マジックオークの能力
「せーの!」
イベリスが大型のレンチを振り上げ、枯れ木のお化けような魔物を殴り倒した。
まだ息の根は止まっていないが、俺は銃を構えたままイベリスに叫ぶ。
「離れろイベリス!」
「りょーかい!」
イベリスが機敏な動きで離れようとすると、横倒しになっていた木の枝が一本伸びる。
その枝を、ちょこまかと動き回っていたギヌラが切断した。
「ありがと!」
「ふんっ!」
ギヌラは鼻で笑った後にまた走る。
彼の背後には、二匹の大型のリスのような魔物が迫っている。
「ギヌラ! そのまま真っ直ぐだ!」
「分かっている!」
アルバオの指示に従って、ギヌラは先程イベリスが横倒しにした枯れ木へと向かう。
当然、後ろの魔物も引き連れたまま。
《水の魔素よ。帰趨を司る精霊よ》
俺の近くで、アルバオが魔法の詠唱を始めた。
杖を構えて、落ち着く響きのある穏やかな声で魔力を高めていく。
「基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム1/6』、系統『ビルド』、マテリアル『トニックウォーター』アップ」
アルバオにいつでも合わせられるように、俺も即宣言を終えた。
シリンダーには念の為に次弾も装填済みだ。
俺が睨むと、アルバオは急いで詠唱を続ける。
《求めるは棘。噛み砕け、氷結の顎門》
唱え終えたアルバオが、杖を真っ直ぐに木の魔物へと向けた。
俺はギヌラに指示を叫ぶ。
「避けろギヌラ!」
「っ!!」
そしてギヌラが大きく跳ぶ。場所はどこでも良い。直線上でなければ問題無い。
ギヌラが跳んだタイミングで、追いかけていた魔物と枯れ木が直線上に並んだ。
「《アイス・ニードル》!」
アルバオの魔法が発動し、空間に幾多の氷柱が現出する。
それらは真っ直ぐに魔物達へと向かって行った。
枯れ木の魔物は避ける為に動くこともままならないが、リスのような魔物は魔法の気配を感知して、回避行動に移ろうとした。
俺がそれを妨害する。
「【ジン・トニック】!」
アルバオの魔法に被せるようにして、俺の銃が唸る。
直後、銃から放たれた魔力が、直線上に風の渦を巻き起こした。
その渦は、アルバオの氷柱を加速させると同時に、リス型の魔物の逃げ場を奪う。
渦の中に閉じ込められた魔物達を、氷柱がズタズタに引き裂いた。
リスの魔物も、枯れ木の魔物も、どうやら動きを止めた様子である。
「ふー。ギヌラ大丈夫か?」
「大丈夫じゃない! 危うく巻き込まれるところだったぞ!」
「だから合図したじゃないか」
ギヌラは怒り心頭といった様子で、肩をいからせつつこちらへと歩み寄って来た。
道中の戦闘はそれほど多くなかった。
やはり季節が季節だけに、魔物たちのほうの活動もあまり活発ではないらしい。
ただし、出てくる魔物はやはり出てくる。
それでも、安定はしていた。
基本的に、見た目に寄らずパワータイプのイベリスと、雑魚専兼囮としてすばしっこいギヌラ。
火力はそこそこだが魔法の精度が高いアルバオと、やや発動の早い俺。
複数の相手にからまれることも多くはなかったので、分業して順調に戦闘を進めていた。
特に、ギヌラがヘイトを集める特性は魔物相手でも役に立った。弱そうに見えるから襲われるのだろうか。
頼りないながら前衛の壁としての役目を、十分に果たしてくれていたように思える。
人一倍臆病だからか、索敵に関しても一番活躍してくれていた。まぁ、でかい魔物が相手だと役に立たないんだけど。
そうやって順調に俺達は、マジックオークが目撃されたという地点まで辿り着くことができたのだった。
「……あれか?」
森の道から少し外れた所。
木々の無い、小さな広場のようになっている一画に、それは鎮座していた。
「……すごく、でかい」
俺の正直な感想である。
流石に、俺の記憶にある樹齢千年とかの連中と比べると小さいが、それでも樹齢うん百年を感じさせる幹の太さ。
その太さに反して、高さはそこまででもない。せいぜい十メートル程度か。
