【フローズン・ダイキリ】
機人の在庫処分の山から、その機械は無事に発見された。台所から発見されて欲しいところだったが、見つかったのだから良かった。
バーでの呼び方は『ブレンダー』。
だが、一般家庭では『ミキサー』と言ったほうが分りやすいだろう。
中にいれた材料を、金属のカッターで刻みながら混ぜ合わせるという、あの機械だ。
バーで使う場合は、家庭用よりもかなりパワーがあるものでないといけない。
なにせ、果実や液体と一緒に『氷』を砕く役目を持っているのだから。
「そんなもん使うのか?」
「ええ。これが良いんですよ。人の手じゃできないことができる」
俺は場所を、工場内に併設されていた給湯室に移していた。
ここには水道があるし、一通りの調理器具なんかもある。
まぁ、このカクテルに関しては、欲しいのは『作業場』って感じだが。
俺は給湯室の中の冷凍庫を開け、中の氷を確認した。
「一応、温度はどんなもんですか?」
様子を見ていたガレアタに尋ねると、温度はマイナス二十度前後、普段使っているコールドテーブルと同じくらいらしい。
軽く氷の様子を見てみる。イベリスの入れ知恵か何かか、塊のままではなく少し小分けになってくれている。流石に氷屋で買ったものに比べれば緩い、か?
「では、まずは準備を」
言いつつ、俺は部屋から急いで取ってきた材料を取り出す。
冷凍で冷やしてあった『サラム』のボトルと、冷蔵で冷やしてあった『ライムジュース』のボトル。
それに、普段から愛用している『シロップ』だ。
それらをブレンダーの前に並べて、ブレンダーの電源を入れる。
電気コードで繋がっている地球製と違って、魔石を動力にするそうなのであまり周りに気を使わなくていいのは嬉しい。
容量はだいたい、二リットルくらいか。容器の部分がガラス製ではないので、感覚は完全に経験頼りである。
少し動かしてみれば、ブィイーンと景気の良い音が鳴る。
「なぁよぉイベリス。俺はカクテルってのは、手でカシャカシャ作るって聞いてたんだが」
「私も知らない。どうなの総?」
俺が器材の確認をしているところで、機人二人の少し不安そうな声。
俺は目線だけは装置から外さず、安心させるように声をかける。
「そういうのが基本なんですが、流石に十数人分は疲れてしまいますので。今回はちょっと特殊なカクテルです」
ガレアタの疑問に答えつつ、機械の具合などは一通り確かめ終えた。
俺は軽く息を吐いて気を引き締める。
「それでは、作らせていただきます」
宣言と同時に、冷凍庫から氷を取り出した。
小分けになっている一辺二センチくらいの氷を、躊躇わずにブレンダーへ入れた。
しっかりと蓋を閉めたら、氷を、ブレンダーで思い切り砕く。
ズガガガと景気の良い音がして、中の氷が粉々になっていくのが分かった。
今何をやっているのかと言えば、砕氷──クラッシュアイスを作っているのだ。
普段ならば、一貫の氷を割る時に出る氷の破片を集めておくのだが、足りないときにはこうして作ってやるのが手っ取り早い。
一般的な家庭用のミキサーで作るのは危険だが、刃が頑丈で出力が高いのであればこうするのが一番手っ取り早い。あまり真似をしてはいけない。
砕き過ぎずに、一度ブレンダーの蓋を開けて様子を見る。
ちょうどいい塩梅に、砕けて粉々になっている。砕き過ぎると溶けるのが早くなるが、大きすぎると混ざるのが遅くなる。
量に関しては少しだけ自信がなかったが、うまい具合に想定通りといったところだ。
それから急いで、俺は次の作業に移った。
普段であればメジャーカップを用いて慎重に計り入れるところだが、今回は量が量だ。
俺はボトルをそのままブレンダーの中に傾ける。目と手と感覚で、流れ落ちる量を調整する。
サラムを450ml。一人前の十倍を注いだ所でボトルを上げた。
トロトロとした液体が中の氷と混じり合っているのを見つつ、次いでライムジュースも同様に。こちらは150ml程度だ。
最後にシロップ。これだけはメジャーカップでも測れる程度の分量なのだが、流れのままに50mlを注ぐ。
あえて一人前に直すなら、『サラム45ml』、『ライム15ml』、『シロップ1tsp』といった感じだ。
