堂々と胸を張って
「ホリィ。君達のところで何が見つかったかは知らない。だが、他の研究室のことも考えてもらわないと困るぞ」
「すみません。本当にすみません」
すさまじくイライラとした表情のセシルが、鬼の形相でホリィに苦言を呈していた。
今回のは流石に、ホリィも素で謝っている様子。
真っ昼間でまだまだ他の人間も働いている中、周りを気にせず騒いでいたのは事実だ。
ぶっちゃけ、こっち側には非しかない。
「本当に分かっているのか?」
「はい。すみませんセシル先輩」
自分たちのトップがペコペコと頭を下げている状態では、当然俺達も騒げない。言い方を悪くすれば水を差されたと言っても良いか。
いや、当然、この場の正論は、セシルにあるのだが。
「そもそも、いったい何を騒いでいたんだ」
「それは、これです」
ホリィが指差したグラスを、セシルは睨んだ。
そのグラスを手に取り、微かに香りを嗅いだセシルは、ふむと唸る。
「『サラム』では、ないのか。ああ、君達が『他属性』での熟成方法を探していると、噂になっていたね」
セシルに視線でもって言葉を促されたホリィは、へらへらとした笑みを浮かべる。
「ええ。はい。今のところそれと『ジーニ』属性では、確認ずみです」
「『ジーニ』でも……待て、ではこれは、なんだ?」
「『無属性』ですよぉ」
答えを聞いたセシルの表情は驚愕に歪んだ。
ギロリとホリィを睨みつけ、強い口調で詰問する。
「無属性だと? どういうことだ?」
「そのまんまの意味です。無属性から『第五属性』のひな形を作りました」
「……限界の問題は、どうなる?」
「……それは、おいおい、ですかねぇ」
ホリィののんびりとした言葉に、ふっとセシルの目から険が取れた。
読み取れるのは、安堵と同情。
しかしそれも一瞬のこと、すぐに険しい表情に戻り、吐き捨てる。
「あと一ヶ月早ければ、変わっていたかもしれないな」
その口々から漏れるのは、やはり明確な敵意に思える。セシルはホリィを嫌っている。そのように思える。
だが、ホリィはセシルに対してそういう態度を見せているようには思えない。
語気の強いセシルに対して、ホリィはのんびりと、尋ねていた。
「なにがです?」
「次の発表では、私が勝つ」
手に持っていたグラスを置く。コトンと、硬質な音が響いた。
「他属性での『第五属性化』は、確かに有意義だろう。しかし、実際に第五属性の研究を進めているのは私達だ。君には、私に追いつく時間が足りない。運が悪かったね」
ホリィの返事を待つ事も無く、セシルはくるりと振り返り、コツコツと音を立てて出口へと向かう。
「セシル先輩」
それを、常よりははっきりとした口調で、ホリィは呼び止めた。
「なんだ?」
「先輩はずっと私に話してますけど、違いますよ」
「……何がだ?」
「この研究は、私のものじゃありません。そこの、アルバオ君のグループのものですよ」
今までホリィ以外を眼中に入れていなかったセシルは、その言葉でようやくアルバオへと目をやった。
「……君が?」
彼は驚いていた。純粋に、アルバオの功績であることを。
アルバオは、セシルの視線にたじろぐ。先程と同じように、それを自分の功績だと宣言するのは、気がとがめるのだろう。
「……その、僕は」
アルバオが少し俯く。
俺は彼の肩をポンと叩いた。
「総?」
「言ってやれよ。胸を張ってさ」
彼が戸惑うなら、背中くらい押してやる。
アルバオが自分だけの手柄じゃないと言うのは良い。だけど、自分なんか居なくても、と言うのは違う。
俺はそんな思いを込めて、親指を立てた。
アルバオは意を決して、ぐいっと胸を張ってセシルと向かい合った。
「……はい。それは僕……いえ、僕達が作ったものです」
「……なるほど。君が……それに、バーテンダー君もか」
セシルの目は、アルバオを見て、その後に俺へと流れた。
にっと笑みを投げてみると、ふっ、と冷笑を投げ返される。
「だが、それがどうした。君達の功績は確かに素晴らしいが、それでも、私の研究には追いつけまい」
そう言ったセシルは、ホリィではなくはっきりとアルバオを見ていた。
アルバオは、ぐっと言葉を詰まらせつつも、毅然と言い返す。
「僕はこれでも、ホリィ研究室の一員です。だから、ここで僕がはいそうですね、と答えるのは違うと思うんです」
「……続けたまえ」
「確かにこの『ニューポット』は、今ようやく始まったばかり──いや、まだ始まってはいないのかもしれません。ですが」
根拠のない自信でも、アルバオは力強く、答えた。
「なにも始まらない内に『第五属性ポーション』で負けるなんて思ってはいられません。『第五属性ポーション』で、僕は、あなたに、勝ちたい」
その真っ直ぐな言葉に、セシルは目を瞬かせた。
だが、残念そうに首を振って、言い返す。
「君がそう思うのは自由だ。いずれそんな日が来るかもしれない。だがそれは、今ではない」
セシルの声は優しげだった。アルバオの挑戦に対して、いくらか好意を抱いているようですらあった。
だが、その視線をホリィへと向けたとき、彼の目ははっきりと、敵意に染まる。
「次の発表では私が勝つ。停滞していた君と、進んでいた私の差がはっきり出る。時間は嘘を吐きはしない」
「……相変わらず、セシル先輩は厳しいなぁ」
ホリィの呟きに答えることなく、セシルは部屋を出て行った。
ふっと緊張が緩む。彼が現れる度に、極度の緊張状態に陥っている気がする。
その中でもあまり堪えた様子のないホリィは、のんびりと面々に告げた。
「いやぁ。また怒られちゃったねぇ。でも、やることはしっかりやりましょー」
ぱぱん、と手を叩いてホリィは集まっていた人々に、普段の研究に戻るよう告げた。
皆がバラバラと散っていく。ホリィはそれを見届けたあとにゆっくりとアルバオに近づいた。
「カッコいいこと言うねぇ。アルバオ君」
「……え、あ」
「……なんだ。放心してたのかい」
ホリィはそんなアルバオに呆れた。
彼はセシルが去ってからも、ずっと固まったまま扉を見つめ続けていた。ホリィに肩を叩かれて、ようやくこの場の緊張が解けたことを知ったようだ。
「頼むよアルバオ君。君が啖呵を切ったんだから、シャキッとしてくれないと」
「あ、そ、そうだ、すみません」
急にアルバオはホリィに頭を下げた。ホリィが首を傾げると、アルバオはぼそぼそと謝る。
「あの、セシル先生に滅多なことを。僕のせいでホリィさんの立場が悪くなるようなことがあったら……」
「あはは。そんなことを気にしてたのかい。大丈夫だよん。セシル先輩の心証がこれ以上悪くなることなんてないってば」
ポンポンとテンポ良くアルバオの頭を叩いて笑うホリィ。
アルバオは嫌そうに顔をしかめているが、謝罪した身の上であまり文句を言えないようだ。
「でも、言ったからには頑張ってくれよぉ。期待してるよ、アルバオ君」
ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、元気づけるような形でホリィもまた自分の研究に戻るようだった。
そんな彼女を見てると、一瞬だけ寂しそうな顔をしたのは気のせいだったのかと思えた。
※0420 誤字修正しました。




