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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第五章

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【ソルティ・ドッグ】(1)


『シノニム』のカウンターは、キブシさんの性格が見えるように綺麗でまとまっていた。

 バーカウンターに比べればゆったりしているのは、この中で調理も行われる為だろう。

 普段は作り置きの軽食や、その日のメインになる料理の鍋などが置いてあろう箇所はすでに片付いており、まな板や包丁などだけが準備してある。

 俺は、腰に付けたままのポーチにそっと手を当て、中身を思い出す。

 そもそもが今日のための緊急予備であったので、大したものは入っていない。

 今日使った材料にリキュールが少々、あとはオールド三種。そのくらいか。


「冷蔵庫のものも好きに使って構わないよ」


 俺が悩んでいるところで、キブシさんから声がかかる。


「良いんですか?」

「特別だよ」


 キブシさんは少しだけ悪戯っぽい声で言う。俺は彼の許可をありがたく思いつつ、冷蔵庫を開けた。ウチの店に触発されて買ったという、機人製のものだ。

 中にはワインやエールなど、いつもこの店で供されている飲料。それに、生鮮食品らしきものがいくつか。

 その中の一つの果実に、俺は目を引かれた。


「それじゃ、これを」


 俺が選んだのは、グレープフルーツだ。黄色く引き締まった実は、やや俺の手に余るくらいの大きさである。

 オレンジに比べて、その果汁はほろ苦く、酸味が強い。だが、その爽やかな味わいは、オレンジでは甘過ぎるときに重宝する。

 名前の由来は、果実がまるでブドウのように連なって生るからと聞いた。この世界においてもその由来が共通なのかは分からない。


 果実を軽く水で洗い、まな板へ置いたあとに周りをキョロキョロと探していると、さっと横合いから手が伸びてくる。


「はい。これを探してたんでしょ?」

「ありがとうございます」


 ソソマから手渡されたガラス製のスクイザーを、感謝しながら受け取った。

 スクイザーとは、グレープフルーツとかを絞るやつのことである。中央に螺旋状の突起が付いていて、果実を手で絞ることができるあれだ。

 その用意を済ませつつ、俺はもう一つだけ、この場に欲しい材料を尋ねる。


「あと、塩って貰えませんか? なるべく粒が大きいといいんですが」

「塩なら、そこの、そう。瓶がそうだよ」


 俺は頭を下げ、少量を小皿へと取ってもらった。

 後は、ポーチから必要な弾薬を材料に戻し、口の広めのグラス──ロックグラスを用意して準備は完了だ。


「それでは作らせて頂きます」

「相変わらず時間かかってんな。エールだったらすぐなのによ」

「申し訳ありません」


 オヤジさんの苦言に苦笑で返し、俺は作業に入った。

 と言っても、今回のカクテルは至ってシンプルである。


 まず、グレープフルーツの果実を上下に胴切りする。果肉は白。丁度、中央から米印のように白い線が広がっている風に見える。

 その上下のうちの一つを手に取り、まずは中央の種を取り除く。

 それが済んだら、グレープフルーツの果実を右手に持ち、左手にグラスを持つ。

 グレープフルーツの切断面は上を向き、グラスは下を向いている形だ。

 そして、グレープフルーツの果汁が均等に付くように、さっとグラスの縁に一周、グレープフルーツを接させる。


 済んだところで、グラスはそのままにしながらグレープフルーツを一度置き、用意してあった塩の小皿を前に出す。

 焦ってやる必要はない。丁寧に、グラスの縁を少し斜めにしながら塩へと近づける。

 そのまま、グラスの内側に塩が付着しないよう気を付けつつ、くるりと二周ほどグラスを回す。

 そしてグラスを作業台に置けば、雪化粧のように綺麗な塩が付着している。


 日本ではスノースタイルと呼ばれているものだ。以前【マルガリータ】を作った時にも同様の工程を、やや略式で行った。

 スノースタイルとはその名の通り、グラスの縁に付着させた塩や砂糖が、雪が積もったように見えるカクテルの技法の一つ。

 英語では『リムド・ウィズ・ソルト(またはシュガー)』と言い、そのまま、縁に塩くらいの意味である。


 グラスの化粧が終わったところで、俺は用意していた氷を静かにグラスへと詰める。

 内側に塩が付着しないように気を付けるのは、こういった作業の衝撃などで塩がグラスの内部に落ち、カクテルの味わいが変わってしまうのを避けるためだ。

 口が広いグラスを使うのも、作業の際に不注意で塩に触れてしまうといった凡ミスを、避けるためでもある。


 氷の作業が済めば、今回ベースとして用意したウォッカ、『ウォッタポーション』を、メジャーカップで──10mlだけ計り入れる。

 普段はロックグラスに40mlほど入れるのだが、今回は特別だ。

