エール三つ
二十時更新の2話目です。
「何が違うって」
それらを見比べて、最初にそう零したのはギヌラだ。
彼は、ふっ、と自信ありそうに、口を開き。
「見ての通り、い──」
「色とかいうアホは居ねえと思うけんどね」
「──っぱい泡が出ていて、どれから飲むか迷うね」
ギヌラの緊急回避である。そのまま突っ込んで事故れば面白いのに。
落ち着いて、もう一度じっくりとそれらを見た。
ギヌラが発言しかけたとおり、色が違う。
白っぽいビールと、オレンジっぽいビールと、黒っぽいビール。
実を言うと、この時点で予想が付く。予想が付くが、それを確信するには飲んで確かめる他はない。
この世界のビールに詳しくないくせに、知ったかぶりで不興を買うのは避けるべきだろう。
それらのグラスを見ていると、メサ老人は静かに、最初の回答者を指定した。
「まずは、黄色いの。飲んでみい」
「……さっきから。僕の名前はギヌラと──」
「おまえみたいなスカタンは黄色いので十分さね」
ギヌラは明らかにムッとしていたが、それでも言い返すことなくグラスに手を伸ばす。
最初に黒っぽいグラス、少し苦そうな表情をした。
次にオレンジっぽいグラス、ほう、と訳知り顔で頷いた。
最後に白っぽいグラス、ふむふむとご満悦の表情である。
「ふっふふ。分かったよ、謎は解けた」
三杯を飲み比べて、ギヌラは自信満々の笑みを浮かべた。
俺はまさかと思いつつ、その満足気な表情には少しだけ期待してしまう。
もしこれでギヌラがしっかりと答えたら。以前コーヒー店で晒した醜態を補って、評価がプラスに転じるかもしれない。
「ほう。言ってみい」
「この三杯はそれぞれ味が違う。それは、何故か」
ギヌラはぐっと顔に力を込めて、宣言した。
「この黒いのは苦いから、きっとコーヒーが混ぜてある。白いのは爽やかだから、果汁か何かが入っている。オレンジのには何も入っていないんだ」
ふー。
「良かったの、そっちの固いの。これだけ盛大なバカが居れば、答えるのも気安いじゃろう」
「……は、はぁ」
どうやら次に指定されたのはアルバオのようだ。
一方、完全にスルーされたギヌラは、キョロキョロと周りを見て、不安そうに口を開く。
「ね、ねえ。僕の回答は」
「黄色いの。蹴り出されたくなかったら、座んね」
「……なん……だと?」
もしかして本当に正解だと思ってたんだろうか。
その事実にもの凄く驚きだが、今はアルバオのターンである。
アルバオも、ギヌラと同様に、最初は黒っぽいエールを口に含んだ。
「……確かに、普段飲んでいるエールより苦みが強い気が……でも、コクのような何かも……コーヒーは、感じないこともない、か」
先程のギヌラの感想にやや引きずられつつ、アルバオはグラスを置く。
次に手を伸ばしたのは、オレンジっぽいエールだ。
「……これは、いつも飲んでいる味か。恐らく。結構美味しい」
「美味いのは当たり前だがね」
「あ、いえ、決してそういうわけでは!」
メサ老人の指摘にやや慌てつつ、アルバオは最後のグラスにも手を伸ばす。
「これは、なるほど、爽やかだ……しかしフルーツと呼ぶほどとは……なら、この感じは……いったい……?」
悩みながら、アルバオは最後の一杯も置いた。
しばし黙考したあとに、アルバオは恐る恐る尋ねる。
「こちら、原料は全て同じなんでしょうか?」
「ほう、良い所に目が行くのう」
メサはその皺を面白そうに歪ませ、答えた。
「確かに、原料で違うものも、入っとる。しかし、その違いが分かるかね」
「……その違いを、答えてこそ、と」
「なぁに。気軽に答えんさい。もう一人おるしの」
気軽に答えられると、後に続く俺のプレッシャーになるのだが、メサ老人は俺にプレッシャーをかけたいようでもあった。
それから更に少し悩んで、アルバオは降参するように手をあげた。
「すみません。わかりません。でも、原料が違うとすれば、特にこの白っぽいほうが、何か違う気がします」
「……間違いはないね。お前さん、鍛えれば良い舌になりそうだ」
メサ老人は、アルバオの回答をそこそこ評価する。
そして、いよいよもって俺を見たのである。
「さぁて。お前さんの番だ。筋は良さそうだが、ポーション屋がどこまでやれるんか、見せとくれよ」
そのプレッシャーに苦笑いしつつ。俺は前二人とは違い、最初に中央へと手を伸ばす。
オレンジっぽい──いや、赤みがかった琥珀色の液体だ。
こんなあからさまに出されたら、まずは平均的な味を確かめるべきだろう。
香りは、すっきりと香ばしい。麦の生き生きとした味わいを予感させる。
含めば、口当たりからすっとした、爽やかな苦みがかけていく。
バランスの良い味わいだ。エールらしいエール。舌に感じる鮮やかな刺激は酸味であろうか。
最後にゴクゴクと、喉越しを感じれば、やはり爽快。爽やかでキレのいい苦みが走り抜け、最後に喉の奥にほんのりと余韻を残した。
「……うん。美味しいです」
「だから、当たり前と言うとろうが」
