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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第四章

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エール三つ

二十時更新の2話目です。


「何が違うって」


 それらを見比べて、最初にそう零したのはギヌラだ。

 彼は、ふっ、と自信ありそうに、口を開き。


「見ての通り、い──」

「色とかいうアホは居ねえと思うけんどね」

「──っぱい泡が出ていて、どれから飲むか迷うね」


 ギヌラの緊急回避である。そのまま突っ込んで事故れば面白いのに。

 落ち着いて、もう一度じっくりとそれらを見た。


 ギヌラが発言しかけたとおり、色が違う。

 白っぽいビールと、オレンジっぽいビールと、黒っぽいビール。

 実を言うと、この時点で予想が付く。予想が付くが、それを確信するには飲んで確かめる他はない。

 この世界のビールに詳しくないくせに、知ったかぶりで不興を買うのは避けるべきだろう。


 それらのグラスを見ていると、メサ老人は静かに、最初の回答者を指定した。


「まずは、黄色いの。飲んでみい」

「……さっきから。僕の名前はギヌラと──」

「おまえみたいなスカタンは黄色いので十分さね」


 ギヌラは明らかにムッとしていたが、それでも言い返すことなくグラスに手を伸ばす。

 最初に黒っぽいグラス、少し苦そうな表情をした。

 次にオレンジっぽいグラス、ほう、と訳知り顔で頷いた。

 最後に白っぽいグラス、ふむふむとご満悦の表情である。


「ふっふふ。分かったよ、謎は解けた」


 三杯を飲み比べて、ギヌラは自信満々の笑みを浮かべた。

 俺はまさかと思いつつ、その満足気な表情には少しだけ期待してしまう。

 もしこれでギヌラがしっかりと答えたら。以前コーヒー店で晒した醜態を補って、評価がプラスに転じるかもしれない。


「ほう。言ってみい」

「この三杯はそれぞれ味が違う。それは、何故か」


 ギヌラはぐっと顔に力を込めて、宣言した。


「この黒いのは苦いから、きっとコーヒーが混ぜてある。白いのは爽やかだから、果汁か何かが入っている。オレンジのには何も入っていないんだ」


 ふー。


「良かったの、そっちの固いの。これだけ盛大なバカが居れば、答えるのも気安いじゃろう」

「……は、はぁ」


 どうやら次に指定されたのはアルバオのようだ。

 一方、完全にスルーされたギヌラは、キョロキョロと周りを見て、不安そうに口を開く。


「ね、ねえ。僕の回答は」

「黄色いの。蹴り出されたくなかったら、座んね」

「……なん……だと?」


 もしかして本当に正解だと思ってたんだろうか。

 その事実にもの凄く驚きだが、今はアルバオのターンである。


 アルバオも、ギヌラと同様に、最初は黒っぽいエールを口に含んだ。


「……確かに、普段飲んでいるエールより苦みが強い気が……でも、コクのような何かも……コーヒーは、感じないこともない、か」


 先程のギヌラの感想にやや引きずられつつ、アルバオはグラスを置く。

 次に手を伸ばしたのは、オレンジっぽいエールだ。


「……これは、いつも飲んでいる味か。恐らく。結構美味しい」

「美味いのは当たり前だがね」

「あ、いえ、決してそういうわけでは!」


 メサ老人の指摘にやや慌てつつ、アルバオは最後のグラスにも手を伸ばす。


「これは、なるほど、爽やかだ……しかしフルーツと呼ぶほどとは……なら、この感じは……いったい……?」


 悩みながら、アルバオは最後の一杯も置いた。

 しばし黙考したあとに、アルバオは恐る恐る尋ねる。


「こちら、原料は全て同じなんでしょうか?」

「ほう、良い所に目が行くのう」


 メサはその皺を面白そうに歪ませ、答えた。


「確かに、原料で違うものも、入っとる。しかし、その違いが分かるかね」

「……その違いを、答えてこそ、と」

「なぁに。気軽に答えんさい。もう一人おるしの」


 気軽に答えられると、後に続く俺のプレッシャーになるのだが、メサ老人は俺にプレッシャーをかけたいようでもあった。

 それから更に少し悩んで、アルバオは降参するように手をあげた。


「すみません。わかりません。でも、原料が違うとすれば、特にこの白っぽいほうが、何か違う気がします」

「……間違いはないね。お前さん、鍛えれば良い舌になりそうだ」


 メサ老人は、アルバオの回答をそこそこ評価する。

 そして、いよいよもって俺を見たのである。


「さぁて。お前さんの番だ。筋は良さそうだが、ポーション屋がどこまでやれるんか、見せとくれよ」


 そのプレッシャーに苦笑いしつつ。俺は前二人とは違い、最初に中央へと手を伸ばす。

 オレンジっぽい──いや、赤みがかった琥珀色の液体だ。

 こんなあからさまに出されたら、まずは平均的な味を確かめるべきだろう。


 香りは、すっきりと香ばしい。麦の生き生きとした味わいを予感させる。

 含めば、口当たりからすっとした、爽やかな苦みがかけていく。

 バランスの良い味わいだ。エールらしいエール。舌に感じる鮮やかな刺激は酸味であろうか。

