積み荷は『樽』と、
ここはホワイトオークのとある会議室の一つ。
そこでは現在、酒や食事が用意され、ばか騒ぎが始まっている。
『ホリィ研究室、存続決定記念祝勝会』
と、頭の悪そうな企画名までついたパーティである。
ついでに、その下に小さく。
『夕霧総、ギヌラ送別会』
とも書き足されている。
それが小さいのは、送別会がついでなのではなく、送るのが寂しいからだと脳内変換しておこう。
そうじゃないと、やるせないにもほどがある。
「楽しめてるかな、総」
「ここで話をしにきてくれるのはアルバオくらいさ」
「またまた」
俺がその風景をぼんやりと眺めているところで、アルバオは最初の歓迎会のときと同じように俺に話しかけた。
出ている料理は、前回と似たようなもの。随分と食べ慣れた食堂の味だ。
だが、出ているお酒は前回とは少し変わっている。
「このワイン美味しいよね。セシル先生が用意してくれたんだって」
そう言いつつ、アルバオはグラスのワインを口に含んだ。
今回は、酒が豪華だ。
恐らく、前回あったワインに比べて、二から三ほどランクが上。
そこまで来ると、俺の世界にあった安ワインの味わいは越えてくるというものだ。
「でも、ある意味残念だよ」
香り高く、酸味と甘みのバランスが良い白ワインに舌鼓を打っていると、アルバオの意味深な発言。
「なにが?」
「だって、こんなに美味しいワインじゃ、誰も【キール】にしようって言い出さないでしょ? 総の存在価値が……」
「うるせえよ!」
こんな上等な酒じゃ、酸っぱくて飲みたくないとは言わない。
俺とアルバオは、そんな冗談で軽く笑い合ってから、またワインを含んだ。
そして、しんみりとアルバオは口にした。
「ずっと総と一緒にいた気がするのに、まだ二ヶ月なんだよね」
「ああ。それで、俺ももうすぐ、お別れだ。ほら、ちゃんと送別会って、ほら」
「分かってるから! みんな忘れてたんだよ。総……とギヌラがあまりにも馴染んでたもんだから」
俺が送別会の小ささを指摘するとアルバオは苦笑い。
ついでに、そのギヌラはギヌラで、やや手荒な送別をされているところだ。
ギヌラもまた、俺と一緒に『ホワイトオーク』を去ることになっていた。
彼の場合は時期は未定だった筈だが、アパラチアン氏と何か話をしていたあの時。彼にも、帰宅の許可が降りたのだろう。
となると本当に、アルバオといつもつるんでいた連中はまとめて居なくなることになる。
「イベリスも、当然一緒に帰るんだよね」
「まぁ、あいつは俺の専属だからな」
「えっ!?」
アルバオの驚愕の声を聞くのも、結構慣れた気がする。
「……へー。大胆なもんだね。君達も」
「あのさ。俺実は機人との専属契約について全然知らないんだけど。教えてくれない?」
「え、それは。その、本人に聞いてよ」
頼みの綱のアルバオも、やはり俺に専属契約のことは教えてくれなかった。
これは本当に、いずれ覚悟を決めてイベリス本人に尋ねる必要があるのか。
ついでにそのイベリスは、ガレアタ親方率いる機人軍団と一緒に、盛大に酒を呷っている。セシルの財政が、やや心配になる。
「……寂しくなるね」
そんな騒がしい光景を目にして、ポツリとアルバオが零す。
「生きてれば、また会えるさ」
俺は軽く口にしたが、はっきりとした本心でもある。
生きていれば、また会える。生きているうちにしか、また会えない。
トライスは結局、姿を見せてはいない。
第五属性を追ってみたが、彼女の正体は掴めない。
トライスは、鳥須伊吹なのかも、まだ分からない。
だから俺は、彼女に会わないといけない。
会って、もう一度心をスッキリさせなければいけない。
それが今の、俺の目標なんだから。
そしてその為には、彼女が言っていたもう一つだ。
「そして俺は、これからもずっと『カクテル』と共に生きていく」
「……飲みにこいって、遠回しな催促?」
「良く分かったな!」
そんな下らない冗談で、あははと笑顔を浮かべる俺達。
アルバオもすっかり『カクテル』に慣れ親しんだ。スイ式の魔石そのまんまポーションの作り方も覚えた。
そして、解体されなければ、こちらでもイベリスが作った『ソーダ作る君ポケット』は『ソーダ』を生産し続ける。
