時間早送り君と魔力量
装置が完成したのは、それから数日後のことだった。
それは、工場の敷地内にあるちょっと空いたスペースに作られていた。
見た目は金属製のテントといった感じである。大きさはそれほどではないが、出入り口に該当する金属製のシャッターは大きい。
他に特徴と言えば、人間から第五属性の魔力を吸い取るための取っ手のようなものが、無造作に露出している。
で、その装置そのものは良いとして、その周りに精魂尽き果てた、死体のような技術者達が転がっているのだ。
様子を見にきたら、殺人現場に到着してしまったかのような戦慄。
その死体の一人が俺に気づき、弱々しく手を上げた。
「……やぁ、総」
「アルバオ、元気か?」
アルバオはこの装置の設計思想、及び開発協力という形でアドバイスをしていた筈だ。
ホリィに許可を取ってこちらに出ずっぱりであった。
その間、俺は日課となっているポーションの勉強をする傍ら、セシル研究室の情報をなんとかちょろまかせないかと画策していた。
そのために、こうしてしっかりと顔を合わせるのも久しぶりである。
「……一応、生きてるさ」
「じゃあ、この惨状はなんなんだ?」
「ほとんどみんな徹夜だったからね」
俺の登場に気付いたのか、工場の従業員たちが疲れた笑顔を向けてきた。
それに応えつつ、俺はキョロキョロと見知った少女を探す。
と、閉まっていたシャッターが開いて、中から二人の人物が現れた。
「あっ! 総! 見てみて! できたできた!」
「おう、あんちゃん! 良い所に来たな!」
イベリスとガレアタ親方の二人が、元気そうに大声を上げていた。
「もっとかかるかと思ったが、その魔法使いのあんちゃんが中々教え上手でな。たった今、完成したってわけだ」
「私も頑張ったかも! ポーチの時に使った回路とか、結構流用できたからね!」
そう元気を見せている二人の目元にも、はっきりとした隈が浮かんでいる。
ここにいる人達は、無理しなくても良いと言ったのに、全力で装置の完成に取り組んでくれたわけだ。
装置の完成度は、彼らの満足気な笑みを見れば分かる。
「それじゃ、実験はもう始められるかな?」
「あたぼうよ!」
「完璧かも!」
二人の声に、そこでくたばっていた全員の声が重なる。
俺は彼らに、労いの意味も込めて、もう一度『カクテル』を振る舞った。
……おかげで、持ってきていた『スイ製サラム』は、使い切ってしまったが。
イベリスに『時間早送り君試作型』と名付けられたそれ。
その使い方はとっても簡単である。
内側に物を置いて、外側に魔力源を設置すれば、あとは自動で魔力を吸い上げて装置の内部にある物の『時間』を早める。
出力は、外側である程度自由に設定することができるという。
また、かなり突貫で作り上げた機械であるので、効率や精密性などもろもろの部分はそれ専門の魔法にやや劣るだろうとのこと。
「一応、テストで二倍の実験には成功してる。あとは、それをどこまで高められるかだな」
ガレアタ親方は、言ってから「おい」とアルバオに声をかける。
「説明してやってくれ。その魔力量だかなんだかと、装置の限界をよ」
「言われなくても。まぁ、話しても仕方ないかもしれませんけど」
ここ数日で大分やつれた様子のアルバオだが、いつも俺に勉強を教えていたときのように、少し澄ました顔で咳払いをする。
それから、装置開発の際に説明に使っていただろう、小型の黒板を持ってきた。
「総は、一応魔力量の話はもう大丈夫だね?」
「ああ。個人に備わっているMPの話な」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。これで分かるように出来てるんだ。俺は」
魔力量。個人個人の才能ともいうべき、生まれ持った魔法の素質。
それが高いほど、扱える魔法が増えて、使える力も大きくなるというもの。
「じゃあ、この装置だけど。実は扱える人間は、かなり限られてしまう」
「というと?」
「仮に一般人……そうだね、日常生活を普通に生きている、普通の人の魔力量を100としよう」
言いながら、黒板にその内容をかき込んでいくアルバオ。
俺は心の中で、その一般人にギヌラと名付けた。他意はない。
「この一般人がこの装置を使うのは、危険だね。恐らくこの装置が作動するかどうかギリギリのラインだし、装置内時間を二倍にするのが精々だろう」
ギヌラに仕事と称して、この機械に張り付かせておくことはできないというわけだ。
まぁ、別に真剣に考えていたわけじゃないけど。
「で、そうだね。僕で考えようか。自分で言うのもなんだけど、僕はそれなりに才能のある魔法使いだ。数値で言えば、6,000くらいかな」
「自分で言うかね」
「突っ込まないでくれ……で、僕くらいなら、かなり余裕を持って装置を動かせる。時間効率は30倍くらいを何時間も維持できるかな」
30倍。
一日で一ヶ月分の熟成が進むという。これは、魔法世界的なズルとはいえ、半端なく効率的ではないか。
