伐採のための作戦会議
「……で、どうするんだよあれ」
マジックオークは、以前戦った龍草とは完全にタイプが違う相手だった。
龍草は、しなやかな細い触手を何本も伸ばしてきて、手数で攻めて来るタイプの魔物だった。
しかし今回は、逆だ。一発一発が重いパワータイプ。しかも枝の種類を使い分けて、戦略的に攻撃してくる。木のくせに意外と頭が良い。
「騎士団の連中は討伐してるんだろ? いったいどうやって?」
マジックオークの姿を横目に見つつ、俺はアルバオに尋ねる。
彼はうーんと、言うかどうか悩む仕草の後に、簡潔に答えを述べた。
「マジックオークは動かないからね。遠距離から、その」
「……その?」
「焼き払う」
……なるほど。
「それは確かに、完璧な作戦だな」
「だろう?」
「俺達が真似するのは不可能って点を除けばな」
どうやら、マジックオークは龍草に比べれば魔法耐性は低いらしい。
だから、大量の魔法使いでもって、攻撃の届かない遠距離から魔法で焼き続ければ比較的楽に討伐できる相手だとか。
ただし、そんな倒し方をしたら……燃えかすになってしまう。
「冬場は山火事の危険もあるしね。冬の討伐に乗り気にならない一因だと思う」
「……却下だな」
俺達の目的が樽材としてのマジックオークの『伐採』である以上、その手段は使えない。
ついでに、アルバオはさきほどの戦闘で、マジックオークから剥がれた木片を調査していた。
その結果、魔法適性は、いつも樽材に使っているオーク系の木材の範囲内。
そして秘められた魔力は、それとは比べ物にならないらしい。
つまり、奴こそが、俺達の手に入れるべき木材に違いないのであった。
うーむと悩み、俺はアルバオに再度尋ねる。
「炎じゃなくても、遠距離からの魔法は有効なんだよな?」
「でも、奴の射程は分かっただろう? あの距離から撃って効果的に倒すには、ちょっと相性がね」
「弱点だから、いけるってわけか」
炎なら、燃え移ってしまえばその端から相手を焼いていく。
他の属性であると、その効果を望むことはできない、か。
「あいつを外からぶった切れるくらいの、風の刃、みたいな魔法は……?」
「ないね。いや、もしかしたらスイくらいになると出来るのかもしれないけど、僕には無理だ」
「カクテルドーピングしてもか?」
「その不穏な単語が気になるけど、僕にはとてもできないよ」
となると、遠距離からなんとかする作戦は、あまり効果が期待できない。
どうしても、有効な攻撃を与えるためには相手の射程に入る必要がある。
「イベリス、相手の足止めは可能そうだったか?」
「ぶっちゃけしんどいかも。たったあれだけで手が痺れちゃった」
イベリスは冗談めかして言っているが、結構顔は辛そうだ。
外から見ていた印象だが、マジックオークの外皮の固さは相当だろう。
猛攻をイベリスに耐えて貰って、魔法が有効な射程で攻撃、というのは虫の良い話だったか。
「斧みたいな武器でぶったぎりながら進むとか、は?」
「植物の魔物相手に、そんなパワープレイができるなら。たぶん足止めもできると思うよ僕は」
アルバオに呆れ顔で止められてしまった。
イベリスの姿でイメージしてみたけれど、やはり難しいか。
「とりあえず、現状を整理しよう」
俺は現在ぶちあたっている問題を整理することにした。
まず、マジックオークの攻撃力。
これはもう、文句無しである。ウチで一番の力を持つイベリスが力負けする強さ。
まともにやりあっても、短時間の足止めが限界。それも、射程に入ってすぐ、くらいの近さでの話だ。
次にマジックオークの耐久力。
これもなかなかに問題だ。弱点属性でなければ、遠距離からでは幹に直接ダメージを与えるのが難しい固さ。加えて、植物の魔物は再生力も併せ持っているとか。
遠距離からの有効打はとぼしく、さりとて近接武器で削り取るには固すぎる。
