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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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機人の事情

「そいつはできねえ相談だな」


 開口一番、目の前の男性が言い切った。

 体格の良い中年男性。健康的な肉体と、ボサボサの髪の毛を強引にまとめている姿。

 しかしその顔は、俺が知っている機人の男性に、良く似ていた。


「なんでさ! ガレアタおじさん!」

「イベリス、てめっ、一応ここでは親方って呼べっつってんだろ」


 イベリスにナチュラルに睨まれて、その男性──ガレアタは少しだけ怒り顔をする。


 現在地は『ホワイトオーク』の研究所から少し離れたところにある『工場』と呼ばれている区画である。

 時刻は昼。イベリスに教えて貰った『責任者が捕まる時間』は、その休憩時間だった。俺達は工場の入り口から少し入ったところで、男性と向かい合っている。

 工場内では、冬にも関わらず熱気が籠もり、様々な機械がゴウンゴウンと騒音を立てながら稼働している。

 そんな機械が作っているものを横目に見つつ、俺は少女と男性の睨み合いを眺めていた。



『ホワイトオーク』は現在、機人の技術者を受け入れている。

 その理由は、大きく二つ。

 一つは、機人の作り出す機械による、品質の均一化。ポーションの製作では、要所要所で魔術的な操作が入るが、それは術者の力量にある程度左右される。

 その左右される部分を機械に行わせることで、品質の均一化を図り、より実験結果を正確に導きだせるようにすること。


 そしてもう一つは、実験器材の生産。

 この場合は『樽』と置き換えても良いだろう。

『ホワイトオーク』では、現在樽を使った実験を多く行っている。それらをいちいち購入するのに、サイズの指定や材木の指定、加工の指定などを事細かに受注すると、結構な手間がかかってしまう。

