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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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【シャンディ・ガフ】(1)

二十二時投稿予定の1話目です。



「それで、お話のほうは考えていただけるのでしょうか?」


 俺が正解したらしいと感じ取ったアルバオは、上機嫌でいるメサ老人に尋ねた。

 だが、メサ老人はゆるく首を振る。そして、今度は俺に向かって言った。


「最初は、違いがわかればそれでと思っとったが、元から知っとる人間がおるんなら、フェアじゃねぇな」

「え、つまり、課題は無効ですか?」

「それじゃあそれで、失礼ってなもんさね」


 メサ老人は、一度話を白紙に戻すような発言をしてから、ゆっくりと俺を眺める。

 そして、俺の手元を見て、不思議そうに言った。


「不思議な手をしとるな。掌に比べて指が固くなっとる。特に右手の薬指か」

「仕事上、一番使うんです」

「お前さんは、いったい何を作っとる?」

「『カクテル』を」


 老人が首を傾げた。

 俺は彼に向かって、自分が作っているなにがしかを説明することにした。

 この世界で、自分はポーションを酒と同じ嗜好品として見ている事。そして、ベースとなる酒と副材料を組み合わせて、まったく新しい酒を生み出すのが仕事であること。

 話を聞いたメサ老人は、鷹揚に頷き、並んでいるグラスを見た。


「わしらは見た通り、ここで完成しとる。ここから先ってのを、考えるんはわしらの仕事じゃねえし、あるとも思ってねえ。しかしお前さんは、ここから先が仕事ってのか」

「その通りです」

「…………」


 老人は静かに目を瞑り、考え込むように黙った。

 そう言えば、先程ギヌラが吐いた言葉も場合によってはカクテルだろうか。

 考え無しの発言ではあったが、もしかしたら柔軟な発想と言えたのかもしれない。


 メサ老人は、静かに口を開く。


「考えても、わからんもんさ。となると、試してみるのが一番かね」

「……と、おっしゃいますと」

「作ってみろと言っとる。分かるじゃろう」


 老人の真っ直ぐな視線に、俺は静かに頷いた。

 スイッチを切り替え、よそ行きの敬語から、接客の敬語に切り替える。


「かしこまりました」

「なんじゃ、急にかしこまりおって」

「いえ。一応、そういう場面なので」


 メサ老人の突っ込みに苦笑いを浮かべつつ、俺は彼に尋ねる。


 好きなもの、甘め酸っぱめ、普段嗜むものなどなど。

 だが、メサ老人の答えもぶっきらぼうである。

 好きなものはエール。エールであれば甘いも酸っぱいもない。普段嗜むものももちろんエールと、頑固一徹。


 これが店に来たお客さんであれば、迷う事無くエールを進めているだけだ。

 だが、今は作ってみろと言われている状況。その手は使えない。

 さて……。


「ではメサさん。エールを使ったカクテルなら、楽しんで貰えますか?」

「……最初からそう言えば良いじゃろ。回りくどい」

「いやいや。一応、カクテルの中では特殊な部類ですから」


 俺が色々質問したが、メサ老人の腹は最初から決まっていたらしい。

 だったら最初からそう言え、はこちらのセリフでもあるが、読み切れなかったのは俺が悪い。

 俺は、先程の老人が持ってきたエールを思い出した。

 種類はそれぞれ『スタウト』『ペールエール』『ヴァイツェン』。

 この中では『ヴァイツェン』だけが、やや特殊だ。

 麦芽の違いを求めさせるのに、分りやすい一杯だった。課題を出すつもりなら、避けても良さそうな一杯だった。それでも出したのは、自信の現れだと思える。

 ではなぜ老人は『ヴァイツェン』を持ち込んだのか。

 実は一番、飲んで欲しかったから、ではないか。


「それでは、この『ヴァイツェン』をベースに使わせていただきます」


 俺がグラスを一つ選ぶと、老人はほうと息を吐く。


「それは、なんでかの」

「こちらで作るのが、一番美味しいと思ったからですよ」


 くっく、と喉を鳴らしたメサ老人。俺は少しだけグラスの状態を確認する。

 流石に、入れてから少し時間が立っているので炭酸はやや抜けている。

 この残りを使うというのは、やっぱりナシだな。


「新しいのを用意するかね?」

