次の一歩を
『ニューポット』はとりあえずの完成を見た。
では、これから先にすることはなんなのか。
簡単に言えば、効率や効果の高い熟成のメカニズムを探すこと。
セシルの研究が進んでいるというのはそういうこと。
彼がしているのは『熟成サラム』を用いた『第五属性』の効率的な生成の研究。
熟成させる際に、いったいどんな手を加えると効率的で、効果的な『第五属性の魔力』を生成できるのかということ。
それは以前、俺がアパラチアン氏に軽く話したことを、もっと突き詰めるようなもの。
樽の素材を変えたり、内側を焼いたり、再利用したり。
温度管理をしてみたり、時間を変化させたり、混ぜてみたり。
素材のサトウキビに加工を加えたり、砂糖にしたり、絞った後の廃蜜を使ったり。
そういった、様々な条件を組み合わせて、実用的なポーションの作成手順を組み上げていくというもの。
『ホワイトオーク』内部で漏れてくる話を聞けば、どこの研究室でも今はその研究で持ち切りであるという。
だが、その中でもセシル研究室が進んでいる理由がある。
一つは、セシルが優秀であること。
一つ例を挙げれば、彼は比較実験の際に比較すべき項目を的確に見抜いて、有用なデータを集めることに長けているのだという。
データは理路整然と組み立てられ、必要な箇所と不要な箇所が区別され、堅実に実験を進めていく。
他の研究室は自分たちの得意分野から攻めていくことが多いそうだが、セシルはそういったところで、こだわりが薄いとか。
いやむしろ、理にかなった行動を取ることに、こだわりを持っているというべきか。
そういった目の良さと実績の積み重ねが、彼がまだ三十代にして、他の研究室から一目置かれている理由となのだろう。
そしてもう一つ。これが実は大きなことだ。
セシルは実験に、とある『魔法使い』を雇っているそうだ。
彼らの専門はこの世界でも研究が進んでいない『第五属性』。
そんな彼らの仕事は『時間を早めて、熟成を進めること』である。
熟成の時間に応じて『第五属性』の魔力は高まっていく。
それは『ホワイトーク』全体の研究でも、ほとんど実証されていることだ。
そしてそれこそが、セシル研究室と、その他の研究室を明確に分ける基準でもある。
魔法使いの手によって実験が進めば、それだけデータが集まるのが早い。
純粋に、それだけの差が、重くのしかかっているのであった。
「それが分かってるなら、話は早いんじゃないのか?」
現在地は、俺(とギヌラ)の部屋。
食堂で夕食を終え、再び研究に戻るもよし、ゆっくりするも良しという時間だ。
俺は自室にアルバオを招いて、先の啖呵を実現するための方策を練っていた。
そして『魔法使い』の存在を知ってからの発言だ。
「あっちがやってることと同じだけど、こっちは『第五属性』の単属性ポーション。余計な要素が混ざってない分、あっちよりも有用なデータが出る可能性はある」
と、誰でも考えつくであろう答えを告げる。
ちなみに俺の現在地は、キッチン。アルバオと会話する片手間に、ステアの練習を氷だけ入れたグラスで行っている。氷だけをずっと、かき混ぜ続けているわけだ。
その氷を生成したのは、キッチンに取り付けられたイベリス製の製氷機である。
「総にしては面白くない回答かも。あ、注文! 【ジン・リッキー】!」
「人を変人扱いするな。あと今は練習中だからまた後でな」
「ケチ!」
部屋に遊びにきていたイベリスの注文を断り、俺は目をアルバオに向ける。
だが、アルバオは首を横に振った。
「現状、それは不可能だね」
「なんで?」
「お金が足りないよ」
アルバオ曰く。
『第五属性の魔法使い』というのは、とても希少なものらしい。
そもそも、この世界では才能がないと魔法を使うことができない。その中でも第五属性はろくに研究も進んでいない分野。
『ポーション』が存在しないというのも、その希少性に拍車をかけている。
他の属性ならば、修行中に無茶をして『魔力欠乏症』になったとしても、ポーションで一命を取り留めることができる。
第五属性ではそれができない。
たったそれだけの差でも、修行を躊躇うには余りある理由になる。
で、そんな希少な第五属性の魔法使いを雇うとしたら、なかなか馬鹿に出来ない金がかかる。
それをセシルは、自身の人脈と、研究室の予算。その二つを合わせることでクリアーしているらしいのだ。
「セシル先生も優秀な成績で魔道院を出たし、その時の人脈が今も生きているんだ」
「そういうところは、どこの世界でも変わらないんだなぁ」
日本に居たころ、大学時代の知人が就職した様々な企業を思い出して、感心した声が漏れた。
「じゃあアルバオはさ、友人とかで『第五属性』の魔法使いに心当たりとか……?」
「僕が知っている限りで、それができそうなのは、主席だったスイ。次席だったローズマリー。それに三席の僕。このくらいだろうね」
「……少なくない?」
「魔道院を出たばかりの人間に酷なことを言わないでくれ。学生のうちから三人も『時間送り』を使える『奇跡みたいな世代』と言われていたんだぞ」