「くくく。ついに有名ポーション屋の内部に、カクテル派の尖兵を送り込むことに成功してしまったぜ」
「その悪そうな顔、似合ってないから」
俺のわざとらしい笑みに、アルバオも静かに突っ込むのみだ。
グラスのワインも、量が減ってきた。
俺はまた、この場に座しているもう一種類の酒のもとに向かうことに決めた。
「アルバオはどうする?」
「……僕も貰うよ。『オールド』をね」
この祝賀会の、ある意味主役と言っても良い存在。
それが、現在皆にも盛大に飲まれている『オールドポーション』だ。
命名したのはもちろん俺である。最初はまんま『ウィスキー』って付けてやろうかとも思ったが、この先のことを考えて止めた。
まだ、麦芽の実験を進めている段階だ。大麦だけでなく、小麦やライ麦といったその他の麦でも、実験は順調に進んでいる。
これで、ブドウの実験で『ブランデー』が作れてしまったら、名前に困る。
そのため、熟成に時間が必要ということで『オールド』という、なんにでも当てはまる名前を与えたのだ。
俺が樽からショットグラス二杯分の『ウィスキー』を持ち帰ると、アルバオはまた違う人達と話していた。
そこで笑い合っているのは、ホリィと、セシルだった。
「……やあ、夕霧君」
「おやおや、影の主役の登場ねぇ」
二人は揃って俺に気付いた様子で、ふっと手を上げた。
「どうも、セシルさん。その後はご機嫌いかがです?」
「君のその嫌味にも、笑顔を返せる程度には良いよ」
そう言ってきたセシルの目には、すっかり敵意が残っていなかった。
まるで憑き物が落ちたような顔とは、このことだろう。
だがセシルは、俺の持っているグラスの中を見て、やっぱり少しだけ顔をしかめる。
「君の趣味には何も言いたくないが。やはり、ポーションを嗜好するというのは私の主義に反するね」
「こればっかりは、目を瞑ってもらえませんか?」
「何も言いたくはないと言っているだろう。私もアパラチアン先生を見習って、少しだけ視野を広げる訓練をしているんだ」
自分は認めないがやるなら好きにしろ、というスタンスに鞍替えしてくれたらしい。
まだまだ道のりは遠いが、それでもセシルのような人が目を瞑ってくれるというのは、この先のカクテルの道にはプラスの変化に思えた。
「まぁまぁ、セシル先輩もそんな固いこと言ってないで! せっかく様子を見にきたんだから『オールド』の様子も見ましょうよぉ」
「馴れ馴れしいぞホリィ」
ホリィは少し酔っぱらっているようで、彼女もまた手に持っていた『オールド』のグラスを、グイグイとセシルの頬に押し付けている。
そんな二人のじゃれ合う様子を見て、少しだけ酔いが覚めた青年の姿がある。
……そういえば、彼にとってはまるで一世一代の告白みたいなのをかました直後だった。
この二人が愛憎絡み合う複雑な関係だったことを知って、しかもそれが目の前で和解したのだ。
なかなか、心中穏やかではないかもしれない。
……お世話になったし、ここは、俺が一つだけ泥をかぶってやるか。
「……あーところで。お二人に質問なんですが」
ウザ絡み中のホリイと逃げているセシルに向かって、俺は静かに尋ねる。
二人の目線が集まったところで、頼むから悪い結果になるなと思いつつ言った。
「二人はもしかして、昔付き合ってたとか、そういうご関係で?」
バーテンダーなら絶対にしないド直球の質問である。
しかし今の俺は、アルバオの代弁者。
彼が気になっていることを、直接聞いてやるのが、俺なりの気遣いである。
で、言われた二人はというと。
「……それは質の悪い冗談だな」
「あはは。ないない。それはないなぁ夕霧君」
完全否定の声が返ってきた。
俺は心の中で『セーフ』と安堵しつつ、何食わぬ顔で更に詰める。
「そうなんですか? いや、随分仲が良いので」
言ってみると、まずセシルが首を横に振る。
「私はこう見えても理想が高いのでね。このふざけた女にそんな気は起きない」
「うーん、ホリィさんはねぇ。可愛げの無い先輩より、年下可愛いアルバオ君のほうが好みなんだぁ」
と、セシルが冷静に否定している横で、ホリィのウザ絡みの相手がアルバオに移っていた。
「なっ! ホリィさん落ち着いて! ていうか飲み過ぎですよ! キャラはどうしたんですか!?」
「お休みー。キャラはおやすみー」