 ということで、もともと契約していた機人のツテでもって、自前で生産工場を作ってしまおうという、中々に壮大な思想のもとに工場の増設が行われた。


 主にこの二つが、彼らの仕事ということになっている。

 俺は機人という種族の性質で、そういった仕事を受けているのを意外に感じた。彼らは好奇心によって動く、自由気侭な性格だと思っていた。

 しかし、イベリスによれば、彼らには彼らなりの基準というものがあるらしい。

 つまりは、彼らと交渉したアパラチアン氏が、その仕事を面白いと思わせることに成功したというだけの話なのだそうだ。



「とにかく、あんちゃんの気持ちは分かったが、生憎と『はいそうですか』ってイベリスを渡すわけにはいかねえんだ」


 イベリスとのやり取りを放棄して、ガレアタははっきりと言った。


「一応『ホワイトオーク』側からの要請でもあるんですが……理由をお聞きしても?」

「理由もなんもねえさ。あんたのやりたいことは分かったが、一応俺もゴンゴラからこの子の特訓を頼まれてる身でな。こっちの都合ってもんがあんのさ」


 そう言われると、こちらもあまり強く出られない。

 俺がここで強硬に出ることは、下手をすればゴンゴラとの関係を悪化させることに繋がるのか。


「ゴンゴラはこの子に『集団作業』を学ばせてえみたいだからな。単独行動みたいなことをあんまりさせたくねえんだ」


 集団作業。確かにそれは、イベリスに欠けているところかもしれない。

 ウチの自家製材料を作っているイベリスの工房。そこで、彼女は一人で働いている。

 何か大きな作業があるときにはゴンゴラも手伝っているようだが、それ以外で彼女は常に一人だ。

 だが、これから先、たとえばより大規模な生産を行っていこうと思えば、どうしても彼女一人の手に余る事態は起きるだろう。

 ゴンゴラはそうなったとき、イベリスが集団作業に順応できるように、ここで研修を積ませたいと思っているのだろうか。


「嘘言わないでよガレアタおじさん。昨日までそんなこと微塵もいってなかったじゃん!」

「うるせえ! 言わなくても思ってることもあんだ、ってことにしとけや!」


 ブーブーと文句を垂れているイベリスに、ガレアタは少し慌て調子で怒鳴った。


「とにかく、無条件でってのは、考えものだと思わねえか?」


 ガレアタがまっすぐに俺を見つめてくる。

 しかし、俺もこのまま引き下がる訳にもいかない。ここで下がると『第五属性』への道は急に遠くなってしまうのだ。


 頭で言葉を選んでいる所で、後ろからガヤガヤと人の声が聞こえてきた。

 見ると、ここでガレアタと一緒に働いているであろう、同僚たちの姿である。彼らが機人なのか人間なのかは、パッと見では判断できない。

 その中の一人、比較的若そうに見える青年が、俺の姿を見てガレアタに話しかける。


「お、親方。その人が噂のバーテンダーすか?」

「……あ、ああ」

「じゃあもう、『カクテル』作ってもらう約束取れたんすかっ!?」

「なっばっ! お前!」


 ん。何か今聞こえたな。

 ガレアタは慌てて大声を出してその男性を牽制するが、その他の従業員たちが捲し立てる。


「親方! ずるいっすよ! 俺達これから仕事なのに!」

「かー、後休の連中ずりぃなマジで」

「『俺が交渉して、お前等に飲ませて貰えるようにしてやっからよ』とか、かっこよかったっす! だから俺達にも一つ!」


 俺がガレアタに視線を合わせると、彼はさっと目を逸らした。


「……あの」

「だがな、お前がどうしてもってんなら、俺も考えないことはない!」


 さっきまでのやり取りをなかったことにしたらしいガレアタ。

 彼は声を張り上げ、ぐっとわざとらしい笑みを浮かべて言った。


「お前が作るっていう『カクテル』で、俺を驚かせるくらいのもんを作ってくれたら、イベリスの件、考えてやるよ!」

「…………」


 今更軌道修正しても仕方ないだろうこれ。

 しかしそんな、決まったって顔をされては、乗らないのは失礼にあたるのだろうな。


「かしこまりました。それでは作らせていただきます」

「おう! まったく、仕方ねえな!」


 俺が腰を折ると、ガレアタ親方はぐっと親指を突き出して、従業員たちに勝ち誇った表情を浮かべる。


「……お、おう! さすが親方!」

「ほ、惚れちまうぜ!」


 それだけでなんとなく状況を察した従業員たち。

 俺も、彼らも苦笑いであった。


「めんどーくさいことしないで、普通に作ってって言えばいいじゃん。おじさん」

「なんの話だか分からねえなぁ!」


 イベリスの冷たい目線をしたツッコミも、強引に受け流す。

 俺はひとまず、好みを聞いてみることにした。


「それで、どんな味のものが良いとかは、ありますか?」

「ああ? 美味けりゃなんでも良いさ。ただ、そうだな。ここにいる連中にも、できりゃ飲ませてやりてえんだ。それでも良いか?」

「……ええ」


 ひとまずメニューは保留にしつつ、俺はそこに集まっている従業員を見た。

 少なく見積もっても二桁か。後休という単語を考えると、休憩は二つ以上のグループに分かれているのだろう。

 工場が二十四時間体勢だとしたら、さらに夜勤などの人間もいて増えるか。

 その人数分のカクテルを一気に作るとなると、少々手間ではある。


「なんだ? やっぱり作れねえか?」

「……いえ。あ、そうだ」


 ガレアタの少しがっかりした声に、否定を返しつつ頭の中に一つだけ良いものが浮かんだ。


「すみませんガレアタ親方。ちょっと、もしかしたらあると良いなって、機械があるんですけど」

「……機械な。なんだ? 冷凍庫や冷蔵庫なんてのは、既に用意してあるぞ」

「あ、それもありがたいんですが、もう一つ」



『カクテル』の受け入れ態勢が整っていることに少しだけ苦笑いしつつ。

 俺はガレアタ親方に、とある機械の所在を尋ねた。




 機人にちなんだわけではないが、せっかくなら『機械』を使ったカクテルも面白い。

 それにこの工場は、熱気が篭っていて暑い。

 こういう暑い場所にこそ相応しいカクテルを作りたくなったのだ。


※0422 誤字修正しました。

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