 オヤジさんの最後の一杯は、酔う為の一杯ではあるまい。

 ウォッタを注ぎ終えたら、用意していたグレープフルーツとスクイザーの出番である。


 スクイザーの螺旋状の突起に、グレープフルーツの断面を押し当て、まずは真っ直ぐ下ろすように力をかける。グレープフルーツの果肉の粒を、押し潰すイメージだ。

 十分に押し潰して、突起が皮に到達したと感じるあたりで、力を入れ過ぎないように果実を握り、ぐりっと一周ほどさらに果肉を絞る。

 あまり強く絞り過ぎると、果皮の苦味が出てしまうので注意が必要だ。

 そうして出来上がった果汁を、グラスの塩に当たらないように注意して注ぐ。

 大きめの果実だったので、ちょうど半分でグラス一杯分程度の果汁になった。


 最後は、氷の隙間にすっとメジャースプーンを差し込み、最後まで塩には注意しながらステアしてやる。

 すーっとグラスの中の液体が馴染んだ頃合いを見て、ステアを止める。

 手の甲にちょっとだけ液体を付けて、軽く味を見る。

 アルコールらしい苦味は分量によって控えめだが、グレープフルーツらしい爽やかな甘酸っぱさ。

 普段は手絞りジュースを使っているとはいえ、絞り立ての果汁は美味い。


 俺はその出来映えにそれなりに満足しつつ、その一杯をオヤジさんへと差し出した。

 縁に白い塩の結晶があしらえられ、その下にもまた薄黄色の液体がつづく。

 見た目からして派手さはないが、静かで落ち着いたものだ。

 これをピンクグレープフルーツで作ると、やや華やかな色合いになるのだが、別の話。


「お待たせしました。【ソルティ・ドッグ】です」


 オヤジさんは俺から差し出されたグラスを物珍しそうに見る。

 そういえば、彼がスノースタイルのカクテルをしっかり見る機会は、そうそう無い。


「これがなんで『塩っぽい犬』なんだ?」

「ああ。もともと、違う意味があるスラングなんですよ」


『ソルティ・ドッグ』とはもともと、イギリスで船の甲板員を差すスラングで『しょっぱいやつ』くらいの意味らしい。

 海風を浴びて、塩だらけになって働く姿を、そう評したのだろう。イギリスらしい、ちょっと皮肉っぽい呼び方である。

 そして、このカクテルの前身に当たる【ソルティ・ドッグ・コリンズ】というカクテルもまた、イギリス生まれの『ジン』ベースカクテルである。

 ジンとライムに1tspの塩を入れてシェイクするというカクテルらしいが、それがアメリカに渡ったところで、次第にウォッカベースである今の【ソルティ・ドッグ】になったという。


「お前のうんちくは、たまに異世界で分からねえな」

「それは申し訳ありません」

「とりあえず、海の男のカクテルだって覚えておく。俺には関係ねえけどな」


 この世界にイギリスやアメリカが無い事を若干恨みつつ、俺はオヤジさんの動きを待つ。

 だが、彼は俺を見たまま、じっと待つような視線を向けていた。


「……あの?」

「おい、早くしろ」

「……あ、はい」


 そして、オヤジさんの視線の意味に気付いた俺は、慌てて自分の分も作る。

 丁度グレープフルーツの残り半分があったので、俺が作ったのは、スノースタイルにしない状態の【ソルティ・ドッグ】だ。

 要するに【スクリュードライバー】のオレンジを、グレープフルーツに変えたような形である。


 この場合、カクテルは【ブルドッグ】や【テールレス・ドッグ】、もしくは【グレイ・ハウンド】という名前に変わる。

 ややこしいが、この三つは全て同じカクテルを指している。俺が店で使っているのは【グレイ・ハウンド】という名前だ。理由はカッコいいから。

 ただ、一番メジャーなのは【ブルドッグ】という呼び方であろう。


 余談だが。

 作っている最中、隣でキブシがうずうずしていたのを、ソソマが空気を読めと嗜めている姿が、少しだけ面白かった。



「お待たせしました」

「本当に待ったぞ、たく」


 オヤジさんは、ふん、と鼻息を荒くしたあとにグラスを手に持った。

 俺はカウンターの内側から、グラスを小さく掲げる。

 カウンター越しで、俺とオヤジさんの目があった。小さく掲げられたお互いのグラスに視線が移る。

 だが、そのグラスを打ち鳴らすことはしなかった。


「…………」

「…………」


 オヤジさんは何も口に出さない。代わりに薄く目を閉じる。

 だから俺も何も言わない。

 それでも、彼が最後の一杯といった『酒』を、誰に向けているのかは気付いているつもりだ。

 心の中でだけ、そのひと言を付けたした。



 献杯。と。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


昨日は更新できずに申し訳ありませんでした。

また、作者は献杯の正しい作法に詳しくないので、何か致命的に間違っていたら申し訳ありません。


※0707 誤字修正しました。

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