「いえ、そこの、瓶に入ったものを使わせてくだされば、大丈夫です」


 開けて間もない瓶であればまだ十分に炭酸は残っているだろう。

 個人的には、ほんのりと抜けているくらいが丁度良い。


「構わんが、ここにあるのは、グラス半分くらいじゃぞ」

「十分です」


 俺は笑顔で頷き、メサに新しいグラスを用意する許可を貰った。

 新しいグラスを棚から取り出しつつ、少し考える。

 グラスは冬の室温程度。常温というほどぬるくはないが、冷えているというほどでもない。となると、混ぜ合わせる素材は冷えたものが好ましいか。

 加えて『ヴァイツェン』の華やかさを殺さないように、すっきりとした味わいの副材料が良いだろう。


 ポーチに残っている材料で、作れるものとなると、更に限られる。

 頭の中で、一つの選択肢が選ばれた。


 さて、残る問題は在庫だ。

 炭酸飲料でこちらにもってきているのは、基本的にはソーダだけ。ただし、ポーチの中を含めればその限りではない。

 緊急時に作れるように、一通りの炭酸飲料は、冷やして入れてある。

 だがそれも、せいぜいカクテル二杯分。使えば補充は難しい。


 ならばどうする?


 迷う事は無い。今がまさに、緊急時だ。

 お客さんに一番あった飲み物をお出しする。それが緊急の案件でなければなんなのか。

 俺はポーチから一発の弾丸を取り出し、詠唱した。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》


 俺が唱えれば、弾薬は光を纏い、手の上で変化する。

 現れたのは、良く冷えた瓶に入った、薄い褐色の炭酸飲料である。


「魔法? それはなんじゃ?」

「ジンジャーエールっていう、特製のジュースです」


 瓶の栓をあければ、シュワシュワと炭酸の泡が液体の中で弾ける。

 その隣に『ヴァイツェン』の瓶を並べれば、準備は完了だ。


 俺は最初に『ヴァイツェン』の瓶を手に取る。

 普段ビールを注ぐ時、実は少しコツがある。


 最初に高い位置から、グラスの底に液体をぶつけるようにして泡を立てる。

 泡を十分に用意したら、今度はグラスを少し傾けて泡の中をくぐらせるようにしながらゆっくりと注いでいく。

 慎重に液量をコントロールし、グラスを立てていけば、最終的には泡が良い感じに盛り上がった、七対三の美味そうなビールの完成である。


 と、これが普段ビールを注ぐときの手順だが、今回は違う。

 最初から泡を立てないように、炭酸を必要以上に抜かないように、エールをまずグラスの半分程度まで注ぎ入れる。

 次にジンジャーエールだ。エールを注ぐときよりは少し手早くする。

 液体の勢いで軽く混ざらせつつ、泡を立て過ぎない程度に。


 最終的に、自然に立った泡が少し層になっているのが分かるくらいが、俺が普段作っていたこのカクテルになる。

 やや濁った、黄金色の液体が静かに泡を吐き出し続けていた。


 トンと、慎重にテーブルに置いて、俺はすっとメサ老人にグラスを差し出した。


「おまたせしました。【シャンディ・ガフ】です」


 メサ老人は、ふむふむと唸った。

 あまり意識しないようにしていたが、彼は俺の作業中にずっと手元を見ていた。

 俺の炭酸飲料の扱いを、値踏みするように。


「その、ジンジャーエールとやらを、貰ってもかまわんかいね?」

「ええ。もちろんです」


 俺は自家製のジンジャーエールを、瓶ごと彼に手渡した。

 彼は遠慮せずにそれに口を付け、ゴクゴクと喉に流し込む。

 その喉越しを確かめたあとに、ぐっと瓶を戻し、少し口を拭う。


「エールと付いとるくせに、酒ではないんか」

「ウチの地元ではショウガのお酒はジンジャービアと名乗るので」

「まあいいわ。それじゃ、試させてもらうとするかね」


 メサ老人の少し自由な態度に苦笑いを浮かべつつ、彼が【シャンディ・ガフ】を口にするのを、見過ぎない程度に眺めた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


作中では『ヴァイツェン』が一番美味しいと思わせるような描写がありますが、

現実的に好みの問題などがあるので、一概にそんなことはありません。


話の展開として、今回はあくまでそういう描写をさせていただきました。

ご容赦ください。

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