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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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絵に描いた解決策


 カチャカチャと器材をいじくる音が、耳をくすぐる。

 その他にも、ゴウンゴウンという機械の駆動音や、液体の流れる音、吹き出す蒸気や並んだ瓶のたてる甲高い音……。

 そういう、ファンタジー的な雰囲気の世界には似つかわしくない音が、この部屋にいると耳に届いてくる。

 現在地は、イージーズのバー部門の材料生産を担っている工場──の一角に併設されているイベリスの工房だ。

 散らばった機材や、乱雑に積まれた図面。それに独特の金属の香りが部屋に満ちている。


 ベルガモ達と昼食を済ませたあと、予定があることを告げて彼らと別れた。息抜きに遊びに誘ってくれていたので、それはまたの機会に、と約束して。

 そんな俺が音に耳を澄ませていると、イベリスは作業をしながら世間話を振るように尋ねてきた。


「ねぇ総。結局、考えまとまったの?」


 分解された銃の砲身を覗き込み、その穴の中に俺を捉えているイベリス。

 彼女のお茶目に小さな笑みを浮かべつつ、俺は首を振った。


「いや、何も。そろそろ考えをまとめなきゃ、と思いはするんだけどな」

「ふーん」


 ノイネの要求に応え、かつ、スイを行かせないで済む。そんな満点の方法。

 そんなものが、手元に落ちてこないかと、他力本願に思ってしまう。


 コルシカの言っていたスイの考えが本当なら、俺が強引に止めさえすれば、スイをここに留めることは、できるだろう。

 しかし、それだけの本気を──タリアを攫ったオヤジさんのような熱意を、俺が吐き出すことができるだろうか。


 きっと無理だ。俺は恐らく『ベルモット』を捨て切れない。

 俺は『ベルモット』の先に、トライスの姿を見ている。

 かつて大切だったものと、今大切なもの。二つを天秤にかけているのが、きっと今の俺の状況なのだ。

 そんなクズみたいな俺が、他の何もかもを捨てたオヤジさんのような行動を、取れるわけがない。


「……ごめんね総」


 俺の沈黙を、どう受け取ったのか。唐突にイベリスの謝罪の声がした。


「……私がさ、もっともっと優秀で、総の求めるものが何でも作れたら良かったのに」

「そんなことない。俺はいっつもイベリスに助けられてるよ。イベリスに無茶を言ったのは俺だし、イベリスの責任じゃない」

「でも……私が応えられたら、悩む必要なんてなかったかもしれないのに。専属なのに、要求に応えられなくて、ごめんね」


 イベリスがしゅんと項垂れた。俺は立ち上がり、励ますように彼女の頭を撫でた。

 無理やり頭を撫でられる猫のように、イベリスは曖昧な表情をしていた。




 なんの話をしているのかといえば、ノイネが現れてすぐに時間が戻る。

 彼女の要求を並べてみたとき、俺は一つだけ『絵に描いた満点の方法』を見つけた。


 それは、この『カクテル』と『銃』の力を、ノイネとの取引に使うことはできないか、というものだ。


 しかし、所詮それは可能性の話。馬鹿でも思いつく夢想の話。

 思いついたは良いが、実現することなどできない話。

 それを考えついた二秒後には、自分自身に呆れるくらいの、都合の良いまやかしだ。


 なぜなら、『カクテル』の魔法は、現時点で俺しか使うことができないのだから。


 弟子達が少し育って、飲み物の味も安定してきたころにした実験結果を思い出す。

 その時に、この『カクテル』の魔法について、色々と分かったことがあった。


 俺が作った『カクテル』を俺が『弾薬化』して撃つ。

 それが最も効果の高い魔法になる、というよりも、それ以外の条件では実用的なレベルの魔法にはならないのだ。


 重要なのは、カクテルの出来。そして俺が『弾薬化』すること。

 特に『弾薬化』を誰がするのか、という点がより重要な要素であった。


 他人に『カクテル』の魔法の存在を教えたところで、俺が居なければ意味が無い。

 故に、この魔法が世界を変えるという可能性は、随分と前に消えていた。


 だから、思いつきはしたが考えるまでもなく却下される事柄だった。


 しかし、これにも一つだけ抜け穴はある。

 俺がカクテルの『弾薬化』まで終えてしまえば、あとは少しのイメージ力があれば誰でも魔法を発動できるのだ。少なくとも弟子にやらせたが、少しの威力の減衰で済んだ。

 だから、俺が作った弾薬をどうにか保存して持ち運べれば、ある程度の『力』として扱うことができるのだ。

 それ故に、俺は一縷の望みをかけてイベリスに提案した。


 俺が使っているポーチを、万人が使える形に改善はできないかと。

 そして返事は、現時点では不可能ということだった。


 俺が常に弾薬を入れているポーチも、俺専用である。

 というより、俺以外の人間が付けてしまうと、命の危険がある。

 なぜならこれは、俺から溢れているという『第五属性』の魔力を、常人なら干上がるレベルで吸い取っているからだ。

 そうまでしている理由は、中の弾薬の『魔力活性』を固定するため。ポーチの中の時間を止めて、出来立てのカクテルを、そのままの状態で固定しているイメージだ。


 イベリスはこのポーチを試作した時に、いずれは魔力活性そのものを促す形での改良をする予定だと言っていた。

 しかし、それは全くと言って良いほど成功していない。

 カクテルの美味しさを保つための方法。混ざり合った複雑な奇跡をそのまま保存する方法が無いというのは、理解できない話ではない。


 重量軽減の効果を付けたり、容量拡大の効果を付けたりと細かいバージョンアップは行っているのだが、どうしても俺以外に扱えないのは変わらない。