さらに、弱点になる炎は攻撃として使うのは好ましくない。同じような理由で、木材に影響を与える手段も選びにくい。
これだけ並べると八方塞がりとしか思えない。
「相手を倒すためには何が必要だ?」
「遠距離からでも有効打を与える方法か、近距離になんとか近づいて攻撃する方法」
「遠距離からはアルバオには無理なんだよな。それで俺も無理だ」
遠距離からでも、有効打を与えられそうな攻撃に心当たりはなくはない。
例えば、以前龍草を仕留めたときに使った【バラライカ】。
あれならば、イベリスに時間を稼いでもらっている間に幹にぶち当てれば、勝利はできるだろう。
その後に、ガッチガチの氷の彫刻となって、木という存在でなくなってしまう欠点を除けばだが。
……いや。
「アルバオ。実は一つだけ心当たりがあった」
「……なんだい?」
「近距離どころじゃなく、至近距離まで近づければ、アイツを一撃で倒せそうな魔法がある」
アルバオは少しだけ興味深そうに目を細めるが、すぐに「呆れた」と零す。
「近距離ですら接近は難しいって話なのに、至近距離までどうやって……」
「それも実は、考えがあるんだ」
俺は、以前龍草に使ったプランをアルバオに話した。
即ち、アルバオにカクテルでのドーピングを施し、スイが使ったような魔法でもって俺を護衛。
で、至近距離まで近づいたところで、俺が必殺の一撃というプランである。
しかし、アルバオはさっと顔を青くさせて謝ったのだった。
「ごめん。無理」
「な、なんでだよ」
俺は拒否されると思っていなかったので、少しだけ責めるようにアルバオを見た。
そんな彼は首を振ってから、あのときにスイが何をやっていたのかを、端的に説明してくれた。
「スイが使った魔法。それね【ストームヘンジ・ボルト】でしょ。比較的簡単と言われているけど『ジーニ属性』の最上級魔法レベルだよ。それを『龍草』相手に展開して、短時間とはいえ人間一人を守り切るなんて、正気の沙汰じゃない。それを言ったら、そもそもたった三人で龍草に挑む時点で正気の沙汰じゃないけどさ」
アルバオは、少しだけ悔しそうな声音で、自分にはできないと言う。
俺はそれでもと、少々食い下がった。
「……相手は龍草じゃなくてマジックオークだ」
「『絶対無理』が『無理』に変わる程度の違いだよ……スイは特別なんだ。彼女を基準に作戦を考えるのは止してくれ」
アルバオの済まなそうな顔に、俺は何も言えなくなった。
確かにここまでの道中で、言っては悪いがアルバオとスイの違いは分かった。
威力、精度、スピード。どれを取っても、スイに一歩、劣っている。
しかし、それはアルバオが弱いというわけではない。それは来る前にすでに確認したことだ。
スイが異常なのだ。彼女は他の人間が無理なことを、軽々と行ってしまう才能があるのだろう。
「……となると」
「話は振り出しに戻るかな」
頭に描いたプランが却下され、俺は新しいプランを考え始める。
だが、一度行けると思った結果があると、そう容易く新しい考えが出てこない。
俺は、うーむと唸ってから、イベリスに尋ねてみることにした。
「なぁ、イベリスは何かいい方法思いつかないか?」
「んー?」
彼女の顔は、さっきまでの手持ち無沙汰な感じから思案中へと変わる。
そして、ポンと一つ、思いついた様子。
「できるかも!」
「本当か!?」
俺はがばっとイベリスの肩を掴んだ。彼女は少しだけ難しい表情で付け足す。
「ただし、私の代わりに攻撃を引きつける誰かが居てくれたらだけど」
イベリスが遠慮がちに呟いた言葉は、俺達全員の耳に届いていた。
そう、さっきから作戦を考えている俺と、アルバオ。のみならず。
「……な、なんで僕を見るんだ。む、無理だって。あ、あんな攻撃、僕じゃ……」
マジックオークに自慢の剣をへし折られて、落ち込んでいたギヌラの耳にもだ。
※0425 誤字修正しました。




