立食パーティ
※あらすじ
ひょんなことから異世界に来てしまったバーテンダーの夕霧総。
そんな彼が迷い込んだのは、ポーションが地球の蒸留酒に対応しているような世界であった。
彼はこの世界のポーションには存在しなかった『ウィスキー』を求めて、老舗のポーション屋『ホワイトオーク』へと研修に向かう。
そして、そこに渦巻いていた色々な思惑の中で、ついに『ウィスキー』に対応するような『オールドポーション』を完成させた。
夕霧総はたくさんの『ウィスキー』と『思い出』を胸に再び自身が働いているバーへと帰ってくる。
そんな彼が次に目標にするのは、もう一つの、バーに欠かせない『お酒』のことであった。
『本日は、私の誕生会にお集りいただきまして、誠にありがとうございます』
広い会場の壇上に立って、領主であるセージ・エゾエンシス氏が声を出していた。
彼の声は、科学とはまた違う魔法によって拡大され、広い会場の隅々にまで行き届いている。
集まっている人間は、そのほとんどがフォーマルなスーツやドレスなどに身を包んでいる。その整った人々の様子に、俺個人としては少しだけ気圧されてしまいそうだ。
とはいえ、今のタイミングでは、壇上に注意を向ける為に会場の照明が落とされている。つまりは、誰もこちらに注目しているわけはないということだ。
俺は挨拶中にやや失礼と思いつつ、材料やグラスなどをもう一度確認することにした。
「どうしたのかしら総さん? めずらしく落ち着きがないようですわね」
持ち込んだコールドテーブルと、新たに設置された冷蔵庫やショーケースに目を向けていると、俺と一緒にこの場にいる銀髪の双子の、少女の方が声をかけてきた。
「安請け合いしたけど、そもそも俺はこういうパーティには縁がないんだよ。礼儀作法とか大丈夫かな……」
「聞きましたフィル? 珍しく総さんが弱音を吐いてるわよ」
「サリー。そこで嬉しそうな顔をするのは性格悪いよ」
珍しく俺の弱みを見つけて嬉しそうにするサリー、そしてそんなサリーに呆れ顔をするフィル。
そんな俺達三人が居る場所は、普段働いている『イージーズ』では、もちろんない。
「お前らは流石に堂々としてるなぁ」
「まぁ、こういったパーティはうんざりするくらい出ましたわね」
「給仕する側に立ったのは始めてですけどね」
普段の営業の雰囲気との差に落ち着かない俺と違って、もともとそういった身分であっただろう二人はにこやかに笑っていた。
今日、俺達は普段の騒がしい店ではなく、落ち着いた印象のあるホールで、百を越える人間達を前にしている。
領主様の依頼で彼の誕生パーティのドリンクを担当させて貰っているのだ。
『それでは、どうぞごゆっくりお楽しみください』
領主様の挨拶が終わり、会場の照明が落ち着いた明るさを取り戻す。
すると、会場の至る所に並んでいる丸いテーブルの姿が徐々に見えてくる。
その上には食べ物が並んでいるわけではなく、会場の壁際や中央などに様々な食べ物が用意されている。ビュッフェ形式である。
そんな壁際の入り口に面した一画で、俺達はこの街の領主様の『顔』として、構えている。
ウェルカムドリンクとして、会場に集まった方々には辛めのシャンパンが配られているが、興味のある人間はすぐにでもやってくることだろう。
実際に、挨拶が始まる前でも、俺達に興味を持っているらしい人達が熱心にこちらに視線を送っていた。
「さて。これからは戦場だぞ」
「了解ですわ」
「がんばります」
いつもの店とは違っても、ここに立っている俺達だけはいつもの出で立ちのままだ。
三人で気合を入れ直し、静かに時を待った。
『それでは、乾杯』
集まった方々が『乾杯』と口を揃えて、その会は穏やかに始まった。
俺が『ホワイト・オーク』の研修から戻ってきて、およそ二ヶ月が経過していた。
想定していたより、この世界の冬は生きるのに苦しいわけではないようだった。
もともと、保存食そのものはそれなりに発達していたし、食材の保存技術も低い訳では無い。
冷やして保存する、というよりは状態そのものを保存したり、冷凍したり、はたまた防腐の魔法をかけたりで、その辺りを乗り切ることができているらしい。
とはいえ出歩く人間自体は減るし、植物が元気よく育つわけでもない。その辺りの仕事に従事している人間からすれば、やる事が少なくなるわけでもある。
で、俺が戻った時の『バー部門』の売り上げは、まぁ、当たり前だが減ってはいた。
いくら突貫で弟子を教育しても、流石に売り上げの維持までは難しい。こういう商売において、客とは『人』に付くものだ。