 カクテルの保存という、大元の部分がどうにもならないからだ。

 俺の無茶な要求に、それでもイベリスはなんとか応えようとしてくれて、結果的に今少し落ち込んでしまっているというわけだ。




「『カクテル』じゃなくて素材の魔力的活性化までは、見えてきてるの。でも『カクテル』の魔法的効果を保持するのは、どうやっても無理、かも。本当に、ごめんね」

「だから良いって。無茶を言った俺が悪いんだ」


 俺の慰めを聞いて、なおイベリスは自分を責め続けた。俺はそんな彼女に、根気よく励ましの言葉をかけ続ける。


 そもそも、この『弾薬化』と『カクテル』に関することは、謎が多い。

 天才の名をほしいままにしていたスイでも、全容がまるで見えてこない魔法だという。

 もし、それを知っている存在がいるとしたら。

 その心当たりは一人だけ。


 ……トライスに、どうにかして会えたら。


 心の中で呟いて、それから慌ててその考えを振り払った。

 本末転倒だ。トライスに近づくためにも『ベルモット』を欲しているのに、その『ベルモット』を手に入れるためにトライスに近づきたいとは。

 それでも、もしかしたら何か知っているかもしれないエル──図書館の妖精さんに意見を聞きたかったのだが、呼びかけても現れてはくれなかった。


 その方法は許可していないと、突きつけられた気分だった。


 イベリスの頭を撫でていると、彼女は少し落ち着いた様子だった。

 俺は彼女から手を離し、それから少し悩む。

 今の彼女に聞くのは、とも思ったが、せっかくなので尋ねることにした。


「なぁイベリス。お前だったらどうするか聞いて良いか? もしゴンゴラ師匠と離れることになるけど、新しい技術が学べるとかって状況になったら、どうする?」


 すまなそうにしょんぼりしていたイベリスだったが、俺の質問にふむぅと顔を上げる。

 それから、いくばくの逡巡もなくさらっと答えた。


「師匠のことは別に気にしないよ。総が行けって言うなら行く。私は総の側に付いて行くだけかも」


 ゴンゴラのことをまるっと気にしない返答がきてしまった。

 俺は少し面食らってしまって、さらに尋ねる。


「迷いはないのか? お世話になった人と別れることとかに」

「迷いもなにも、私達はそういうものかも。面白ければやるだけだし、師匠だって、弟子が成長してくれるのが一番の幸せっていつも言ってる。だったら私は、総の側に付いていくだけだから」


 そういえばと、俺は思い出していた。

 機人という種族。俺の世界とは動力の違う不思議な機械を作り上げる種族。

 彼らの行動の源は、好奇心なのだ。

 面白そうならばやるし、そうじゃないならどうでもいい。動機は常に、そこが付いて回るということ。


「私は総の専属だし。総と一緒にいるから、今までたくさん面白いもの作れてきた。師匠には技術を教わることはできても、楽しさまで教わることはできないから」


 ベルガモとはまた違うが、彼女もまた選択に芯があるのだ。

 そういう意味では、機人という種族も随分と自分勝手なのかもしれない。


「総はさ、いっつも人のこと気にしてるよね」

「え?」


 イベリスの意見を噛み砕いている最中、イベリスは唐突に心配そうな声で言った。


「そのバーテンダーって仕事が、総は好きなのは分かるし、やってて笑顔で居てくれるのは私も嬉しいかも。だけどさ、たまには自分勝手になっても良いんじゃないかなって」

「自分勝手に?」

「うん。相手の気持ちとか反応とかを計算づくも良いけど、俺がこう動きたいからお前等付いてこい、みたいなね。目の前にカクテルぶら下げられたときの強引な総の方が、私は好きかも」


 俺はカクテルを前にすると、そんな馬みたいなことになっているのか。

 少しだけショックを受けていると、イベリスは慌ててフォローする。


「だからね総。私、最後まで諦めないから。私は総が求めてくれたもの、最後まで諦めないで作るから。間に合わないかもしれないけど、頑張るから。総も、諦めないで欲しいな。自分の欲しいもの、最後まで諦めないで欲しい、かも」

「最後まで頑張って、それでも手に入らなかったら、どうするんだ」

「……笑って誤魔化して、また次のチャンスを待つ、とか?」


 最後の最後に、あまりあてにならない返事が来てしまった。

 しかしイベリスの意見も、彼女なりの思いがたくさん詰まっていて、ありがたい。

 彼女達の特性故の意見かもしれないが、俺だって根っこは一緒だ。

 俺はカクテルが、何よりもまず好きなのだから。

 イベリスは、俺が感心している顔を見て、にししと嬉しそうな笑みを見せる。


「えっとさ、少しくらいは私でも役に立てたかも?」

「ああ。ありがとう。相談に乗ってくれて」


 彼女のいつもの笑顔に、俺はぐっと親指を出した。

 イベリスも釣られるように、笑顔で親指を出す。


「それじゃ、整備に戻るね。総、もっと道具は丁寧に扱って欲しいかも」

「すまん。ただどうしても不慣れなんだ。もっとシェイカーっぽい形だったら扱いやすいかもしれないけど」

「えー。こういう風にしろって言ったの、総なのに」


 扱いは随分慣れたとは思うが、それでも俺の銃さばきは覚束ない。

 どんな『カクテル』がどんな効果を生み出すのは、目下検証中である。それ故に銃に触れる機会はそれなりに多い。だからじきに慣れるとは思うのだが……。


「あ、それと」

「ん?」


 付け足したイベリスが、面白そうに口を歪め、俺の顔を見ないでボソッと言った。


「にしし。私は総の専属だかんねぇ。総が何を選んでも、私はずっと一緒、かも」

「…………はい?」



 その最後の発言の意図を問いただすが、イベリスはわざと集中した風に何も答えてくれなくなったのだった。


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