【シャンディ・ガフ】(2)
二十二時更新予定の2話目です。
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メサの見立てでは、悪くはない。
頭の中では、既に否定の気持ちは消え、今手に取った【シャンディ・ガフ】という飲み物を、純粋に楽しむ気持ちでいた。
青年が作ったらしい不思議な飲み物『ジンジャーエール』。
その味わいは、甘くて辛い、ショウガ風味の炭酸飲料。
なぜ炭酸飲料でありながら、発酵の際に発生するはずのアルコールを感じないのかは疑問であった。しかし、この魔法の世界で、あまり考え込むのは良くない。
老人は魔法が使えなかった。
最近は、魔法使いが酒造の現場に入ってくるというのも、聞く話だった。
自分のような、温度の感覚や作業のタイミングを身体に覚え込ませるやり方は、古いのではないかと言われることも、増えた。
もちろん、簡単に火を起こすために魔力を流すくらいならあるが、大規模な装置を魔法陣か何かで動かすような連中の真似はできない。
そのかわり、そんな連中には分からない、真似のできない経験値が自分の武器だと思っていた。それこそが、自分の人生をかけた『魂』の重みだと信じていた。
初めに、この三人が現れたときも、そういった魔法使いの連中かと思った。
純粋に言えば腹が立った。お前等ごときが、魔法で簡単に真似できるものではないと、教えてやろうと思った。
話を少し聞けば、酒造の話とは違うようだったが、同じことだ。
分からない奴に、自分の魂を分けてやるものか。
だが、その中に一人だけ変な奴がいた。
南のほうから来たという、黒髪の男。応接室で、熱心に麦を見ていた男。
決定的に違ったのは、三杯のエールを試飲させたときだ。
三杯の違いを明確に言い当てたことが、メサを驚かせたのではない。
その一杯一杯に、心から美味そうな顔で感想を言ったのが、衝撃だった。
試してみろと言われたら、誰だって試されることに意識が向く。
例えば、テストを受けさせられた人間は、テストの答えを見つけることにやっきになるのが当たり前だ。
テストを受けておきながら、テストの問題が面白いなどと、考えるやつがいるか。
青年がしていたのは、そういうことだった。
だから老人は、黒髪の青年が気に入った。
そして、今度は彼の作るものが飲みたくなった。
彼が本当に、自分の『魂』を分かってくれる人間か、試してみる気になった。
メサは静かに、目の前のグラスを口元に運ぶ。
香りの華やかさは、穏やかになっている。ショウガのすっとくる感じに混ざって、鼻の奥に入ったところで、広がる感じだ。
その香りを堪能しつつ、メサはゆっくりとそれを口に運ぶ。
まろやかな風味というのが、印象だった。
自身の作った『ヴァイツェン』の特徴は、なんといっても甘い香りと爽快な味わいである。
その特徴を残しつつ、新たに加算されているのは、ショウガの辛味と、包み込むような甘味である。
もともと苦みの強くなかった『ヴァイツェン』に、甘味が足されることで、味わいは不思議な様相を呈す。
しかし、不快な味へとは、変わっていない。
足された味わいによって、華やかさはより際立ち、すっとした爽快感も前に出ている。大きく変わったのは、喉を通ったあとの後味。
ここぞとばかりに、ショウガのふんわりとした辛さが、イメージした穏やかな香りと合わさって、落ち着いた印象へと変わっていた。
はっきりと別物の味である。しかし、元の味わいも残っている。
その感覚は、メサの心に大きな印象として残った。
メサの魂を尊重しつつ、自身の魂も譲らない。
そんな青年の心意気は、自身の古臭い心に、可能性の光を灯すようでもあった。
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「ふぅ。なるほど、わしは甘いのは好かんけど、悪くはないね」
「ありがとうございます」
メサ老人の言葉に、俺は相変わらず少々のトゲを感じつつ、礼を言った。
この老人はきっと、手放しで誰かを褒めるようなタイプではないとは感じている。
「……のう、そこの固いの。お前さんらは、麦芽で何を作りたいんだったか」
「へ? は、はい。新しく『第五属性』のポーションを実験したいんです」
急に尋ねられて、アルバオは慌てて俺達の目的を、改めて説明した。
俺達がここに来た目的。俺達は『第五属性』のポーションを試作するために、材料になる可能性がある麦芽を手に入れに来た。
メサ老人はその話を聞いて、少しだけ目を瞑った。眉間に刻まれた皺と、顔を押さえた老人の手が、これまでの苦労を表しているようだった。
「……最近は。ウチらの仕事にも魔法を取り入れるってとこは、多いのよ。そりゃ、魔法装置なんかはつかっちゃいるが、そうじゃない。魔法使いがって話での」
「……そうですね。魔法学でも、もっとそういった方面に手を伸ばすべきという論は出ています」
「酒ってのは、そうじゃねえと、わしは思っとる。魔法で楽なんて、できはせん。どれだけ進歩しても、人間が作らないといけねえところだ」
それは、俺の世界でもまだまだ言えることだ。最近はコンピュータ管理で作られる酒の話も聞きはする。
しかし、まだまだ人間が、その舌で、その体で、時間をかけて作っているものが大半だ。
その重みは、簡単に取って代わられることはない。
「魔法の入る余地のねぇ古臭い世界が、わしの墓場だ。そう思っとる」
メサ老人は、すでに技術の大半を伝えているのかもしれない。責任者としてやれるだけのことをやっているのかもしれない。
彼の言葉を安易に否定するのは、やはり躊躇われることだ。
老人は少しだけ、目を優しく細めて、俺に向かって言う。
「しかし、お前さんが、わしらの守ってきた技術を必要としてくれる。魔法使いは好かんが、お前さんが作ろうとしているものなら、協力してやってもええ」
「……それじゃ?」
「ああ。分けて欲しいんだろ? 協力してやる。それで、新しい『ポーション』──いや、お前さんの言う新しい『酒』ってのが、見えるんならな」
メサ老人は言いつつ、俺に手を差し出した。
俺はその手を躊躇い無く取った。
俺達は、固く握手を交わし、にっと笑い合う。
「失敗しねえでくれよ」
「……それは、確約できないんですが」
「へらへらすんな。男なら、胸はって嘘でも吐かんかい」
バシっと肩を叩かれて、俺はぐっと胸を張った。
「では、必ず成功させてみせます。もし、今はダメでも、十年後に役に立たせてみせます」
「は、十年後じゃわしは死んでるよ。だから失敗せんでくれよ」
メサ老人のブラックというか、身体を張ったジョークには苦笑いしか返せなかった。
アルバオはその後、メサ老人の細かい話を色々としていた。
まずは、少量の実験を行うさいの麦芽の買取り。それが上手くいった以降は、あらためて継続した契約を行わせて欲しいという旨。
俺とギヌラはその間、メサ老人の厚意に甘えて、工場内を見学させて貰った。
やはり、こういったところを見学するのはとても心が踊る。小規模な工場は、結構イージーズの街にもあったのだが、規模が大きいと見ていて楽しいものだ。
なにより、試飲ができるのが一番だ。
ここのエールは北を中心に売られているそうなので、ウチの方まで出回っていないのが残念である。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
エールに関しては、ひとまずは以上になります。
主人公は酒造の知識は素人に毛が生えた程度しかないので、あまり詳しく関わっていくことはできないと思いますので。
それとご質問なのですが、こういう風に一気に更新されるのは、やはり読むのが大変だったりするでしょうか?
四章は大変お待たせしてしまったので、なるべくなら早く早くで更新したいと思っていますが、
それが嫌だという意見が多いようでしたら、少し考えたいと思いますので。




