『ギヌラ』の意見
今回、少々長めです、すみません。
「で、何故僕が、ユウギリと一緒に食事をせねばならないんだ」
「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ」
向かい合った席同士、俺とギヌラはお互いに不満をぶつけ合った。
ついでに、俺の隣にはイベリス。ギヌラの隣は空席だ。
なぜこうなったのかと言えば、俺とギヌラがお互いに意地っ張りだったが故か。
騎士団詰め所から離れるとき、俺とイベリスが夕食を一緒に取る予定だとギヌラに告げた。するとギヌラは、自分もそうするつもりだと言った。
とはいえ、一緒に食べに行こうというほど親しくもないので、そこで終わりだと思った。
事実、そこで会話は終わったし、俺はギヌラとなんの相談もしていない。
イベリスが急かすのでいい加減そろそろ行く店も決めるかと、俺はこの近辺でそれなりにお気に入りの店に向かうことに決めた。
だが、俺とギヌラはそこから何故か同じ方向に歩き出した。
彼が決めた店は、くしくも俺が行こうと思った店と一緒だったというのだ。
「それだけでも偶然なのに、たまたま空席が一つしかなかったなんてねー」
イベリスがのんびり言った言葉が、俺とギヌラが向かい合っている理由だった。
俺とギヌラはお互いに相席が嫌だったのだが、それ以上に席を相手に譲るのも嫌だったので、結果はこうなった。
というか、どうしてコイツと一緒にどこかに行くことになると、相席とか相部屋とかになるんだよ。ふざけんな。
それはギヌラも同じ気持ちだろう。だが、彼は店に文句を言うことはせずに、俺にだけ文句を言っていたので、それも成長か。
「ふん、まぁ良い。それよりイベリス、見ていろよ」
「んー?」
ギヌラは早々に俺との相席の件を横に置いて、イベリスに得意気な笑みを見せる。
「さっき僕はモテると言ったろう。今に見ていると良い」
「いったい何の話をしてるんだか」
「ユウギリには関係ない。僕のプライドの問題だ」
俺が茶化すと、ギヌラは関係ないと言った割には食い気味で返してきた。
「どうでも良いけど注文決めたか?」
「ふん、とりあえず一番高いものだ。僕はいつもその注文をしている」
相変わらず適当な決め方だなと思いつつ、俺はメニューを流し見た。
この店は、ランチとディナーの二つの時間帯で営業している。特にディナーでの肉料理とお酒が美味しいと評判の店だ。内装もシンプルで落ち着くし、値段も手頃。席の数はテーブル席が十いくつといったところ。
バランスの良いお店で、俺も何度か利用させて貰ったが勉強することも多い。
しかし男性客から話を聞けば、何よりも従業員が可愛いと評価が高いらしい。
俺も男なのでそこがプラスポイントになるのは頷ける話ではある。だけどなぁ。
個人の感想は脇に置いておいて、俺もメニューを選ぶことにする。
俺は、エールを中心につまみの形でイメージして、注文を固める。イベリスは元気にパスタ系の注文を選んでいた。
そして、注文が決まったところで、ギヌラがイベリスに言った。
「僕は結構ここにくるんだ」
「ん? それで?」
「つまりお得意様という奴で、顔だって覚えられている」
それが何を意味する言葉なのかは、なんとなく推測はできる。ギヌラが言っていたところで、注文を頼もうと俺が目線を動かしていると、一人の少女と目が合った。
ギヌラは気付いた素振りもなく、相も変わらず得意気にイベリスへと言う。
「だからな、ここの従業員は僕を見かけるといっつも黄色い声で──」
「あっ! 総さん! 来てくれたんですか!?」
ギヌラが何か言っているところで、その黄色い声とやらが聞こえてきたようだった。
俺はバーテンダーのスイッチを入れて、寄って来た従業員に笑顔を見せた。
「どうもアゼナちゃん」
「どもども! わー、本当に来てくれるんですね!」
「約束したからね」
俺がニコニコと営業スマイルを浮かべていると、従業員の女の子、アゼナも嬉しそうにニコニコと笑みを返す。
