【カミカゼ】(3)
方策は決まった。
イベリスの発案した作戦に乗っかることにした。
作戦は大きく分けて三段階だ。
「ほ、本当に僕が、囮にならないといけないのか!?」
第一段階では、マジックオークの射程に入ったギヌラが、とにかく相手の攻撃をひたすらに引きつけて、逃げ続ける。
どれくらいとは決まっていないが、少なくとも、マジックオークの攻撃のほとんどがギヌラに集中するくらいが望ましい。
「大丈夫だって。逃げてりゃいいだけだし、アルバオも援護するから」
「本当だな!? 信じて良いんだな!? アルバオ!」
ギヌラは相当に必死の形相でアルバオを睨んだ。
最初はものすごく渋っていたギヌラだったが、俺達三人の説得でついに屈したのである。
ギヌラのポジションは、作戦序盤では最も危険だ。というより、作戦が滞りなく上手くいったとしたら、唯一危険と言っても良い。
「ギヌラ。僕は全力で君を守る。君は全力で、避けることだけを考えて」
「それに危なくなったら遠慮なく逃げて良い。失敗しても、俺はお前を恨まない」
俺とアルバオが揃って言う。
ギヌラは押し黙る。何かを決意するように、静かに、拳を握りしめる。
「……ユウギリ。恨むなよ」
「だから恨まないって言ってるだろ」
俺がギヌラに苦笑すると、ギヌラは面白くなさそうな顔で頷いた。
「大丈夫。私だってどうにかしてみせるから!」
第二段階の要であるイベリスが、袖をまくりながら元気に言った。
「大丈夫か? さっき練習した通りに頼むぜ」
「任せて欲しいかも!」
彼女が発案した、マジックオークの至近距離に近づく方法。
それは、彼女が俺を投げ飛ばすというものだ。
目の無い魔物に見えるマジックオークは、振動や足音で獲物の存在を感知している。
つまり、足音を極力たてない方法で一気に近づく事で、気付かれずにマジックオークの至近距離に近づけるということだ。
もちろん、風を切る音や、着地の一歩など、消し切れない音はある。それを誤魔化すためのギヌラの囮だ。
「……それで総。本当に良いのかい?」
そして残る第三段階だが、アルバオが最終確認をしてくる。
「作戦が失敗したら、君が一番危険だ」
「…………分かってる」
第三段階は、そのまま、俺が心当たりのカクテルで、マジックオークを一撃で仕留めるというものだ。
こればっかりは、通用すると信じてやるしかない。
「僕は正直言って、そこまで命の危険をおかす必要は……」
「そりゃ俺だって嫌だけどさ、ここまで来て、引けないだろ」
エルから得た情報。ホリィ研究室の現状。そして、トライスへと繋がる道。
なによりも、見果てぬ『ウィスキー』への渇望が、心にある。
例えばスイがこの場に居たら絶対止めるだろう。というか、誰に話しても止められるのは分かっている。
それでも、ここで立ち止まる選択肢を、俺は選べる気がしない。
「馬鹿だよ。君が命をかけるようなことじゃない」
「でも、命をかけるのが自分だったら、アルバオはやめるのか?」
「……それは」
俺に逆に尋ね返されて、アルバオも言葉に詰まった。
彼だって、真剣にここまで来た。もし、かけるのが自分の命だったら、躊躇わずに乗っけてしまったかもしれない。
アルバオは、今回の作戦で一番安全な位置に居る。それが、ひっかかりを覚えさせているのかもしれない。
「命ってのは、かけるものじゃなく、どうしようもなく乗っかっちまうものだ。って昔やってたゲームで言ってたぜ」
「……ゲームで?」
「とにかく、成功すれば良い話だ。目の前にまで来ているモノを、むざむざ諦めたりできるかよ」
怖いかなんて聞かれたら怖いに決まってる。
当たり前だ。聞くな馬鹿ってレベルだ。
だけど、そこで怖いって諦めるなら、最初からこんなところに来るものか。
「俺は、目の前のあいつを『伐採』して、全部成功させてやる。俺も、アルバオもホリィ研究室も。それに……」
ようやく全力を出せるという、セシル。彼と真正面からやり合うためにも。
「いこう。オーク樽の材料を手に入れるんだ」
俺の声に、他のパーティメンバーは、思い思いの顔で頷いていた。
「総。準備は?」
「いつでも」
言いつつ、俺は腰のポーチから一発の銃弾を抜き取った。
それは、綺麗な青色の、透き通るような弾薬。
試し撃ちしたときに、そのピーキーな性能から、恐らく使うことはないと思っていたものだ。
俺はそれを、銃のシリンダーへと迷い無く込めて、右手にしっかりと握った。
「ギヌラ」
「分かっている」
ギヌラに声をかければ、彼はふっと強がったような笑みを浮かべた。
「い、いくぞおおおおお!」
気合を入れるため、そしてマジックオークのターゲットを引きつけるため。
