もう一方の、みかた
イベリスに整備をして貰ったあと、俺は彼女の夕食の誘いを受けて、街をふらふらと歩いていた。
イベリス曰くどこでも良いと言うのだが、彼女のことだから本当にどこでも良いのだろう。
いっそのことヴェルムット家の夕食に招くことも考えたが、出てきた時、逃げるように『夜はいい』と言ってしまったので、今更帰りにくい。
で、彼女と二人であてもなく歩いていたところで、不思議な組み合わせとばったり出くわしたのだった。
「ヴィオラと……ギヌラ?」
たまたま通りがかった騎士団詰め所の前で、ちょうど建物から出てくるギヌラとそれを見送るヴィオラの姿があった。
二人は俺が気付いたのと同時くらいに、俺達の存在に気付いた。
「やぁこんばんは、総とイベリス」
「ユウギリ、久しぶりだな……イベリスも」
二人揃って、俺達に挨拶をした。そういえば、ギヌラと一番面識があるウチの身内はイベリスだったと、今更に思い出した。
「こんばんは」
「こんばんは! どうしたのギヌラ? 悪い事して捕まった?」
「捕まってない! 今まで厳重注意しかされたことないぞ!」
イベリスの無邪気な言葉の刃に、ギヌラは必死に返す。ついでに厳重注意は彼がウチの店で粗相をしたときのことだろう。
あの時に刃物の一つでも出していれば即お縄だっただろうに、惜しい事をしたものだ。
まぁ、どっちにしろもみ消されたかもしれんが。
と、そんな昔のギヌラの話は置いといて、今のギヌラの話でもするか。
「最近、頑張ってるんだってな。聞いてるぞ」
「ふん。貴様に褒められる筋合いはない」
ギヌラはぶっきらぼうに言ったが、その顔はまんざらでもなさそうだった。
『ホワイトオーク』での研修を終えてからのギヌラは、人が変わったようだと聞いている。
それまでも、能力自体は決して低くなかったのだが、今の彼はそれどころではない。
品評会で『アウランティアカ』が受けた優秀賞という結果を見つめ直し、そのときに足りなかった物を埋めるよう、様々なアイディアを出し、そして自らも挑戦し続けているのだという。
もちろん、成功する挑戦ばかりではない。しかし、失敗しても許容し、成果が出ればなお褒める。そういう前向きなサイクルで、ギヌラのグループは『アウランティアカ』内でも大きく注目され始めているとか。
以前、店に飲みにきたヘリコニア氏が、嬉しそうに俺に教えてくれたことだ。
とはいえ、調子に乗るから彼が言っていたとギヌラ本人には教えない約束だが。
「それで、なんで騎士団から?」
「ん、あー」
ギヌラは教えて良いのかと尋ねるようにヴィオラを見た。彼女はギヌラの視線に頷き、彼女自ら俺への質問に応える。
「以前、君と行った、その、店があったろう」
「……あぁ、あそこ」
イージースのことだろう。俺とヴィオラが乗り込んでから日数が経っている。既に彼女達が踏み込んでいたとしても不思議ではない。
「……実は、そこで働いていた人間を取り逃がしてしまったのだ」
「え?」
「申し訳ない」
ヴィオラはすまなそうに頭を下げていた。
話を聞くと、俺とヴィオラが調査に行った翌日。証拠は後からでも手に入るとさっそく押し入ったら、すでに店はもぬけの殻だったらしい。
店の備品などはそのままに、人間の痕跡だけが消えてしまっていたと。
その店の所有者にかけあっても、どういうわけか店主たちの足取りは掴めず、困ったところで騎士団は店に残っていたポーションに目を付けた。
そのポーションの調査を『アウランティアカ』に依頼した結果、あることが分かった。
店のポーションは『アウランティアカ』のものがベースになっていたという。
「……まったく。まさかウチのポーションを薄めたもので、商売をしようなんて輩が存在するとはね」
ギヌラが忌々しそうに零す。
彼がここまで来たのは、その調査結果の詳しい情報を教えるためと、更に取り調べのためでもある。
そのポーションを購入した人物の心当たりを尋ねる目的だ。
「それは、大変だったな」
「全くだ」
珍しく本気の同情をギヌラに送ると、ギヌラははぁ、と大きくため息を吐いた。
「しかし、ギヌラ。まさか君がやってくるとは思わなかった。騎士団になど二度と来ないと言っていたのに」
「……これでも責任者だ。上の人間が知っておいた方が都合も良いだろう」
やれやれ、と態度で示すギヌラ。
そんな彼の殊勝さに、俺の側に控えていたイベリスが驚愕の声をあげた。
「嘘……かも。ギヌラが、あのギヌラがまともなこと言ってる……かも」
「イベリス。貴様はこの僕をなんだと思っている」
「雑用係」
「ぐっ」
イベリスのあまりにも素直な回答に、ギヌラは痛恨のダメージを受けていた。
