かっていても、最初の言葉が出てこない。

 数分か、あるいは数十分か、それともたった数秒の出来事か。

 時間の感覚する曖昧になるような沈黙を挟み、凛と声がした。


「……私の意見は、変わらない」


 重苦しい雰囲気の中、最初に言ったのはスイだった。

 スイの意見は、自分がノイネの里に向かって、そこで彼女達を守ること。それと引き換えに、ノイネの持つ薬酒のノウハウを教えて貰うこと。

 スイがこの街を、一、二年去るだけで『ベルモット』という、カクテルになくてはならないお酒にグンと近づく方法。


「私は自分にできることなら、なんだってしたい。それで救われる人が居るなら。変わる物があるのなら、それをしたい」


 変わる物。その単語に、俺はコルシカが言っていた事を思い出した。

 スイは現状を変えたい。

 もちろん今言っている理屈も本音に違いないが、その奥の方の気持ちは、それ。

 俺と彼女の微妙な距離に、少しでも波風を立てたい。そんな、俺には理解し難い不器用な選択。


「……お姉ちゃんはそう言うけど、やっぱり私は、お姉ちゃんの言うことには反対」


 入れ替わりに言ったのは、スイの隣に座っていたライだ。

 彼女の意見は、スイが街を出て行くことに反対だ。

 それを選んだとしても、ノイネはスイ以外の者を探して彼女の里を守る。俺達には、何の変化も起きない。

 当然『ベルモット』についても変わらないが、もともと、ゆっくりやるしかない所はあるのだ。現状を維持するのも、決して悪いことではない。


「ノイネさんも、別に自分のことは気にするなって言ってるし。せっかく上手くやってるのに、無理して変えようなんて欲張りだよ。変わらなくても、良いよ」


 ライの主張は、変わらなくても良い、なのだ。

 今、彼女はとっても幸せだろう。父と姉と、俺を含めた店の身内たち。騒がしくも楽しい毎日。永遠に続いて欲しいような日々。

 焦らなくても、ゆっくりと進歩はしている。だから、無理をする必要なんてない。

 それに加えて今は、ノイネの存在もあった。足りなかった母性を求めるように、ライはノイネに懐いている。

 もしかしたら、ライの本音はノイネにも行って欲しくないのかもしれない。


「俺ぁきっぱり反対だ。だがそれは、スイがそこまでする必要は無い、と思ってのことだ。だから、お前らがそれでもしたいってんなら、俺は止めない」


 オヤジさんはオヤジさんで、一貫して反対の姿勢は崩さない。しかし理由はライとは違う。

 オヤジさんもまた、スイにかつてのタリアの面影を重ねているのだろう。

 里から強引に連れ去って、そしてこの街で亡くなったタリア。彼女と同じ事になるのではと、スイを心配しているのだ。

 しかし、それ故にオヤジさんは選択を俺達に任せる。かつて間違った自分は意見を言うに留めて、俺達自身で悔いが残らないように、選択させてくれる。


「……それで、総は、どうなの?」


 最後に、スイから静かな問いかけがあった。

 このヴェルムット家に直接は関わらない、最後の当事者が俺だ。

 イージーズにおいて、バー部門を取り仕切っている俺だ。


 俺は選択しないといけない。

 どうするのかを、選ばないといけない。


「……俺は」


 スイを取るのか、ベルモットを取るのか。

 変化を望むのか、維持を願うのか。

 過去を求めるのか、今を慈しむのか。


 そうやって凝り固まった思考の中、一雫の水が落ちた。


 ……本当に、二つに一つ、なのか?


 さっき【サイドカー】を作ったバーテンダーの俺は、どんな夕霧総を求めていた?

 ベルガモや、コルシカ。イベリスにヴィオラ、そしてギヌラ。

 相談に乗ってくれた彼らは、俺に何か一つを選んで欲しかったのか?