順調に生育したというよりは、魔力の影響で肥大化した、といった感じだろう。これならば、動いていないときでも、異常であると分りやすい。
葉は落ちている。そのむき出しになった枝の一本一本が、そのまま無骨な棍棒状の凶器に思えた。
「どうする?」
俺は一度、後ろに控えているアルバオへと目線を送った。
「……まず、アレの能力を見てみないことにはなんとも」
「……そうか。どっしりと根を張っているように見えるよな?」
「そうだね。動かないタイプなら、逃げることもできるはず」
となると、一度遠くから色々とちょっかいをかけて、能力を確認するべきか。
パワータイプかスピードタイプかで、攻略の仕方は変わってくるだろう。
「それじゃ、動き出すギリギリまで、様子見をしようか」
石を投げるとか、音を立てるとか、とにかくまずは相手のリーチの外側からだ。
そう安全策を俺が提案したところ。
「馬鹿馬鹿しい。そんなちんたらやっていたら日が暮れてしまうぞ」
焦れたようにギヌラが前に出た。
彼はふっと俺を見つめてきたので、少し冷めた目で睨む。
「……じゃあ、どうしろと」
「まぁ、僕に任せろ。あんな植物にビビるような僕ではない」
言ってギヌラは、ずかずかと軽い足取りでマジックオークへと近づいていった。
「なっ馬鹿か」
俺は慌てて止めようとするが、ギヌラは聞く耳を持たない。
いつでも逃げられる筈という状況が、明らかにギヌラを増長させている。
そして、ずんずんと進んで、マジックオークとの距離が十メートルくらいになったところ。
『……ォォォォオオオ』
マジックオークが、どこから出しているのか分からない唸りを上げた。
そして、ゴウッと空気が唸る音とともに、枝の一本がしなやかな鞭のごとく、ギヌラへと振り落とされてきた。
「避けろ!」
「……ふっ!」
しかしギヌラは余裕の表情で、腰の剣をすらりと抜いた。
そして、その剣を落ちてくる枝に向けて滑らせる。
パキン。と軽快な音が響いた。
「えっ?」
ギヌラが間抜けな声を出したのと、マジックオークの枝が僅かに逸れて、ギヌラの隣の地面を叩き付けたのがほぼ同じだった。
その一瞬後に、折れたギヌラの剣の先が、ストンと地面に突き刺さった。
「ななな」
「馬鹿! 良いから逃げろ!」
俺が声をかけるが、ギヌラは出来事のショックで固まっている。
しかし、マジックオークはそんな事情などお構いなしだ。
幹をうねらせて枝を天高くまで持ち上げると、再びそれをギヌラへと振り落とす。
ギヌラの眼前にまで枝が落ちてきた。
潰されると俺が思った瞬間に、ガギンと今度は重い音が鳴り響いた。
「ったぁああ! どりゃ!」
ギヌラの更に前に出たイベリスが、彼を庇うように力任せにレンチで枝を逸らした。
だが、その表情が、初めて苦痛に歪んでいるのが分かる。
いかにイベリスの怪力でも、精々逸らすのが一杯なのは分かった。
「次が来るぞ! 逃げろ!」
二度攻撃が弾かれて、マジックオークも少し本気を出したようだった。
重い枝の叩き付けに加えて、細い枝の薙ぎ払いも繰り出してきている。
イベリスは、重い枝は逸らし、細い枝を弾きながら、ジリジリと後ろに下がる。
ガゴン、ゴドンと重厚な音が響き続け、その間に俺とアルバオも援護の魔法を完成させている。
「【スクリュードライバー】!」
「《アイス・ピラーズ》!」
イベリスへと振ってきていた太い枝を、俺は正確に狙って水の爆発で弾く。
アルバオは前に出ている二人を守るように氷の壁を出現させ、細い枝への防御とした。
それによって、猛攻にさらされていた二人に大きく動く時間ができる。
「撤退! 撤退!」
俺は大声でイベリス達を促す。
イベリスはその声に即座に従って、腰がガクガクしていて動けていないギヌラを引っ掴んだまま、大慌てで俺達の元へと走った。
射程から獲物が消えたと見たマジックオークは、その攻撃の手を緩めて、再び静かな樹木の状態に戻ったようだった。