アルバオがホリィに絡まれているところを、俺とセシルは静かに見ていた。
この様子では、やっぱりアルバオも前途多難かもしれない。
「……とにかく夕霧君。君にも、世話になったな」
「……いえ、そんなことは」
「いや、君のおかげで、私も色々と、目が覚めた」
セシルは言って、軽く俺に頭を下げた。
そのあと顔を上げて、出会った日と同じ事を、出会った日よりも優しい声で言う。
「私はやはり、君の『カクテル』を私が求める『ポーション』と認めることはできない。その気持ちに変わりはない」
「ええ」
「しかし、ポーションにはポーションの道があるように、カクテルにはカクテルの道があっても、良いのだろう」
ふふ、と普段の固い表情からは想像もつかない、柔らかい笑みを浮かべるセシル。
「ホワイトオークの二本の柱と、同じようなものだ。ポーションという伝統の柱、カクテルという進歩の柱。二本が混ざり合うことで生まれる革命というものも、この先、必要になってくるのかもしれない」
そういったセシルはそのあと、俺に対して手を差し出した。
初対面のときにはなかった、握手の姿勢だと分かった。
「積極的には応援はできない。だが、期待はしているよ」
「応えられるように、いつだって頑張ってますよ」
この日、俺とセシルは初めて、お互いを認め合えた気がした。
そして、ついに別れの朝が来る。
「悪いな。その、こんなに貰っちゃって」
別れの日の馬車は、一台多かった。
それというのも『ホワイトオーク』側から『イージーズ』へ、馬車一台分の『オールドポーション』が贈られることになったからだ。
それを積極的に勧めたのはアパラチアン氏であった。
例の和解のあと、俺とアパラチアン氏は二人で話す機会があった。お互いに軽く挨拶をして礼を言ったあと、話はこれらの『樽』についてになった。
俺はどうにかして、目星をつけていた樽を安く譲ってもらえないかと交渉しようと思っていた。だが、アパラチアン氏はタダ同然の値段で俺が求める以上の量を譲ってくれると言ったのだ。
それについて俺が恐縮し、遠慮すると彼は言った。
『私達の感謝の気持ちはこの程度ではない。受け取ってもらえなければ、私達が薄情者と世間から笑われてしまう』
そして、俺が遠慮するのを許さないとでも言いたげに、ガッツリとした契約を結ばされたのだった。
しかも、今後も研究の成果を優先的に融通するというおまけまで付けて。
と、それが俺とアパラチアン氏との間にあった出来事だ。
だが、俺達以外の人間からどう思われるのかは分からない。
それ故の先程の言葉だったのだが、俺の弱気の発言にその場に居る人間たちが面白そうに笑った。
「良いんだよ。総のおかげで『第五属性』の研究が三十年は進む。むしろこっちの方が、あんなに研究用の素材を残してもらって良いのかって感じさ」
見送りに来てくれた面々を代表するようにアルバオが言う。
それに、後ろに並んでいる人々がうんうんと頷いている。
あれからも連日重なった実験の結果、マジックオークはもう使えなくなった。
正確には、熟成させるだけの樽の力がなくなった。
ウィスキーの樽材は基本的に使い回すが、それにも限度がある。
その限度が目一杯になる程度には、俺の力で一本分の木からできる樽を使い尽くしたというわけだ。
出来上がったのは、店に出すには多すぎる量の『オールドポーション』。
そして、世界に流通させるには少なすぎる量の『オールドポーション』。
もうズルは使えない。
出来上がった技術を元に、これからは地道に進めていくしかないのだ。
とか言っても、こっちの世界じゃ時間を進める魔法があるんだから、地球に比べたら屁でもない時間なんだが。
「それじゃ、ありがたく使わせてもらう。サンキューな」
「どういたしまして」
アルバオの笑顔に、俺もまた満面の笑顔を返した。
「……この前は冗談みたいに言ったけどさ、よかったらウチの店にも遊びにこいよ」
「……イージーズだっけ?」
「ああ。まぁ『スイのポーション屋』でも合ってるけど」
略してスイポ屋でも良しとする。
とスイに怒られそうなことを心の中で思う。
「とにかく、ここでは材料が少なくてあんまり種類が作れなかったからさ。店に来てくれたら、腕によりをかけた『カクテル』、出してやるよ」