まぁ、なんてことはない。俺がこの店を選んだ理由は、以前バーに来てくれたお客さんに、今度来て下さいねと言われたからだ。
俺はもともとこの店には足を運んではいたのだが、先日、先輩に連れられてバーにやってきたのがこの子。その時に、接客がてらそういう話になったというわけである。
そういう地道な人間関係も、接客業でやっていくのには必要なことだと思う。
「制服似合ってて可愛いね。ウチに来てくれたときは大人びた美人さんかと思ったけど、今はなんかすっごい可愛いって感じ」
彼女が着ている少しオシャレなエプロンを見て、俺は素直な感想を述べた。
俺の発言に、彼女はエプロンを軽く掴んで照れくさそうに返す。
「えー、やだもう! 総さんって誰にでもそう言うって聞きましたよ?」
「そんなことないって。少なくとも本当に思ったことしか言わないから!」
少し困った風な笑みを浮かべながら言ってやる。
「嘘くさーい!」と返しつつ、彼女はまんざらでもなさそうな笑顔であった。
「というか、総さんが敬語じゃないのって新鮮です」
「あはは。一応プライベートだからね。それとも敬語の方がよろしいですか?」
「いえいえ。楽な方で良いですよー! あっ、そうだ、ご注文どうしますか?」
彼女が思い出したように注文を聞いて来たので、俺とイベリスの分は決めていた注文を普通に伝える。
そして、ギヌラの方を見るのだが、彼はちょっと固まっていて、上手く注文が出来なさそうであった。
「あと、彼は一番高いものだって。飲み物は俺と同じで」
「分かりました! すぐにお持ちしますね!」
アゼナは元気よく頭を下げ、急ぎ足で注文を伝えに厨房へと向かった。
そんな彼女が見えなくなったのを確認して、俺は営業スマイルを解除する。
そして、じとっとした目をしているイベリスに視線を合わせた。
「総ってば、せっかく私と一緒なのに営業するなんて失礼かも」
むっとした表情をするイベリスに、俺は苦笑いをしつつ謝罪した。
「悪い悪い、お詫びに奢るから許してくれ」
「うん。許す!」
こういう、気分の切り替えがコロコロしているところは、とても助かる。
これがスイだったらと思うと……まぁ、スイの前ではあんなあからさまな営業はしないように心がけているけれど。
と、思いつつ、ついつい周囲を見回して店の身内が居ないかを確認してしまうのは、今朝の経験からくるトラウマであるか。
「こ、こ」
「ん?」
俺がキョロキョロと周りを見て安心していると、目の前で固まっていたギヌラが動き出す。
「これで勝ったと思うなよ!」
「……何が?」
ギヌラの涙目の宣言に、俺はなんて返したら良いのかいまいち分からなかった。
ただ、イベリスの憐れみの表情だけは、やたらと印象に残っていた。
「ところでだ、何か面倒な話になっているらしいじゃないか」
ソーセージ盛り合わせにベーコンとポテトの炒め物、保存野菜のピクルスなどがテーブルの上に並んでいる。手元には少し野暮ったい印象のエール。
運ばれてきた料理を口にしていると、ギヌラが思い出したように言った。
俺はそんな彼に、疑いの目を向ける。
「俺、お前にそんな話したっけ?」
「……風の噂で聞いた」
「ふーん」
あまりお客さんの方には情報を流さないようにしていたつもりだったが、やはり漏れてしまうものなのだ。隠し通せるとは思っていなかったが、ギヌラまで知っているとは。
普段の営業にもっと気を配らないといけないな。
「……それで? ん? ん? どうだ?」
と俺が反省していると、ギヌラは不思議な鳴き声を上げている。
「どうした?」
「だから、ほら、あれだよ、あれ」
何かぶつぶつ言いながら、ギヌラはチラチラと俺の顔色を窺ってくる。
なんだよ気持ち悪いな。
俺が表情に若干の嫌悪を滲ませると、ギヌラは焦れたように口調荒く言った。
「だからぁ、僕が相談に乗ってやっても良いと言っているんだ!」
……は?