それが『店』に付いてくれるように努力するのが、スタッフ一同の目標である。
とはいえ、報告は逐一貰っていたし、その都度アドバイスをしていたので、思っていたよりもずっと高い水準を維持してくれていた。
それから二ヶ月の間、持ち帰ってきた『秘密兵器』の威力もあって、売り上げはすぐに前の水準に回復した。
やる事のない人間が、酒を飲みにくるというのはどこの世界でも同じらしい。
そんな折り、以前から話を貰っていたことだが、領主様の開くパーティのレセプションを依頼されて、こうしてここに居るというわけだ。
「すみません。あなたがたが、噂の『カクテル』を……?」
「はい。その通りですよ」
挨拶が終わってしばらくすると、俺達の前には飲み物をおかわりするための人が現れ出す。
おずおずと話しかけていた、身なりの上品な妙齢の女性二人組に、俺はにこやかに尋ねた。
「ご説明致しますか?」
「……そうね、よろしくお願いしますわ」
二人のうち、気の強そうな顔をした女性が少し緊張しつつ言ってきた。
現在この場には、普段の営業形態とはまったく違う形式で飲み物を用意してある。
普段は、作業をする作業台とカウンターは別物だが、今はカウンターそのものの上でも作業できるように高さが調整されている。
というよりは、それを分ける必要のある形態ではないといったところか。
あくまで今の俺達は、この会場に居るたくさんの人々に、出来るだけ素早く飲み物を提供できることを第一に考えている。見栄えというのは、二の次だ。
カウンターにはすぐにでも手に取って貰えるように、出来合いの飲み物をいくつか並べてあった。
「まず、こちらは、どなたでも安心してお飲みいただける『ノンポーション』の『紅茶』『シャンパン』に『ワイン』そして『各種ジュース』となっております」
カウンターの半分には『カクテル』に抵抗のある人のため、ポーションを使っていない飲み物が並べてある。
グラスに開けた瞬間の飲み物が一番美味いと信じる俺ではあるが、気軽に手に取って貰えるように配慮した結果である。
「次にこちらが、当店『イージーズ』自慢の『炭酸飲料』です。こちらも『ポーション』は使っておりませんので、安心してお飲み頂けますよ」
もう半分には、ひっそりと宣伝も込めて『ジンジャーエール』などの炭酸飲料を並べてあった。
炭酸飲料達はシャンパン用のグラスでシュワシュワと泡立っている。
あまり放置すると、シャンパン同様に炭酸が抜けてしまうだろうが、それは杞憂だとでも言うように、先程からよく捌けている。
「そして最後に提供させて頂くものが『カクテル』になります。今回ご用意しているものはそれぞれ【スクリュードライバー】【ジン・トニック】それに【ブルー・ムーン】です。こちらはご注文を受けてから作らせて頂いております」
その単語を聞いて、彼女たちの肩がわずかに強張ったのが分かった。
「それぞれ、説明を頂いても?」
女性達の、好奇心と恐怖の入り交じった顔に、俺はなるべく爽やかに返した。
「はい。【スクリュードライバー】は、『ウォッタポーション』をオレンジジュースで割った、甘く飲みやすいカクテルです。【ジン・トニック】は、こちらに並んでおります炭酸飲料の『トニックウォーター』を使った、しゅわっと爽やかな『カクテル』。そして最後の【ブルー・ムーン】は、領主様が自らお作りになっている『スミレのポーション』を用いました、甘く妖艶な『カクテル』です。特に最後の【ブルー・ムーン】は、かの『アウランティアカ』のヘリコニア氏をも唸らせた一品ですよ」
ヘリコニア氏の名前を出すと、女性達の緊張が僅かに和らいだのが見えた。
こういった場面でこそ、有名人の名前の威力は馬鹿にできないものだ。
ましてや『ポーション界』の権威の一人でもある彼の名前ならば、『ポーション』を使った飲み物の宣伝にこれ以上強力なものはない。
女性達は少し悩んで、言った。
「では、私は……その【スクリュードライバー】を」
「私は、こちらの『炭酸飲料』を頂けますか?」
「かしこまりました」
俺は頷いて、脇に控えていたフィルとサリーにそれぞれ目線で指示を飛ばした。
今回の場で、俺達ははっきりと役割分担を行うことにしている。
既にテーブルに並んでいる炭酸飲料の説明をするのはサリー。
シェイカーを使わないで作る『ビルド』のカクテルを担当するのはフィル。
そして、それ以外の……先程の『口頭で告げたメニュー以外』の注文と『シェイク』で作られるカクテルに対応するのが俺の役割だ。