そう書けば──いや、材料だけで思い当たるかもしれない。
これは【ダイキリ】の材料と同じだ。
このカクテルは『ホワイトキュラソー』を使うレシピや、グレープフルーツを使うレシピもあるが、俺が習ったのはそのままのレシピ。
違うのは、それらを混ぜ合わせる道具が『シェイカー』ではなく『ブレンダー』であることだ。
バースプーンを使って、容器の壁面に張り付いているクラッシュアイスを軽くこそぎ落とし、大雑把に混ぜて味を見る。
目分量ではあるが、十分許容範囲のバランスだ。
ブレンダーの蓋をして、ガガガとまた軽快に砕き混ぜた。
十数秒ほど動かして一度様子を見る。まだ、クラッシュしたアイスの粒が大きい。
もう一度動かして、また様子を見る。良い感じだが、もう少々。
そして三度、蓋をしてガガガと音を立てた。音が次第に硬質な感じを失ってきたところで、動作を止めて機械のスイッチを切った。
蓋を開ければ、想定通りの、とろりとしたスムージーな液体が完成している。
ここで出来上がっている液体は、入れた氷の量でその食感を変える。
氷を多くすればもっとどろりとするし、氷を減らせばシャバシャバと飲みやすくなる。
俺は丁度その食感と飲みやすさの中間くらいを狙った。
機械から容器の部分を取り外し、ずっしりとしたそれを手に持った。
「ではまず、ガレアタ親方から」
「お、おう」
言いつつ、俺は彼に持ってもらっている口の広いグラスに、一人前よりやや少ないくらいの量のカクテルを注ぐ。
ゆったりと流れ落ちていく白色のシャーベットは、静かにグラスを満たした。
期待するように俺を見ているイベリスにも同じだけ注いでやって、そのあと俺は給湯室のドアを開ける。
「お待たせしました!」
「「「待ってました!」」」
給湯室のドアの前では、グラスを手に待ち切れない顔をしていた何人もの従業員の姿である。
一応、仕事中に飲んで良いのかと確認は取った。彼らの返答は『仕事中にアルコールは禁止されてるが、ポーションは禁止されてない』というものだった。
……ま、ポーション酔いを認知していても、『ホワイトオーク』でそれを禁止してはいないだろう。盲点である。
十分に水を飲むことをガレアタ親方は厳命し、その責任を自分預かりとしていた。
順番に従業員たちのグラスに注いでいって、丁度最後の一人で、用意したカクテルは尽きた。
全員に綺麗に行き渡ったそれを確認して、俺は静かに名前を告げる。
「お待たせしました。【フローズン・ダイキリ】です。溶けないうちにどうぞ」
俺の声を待っていたかのように。
ある者は物怖じせず、ある者はおっかなびっくり、そしてあるものは楽しそうに。
その場に居る人間は一斉にその、トロトロの半液体を口に含んだ。
──────
ガレアタの口の中にスルスルと入り込んできたのは、細かな氷の砂だった。
それも、ただの氷ではない。
淡く酸味と甘みのある、燃えるように味わい深い爽やかな美味さ。
ふわふわとした食感が、すっと口の中で溶けて消える、その感触に我を忘れた。
流砂の口当たりは柔らかく、味の入り口に立つ酸味は、汗として抜けていった水分を補うように爽やかだ。
その砂が氷だったと自覚する頃には、口の中にふわりと、仄かな甘みが広がっている。
柔らかく喉を滑る、サラムポーションの緩やかな喉越し。
良く考えればかなり度数の強い気がするが、それをあまり感じない。
混ぜられたポーションと一緒に流れ込む氷が、その度数を和らげ、優しく包み込んでいるのだ。
ガレアタが周りを見れば、従業員達もそろって、目を丸くしている。
だが、誰一人として嫌そうな顔をしていない。
喜び勇んで、この大人のシャーベットをかき込んでいる。
(そうか……だからこれか)
青年がわざわざ『ブレンダー』を探してきた理由がわかった。
この熱気のこもる工場内では、涼しい飲み物がいっとう美味い。
それを分かっていて、そこからさらに一歩進んで、青年はこれを作った。
唇に当たる感触は、ふわりと柔らかく、それでいて甘い刺激を残す。
舌に広がる味わいは、爽やかで乾いた喉を潤すようだ。
加えて、氷と混ざり合ったこれは、すぐにはその温度を下げない。