ギヌラは大声を上げながら、マジックオークの領域内に足を踏み入れた。
「うわっ! おわっ!」
それを見逃す筈も無く、マジックオークの枝が縦横無尽にギヌラへと伸びる。
重い枝を回避したあと、間髪を入れずに薙ぎ払い。
器用に避け続けるギヌラだが、それでもどうしても間に合わないものもある。
「くっ!」
「《アイス・ピラーズ》!」
その、どうしてもの部分を、アルバオが魔法でカバーする。しかし、防御の魔法は同時にギヌラの移動を制限することにもなる。あまり頼ってはいられない。
「じゃあ、行くよ!」
イベリスの声にあわせて、俺は彼女があわせた両手の上に足を乗せる。
視界の端では、ギヌラが必死に時間を稼いでいる。
そして、覚悟を決めた瞬間、俺の身体が浮遊感を覚えた。地に足が着いていない。
あるのは全力で俺を押し出そうとしている、力だけ。
そして、俺は射出された。
空気が悲鳴を上げる。凄まじい速度で、身体が風を切っている。
嵐のように振ってくるはずの攻撃は、すべてギヌラへと向かっている。
マジックオークはまだ、俺に気付いてはいない。
俺は頭のなかで作戦の成功を祈りつつ。
マジックオークの幹に触れる距離に。
着地した。
射出の勢いを殺すように伸ばした足から、ズザザという足音が響いたようだった。
マジックオークは一瞬だけ動きを止めた。
今の瞬間にも命の残量が削られているようなプレッシャー。
「お前の相手はこっちだ!」
ギヌラの声が響いた。彼はわざと大声をあげて、マジックオークの注意を再び引いた。
マジックオークはすぐにまた、ギヌラへと攻撃を再開した。
だが、既にギヌラにも疲れが見える。急がないと、時間が無い。
慌てることだけは決してせずに、俺は速やかに、カクテルの素性を答える。
「基本属性『ウォッタ45ml』、付加属性『ライム15ml』『コアントロー1tsp』、系統『シェイク』」
なんでこんな所で宣言をしているのか。
それは、引き金を引く直前に魔力を送り込まないと発動しないから。
故に、至近距離まで近づく必要があった。
イメージするのは、くしくもこのカクテルの由来になった人達の姿だ。
己の身を、全霊をかけて、相手の懐に飛び込んだ。
彼らもきっと、このプレッシャーと戦っていた。
いや、それは彼らに失礼だ。
彼らに比べれば、この状況なんて、ぬるいも良い所だ。
マジックオークは完全に俺の存在を認識している。
さきほどまで聞こえていたギヌラへの攻撃の音が止んでいる。
しかし、今更気付いたところでもう遅い。
俺はその思考を、少しでも切り捨てて『カクテル』のイメージを高めた。
刀のように鋭い、スッキリとした切れ味。
透明にどこまでも伸びる、風のような風味。
そして、近づけば、何者も止めることができずに切り込んでいく破壊力。
ブゥと鈍い音がして、銃はその時を待つ。
俺は身を捻り、刀を抜くように体勢を横にずらし、足を踏み込む。
宣言しよう。
このカクテルの名前は──
「──っ!?」
ブォン、と目の前に一本の枝が降ってきた。
ギヌラが何かしくじっていたのか。
最初から、囮と気付いていたのか。
それとも、切り札を隠していたのか。
その一本の枝が、致命的な速度で俺へと迫っていた。
すでに振り抜いていた銃は戻せない。
引き金にかけた指も同様だ。
体勢はもはや、回避を捨てている。
避けること能わず。
さりとて、避けなければ。
──死──。
「総!」
アルバオの叫びと共に、風の刃がその枝を切り払った。
切り裂かれた枝が、俺の頬をかすってもの凄い速度で通り過ぎていく。
なぜ、と疑問に思うこともない。
アルバオもまた、魔法の有効射程に踏み入ったのだ。
その身を危険にさらして。
だが、俺は彼に感謝を告げることすらできない。
彼の安全を確認することもしない。
元より、身体は止まらない。
俺は、喉の奥から絞り出すように、カクテルの名前を叫んだ。
「──っ【カミカゼ】ぇぇえええ──!!」
引き金を引いた瞬間。
銃口から放たれた、暴力的な水の魔力が、一つの形を取った。
刃渡り二メートルの、水の刃。
丁度、至近距離であれば、幹を両断できるほどの長さの、剣。
銃を刀のように振り抜いた。
銃口から伸びた水の刃が、マジックオークの幹にぶつかる。
そして、なんの抵抗を感じることもなく、刃はするりと幹を抜けて。
マジックオークの付け根から、その巨体を斜めに両断した。
直後、水の刃は役目を終えたように、いとも容易く消え去った。
もとより、たった一撃だけの魔法だ。
超短射程のウォッタ属性のカクテル【カミカゼ】。
その効果は『一撃必殺』である。
※0424 表現を少し修正しました。
※0425 誤字修正しました。