 最後にゴクゴクと、喉越しを感じれば、やはり爽快。爽やかでキレのいい苦みが走り抜け、最後に喉の奥にほんのりと余韻を残した。


「……うん。美味しいです」

「だから、当たり前と言うとろうが」

「それでも言わせてください。とても美味しいです」


 俺の言葉に、メサ老人は少し目を丸くするが、嫌な顔はしなかった。

 次に俺は、深みのある黒い液体に手を伸ばした。

 見る者を魅了するような、漆黒の見た目が興をそそる。


 香りはそれほど強くない。しかし、注意深く感じれば、より深みのある、煎ったような香ばしさを感じられた。

 飲んだ瞬間から、しっとりとした、穏やかな苦みが広がる。

 深い。炭酸の勢いよりも、ゆっくり味全体を楽しませるような印象。

 ゴクゴクと呑み込むのを、やや躊躇わせるような風味。そして口一杯に広がるのは、コーヒーのように苦く、ほんのりとだけ麦のように甘い後味だ。

 だが、全体的に見れば、苦みとコク、そこに印象が行くだろうか。


「……うん。これも美味しいです」

「……そうかい」


 メサ老人の言葉は少なくなる。

 間髪を入れずに、俺は残った最後の一杯にも手を伸ばす。

 白い──いや、ほんのりと白みがかってはいるが、色合いはやはり黄色。麦の色だ。

 白く見えるのは、液体が仄かに濁っているせいもあるだろう。


 香りはもう、華やかだ。爽やかで、果実らしい甘い感じが漂っている。

 苦みも弱めで、麦と果実の混じったような爽快な味が、すっと炭酸に乗って流れていく。

 当たりは軽い。軽快だが、決して弱くはない。バランスは爽快感に振ってある。

 喉越しもやはり爽やかで、口の中に残る苦みよりも、香草のような穏やかな風味が感じられた。酵母の段階から、華やかな香りをイメージして造ったのだろう。


「……とても美味しいです」

「……ふん、ありがとよ」


 俺が最後の一杯にも感想を述べると、メサ老人は少しぶっきらぼうに礼を言う。

 そして、じっと俺を見つめた。


「さて、答えてくれるかいね。それらの違いってのを」


 俺は、彼の意地悪さと素直さを、同時に感じていた。

 ビールに詳しくない人間に、これらを正確に答えろというのは酷だ。

 だが同時に、少しでも分かる人間なら、知っている人間なら、こんなはっきりと違う味を出されたら答えられないわけがない。

 最初に睨んだ回答が、そっくりそのままなのだから。


「まず違うのは、この白っぽいエールです」

「ほう? 何が違う?」

「麦芽の種類。残りの二つは大麦麦芽を使っていますが、この一杯は小麦麦芽がメインですね? これは小麦で作られる白いエール──『ヴァイツェン』です」


 今まで散々、ビールやウィスキーの原料は大麦麦芽だと言っていたが、当然それ以外の材料を使うこともある。

 ウィスキーでそうなると、シングルモルトを名乗る事はできない。そんなウィスキーたちのために『グレーンウィスキー』や『コーンウィスキー』などの名前もある。


 そしてそれは、ビールにも当然存在する。

 大麦麦芽以外から作られるエールだ。

 これはその一つ。小麦麦芽を主原料に作られる『ヴァイツェン』と呼ばれる種類のエールである。

 大麦麦芽との混合比率で名前が変わったりもするが、地域差もあるので割愛する。


「となると、残りの二つですが。この違いは、大麦麦芽の加工によります」

「加工、とは?」

「こちらが黒っぽい色をしているのは、発酵前の大麦麦芽をロースト──煎ったからです。それによって深い色合いと苦み、そしてコクを手に入れた。名称は『スタウト』。残った一つは、基本となるエール。スタウトよりも淡い『ペールエール』です」


 スタウトは、大麦麦芽をローストすることで、香ばしさを増したもの。その色合いは深く、味わいは苦い。とはいえ決して不快な苦さではない。

 その感覚はコーヒーにも通じるところがあり、コクが深い。


 ペールエールは、苦みや炭酸、酸味などのバランスが良い、代表的なエールだ。

 日本で作られているビールよりは濃いが、スタウトよりは薄い色合い。

 それ故に、淡いという意味のペールという単語を付けた『ペールエール』という名前になっているらしい。


「どうでしょうか?」


 俺は目で見て、舌で感じたとおりに、答えを引っ張り出した。

 メサ老人はそんな俺をやや驚いた表情で見ていた。


「お前さんは、ポーション屋じゃなかったんか」


 そう尋ねられて、俺は微笑みを浮かべてみせた。


「ポーションを酒として売ってるような変わり者なんですよ。だから専門はお酒です」



 俺の答えを聞いて、メサ老人はやっぱり驚いた表情を見せたあと。

 ニッと面白そうに笑ってくれたのだった。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


本日5話投稿予定です。

次の更新は二十二時くらいです。


作者はビールにそこまで詳しくないために拙い描写になっておりますが、

作中に出てきたビールはそれぞれ、


ペールエールは『バス ペールエール』

スタウトは『ギネス エクストラスタウト』

ヴァイツェンは『常陸野ネストビール ヴァイツェン』


を味の参考にさせていただきました。

何か間違ったことを言っていた場合など、ご指摘いただけると幸いです。

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