この人数であれば、飲むのが早い者もいれば遅い者もいる。早い人間はその味わいを十分に堪能できるし、遅い人間も温くなった飲み物を飲まずに済む。
人数分を作るのが大変と言っていたが、それだけが選定理由ではないのだろう。
そこまで考えてから、ガレアタは嬉しそうに従業員達の感想を聞いている青年に話しかけた。
──────
バーテンダーとしてカクテルを作る上で、一番手間がかかるものの一つが『フローズンカクテル』だ。
材料と氷をブレンダーに入れるだけであとは機械がやってくれる。それだけ聞くと簡単なものだが、その量や時間等に慣れるには意外とかかる。
しかし、慣れてしまえば外さないという意味では、簡単な部類かもしれない。
有名なものでいえば、先程作った【フローズン・ダイキリ】。
レシピが少し変わるが、この【フローズン・ダイキリ】は、かの文豪ヘミングウェイが愛飲したという、由緒正しきカクテルである。
他にもブレンダーの魅力は、フレッシュの果実を用いて簡単にカクテルが作れる点だ。
柔らかい果物はシェイカーで強引に潰してもいいのだが、果肉がしっかりしている果実を扱う場合は、この形式で作るのが美味しい。
季節の果物を使ったカクテルなんかは、よく日本に居た頃も作っていたものだ。
あえて欠点を上げるとすれば。
準備と片付けが面倒なところくらいである。
「おい、お前。夕霧総って言ったな?」
俺の背後から、男性の声が聞こえた。
顔をやると、ガレアタが俺を見て、少しだけ嬉しそうに表情を緩ませている。
「これと同じのを、あと何回か……別の時間の連中に作ってやってくれねえか?」
「はい。喜んで」
俺は自然な笑みでその注文に答える。
この工場の勤務体制は知らないが、ここに居る人間が全てではない。それは予想している。彼はそんな人達みんなに、これと同じ物を飲んで欲しいと思ってくれた。
つまりは、気に入ってくれたということだろう。
「……それと、イベリスの件だが」
ガレアタはもったいぶる。ガレアタの隣で、グラスの中の【フローズン・ダイキリ】を美味しそうに口に含んでいたイベリスも、期待の眼差しでそちらを見た。
だが、ガレアタが口にした言葉は、ちょっと予想外のものだった。
「……おい、お前ら! 良いか良く聞け!」
ガレアタは、その場に集まっている従業員に向けて、大声を上げた。
何事かと思った従業員の視線がガレアタに集まった所で、彼は言った。
「作ってもらったそいつがちょっとでも美味いと思ったんなら、全員でこのあんちゃんの要求に応えるぞ!」
「え、ちょっと!?」
その申し出はありがたいのだが、いきなりそんなことを言われるとビックリする。
というか、そんなことがあって良いのだろうか。
こんなところで『ホワイトオーク』との関係が悪くなっってはたまらない。
俺は少し慌てて声を上げる。
「大丈夫なんですか!? そんなことして、仕事に支障が出るんじゃないですか!?」
「なぁに! 問題が起きねえ程度に仕事もすっから大丈夫よ。なあ、お前ら!!」
「「「うっす!」」」
その従業員たちの威勢の良い返事に、どうだ安心しろという態度に、俺はもはや何も言えないでいた。
「うん! 私達なら大丈夫かも?」
「……そこは断定してくれよ」
イベリスのにっとした笑みにだけ、俺は戦々恐々としつつ呟きを返したのだった。
なんにしても、これで、セシルと並べる可能性が出てきたというわけだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
作中で、ブレンダーを用いて氷を砕いている描写がございますが、本当に安易に真似はしないようにお願い致します。
お試しになる場合は、実際の機器の説明書きに従って十分注意したうえでお願い致します。
また、先日の連続投稿についての質問、色々とご意見ありがとうございました。
その件を含めて、少し思う所がございまして。
明日、午前十時時頃から二十四時頃まで一時間おきに四章完結まで連続投稿致します。
予定では15話投稿になると思います。
焦って読む必要はございませんので、ごゆっくりお付き合いいただけると幸いです。
※0425 誤字修正しました。