アルバオに睨まれて、俺は悪かったと謝った。
魔道院を出るときが能力のピークじゃない。魔法使いはそれからも何年も修行を繰り返すものだろう。
その蓄積があったセシルの人脈と、新卒みたいなアルバオの人脈じゃ、差は歴然だ。
「そういや、次席の名前なんて初めて聞いたな。スイって、魔道院時代のこと話してくれないし」
「……まぁ、彼女は、浮いていたからね」
「…………そうなのか」
スイは魔道院時代の話をほとんどしない。だが、彼女の境遇が以前話を聞いた『二千年の魔女』のものであるなら。そうかもしれない。
自分から率先して話したくなるような、楽しい思い出はなかなかなさそうだ。
有り余る才能。自身の望みとのギャップ。そんな中で、楽しい学生生活はなかなか送れないだろう。
「とにかく、相手と同じ方法が使えない以上は、何か違う策はないものかね」
俺は悩みつつ、ステアの練習をしていた手を止める。氷が溶けてガラガラになってしまった。そろそろ氷の替え時だ。
キリがいいタイミングとも言える。
新しい氷を用意する前に、イベリスの注文でも作ってやるかと、ポーチに手を伸ばし、止まった。
「……イベリス」
「ん? 【ジン・リッキー】だよ?」
「いや、そうじゃなくて」
俺はイベリスが作ったポーチの、能力を思い出した。
確かこのポーチは、俺から漏れている『第五属性』の魔力を使った魔法装置。
それで行っていることは『時間の凍結』だ。
それによって、このポーチの中でなら材料は常に最適の温度に保たれるし、作ったカクテルもその威力を保ったまま魔法に変えられる。
『時間に干渉するような装置』が、実際に作られている現状がある。
俺は恐る恐る、イベリスに向かって尋ねていた。
「もしかしてさ。お前ってこのポーチみたいにさ、時間を進める機械とかも、作れたりしない?」
俺が尋ねると、イベリスはきょとんと目を丸くした。
それから、うーんとしばらく唸ってから、言った。
「スイからまた話を聞けば、できないことはないかも」
「本当か!?」
俺がイベリスに詰め寄ると、彼女は少し困り顔で応える。
「でも、スイとの連絡はまだ先だよ?」
以前イベリスがポーチを作った際には、スイから『第五属性』の話を聞いて、それを元に作り上げたらしい。
今はスイが近くに居ないから、すぐに作れるとは断言できない、と。
それを聞いた俺は、目線を再びアルバオへ戻した。
「アルバオ。お前さっき、スイと次席と、自分なら『時間送り』がどうとか、言ってたよな?」
「……いや、確かに言ったけど、僕は機械のことなんてからっきし」
「でもやってみないと分からないだろ?」
じっとアルバオを見つめると、彼は困惑しつつ頷いた。
「確かに、今の『ホワイトオーク』は機械の力に頼り始めたころだし。そういう挑戦が、あっても良いのかもしれないけど」
「決まりだ!」
新しい道が見えた気がした。
正直に言えば、俺はそこまで今度の発表会とやらの勝ち負けを気にしてはいない。
だが、生まれたばかりの『ニューポット』の存在は、気にし過ぎるほど気にしている。
白髪の女──トライスが言っていた『第五属性を追え』というメッセージ。
その先で再び会おうという言葉。
……俺にはまだやるべきことがある。
「よっし、そうと決まれば、明日にはこっちの親方に許可を貰いに行くか。イベリスは一応、そっちで預かってもらってるんだしな」
名目上イベリスは修行中の身であるが、彼女と『専属契約』を交わしているのは俺だ。
その俺が頼めば、そこまでこじれることはないだろう。
「そうと決まれば腕によりをかけて【ジン・リッキー】作ってやるからな」
「うん、楽しみかも!」
元気の良いイベリスに微笑みかけて、その流れでアルバオにも尋ねた。
「アルバオも何か作るか?」
「ん? じゃあ、この前のあれ。【シャンディ・ガフ】だっけ?」
「……悪い。ジンジャーエールが品切れだ」
くそ、緊急時だったから使ってしまったが、こんなところで問題を起こすとは。
俺が悔しがっていると、呆れたアルバオが「イベリスと同じもの」と【ジン・リッキー】を注文した。
二人分の注文、確かに承った。
さて、作るか。
「待て。ユウギリ。僕には聞かないのか?」
「……ギヌラ。居たのか」
「最初からずっと居たぞ! ふざけるな!」
と、俺が作業に取りかかろうとしたところで、机にうつ伏せになりながら疲れを癒していたギヌラが叫んだ。
実は会話の最初のころからずっとこっちを気にしていたのだ。基本的に無視していただけで。
とはいえ話しかけられたので、仕方なく注文を尋ねる。
「で、どんなカクテルを作って欲しいって?」
「ふん。どうして僕が『カクテル』なんていう、くだらない飲み物を頼まねばならん」
「なら黙ってろよ……」
渾身の呆れ声を出し、彼のことを再び無視して作り始めることにした。
作業中に、『しかし、貴様がどうしても作りたいと言うのなら、その【ジン・リッキー】というカクテルを飲んでやらないこともないぞ』とか、ギヌラがうるさかった。
※0421 誤字修正しました。




