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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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『ニューポット』




 そして。

 再び、二週間弱が経過した。




「覚悟は良いですか?」


 アルバオの言葉に、俺達は頷く。

 現在地は、ホリィ研究室の一画。目の前には、実験用の控えめなサイズの樽。

 現在は横倒しにして、やや高い位置に固定してある。樽の面の片方に穴があいていて、そこに栓で蓋をしてある形だ。

 倉庫にて大切に管理されていたその樽を、研究室の面々が静かに見つめている。


 樽の封を解く任務を与えられたアルバオは目に見えて緊張している。

 当たり前だ。今回のこの『一樽』の責任者は彼になっている。


 俺がこの研究室に来て、すでに一ヶ月ほどが経っている。

 かなり研究室の面々とも打ち解けてきたし、それでアルバオがどんな状況なのかも理解できている。

 彼は、ここ『ホワイトオーク』に就職して、研究室配属一年目の新人だ。

 俺達が来るその直前まで、見習いとして様々なグループから色々と教わっていた身分であった。


 そんな彼が、俺達が現れてから、いきなり大きな仕事を任された。


 スイに教わって『無属性ポーション』を製作したのも彼。

 俺の言葉を信じて、予算を使って『麦芽』を仕入れたのも彼。

 成功すればそれはアルバオの手柄だし、失敗したらアルバオの責任。

 ホリィさんに好きにしろと言われたが、それで気にせず好きにできるほど図太い性格ではないだろうし。


「早くしたまえよ。大丈夫だ。私を信じろ」

「ホリィさん……」


 樽の前で固まっていたアルバオの肩を、ホリィが優しく叩いた。

 途端に、震えていた手が止まり、アルバオは信頼の目でホリィを見つめる。


「お金の心配はいらない。予算はなくなっても、あてならあるよ」

「……そんな、ホリィさんにご迷惑を……」

「実は行きつけの酒場に、君のことを可愛いと言っていたママさんが居てだねぇ。彼女はあれでなかなかの金持ち──」

「やめろぉ! 余計に緊張しているだろぉ!」


 ホリィの悪ノリに、仕方なく俺が突っ込んだ。

 その淀みない言葉の数々に、アルバオの顔は更に青くなっていた。

 どうやら彼女の緩いノリは所構わずだし、この研究室の面々はほとんどがホリィ寄りだ。

 アルバオの緊張っぷりを楽しんでいる人間ばかりである。


「ふっ、何を怯えている」

「……ギヌラ?」


 アルバオの緊張を今度ほぐしにかかったのは、なんとギヌラであった。

 ついでに彼はこの二週間弱でさらにやつれた。あまりにも揉まれすぎて、一周回って形も変わってるんじゃないかとすら思う。

 ただ、当初に比べれば、ご飯を良く食べて、しっかりと眠っている気もした。

 そんな彼が、果たして何を言うのだろうか。研究室中の視線が集まった。


「怯えることはない。怯えている時間が無駄だ。君がそうしている間にも時間は進む。結果が変わらないのなら、どんなことであれ、早く済ませるのが一番なんだ」

「……ギヌラ、たまには良い事を……」

「そう、早く済ませて次の仕事に取りかかろう。次の仕事が終わればまた次だ。次、次、次、あはは。あはははは!」

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」


 気付いたらこんなことになっていたのか。ちょっと前まではまだ元気だと思っていたのに。

 俺の声に、研究所の面々は揃って目を逸らした。どうやら皆に心当たりがあるようだ。

 いやしかし、最初に叩き付けられた条件を思えば、ギヌラの方に根性がないとも言えるのか……? 毎日七時間以上寝てるわけだし。


「……いや待てよ。アルバオがここで止まれば止まるだけ、仕事をさぼれるのか」


 おっと、ギヌラが正気に戻ったと思ったら、また性根の腐ったところが。


「とにかくアルバオ、一思いにやっちまえ」

「それもそうだね」


 ギヌラの様子を見て、これ以上先延ばししてもしかたないと決心がついたアルバオ。

 彼は樽につけてあった栓をつかみ、それを抜いた。

 スポンという音が響く。

 直後、勢いよく溢れ出した液体をグラスに取り、多少零しつつも急いで栓を詰める。


 溢れ出てきた液体は、やはりまだまだ、透明である。

 一月も熟成されていないのだから仕方ない。

 味わいも、出来た時と大差はないだろう。


「ホリィさん」

「はぁい」


 ホリィはアルバオからその液体を受け取ると、一度テーブルに置いて、何やら準備を始める。

 簡単な魔法陣を引き、いくらかの植物性の材料を並べ、そして最後に陣の中央にグラスを置いた。

 魔法陣の外縁に手をあて、目を閉じ、彼女は静かに詠じる。


《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》


 聞き覚えのある魔法。スイがよく人の魔力を確かめるときに使う魔法。

 恐らくは調査の魔法だ。そしてこの大仰さを思えば、スイが普段行うそれよりも、精度の高い調査を行っているのだろう。


 皆の注目が集まる中、ホリィはゆっくりとその目を開く。

 そして、俺達が聞きたかったそのひと言を、告げた。


「なんと成功よ。無属性の中に微量の『第五属性』が存在しているわ」


 おぉおおおおお。

 研究室の中で怒号が響いた。

『サラム』『ジーニ』に続いて『無属性』でも『第五属性』が確認された。