ぐっと親指を突き出すと、アルバオもまたふふ、と笑ってぐっと親指を突き出した。
「分かった約束だ!」
「おう! あ、でも定休日に来たら困るからな!」
「気をつけるよ!」
その約束を交わして、俺はアルバオに背を向けた。
たくさんの言葉を背中に受けて、俺は馬車に乗り込んだ。
「また、お前と一緒の馬車なのか」
「ふん、僕にとっても不本意なことだがな」
俺が馬車に乗り込むと、すでに乗って待っていたギヌラが相変わらずの憎まれ口を叩いてきた。
「別れの挨拶は良いのか?」
「昨日散々済ませた。それに、僕が不用意に出て行ったら、また何か雑用を頼まれそうだしな」
結局、最後のその日まで、ギヌラは雑用として働いていた。
彼の働きぶりを惜しむ声も、俺の耳にがっつりと届いていた。
好き勝手進んでいた俺よりも、ギヌラの方が惜しまれていたかもしれない。
「そういや、お前は、なんか学ぶべきことがどうとか言ってたけど」
「……見つかったさ。いや、見せつけられたと言うべきか」
「……そうか」
ギヌラが言っていることもきっと、セシルとホリィの話だと思った。
守るだけでも、攻めるだけでも、上手く進む事はできない。
大切なのは、その二つを、バランス良く混ぜ合わせることなんだ、と。
「……ユウギリ」
「ん?」
「朝、起こしてもらって、助かった」
「……気にすんなよ。別に、お前のためじゃないからさ」
それは、俺がギヌラから初めて聞いた感謝の言葉だった。
こいつが雑用で疲れて眠りこけているときも、俺は最初に約束した時間に起きた。
そして、目覚まし代わりにも丁度良いと、シェイクの練習の音でギヌラを叩き起こし続けた。
最初は不満たらたらだったギヌラだが、いつの間にか、俺のシェイクの練習の音を穏やかに聞くようになっていた。
「……ふん。僕は疲れている。寝かせてもらうぞ」
それきり、ギヌラは何も言わずに目を閉じた。
そして、最後の乗客がガラッと扉を開ける。
「ごめん! 遅れちゃったかも!?」
「ま、大丈夫だろ」
イベリスは、最後まで工場の人間にもみくちゃにされていたようだった。髪の毛が盛大に乱れているので、その様が想像できる。
聞けば、特にガレアタ親方が別れをしぶったらしく、大変だったそうだ。
「イベリスも、ありがとな」
「んー? うん! どういたしまして!」
イベリスが来てくれなかったら、ここでこれだけの成果を上げることはできなかった。
精々『ニューポット』のひな形を作って、それで終わりだった。
そう考えると、本当に、ここでも俺は色々な人に助けられて、こうして帰ることができているのだ。
俺達乗客が揃ったと見たのか、コンコンと御者が音を出して、俺達の注意を引いた。
「それじゃ、出発しますよ!」
「よろしくお願い──あっ!」
「へへ! またどーも!」
馬車の御者は、俺が『ホワイトオーク』に来たときと一緒の男性だった。
彼は御者台の方の小窓から俺達を覗き込み、言った。
「しっかし、随分と帰りの荷物が増えましたね」
「ええ。本当です。落とさないでくださいよ?」
「それは、あっちの御者に言ってくださいな」
そんな気安い会話のあと、馬車はゆっくりと走り出した。
たくさんの『ウィスキー』と、二ヶ月分の『経験』を積んで。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
これにて四章完結になります。
十五話を追ってきてくださった方、お疲れさまです。
なぜ一日十五話更新を行ったのか、詳しい理由などは活動報告にでも。
ここではただ、書籍化に対する読者様への感謝と思って頂ければ。
今後の予定ですが、五章はGWがあけてから、五月中に開始する予定です。
カクテル好きな読者様はお気づきだと思いますが、
最初からチラチラ名前は出ているのにその存在が出てこなかったあの『お酒』を、ついに手に入れる話になる予定です。
詳しい日時についてもまた、今後の活動報告にて行います。
ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。
今後とも、気長にお話にお付き合いいただければ幸いです。
※0425 誤字修正しました。