「貴様ごときでは分からない問題も多いだろう。そんなとき、この僕が気まぐれにも貴様の悩みを解決してやると言っているんだぞ。ありがたく思え」
「……結構です」
「なっ! き、貴様ぁ!?」
涙目でギヌラが身を乗り出してくる。いやほんとなんでだよ。
俺とお前がいつ、悩み事を相談する仲になったって言うんだ。冗談きついぜ。
「良いのか!? 本当に良いのか!? この僕が力になってやるなんて、この先ずっと無いかもしれないんだぞ!?」
何故か相談される側の筈なのに必死のギヌラ。それに冷めた目を向けている俺。
そんな俺達の様子を見ていたイベリスは、つつと俺の肩をつつき、耳元に囁いてくる。
「面倒臭いけど、さっさと話してあげたほうが早いかも」
「……はぁ」
そもそも、何故かギヌラがこの話を知っていて、しかも相席になってしまった時点で相手をしないといけないか。
俺は吐き出したいいくつものため息を呑み込んで、姿勢を正した。
「じゃあ、ちょっと意見を聞かせてくださいな」
「ふっ、貴様がそこまで言うのなら仕方ない。聞いてやろうじゃないか」
「…………」
別に求めてもないのに、わざわざ絡んできて、下手に出たらこの上から目線である。
こいつはこんな奴って分かってても、腹立つなぁ。
それから、俺は催促するギヌラに、一通りの話をしてやった。「ふん」とか「ほう」とか一々こちらの反応を見ながら言ってくるのが鬱陶しかった。
そして、取引条件の話までして、俺はひとまずの状況説明を終えた。
そこでギヌラの顔を窺ってみると、彼は珍しく真剣な顔になっていた。
「スイ・ヴェルムットと、引き換えに……」
ギヌラがグラスを呷る。しかし、既に中身はなく、ふわふわとした泡がゆるゆると動いただけだった。
ギヌラはそれが少し気に入らない顔でグラスを睨むが、それからすぐに俺へと向き直った。
「『アウランティアカ』を代表して言うぞ。ユウギリ。君は、何を犠牲にしてでも『カクテル』を優先するべきだ」
それは、俺のイメージにある薄っぺらい男の声ではなかった。
それまで聞き流すつもりだったのを改めて、俺もまた真っ直ぐにギヌラに問い返す。
「どういう意図だ?」
「君が思っている以上に、今、ポーション界は『カクテル』に注目しているということだ。表面上は『オールド』の動きに隠れていて『カクテル』は大々的な注目を浴びてはいない。それは逆に言えば『カクテル』が気に入らないものにとっては、今が一番動きやすい時期ということでもあるだろう」
ポーション界隈の動きは、悔しい事ではあるが俺はそこまで詳しくはない。ただ、以前に領主様と話したときのことを少し思い出した。
『カクテル』が気に入らないと思う人間は、確かに存在している、と。
「だから今、何があっても君はこの街を離れるべきではない。欲を言えばスイもそうだ。ただし、どちらと言えば君だ。この先を見据えるのであれば、君だけはこの街──いや『カクテル』から離れてはダメだ」
その真剣なギヌラは、やっぱり俺が今まで知っていた彼とは違う。
何も持っていなかった軽薄な印象を微塵も感じさせず、父であるヘリコニア氏のような重みがその瞳に微かに宿っている。
「なんで、お前がそんなことを?」
「……今ここで『カクテル』の芽がなくなったら、ポーション品評会での借りをどこで返せば良い? だから、君は『カクテル』から、離れるな。それだけだ。……まぁ僕は『カクテル』なんて認めてはいないけどな」
確かに、領主様からの願いもあって『カクテル』を推すのであれば、俺は絶対に必要な存在だ。そこばかりは双子に任せるわけにはいくまい。
そして今、街のためを思うのであれば最も優先するべきなのは『カクテル』をさらに高めること。
この重要なタイミングで足踏みするのは、避けたい。
「……君が『カクテル』を諦めるのであれば、僕が言う事は何も無い、ね」
ギヌラは締めくくるように言い、歩いている従業員を捕まえて飲み物を注文した。
彼の意見は、客観的に見た場合の、正しい意見とでも言えるかもしれない。
俺達の気持ちなど、『カクテル』の進歩という観点から見ると些事でしかないのかもしれない。それくらいの注目を、集めてしまっているのかもしれない。
ギヌラはそれをわざわざ伝えて、憎まれ役を買ってくれたのだ。お前の気持ちなど関係ないという、ポーション界からの意見を教えてくれたのだ。
彼からすれば鬱陶しいだけの存在だろう俺に、自分の私情を交えずに。
「……悪いな」
「……ふん。悪いと思うのならば、さっさと結論を出すことだね」
俺とギヌラがそうやって会話を締めくくったところで、彼の注文したエールがテーブルに届いた。
俺はふと思いついて、彼に向かってグラスを掲げてみる。乾杯でもするかい? と。
それにギヌラは驚いた表情をしたが、グラスを合わせることはしない。
ただ、少しだけ控えめに、グラスを掲げ返したのだった。
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