 しかも、ホリィの言葉は止まらなかった。


「それに『サラム』属性の時に起こっていた『第五属性』発生後の、適性の変化が感じられないわねぇ」

「……それは、どういう……?」


 期待に満ちた声はアルバオのものだ。

 ホリィは近くに居たアルバオの顔をにんまりと見つめて、答える。


「このポーションには、変化の限界が存在しない可能性が高いってこと。言い換えれば、時間経過で純粋な『第五属性』ポーションに生まれ変わるってことよ!」


 ううぉおおおおああああああああああ。

 さっきのよりもなお大きな、歓声が轟いた。

 叫び声と盛大な拍手が巻き起こり、研究室の中は混乱の坩堝るつぼと化している。

 ホリィは感極まった様子で近場にいたアルバオをぎゅっと抱き締めているが、アルバオは嫌がることもなく、放心状態で固まっている。


「やったなアルバオ! それに総も!」

「すげえぞおい! 歴史的発見からの歴史的大発見だ!」

「私最初からアルバオ君はやってくれると思ってたのよ!」

「あんたちょっと前頼りない感じとか言ってたでしょ!」


 興奮状態は続き、アルバオの前に皆が集まって好き放題言葉をかけていた。

 わ、ちょ、ともみくちゃにされているアルバオを尻目に、俺はこっそりと樽に近づいて、勝手に少し拝借した。


 実は出来上がった直後に味を見た段階で、俺はこの変化を確信していた。

 それは何故かといえば、昔、とある女と蒸留所に見学にいったとき、似たような味の液体を飲んだことがあったからだ。


 香りはとても荒々しい。麦芽を融合した際に生じた麦の香りは半端ではなく、麦焼酎のような趣もある。

 舌に転がした味は、酸っぱくて甘い。そんな表面的な味わいが舌の上を駆け抜けてチリチリと口の中を焼いていく。

 クセは無いが、それだけ。舌に留めて探ってみても、荒い刺激が感じられるだけで、全体的に刺々しいエタノール感が余韻として残る。


 まだ、深さが足りない。それは若さと同義だ。

 これからの成長に、樽の魔法に、期待感すら抱く、そんな味。


『ニューポット』


 まだ『ウィスキー』になる前の、熟成する前の『蒸留酒』の味。

 取り戻した記憶の中で、彼女と飲んだ、あの時の、味だ。


「ふん。騒がしい連中だな」

「いや、なんでお前もこっち側だよ」


 俺が思い出に浸っていたところで、すっと隣に付いたのはギヌラだ。彼もまた『ホワイトオーク』の面々を少し遠い目で見つめていた。


「父上が、僕を送り込んだ理由を考えていた」

「雑用だろ?」

「違う! ……おほん。僕はここで何かを学ばねばならないらしい。それの一つは、この研究室のことだと思った」


 ホリィ・オークロウ研究室。室長のホリィを中心に、気になったらやってみようの精神で色々と試すアグレッシブな研究室。

 その行為が自由すぎるからか、予算は控えめ。際限なくあるわけではない。

 それでも、ホリィの持ち前の嗅覚でもって、色々と小発見を繰り返している研究室。

 それが、俺がそれなりに他の人間から集めた、ここの評価だった。


「だけど、それだけではないだろう。それだけなら、父上はわざわざ、お前と一緒のタイミングを狙ったりする必要はない」


 ギヌラは、静かに、俺を睨みつけるように見つめていた。


「……俺と?」

「そうだ。流石に僕でもわかる。君は波乱の種だ。君がいるところには、何かが起こる。父上はきっと、それを僕に見せたいんだ。だから、僕を……」


 ギヌラの言葉に、俺は思考を回す。

 いや、ギヌラではないか。ギヌラの裏にいる、ヘリコニア氏の思惑を探ってみる。

 俺が混乱を起こす。ヘリコニア氏は、ここ『ホワイトオーク』の何かを知っている?

 アパラチアン氏と懇意にしている彼のことだ。何か相談を受けていたりする、可能性だってある。

 何か、まだ、あるのだろうか。


「皆さん! 僕はほんと何もやっていませんよ! 賞賛なら総に! 総にお願いします!」


 アルバオの声が近くまで来ていた。

 彼は手荒い祝福の手から逃れて、俺の所まで辿り着く。そして、俺を盾にするように前へと突き出した。


「ほら総! 君の功績を話してくれ! 僕はただ君の言う通りにやっただけだと!」

「出世欲のない男だなお前は!」


 アルバオに背中を押され、俺は期待に滲んだ目をした獣達の前に出る。

 ……下手なこと言ったら、俺のちょっとしんみりした気持ちが台無しになるな。

 ……いや、昔は台無しにしまいとして、よくあいつに怒られてた、か。

 よし。


「ええー。今回自分は、アイディアを出しただけです。そのアイディアを形にする作業をしたのは全部アルバオです。つまり!」


 俺はニッと笑みを浮かべて、背中に回っていたアルバオの腕を掴んでまた前に引きずり出した。


「こいつが主役だぁ!」

「ちょっ!? 総!?」


 アルバオは俺の裏切りに目をパチクリさせるが、目の前の連中は当然そんなのは知ったこっちゃない。

 俺は腕を振り上げ、叫んだ。


「盛大にもみくちゃだぁあああああ!」

「総おおおおおおおおおおお!?」


 ドンと人の波にアルバオを押し込んで、俺もそれに加わることにした。

 感傷に浸るなんてのは、もっと後でもできるんだから。


「……ん?」


 視界の端で、いつの間にか外れた場所に一人佇んでいるホリィが映る。

 彼女は何故か、寂しそうな顔をしていた。

 しかし、その理由を聞く事は、できなかった。



「なんの騒ぎだこれはぁ!!」



 ホリィ研究室に、明らかに機嫌を崩しているセシルが怒鳴り込んできたからである。



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