第09話 死ぬやつは出る
「……大サービスだぞ」
しばらく待ったが、ひなたは顔を伏せたままだ。
指先だけが、所在なさげにカップを弄っている。
俺はコーヒーを一口啜り、机にカップを置いた。
思わずため息が漏れる。
説教は柄じゃない。
どちらかと言えば、俺はとりあえず突っ込み、あとから叱られる側だった。
「今は、まだいい。全員が横並びにいる。
だけど、ダンジョンへ行くやつは、少しずつ強くなる」
ひなたは黙ったまま顔を上げた。
言われた内容を理解しようとしているのに、感情のほうが追いついていない顔だった。
「力を付ければ、やれることが増えるし、行動範囲も広くなる」
「それは……。何となく分かるけど」
小さく返ってきた声に頷く。
「つまり、その差はそのまま収入に直結してくる」
俺は指先で机を軽く叩いた。
「当然だよな。雑魚と強敵の報酬が同じはずがない」
現代日本なら、不公平だと文句も言えた。
だが、ここは違う。
ここは、もっとシンプルだ。
「こんな状況だ。力と金を持ったやつが一番偉いに決まっている」
ひなたが再び顔を伏せる。
ここはもう少し踏み込む必要があると感じた。
「お前なら分かるはずだ。そういう家で育ってきたんだからな」
その瞬間、ひなたは弾かれたように顔を上げた。
大きく目を見開き、俺を見つめる。
俺はひなたの家のことを知っているが、それを批判したことはない。
だからこその反応だろう。
「後方支援は、確かに大事だ。
戦いに不向きなら、そっちに回ることもできる」
その言葉に少し安心したのか、ひなたの表情がわずかに緩む。
「うん、校長先生が言ってたやつだね。
家庭科の早崎先生が中心になって、調理員を募集するって」
逃げ道を見つけたような、少しだけ張りの戻った声だった。
「ああ……。」
俺はコーヒーを口に含み、息を鼻から抜いた。
苦味だけが、少し遅れて残る。
もう温くなっている。
「だがな、俺たち教師も含め、後方支援者は前線で戦う者たちに養われるってことだ」
今の時点で、これを理解している者は、教師でも少ないだろう。
まだ日常の延長上に今がある。
教師の権威のほうが強く、統制は取れている。
しかし、それも長くは続かない。
ひとり、教員の顔が頭に浮かんだ。
さっきまで普通に笑っていた男だ。
だが、威張り散らすだけで実践を伴わない手合いは、真っ先に切り捨てられる。
気づいた時には、もう戻らない。
「予言する。すぐに不満を漏らすやつが出てくるぞ。
俺たちが命懸けで戦っているのに、ってな」
ひなたの表情が強張る。
「おそらく、最初のタイミングは、死人が出たあとだ」
室内が静まり返った。
外から聞こえる生徒たちの笑い声だけが妙に遠い。
「し、死人? ……し、死んじゃうの?」
かすれた声が落ちる。
「こっちが命がけなんだから、向こうも命がけだ」
一度、言葉を切る。
「死ぬやつは出る」
ひなたはすぐに反応できなかった。
数秒遅れて、ようやく視線だけが揺れた。
その反応を見ても、俺は特に何も思わなかった。
今のうちに、心構えくらいは作ってもらわなければ困る。
「まあ、その死だって、遺体さえあれば蘇生できるらしい。
神官長の役割を得た、保険医の遠藤先生が言っていた」
ひなたは、小さく息を吐いた。
「でも、絶対じゃない。
蘇生の成功率は、化物を倒して得られるゴールドをどれだけ注ぎ込むかで変わるとも言っていたな」
「だったら、少しでも金を稼ぎ、貯め込もうとするに決まっている」
安堵しかけた表情が、再び固まる。
授業をサボるせいで成績は良くないが、ひなたは聡い。
ここまで言えば、もう理解しただろう。
ひなたは何も言わない。
「分かるな? 後方支援者は真っ先に負担だと思われる」
だが、まだ核心ではない。
ここからが大サービスだ。
「だから、そういう空気になると、今度は強いやつに媚を売るやつが現れる」
ひなたはカップを持ち上げかけ、そのまま止まった。
何か言おうとして、結局、声にならないまま飲み込む。
俺は構わず続けた。