まあうん。イベリスから見たらそのイメージ以外存在しないよね。むしろイベリスだからこそ、そのイメージが根強いよね。
俺はひとまず、ギヌラのことはイベリスに任せて、ヴィオラに尋ねる。
「逃げた連中は、捕まりそうなのか?」
「……分からない。私個人は追うべきだと思うのだが、緊急性が無い案件故に、な」
奥歯に物が挟まったような言い方だった。
騎士団も暇ではない。というか、警察機構としての騎士団は、より事件性の高い案件への対応が主な仕事なのだろう。
結局被害は大したこともなく、店を押さえた結果そのものが消滅した。とすれば、重要度はずっと下がる。
俺としては面白くないが、納得できなくはなかった。
「何か、続報があったら伝えよう。それより総、逆に私からも聞いて良いか?」
「ん?」
「話はまとまったのか?」
「……まだだ」
俺の煮え切らない返事に、ヴィオラは難しそうに眉を寄せた。
どうにもこの件は、俺やスイの関係者各位に、心配をかけさせてしまっているようだ。
「私は騎士団としての立場があるから勝手なことは言えない。だが、スイの友人として、一つ提案してみても良いだろうか?」
ヴィオラの求めに頷くと、彼女はビシリと俺に人差し指を向けて言った。
「君も行け」
「……ん?」
「だから、スイと一緒に君もエルフの里に行け。そこでスイと一緒に『エルフの薬酒』について学ぶ、というのはどうだ」
ヴィオラの提案に俺はまた呆気にとられる。どうも今日は、色々な人に驚かされてばかりの気がする。
「店はどうするんだ?」
「双子に任せろ。大丈夫だ、流石に潰れるということはあるまい」
そりゃ、そもそもオヤジさん一人でやってた店だから、潰れるところまでは行かないだろうけど。
「いやでも、カクテルを広めるというか、極めるという使命が。というか領主様だって、俺が離れたら困るだろ?」
「そんなことは分かっている。だから、私個人の意見と言ったろう。騎士としては君が街を離れようとすれば説得する。しかし、スイの友人としては、彼女に君が付いていて欲しいと、思うわけだ」
ヴィオラの寂しげな笑みに、彼女の立場が滲んで見えた。
今まで俺が聞いた意見は、俺に寄り添って考えてくれるものが多かった。しかし、スイの立場に立った上で、俺はどう動くべきかという考えも、あるのだ。
彼女の意見は、俺にそんな気づきを与えてくれた。
「……ふふ。まぁ君が本当にそんな行動を取ったとしたら、ライに睨まれてしまうな」
「あー。大好きなお姉ちゃんが出て行くのを、後押しするみたいだもんな」
「それだけじゃない。大好きな君まで行ってしまうのだ」
「……俺、ライにあんまり好かれてる自信ないぞ」
基本的に俺には口うるさい、赤毛の少女を思い出し苦笑いをする。
だが、ヴィオラはそんな俺の認識にひどく驚いた顔をした。
「君は本当に、身内の心情には疎いな。ライはああ見えて、本音をぶつけられるような親しい友人は少ないんだぞ」
「え? でも俺には小言ばっかりだぞ」
「だからそれだけ、君に心を許しているということだろう。彼女の数少ない、親しい人として」
言われてみると、ライは姉にべったりだったり、家事に忙しそうだったりであまり友人と遊んでいる印象がない。
年頃の少女にしては、性格の割には交友関係が少ないというのは、あるかもしれない。
……と、そこまで思ってから、そういえばと一つ思い出した。
「それって、半分は『群青』コンビが、ライから人を遠ざけていたからじゃ」
「…………う」
「…………」
う、の後に続く言葉が、いくら待っても出てこない。
ヴィオラが気まずそうに視線を逸らしたので、俺も追及は止めてあげることにした。
「と、とにかく。さっきのは私の戯れ言だ。だが、頭の片隅にでも置いておいてくれ」
「……ん。分かった」
ヴィオラの意見は意見として心にしまっておくことにした。
彼女との会話を終えてギヌラ達の様子を見ると、ギヌラが顔を真っ赤にしている所だった。
「一つ言っておくぞ! 僕はこう見えてモテるんだ! 容姿端麗頭脳明晰、おまけに金持ちだし家柄も良いしで完璧なんだぞ!」
「でも性格最悪かも。ストーカーはちょっと」
「ストーカーじゃない!」
気付かぬうちに、イベリスとギヌラのやり取りはヒートアップしていたようである。
まぁ、おちょくるイベリスと、それに釣られるギヌラという分りやすい構図なのだが。
あんまり騒ぐと、ぽちぽちと増えている見物人から、変な目で見られるかもしれない。
「まったく……総、止めるぞ」
「へいへい」
と、ギヌラが恥の上塗りをする前に、俺とヴィオラはその場を収めることにした。
そういやギヌラって、あの話を知っているんだろうかと、少し疑問に思いながら。
※0718 誤字修正しました。