もちろん、同時に二つの仕事が入った場合などはフォローしあうが、大雑把に分ければこんな感じである。
「では、炭酸飲料ですが、実はここには四種類ございます。それぞれ大分個性が違うんですが、気になりますよね?」
「……ええ」
「良かったぁ。ここで気にならないって言われたら仕事なくなっちゃうところでしたわ」
「ふふ、それは良かったですわね」
サリーの大袈裟なリアクションに、少しだけ女性達の唇の端が緩んでいる。
それからすぐに『炭酸飲料』を注文した女性に、それぞれの違いを説明しはじめていた。
俺が研修に行っている間に、サリーの口は見違えるほど回るようになっていた。
今も、炭酸飲料一つ一つの特徴を、女性の目を見ながら面白可笑しく脚色するように語っている。それらの説明に、女性達の気が和んでいるのが傍目で分かるほどだ。
恐らくだが、俺が居ない間のカクテルの説明などで、自分なりに試行錯誤を重ねてきたのだろう。
そんなサリーの説明の傍らでは、動きにキレを増したフィルが、テキパキと作業に入っていた。
作業一つ一つの無駄の少なさ、そしてそれらの繋がりのスムーズさは以前の比ではない。
こちらもこちらで、二人では手が回らないような忙しさのときがあり、考える前に体が動くように訓練されたのだろう。
一緒に働いているとフィルの位置取りや、作業補助が段違いに上手くなっているのを感じる。
俺が居ない環境が、この二人のもともと持っていた長所を更に伸ばすように働いてくれたのだと感じていた。
研修の間に多少売り上げが落ちたとしても、これはそれ以上の収穫でもある。
「ではこちら『ジンジャーエール』ですわ」
「お待たせしました。【スクリュードライバー】です」
二人の女性にそれぞれグラスを差し出す二人。
シャンパングラスの中でふつふつと浮かんでは消える泡と、タンブラーを満たすオレンジ色の海でたゆたう氷。
女性達は、飲み物を受け取るとそれぞれが、その場で少し試すように口に含んだ。
そして次の瞬間には、その表情をぱっと華やがせる。
「美味しいわ。口のなかで弾けるような感触と、仄かな甘みと辛さが素晴らしいわね」
「こちらも。すっとしたオレンジジュースの奥に潜む、不可思議な深みがたまりませんわ」
彼女達はお互いに感想を言い合ったあと、そっとお互いのグラスに目を向けた。
「……なんですの、はしたないですわよ」
「……あなたこそ、目つきが嫌らしいわ」
「…………」
「…………」
「たくさん用意しておりますので、またお越しくださいね」
ニコニコと見つめ合う女性達に割って入るように俺が声をかける。すると二人は、ふっと憑き物が落ちたように穏やかにこちらを見た。
「そうですわね。またお願い致しますわ。えっと……『イージーズ』の皆さん」
「私も。主人にもオススメさせて頂きますわね」
「光栄です」
俺が腰を折り曲げると、女性達はふふ、と微笑みながら去っていった。
二人が去ったところで、少しだけ息を吐く。
「一日に何回も同じ説明するのは疲れるな」
「総さん。まだ始まったばかりです」
「あーそうだな。悪い悪い」
ついつい零れてしまった弱音に、フィルが励ますような言葉をかけてきた。
今はまだ、興味本位の人間が、ポツポツと、それでもひっきりなしに来ている状況。
もし場が温まってくれば、今の比ではない数の人間が押し寄せてくるやもしれない。
「もし、よろしいかな?」
そう気合を入れ直しているところで、今度は落ち着いた男性の声がかかった。
俺は再び、十全な笑みを浮かべて彼に答える。
「はい。承ります」
本日。領主様の誕生パーティという席を借りて。
『カクテル』を世界に広める計画は、ゆるやかに進行中である。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
長らくお待たせしてすみません。
今日から五章開始となります。
五章は、バーになくてはならないお酒の『ベルモット』と、それに絡んだ人達の話になる予定です。
しかし、ちょっと調べたくらいでは作者の知識不足はいかんともしがたく、かなりファンタジー的に都合が良い作り方になってしまうと思われます。
寛容な心で読んでいただけると幸いです。
構想ではそんなに長くなる予定ではありません(予定はあくまで未定です)ので、気長にお付き合いいただけると幸いです。
一応、五章は隔日更新の予定です(予定は(ry)
※0525 あらすじ少しだけ修正しました。
※0718 時間経過のミスがあったので、一ヶ月を二ヶ月に変更しました。