「それでも言わせてください。とても美味しいです」
俺の言葉に、メサ老人は少し目を丸くするが、嫌な顔はしなかった。
次に俺は、深みのある黒い液体に手を伸ばした。
見る者を魅了するような、漆黒の見た目が興をそそる。
香りはそれほど強くない。しかし、注意深く感じれば、より深みのある、煎ったような香ばしさを感じられた。
飲んだ瞬間から、しっとりとした、穏やかな苦みが広がる。
深い。炭酸の勢いよりも、ゆっくり味全体を楽しませるような印象。
ゴクゴクと呑み込むのを、やや躊躇わせるような風味。そして口一杯に広がるのは、コーヒーのように苦く、ほんのりとだけ麦のように甘い後味だ。
だが、全体的に見れば、苦みとコク、そこに印象が行くだろうか。
「……うん。これも美味しいです」
「……そうかい」
メサ老人の言葉は少なくなる。
間髪を入れずに、俺は残った最後の一杯にも手を伸ばす。
白い──いや、ほんのりと白みがかってはいるが、色合いはやはり黄色。麦の色だ。
白く見えるのは、液体が仄かに濁っているせいもあるだろう。
香りはもう、華やかだ。爽やかで、果実らしい甘い感じが漂っている。
苦みも弱めで、麦と果実の混じったような爽快な味が、すっと炭酸に乗って流れていく。
当たりは軽い。軽快だが、決して弱くはない。バランスは爽快感に振ってある。
喉越しもやはり爽やかで、口の中に残る苦みよりも、香草のような穏やかな風味が感じられた。酵母の段階から、華やかな香りをイメージして造ったのだろう。
「……とても美味しいです」
「……ふん、ありがとよ」
俺が最後の一杯にも感想を述べると、メサ老人は少しぶっきらぼうに礼を言う。
そして、じっと俺を見つめた。
「さて、答えてくれるかいね。それらの違いってのを」
俺は、彼の意地悪さと素直さを、同時に感じていた。
ビールに詳しくない人間に、これらを正確に答えろというのは酷だ。
だが同時に、少しでも分かる人間なら、知っている人間なら、こんなはっきりと違う味を出されたら答えられないわけがない。
最初に睨んだ回答が、そっくりそのままなのだから。
「まず違うのは、この白っぽいエールです」
「ほう? 何が違う?」
「麦芽の種類。残りの二つは大麦麦芽を使っていますが、この一杯は小麦麦芽がメインですね? これは小麦で作られる白いエール──『ヴァイツェン』です」
今まで散々、ビールやウィスキーの原料は大麦麦芽だと言っていたが、当然それ以外の材料を使うこともある。
ウィスキーでそうなると、シングルモルトを名乗る事はできない。そんなウィスキーたちのために『グレーンウィスキー』や『コーンウィスキー』などの名前もある。
そしてそれは、ビールにも当然存在する。
大麦麦芽以外から作られるエールだ。
これはその一つ。小麦麦芽を主原料に作られる『ヴァイツェン』と呼ばれる種類のエールである。
大麦麦芽との混合比率で名前が変わったりもするが、地域差もあるので割愛する。
「となると、残りの二つですが。この違いは、大麦麦芽の加工によります」
「加工、とは?」
「こちらが黒っぽい色をしているのは、発酵前の大麦麦芽をロースト──煎ったからです。それによって深い色合いと苦み、そしてコクを手に入れた。名称は『スタウト』。残った一つは、基本となるエール。スタウトよりも淡い『ペールエール』です」
スタウトは、大麦麦芽をローストすることで、香ばしさを増したもの。その色合いは深く、味わいは苦い。とはいえ決して不快な苦さではない。
その感覚はコーヒーにも通じるところがあり、コクが深い。
ペールエールは、苦みや炭酸、酸味などのバランスが良い、代表的なエールだ。
日本で作られているビールよりは濃いが、スタウトよりは薄い色合い。
それ故に、淡いという意味のペールという単語を付けた『ペールエール』という名前になっているらしい。
「どうでしょうか?」
俺は目で見て、舌で感じたとおりに、答えを引っ張り出した。
メサ老人はそんな俺をやや驚いた表情で見ていた。
「お前さんは、ポーション屋じゃなかったんか」
そう尋ねられて、俺は微笑みを浮かべてみせた。
「ポーションを酒として売ってるような変わり者なんですよ。だから専門はお酒です」
俺の答えを聞いて、メサ老人はやっぱり驚いた表情を見せたあと。
ニッと面白そうに笑ってくれたのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
本日5話投稿予定です。
次の更新は二十二時くらいです。
作者はビールにそこまで詳しくないために拙い描写になっておりますが、
作中に出てきたビールはそれぞれ、
ペールエールは『バス ペールエール』
スタウトは『ギネス エクストラスタウト』
ヴァイツェンは『常陸野ネストビール ヴァイツェン』
を味の参考にさせていただきました。
何か間違ったことを言っていた場合など、ご指摘いただけると幸いです。