「多分、セシル先生の研究もこのくらいのスピードだと思う」
「なるほど、それを越えていかないといけないのか」
「……簡単に言うね」
俺の言葉に、アルバオは驚愕の表情である。
「……ついでに、スイだったらどのくらいなんだ?」
「……ああ、彼女なら、ね」
アルバオは、魔道院時代のスイを思い出すように少し目を閉じて、黒板に書いていく。
「かなり推測になるけど、彼女なら数値にすると50,000は固いだろうね。もっと上かもしれない。それくらい、常軌を逸してたから」
「それが千年に一度レベルか」
「そうだよ。この装置を動かしたら……300倍くらいは出せるかもしれない」
300倍。アルバオの十倍。
ということは、一日で十ヶ月……およそ一年弱も熟成が進むということ。
そこまでいけば、早熟の傾向の強いバーボンウィスキーなんかは、かなり視野に入ってくる。
バーボンの原料になるトウモロコシを混ぜる実験も、おいおいやりたいな。
「……ま、そんなところだけど、現状は僕やホリィ研究室のメンバーが魔力源を務める他なさそうだね」
俺がこの装置に秘められた無限の可能性にトリップしているところで、アルバオは疲れ気味な声を出す。
「え? なんで?」
「ん? この実験に関わってる魔法使いなんて、僕達だけじゃないか。なんとか頭を下げて協力して貰わないとだけど……」
「いや、俺が魔力源になるって」
俺の提案を受けて、アルバオは尚更にキョトンとした顔をしていた。
その顔の原因を察し、そういえばと納得する。
まだ、俺の中の『第五属性』の魔力の話をしていなかった。
「あー。スイ曰くだけど、俺はどうやら『第五属性』だけ、やたらと魔力量があるらしいんだよ。ほら、このポーチだって、常時俺から魔力吸ってるって話だし」
「……いや、でも確かに、そのポーチの話から……でもなぁ」
アルバオは俺の言葉に半信半疑の様子。
とはいえ、信じて貰うのは簡単だ。
「疑うんなら、いつもの『万物がなんたら』って魔法で見てみればいいさ」
「簡単に言うね。自分の魔法適性を人に知られるって、結構な……まぁ、魔法使いじゃないなら関係ないか」
どうやら、そのあたりの情報は魔法使い的には秘密にしておく類のものらしい。
だが、俺は魔法使いになれないとスイにはっきり言われているので、気にしない。
アルバオは一声かけて俺の額に触れて、目を閉じ、静かに唱えた。
《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》
と、唱えてその直後。
「なっ!? め、目がぁ!?」
俺から凄い勢いで手を放し、あーと唸りながら目を押さえていた。
その場に残された俺は、手持ち無沙汰でひとまず心配の声だけをかけた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。いや、大丈夫なんだけど大丈夫じゃない」
混乱と驚愕とが入り混じった謎の形相でもって、アルバオは息を荒くしつつゆっくりと目を開いた。
「……君は本当に人間か? ありえない量だった」
「……一応、人間のつもりだけど」
この世界に来て身体が急に丈夫になったとかはない。
腕力だけだったら余裕でイベリスに負ける。なんならヴィオラにも負ける。
……改めて考えてみても、ウチの店、俺が勝てそうな人間いないな。
と、俺が落ち込んでいることなど気付くはずもなく、アルバオが真剣な顔になって早口で捲し立てた。
「とにかく、一瞬見ただけで圧倒されるくらいの量だった。第五属性だけこんなに尖ってるなんて異常だよ。これはあくまで善意で言ってるんだけど、一度ちゃんとした機関で検査を受けてみる気はない?」
「……人体解剖とかされそうで嫌だなぁ」
「……まぁ、僕は何も言わない。言えないね。こんなの恐れ多くてなんとも」
アルバオの慌てぶりを見ていると、本当に色々とやばい気がしてくる。
スイに見てもらったときは、ちょっと驚いた程度の反応だったけど、それももしかしたら彼女の才能故のものだったのかもしれない。
なんか俺の魔力から魔法を見つけたとか、しれっと言ってたし。
「……とにかく。君の魔力量は測定不能だ。軽く見積もっても、さっきの数値換算で300,000は超えてるだろう。いったいどんな無茶をしたら枯渇するのか見当もつかないし、装置の効率で5,000倍くらいにはなるんじゃないかな」
「5,000?」
えっと、5,000ってことは。
一日で5,000日分の熟成が進むということ。
で、一年は365日──この世界じゃ360日か。
10年で3,600日だから。例としてのスコッチの熟成年数12年は4,320日……。
「一日でスコッチの熟成が終わるってのか!?」
「そのスコッチってのは知らないけどそういうことさ!」
俺のあまりにも驚いた表情に、アルバオも負けじと驚きの顔を返してくる。
震えそうになる手を必死に押さえて、俺はその事実をゆっくりと噛み砕いていた。
※0425 誤字修正しました。