 違う。


 彼らが俺に伝えたのは、俺が自分勝手に納得できる方法を、最後まで諦めるなということだ。

 選択肢が二つしかないのなら、その二つを同時に満たす、もう一つを考えろということだ。

 そもそもが選ぶもクソもない。俺の手元にあるのは『カクテル』だけだ。

 だから、その『カクテル』で、解決する方法がきっと、ある。



「俺は、『カクテル』を信じたい」



 俺の言葉に、一同はみなきょとんとした。

 当たり前だろう。誰もそんな話をしていたわけじゃないのだから。


「……それは『ベルモット』を選ぶっていう意味?」

「違う」


 スイの問いかけに、俺は静かに首を振った。

 ここでそれを選ぶのは『カクテル』の力を、信じ切れなかったという意味になる。


「じゃあ、現状維持ってこと?」

「それも違う」


 ライの問いかけにも、俺はまた首を振った。

 ここでそれを選ぶのは『カクテル』の可能性を、閉ざすような行為だから。


「それなら、どういう意味なんだ?」


 最後にオヤジさんの問いかけがあって、俺は彼の目を覗き込んだ。

 俺が果たしてどんな結論に行き着いたのかを、問いただすような鋭い目。

 その場の視線が自分に集まっているのを実感しながら、俺は静かに、答えようとした。




 そんな時だった。




「スイ! スイは居るか!?」


 ドンドンと玄関を乱暴に叩く音と、女性の叫び声。

 俺達は会話を一時中断して玄関に向かう。呼ばれているスイが玄関から顔を出すと、呼んでいた女性──ヴィオラがほっと安堵の息を吐いた。


「良かった。スイは無事だったか」


 彼女の物言いをやや不思議に思う。

 スイは構わず、ちょっと面倒そうに顔をしかめる。


「なにヴィオラ? 私は今忙しいんだけど」

「……いや。実はついさっき、騎士団に君が誘拐されるところを見たと報告が……」

「なにそれ?」


 見ての通り、スイは誘拐されるどころか、いつものように表情とぼしめの呆れ顔。

 そのあまりにも変わらない姿に、ヴィオラはふっと息を吐く。


「いや私も、まさかスイがそのようなへまをするとは思わなかったのだが。そういう連絡があって一応確認を……」


 そこまで言ってから、ヴィオラはふと口を止める。

 スイの後ろにゾロゾロと控えている、俺達の姿を注意深く見ている。

 そして、ある人物の不在に、気がついた。


「……ノイネ・プラット氏は、どこに?」


 さっきまでの砕けた雰囲気から一転、その場に緊張が走った。

 スイはそれまでの呆れた表情ではなく、真剣な瞳でヴィオラに問い正す。


「ヴィオラ。その目撃情報、教えてくれない?」

「……ついさっきだ。この近辺に住む男性が騎士団に通報した。恐らくスイ・ヴェルムットだと思われる青髪の女性が、何者かに連れ去られるところを見た、と。ただ、暗がりだったから顔までは判別ができなかったらしい」

「……それって……!」


 ごくり、と誰かの唾を呑み込む音が響いた気がした。

 誰もが同じことを思った。

 スイはこの通り、ピンピンしている。しかし、とある目撃情報で青髪の女性が何者かに連れ去られたらしい。

 目撃者は、青髪という点から、この近辺に住んでいるスイだと思ったのだろう。

 だが、今この近辺に、青髪の女性は二人居るのだ。


「おーい」


 そんな緊迫した雰囲気の中、ヴェルムット家にもう一人の来客があった。

 玄関に集まっている俺達全員に鋭い目を向けられて、その来客者──ベルガモがぎょっと肩をすくませる。


「な、なんだこの雰囲気?」

「すまないベルガモ。今ちょっとした事件が発生している。用事なら後にしてくれ」


 ヴィオラはまずそう断ったあとに、ベルガモに軽く事情を話した。

 今とある通報があって、情報を統合するとノイネが誘拐された可能性が高い、と。


「──それ故に、緊急の用件以外は──」

「待ってくれ。もしかしたら、俺の用事もそれ関係かもしれない」

「なに?」


 前半はただ話を聞いていたベルガモだったが、終わり間際に真剣な顔になって言った。

 そして彼は、懐から一通の便箋を取り出した。


「さっき、知らねえ男からこれを受け取った。ヴェルムット家に届けて欲しい、ってさ」


 ベルガモの手からヴィオラはひったくるように手紙を受け取る。

 そして、彼女は俺達にも聞こえるように、その内容を言葉にした。



「『スイ・ヴェルムットは預かった。返してほしければ要求を飲め。夕霧総』」



 大きく書かれた言葉。

 それが悪戯でないだろうことは、便箋の中に手紙と一緒に入っていたものが証明していた。



 それはスイのものと良く似た、一本の青い髪の毛であった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。



私事ですが、明日の更新までに感想お返しします。ずっと返せずにすみません。ちゃんと読ませて頂いております。

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